第73話 世界最強
アロエの入学式までは1ヶ月ほどあるのだが、なんだか最近のアロエはこれまでよりも増して頑張っている。なんならここ1週間ほどはそろそろ休憩をしようと提案をするとアロエからあと1周したいと声が上がるくらいだった。
「アロエ、最近頑張りすぎてないか?」
「全然そんなことないですよ! むしろもっと頑張らないといけないくらいです!」
決してそんなことはないと思うんだが……。話を聞くとなんと最近は勉強も頑張っているらしい。王国育ちのアロエにとって帝国史は全く馴染みがなく、聞けば入学試験では帝国史が0点でこのままでは試験に落ちるのではと泣きそうになったのだとか。逆に職業の特性などを問われる職業学は全て分かったそうで、アロエはそこで取り返せて良かったと安堵していた。
「なので最近は帝国史の勉強のために年表を覚えているのですが、政策とか戦争とかがたくさんあって年号や時代が一致しないです」
アロエのその気持ちは分からなくもない。世界史やってたときルイ何世とかいっぱいあると全然ピンと来なかったもんな。なんちゃらの戦いとかもいっぱいあったし。
「政治的な背景を知らずに暗記しようと思うと大変なんだよな」
簡単な語呂合わせで年号を覚えてしまうのもテクニックだと思う。労力が減るからな。しかしそれでは理解には程遠く、いつか「あれ? その単語聞いたことがあるけど何だっけ?」という事になりかねない。そこでそのハリボテの知識に厚みを与えるのが周辺知識だ。
「例えば、その政策が施行したのは誰で、その時の時代がどういうものだった、とかその政策を施行した結果どうなった、とかそういう情報があるとより覚えやすい。覚える量は増えるがそうした方が当時起こっていたことが見えやすいんだ」
特に戦いや乱はそうだ。どのようなきっかけでその戦争が始まったのか、どういう戦争なのか、どちらが勝利したのか、あるいは和睦しているのならば和睦のきっかけとなった条約は何か、といった情報までをセットで覚える。とはいえ小さな紛争までそれをやると途方も無いので、時代のターニングポイントになるような大きな戦争だけでも十分だと思う。まぁでもそういうのは好きじゃないと苦痛だもんなぁ。
「特に初代皇帝が誕生してからの数百年は戦乱の世が続きますからね。ここサザーランド帝国は今でこそ王国と和平していますが、長い歴史を振り返れば王国帝国間でいくつもの戦争が繰り広げられています」
王族として王国の歴史を学んでいたトワが、王国史にも旧体制の帝国の名前が登場してきたと言う。何でも当時の帝国は武力主義の思想が強く、近隣諸国に侵略戦争を度々仕掛けていたそうだ。連戦連勝と破竹の勢いで勢力圏を拡大していったのだが、領地を広げすぎたがあまりに多国連合との戦いを強いられることとなる。二正面作戦、三正面作戦といった難局が度々訪れ、敗戦が増えたことで帝国の国力は激減。さらに武力主義を先導していた何代目かの皇帝が崩御し、そこに疲弊した国民を憂い立ち上がった当時和睦派のリーダーであった現皇帝のご先祖様が帝位を簒奪したことで長く続いた戦乱の世が終わったそうだ。
「年に1度実施される武闘会は武力主義だった頃の名残なんですよ」
「あぁ……あのコロシアムで行われるやつか。そんな歴史があったんだな」
帝都には大きな競技場があるのだが、そこで毎年武闘会が開催されている。帝国一を決める大会というだけあって数百倍というとんでもなく高倍率な予選が設けられている。
「そういえば皆さんは予選免除の資格があるのに参加しないんですか……?」
厳しい参加資格が問われる武闘会だが、Sランク冒険者は問答無用で予選免除だ。他にも騎士団長や団長推薦の団員の数名は予選免除になるらしい。俺たちはSランクなのでアロエの言う通り初めから決勝トーナメント進出の権利を持っているが……。
「しないよ。面倒なことになりそうだし」
これに関しては参加するメリットが無いということで俺たちの中で既に結論が出ていた。
「騎士団長に勝っちゃったら面倒なことになりそうだもんね〜」
「人類最強なんて呼ばれているそうだからな。おまけにその団長に推薦される騎士団員も人類最強の後継者だなんて持て囃されている」
そう、それに勝ってしまったら間違いなく目立つ。帝国が武闘会という大規模な大会を開催するのには強い人材をスカウトするという目的がある。つまりここで活躍するということは帝国中枢部に目をつけられるということと同じだ。
「残念です。お兄様が出場したらどうなるか見たかったです……」
「そりゃ優勝するだろ」
「優勝するね」
「優勝ですね」
そんなの見るまでもないとミーナが付け加える。ちょっと君たちヒートアップしすぎて声が大きくなりすぎだわ。人気のない帝都ダンジョンとはいえいくらかのパーティはいる。そのうちの同じ鎧を着たむさい連中が俺たちを睨みつけていた。睨んでいるだけなら良かったのだが、そのうち1人の男がズカズカと俺たちに近寄ってきた。
「ちょっとそこの。そんなに自信があんなら俺と相手してくんねえかな」
ほらー、こういうことになる。格好を見るに騎士団だろうか。武闘会のことで大口を叩いているやつが気なくわないと顔に書いてある。俺は何も言ってないけどね。
そのきっかけを作ってしまったアロエが「ごめんなさい私のせいで」と落ち込んでいたのをミーナ、フィー、トワの3人が気にしなくていいとフォローしている。うん、アロエは気にしなくてもいいけどお前らは正座。
「ドルフ、休憩中とはいえ訓練中だぞ。気持ちは分かるがやめておけ」
「あぁ、一般人とやり合うなんてそれこそ団長から大目玉だ」
「ならお前らは団長が舐められててもいいってのか?」
静止しようとしていた団員も押し黙る。傍観していた他の団員から俺は止めねえ! と声が上がる。まぁ俺はどっちでもいいんだけどね。
「あー、やるならやる。やらないならやらないでいいよ」
「生意気なガキだな。おい、こっちから手を出すのは対面的にまずいからな! 先手は譲ってやる!」
「そうか。なら遠慮なく」
俺とドルフの距離は約5メートル。この距離を俺は1歩で駆ける。スキル『縮地』、これは『拳豪』のスキルだ。その速度と距離は素早さに依存するため俺が使うとえげつない速度が出る。
「縮地だと!? 『プログレスシールド』」
流石に訓練をしている。縮地にもちゃんと反応して盾で受けてきた。騎士団というだけあって職業は騎士みたいだ。高い防御力と盾スキルは対人戦において真価を発揮する。だが、それはあくまで同レベルの者が戦った場合の話だ。
「『パワーストライク』」
「ぐぉぉぉおおおおおお!!!!!」
剣と盾がぶつかるその瞬間、俺は剣士が最初に覚える一番弱いスキルを使うとそれを思いっきり盾にぶち当てる。すると、ドルフは構えた盾で攻撃を受けきれずに情けなくバランスを崩し尻餅をついた。
「鎧袖一触。流石はテンマ様ですね」
「いやまぁ彼も頑張ったと思うよー。ちゃんと盾でガード出来てたし」
「させてあげたの間違いだろ……直撃したら死んでしまう」
こっちの陣営は盛り上がっている。そんな面白い内容じゃなかったろうに。
「マジか……ドルフが負けた?」
「世界最強の後継者だぞ……?」
「何者だあいつ」
一方で騎士団の方はというとざわついている。なんか不吉な言葉が聞こえてきたのを気のせいだと思いたい。もっと盛り上がる試合にした方が良かったか、なんか気まずい空気になってしまった。
「おい、なんの騒ぎだ!」
俺がどうしたものかと棒立ちしていると、そこに凛としたオーラを纏った女性が現れた。なんかどことなく雰囲気がミーナに似ている。30歳くらいか? ミーナもあと10年くらいしたらこうなるのか?
「だ、団長……!」
なんと、団長は女性だったのか。てっきり筋肉モリモリのゴリゴリマッチョな男だと思っていた。しかしよく見てみると、この女は確かに世界最強と呼ばれてもおかしくない実力者だと分かった。
「事情は伺った。サザーランド帝国騎士団長、サクラ・カミイズミだ。私の部下が失礼した」
「いや、なるほど。あんたを馬鹿にしたつもりは無かったが、あんたの部下が怒る理由は分かったよ」
レベル200はありそうだな。正直ここまでストイックにレベルを上げている奴がいるとは思わなかった。ミーナと戦ったらどっちが勝つか。
「それでも誇り高き騎士が一般の方に剣を向けるなどあってはならないことだ。私に出来ることなら何でもする故、このことは不問にして頂きたい」
マジ? 今なんでもするって……。
「じゃあとりあえずその身体でお詫びをして貰おうかな」
あれ、なんか背後からめちゃくちゃ冷たい視線が……。




