第96話 vsアークエンジェル・レプリカ
51階層、52階層のめちゃくちゃぶりを目の当たりにしたのがどう作用したのかは分からないが、なんだかんだでラナの戦闘の恐怖心は無くなった。あとは勝手に自分の実力の範囲内でなんとかやるだろう。
「さて、俺たちは70階層に行くか」
当初の目的である70階層の攻略を忘れてはいけない。危険な戦いにはなるだろうが、これでも安全マージンはとっているつもりだ。全員がレベル300オーバーなのはもちろんだけど、その中でも俺はレベル487だからな。
「うむ、いつでもいいぞ」
「準備できてるよ」
「はい。わたしもいつでも大丈夫です」
51階層や52階層の比ではないくらいの激戦になることは分かっているので流石に気が引き締まっている。
「よし、行くぞ」
俺たちは満を持して70階層へと突入する。前回と同様、どこが地面でどこが壁なのかも分からないような黒い空間。真っ暗なのにみんなの位置が分かるという不思議空間だ。そんな中でボスモンスターである『アークエンジェル・レプリカ』が侵入者である俺たちをただ観察している。
「挑戦者4メイ。神の領域ニ至っていルと推測されル」
無機質な声が少し不気味だ。喋る上に知性があるというのはなんともやりにくい。
「参リます」
ここまでのモンスターとは違って向こうから攻撃を仕掛けてきた。いや、そりゃそうか。今まではモンスターに気付かれていない状態からスタートだったっただけなんだから。
驚くことにアークエンジェル・レプリカ、長いからアークエンジェルでいいか。アークエンジェルは当然のように縮地を使ってきた。光の剣を両手に高速移動する姿のどこがエンジェルなのだろうか。その殺戮兵器と化したモンスターに最初に狙われたのはフィーだった。しかしフィーはそれに危なげなく対応した。
短剣を使って真正面から剣を受け止める。両手の攻撃を短剣1本で捌いているあたりまだまだ余裕がありそうだ。
「なに? 私とスピード勝負しようって?」
「いいよ。遊んであげる」
「……!?」
正面で打ち合っていたところに背後から『シャドウアバター』で挟撃を仕掛ける。1人でヘイト役と攻撃役を両立させている。これはたまったものではないとアークエンジェルはフィーから離れた。
「逃がさんぞ」
スピードではミーナの方が上か。逃げるアークエンジェルを追撃する。
「『セイントシールド』」
「む、防がれたか」
入った、と思った攻撃はスキルによって防がれる。流石にそこまで甘くはないみたいだ。
「『リパルシブバースト』」
「なに!?」
スキルだろうか。触れられてもいないのに高速道路を走る10トントラックに跳ねられたのかという勢いでミーナは飛ばされる。
「『サウザンアロー』」
間髪入れずに広範囲に魔法の矢の雨を降らせる『魔弓術師』のスキルを使用してくる。全体攻撃なんて普通のパーティなら壊滅しかねない。
「『抗魔剣』」
『剣神』レベル5で習得できる魔法を無効化するスキルで対応する。
「お返しだ。『サウザンアロー』」
「『セイント……」
「『抗魔剣』」
防御魔法に合わせて魔法無効化を使ってサウザンアローを通していく。俺の攻撃は全てがクリティカルで入るのでバカにならないダメージが入っているはずだ。
「『クルーエルスタブ』」
さらに追い討ちでフィーの攻撃が入る。なんと矢の雨を掻い潜って接近していた。これはいいダメージが入ったみたいだ。今のところは順調で特に怖い攻撃は飛んできていないが……。
「被害ジン大……ルナティックモードニ移行すル」
アークエンジェル・レプリカの空気が変わった。同時にどこかからか神々しい光が差し込み、それによって闇に包まれていた部屋が一面真っ白に変化した。
「『神罰』」
そこにさらにスタングレネードが爆発したのかと言いたくなるほどの閃光が放たれる。眩しすぎて全くなにも見えないが……この攻撃の脅威はそれだけでは無かった。
「トワ! 体力!」
これがラナの言っていた体力が強制的に1になる攻撃だ。
「「「『ヒール』」」」
「『エリアメガヒール』」
何も見えない状態は依然として続いているが、視力よりも体力優先で回復だ。念の為トワが全体回復を使用する前に自前の回復手段で回復している。
「『オールキュア』」
視力の異常はブラインドという状態異常だった。そのため状態異常解除で全員なんとかなった。
「『シャイニングレイ』」
超高速のレーザー攻撃がアークエンジェルを中心に四方八方に散っていく。乱雑な攻撃とはいえ、壁を反射して返ってくるためとんでもない密度だ。体力回復が間に合わないとこのレーザーに焼かれてお陀仏ということか。
脅威的な攻撃だが、レーザー攻撃のためにアークエンジェルは立ち止まっている。こちらも反撃のチャンスにも見えるが、ミーナたちは『剛体』や『マジックガード』などで防御に専念している。俺がやるしかないか。
「『クイックショット』」
俺が打てる攻撃スキルの中で1番速いクイックショットをレーザー攻撃をかわしながら合間に挟んで反撃する。
「普通この状況で反撃出来るか?」
「相変わらず無茶苦茶ですね……」
「うん、安心と信頼のテンマ君クオリティ」
見てないで君たちも戦ってくれていいんだよ? 30発ほどクイックショットを当て続けるとアークエンジェルが怯んで一瞬攻撃が止んだ。
「待ってましたぁ!」
はやっ! 攻撃が止まった瞬間にミーナとフィーが飛び出して行った。俺1人に攻撃させてると思ったけどこれを狙ってたのね。
「……ッ!」
「まずい!」
ミーナたちの攻撃よりもアークエンジェルの復活の方がほんと僅かに早かった。ここであのレーザー攻撃がきたら直撃する可能性がある。
『クロノスタシス』」
俺は咄嗟にアークエンジェルの時間を止める。作用した時間はまさかのたった1秒だったが、この1秒を捻出出来たのは大きい。
「『聖魔滅掌撃』」
「『クルーエルスタブ』」
ミーナとフィーの攻撃が間に合った。10分に1度の緊急避難策だが、こんな攻撃を無理やりにでも通してしまうんだから時間停止は強すぎる。
アークエンジェルはミーナたちの攻撃を食らうと、仰向けに倒れ込んだ。死んだのか? 人型の、それも知性のあるモンスターを殺すのは流石に抵抗があるな。
「対象の戦闘力……計測不能、対応力……計測不能、総合判定ランクSと認定。こレ以上の試練ハ不要と判断すル」
おお怖、倒れながら何かぶつぶつ言ってるよ。と思ったら次の階層に進むための階段が出現した。あれ? 倒さなくてもいいのか?
「終わった……のか?」
「次の階層に行ってもいいのかな……?」
ミーナとフィーもモンスターを倒さずに次の階層への階段が現れるなんて聞いたこともないと困惑している。俺たちが戸惑っているのが分かったのか、アークエンジェルは仰向けのままわざとらしくため息をついた。
「あなた方の試験は終了シていまス」
「では、とどめを刺さなくてもよろしいのですか?」
「ワタシを倒シても何もドロップしないですヨ。あと、殺さレルと少シ困ルので出来ればやめテ頂キたいです。ガ、敗者は勝者に従うのミ」
倒しても何もないとか無益な殺生すぎる。当惑する俺たちを置いてアークエンジェルは「さァどうぞひと思いニ」とか「苦しマず一撃デ」となんか覚悟を決めている。
「あのー、ヤラレると困るんデ解放して貰ってモ?」
「……!?」
うわビックリした! いつの間にか背後にアークエンジェルがもう一体いた。殺気が無いとはいえ俺たちに気配を悟らせないとかどうなってんだ?
「あ、ドゥー」
「あ、じゃナイです。アンが死んだら私の仕事が増えルでしょう」
「仕事、したくナイ……」
「帰リますヨ。みなサマ、お騒がセしました」
そういうと2人のアークエンジェルはテレポートで姿を消した。いったいなんだったんだ。なんか最後にあんな気の抜けた漫才を見せられたら攻略したって感じがしないな。
しかしこれでも倒したという判定になっているのか、ちゃんと脳内では経験値取得のアナウンスが流れてきた。
【職業『下級天使』が解放されました】
それと同時に新しい職業が解放されたけど……ついに俺人間辞めるのか?




