第94話 贖罪
ライガについていくと、割とランクの高い冒険者が宿泊する宿屋に案内された。そこにある人がいるって言っていたが……。
「ラナ、帰ったぞ」
「ライガ君……お客さん?」
女性だ。この人もどこかで見たことがある気がする。けど、こんな目に生気がない人いたら覚えていそうなものだが。
「祝福の鐘でヒーラーをしていたラナだ。ラナはあの日70階層にいた当事者だ」
あぁ、トラウマで回復魔法が使えなくなったって言ってたやつか。以前チラッと見た感じだと俺が鳥肌が立ちそうになるくらい活力に溢れた子だったと思うんだけどな。
「ライガ君、その人たちは?」
「攻略組に選ばれたラナなら知っているだろ。69階層までの素材を流してたやつらだ」
「あなたたちが……! いえ、これを言っても仕方のないことですね」
ラナの声に一瞬だけ怒気が混じったと思ったが、すぐに無気力な表情に戻ってしまった。
「俺たちは63階層からは祝福の鐘、紅翼、六道の3パーティと、その他50階層の攻略パーティのメンバーで『ダンジョンシーカーズ』というクランを結成して攻略していた。俺はマスターシーフで火力も耐久もないから攻略組から外されていた。だから63階層のことすら知らない。その点、ラナはヒーラーとして第一線攻略組に選ばれていた」
「あなたたちの素材の提供がなければ、63階層から先の攻略は不可能だったと思います。まぁ今となっては、その方が良かったのかもしれませんが」
「わたしたちのせいで70階層に行くことになったと?」
めちゃくちゃなことを言っているというのは本人も分かっているんだろう。装備があったせいで70階層まで到達出来てしまったと言っているが、装備が無かったらそれまでの道中で死んでる可能性だってあるんだから。
「しかし、あなたがたの存在が目障りだったのは確かです。アインさんもファルコンさんも自分たちが1番でないのを気にしていましたから。だから70階層のあの時に立ち止まれなかったんです。まだ70階層の素材が出回っていなかったから、ここを突破すれば1番になれるって……」
そう言うとラナは泣き出してしまった。冒険者という職業の都合上完全に自己責任で俺たちに非はないんだろうけど、それでも俺が関わっているのは紛れもない事実だ。あのアインという男が1番であることに拘っているのは分かっていたし、1番でないことを意識付けようと素材を流していたんだからな。
「あなたたちに当たっても仕方がないことくらい分かっているんです! 私が、私がちゃんとみんなを回復できていれば、あんなことにはならなかったんですから!」
「ラナ、お前のせいじゃない!」
「私のせいなんですよ! ヒーラーの回復が追いつかなかったなんて、そんなのヒーラーのせいでしかないじゃないですか! 私のせいで、私のせいでシュルドさんとファルコンさんは死んだんです! あと一秒転移結晶を使うのが遅かったら、私もアインさんも死んでたかもしれない!」
ヒールが間に合わなくて味方が死んだっていうのはヒーラーからしたらトラウマになるのは分かるけど、そんなパーティ全体でヒールが間に合わないことなんてあるのか? それはそれでかなり特殊な状況に陥っていると思うんだが。
「それはラナ以外のヒーラーでも同じだ。ラナで無理なら、他のやつにも無理だってみんな分かってる。誰もラナを責めたりしない」
まぁでもそういう話じゃないんだろうな。たとえどんな状況だったとしてもヒーラーとしての役目を果たせなかったんだから自分が悪いと。もはや自分を責めないと気が済まないのだろう。まぁ自分を責めるのはいいけど、でもヒールが間に合わなかったとかじゃなくて多分それ以前の問題だと思うな。
「70階層の攻略推奨レベルは最低300だ。それに満たないレベルで行けば、誰だってそうなる」
「はぁ!? あんた何言ってんだ!? 推奨レベル300!? 俺で150。63階層からの攻略のためにレベリングを行ったラナでようやく180だぞ?」
レベル180か……。やっぱりというか、むしろ俺からしたら69階層もよく突破できたなって思うようなレベルなんだけどな。思っていたよりも個々の戦闘技術なんかは優秀なのかもしれない。
「あぁ、お前も冒険者ならそれがどれくらい無謀か分かるだろ? むしろ2人しか死ななかったことが幸運だったと思った方がいい」
「世界トップクラスの騎士で実力不足だってか? 冗談だろ。そんなのアインが言ってた事実上の攻略不可ってやつじゃねぇか」
「攻略不可? お前なんでそうなるんだ? レベルを上げればいいだけの話だろ」
まぁ厳密には最上級職に転職する必要もあるけどな。しかしレベル180でアレに挑むのは流石に無謀だろ。
「全員の体力を強制的に1にしてくるんですよ!? あんな理不尽、レベルでどうこうできる問題じゃないんです!」
なるほど、全員の体力を1にしてくるから個別で回復をしていたのでは間に合わないというわけか。けどなんというか、70階層のボスモンスター、『アークエンジェル・レプリカ』が最上級職に転職してない奴は挑戦しない方がいいって言っていた意味が余計に分かった気がする。
純白魔道士の固有スキルに『エリアメガヒール』という回復スキルがある。これはパーティメンバー全員を一気に回復できるスキルなのだが、まさにこれを習得してから来いってことなのだろう。
「理不尽か。それを言ったら俺たちだって余程理不尽だと思うがな」
「ふーん、どう理不尽なんだよ」
「『クロノスタシス』」
ライガの時を止める。口を開けたまま無様なポーズで固まった。ラナは回復役だったころの癖が残っているのか、すぐに異変に気づいた。
「ライガくん……!?」
俺はライガが羽織っていたちょっとカッコいい黒色のマントを脱がしてやる。こいつにこんなイカしたアイテムは必要ない。そのかわりにアイテムボックスからパーティで使う三角帽子を取り出して被せてやる。なんでこんなものを持っているかというとカレンちゃんの出店おめでとうパーティで使ったのだ。ついでに本日の主役と書いてあるタスキもかけてやる。
「ククク……!」
「おい、っ……テンマ……」
「ぷっ……」
「……」
とんでもないお調子者が出来上がってしまった。俺たちが酷い楽しみ方をしているということで一方で、ラナは全く動かないライガに困惑していた。
「え、なんで、なんで!? ライガくんに何したの!?」
俺がライガにクロノスタシスを使ったのはただこうやって遊ぶためではない。理解の範疇を超えた現象、理不尽を味合わせるためだ。今のラナに必要なのはトラウマの克服。荒療治になるが、致し方ない。
「状態異常だ。『キュア』をすれば解除される」
白魔道士で習得できるスキル『キュア』。もしくは高僧の『解呪』というスキルで状態異常は解除できる。
「どうした、早くしないとライガが死ぬぞ」
「え……なん、で……?」
まぁこれは嘘だけど。でも知らない人からしたら判断のしようがないし、とんでもなく理不尽だと思う。突然の宣告にラナの表情が固まった。トラウマがフラッシュバックしたのか、ガクガクと痙攣し、過呼吸を起こし始めた。
「はっ、はっ……っ……はっ……き、っ、きゅ……」
なんとかスキルを唱えようとしているが、掠れた声しか出ていない。それに魔力も安定していない。恐怖心のせいか、力が入りすぎている。
「悪いが、俺たちはこいつを治すつもりはない。お前がやるしかないんだ」
「………っ……はぁ……はぁ…………っ」
すると、ふいにラナの目が虚になりフラッと受け身も取らずに倒れてしまった。脳がこれ以上は危険だとショートしたみたいだ。しかし……
「っ、ラナ……!?」
ライガの時間停止は解除されていた。まだ2分程度しか経っていないので自然に解除されるには早すぎる。きっと薄れゆく意識の中でもキュアのことで頭がいっぱいだったんだろうな。意識が飛びかけたおかげで逆に力が抜けたのか? 俺が自転車の乗り方を忘れないみたいに、本能的に魔法を使うことが出来たのだろうか。
「おい! ラナに何をした!?」
「気疲れしただけだ。ほら、これを飲ませてやれ」
俺はアイテムボックスから万能治療薬を取り出してライガに手渡す。ライガは鑑定をして物を確かめたのか、疑うことなくそれをラナに飲ませ始めた。
薬を飲んだら最初真っ青だった顔も血色が良くなり呼吸も落ち着いた。そのラナは10分ほどで目が覚めた。
「……、ライガくん……?」
「ラナ! 気がついたか!?」
「ライガくん……? はっ! ライガくん!? 良かった、生きてる、生きてるよぉ……!」
「えぇっ!? ど、どうしたラナ!?」
俺たちのことを忘れているのか、お構いなしに熱い抱擁を交わしている。
「あー、そういうのは俺たちがいないところでやって欲しいんだが……」
「っ……! あなたたちは何が目的ですか! ライガくんを殺そうとして!」
めちゃくちゃ睨まれた。まぁ嫌われるのも仕方がないな。
「えっ!? 俺殺されそうになったの!? うわっ、なんか頭に乗ってる!? なんだこれ!? あ、え、本日の主役……? え、マジでなんだよこれ……」
何も分かっていない男が今更自分にされた悪戯に気付いたせいでシリアスな場面にお調子者が出てきてしまった。
「ラナさん。落ち着いて聞いてください。テンマ様のあの魔法に殺傷能力はありません。全てあなたの魔法を引き出すための演技です」
「トラウマを抉るようなタチの悪い方法をとったのは悪かった。お前が再び魔法が使えるようになるにはそのトラウマを克服する必要があると思ったんだ。そして、結論から言うとお前の魔法は成功した」
「私が、魔法を……!?」
おいおい、やった本人が1番驚いてどうする。さっきのは無我夢中だったから気付いていないとか? なら次は平時でも使えるか試す必要があるな。
「なにぃ!? ラナは魔法が使えるようになったのか?」
「はいはい、それを確認するから本日の主役は黙ってようね〜」
とてもじゃないが本日の主役に対する扱いじゃないな。まぁその実態は本日の主役と書いてあるタスキをつけただけの人なのでその扱いで正解なのだが。
「じゃあもう一度試すぞ。『クロノスタシス』」
とりあえずまたライガを標的にさせてもらった。間抜けな表情をしたまま固まっている。
「ふぅ……大丈夫……」
一方でラナは落ち着いていた。一度理不尽な状況に立ち向かった経験が彼女を精神的に成長させたのかもしれない。よし、魔力も安定しているし、これだけ落ち着いていれば大丈夫だろう。本人もこれはイケると確信したような表情だった。
「『キュア』」
結果は文句なしの成功だった。ラナの魔法は澱みなく作用し、ライガの時間停止状態を解除した。
「や、やりました!」
「おめでとう!」
みんなで拍手と賛辞を送る。トラウマを克服できたのなら少しは罪滅ぼしになっただろうか。泣いて喜ぶラナの姿を見て俺の心の蟠りも少し晴れた気がした。
「え、なに何がおめでとうなの!?」
状況の分かっていないライガは放っておくことにした。
「さて、ダンジョンに行くか!」
 




