第71話 普通の生活、人並みの幸せ
純白魔道士のレベル上げを始めて1週間。レベル上げだけじゃなくてダンジョンの攻略も1日に1階層ずつ進めていって、王国のダンジョンと同様こちらも70階層に到達する。こっちのダンジョンにも門番役の天使? ホムンクルス? がいた。
「警告。神ノ領域ニ……」
「あ、帰ります」
「……」
別に俺たちは冒険がしたいわけではないので。このホムンクルスに感情があるのかは不明だが、話を途中で遮ったせいかちょっとしょんぼりとしたような顔をしていた。今後ダンジョンを制覇しようと思ったらこれを倒しに来なきゃダメなのだろうか。ダンジョンのボスモンスターは倒されれば自然に復活する言わばシステムのようなものだが、そう分かっててもやりにくいな。
ひとまず今回は転移結晶を用いてダンジョンを離脱する。
「俺はアロエを連れて神殿に行ってくる」
「はーい! 私たちは41階層から50階層を周回してレベル上げしてるね〜」
10階層や20階層のボスモンスターが闊歩している41階層から50階層はレベル上げに効率の良い狩場だ。ミーナやフィーは1000体ほど狩ればレベルが上がるので1日1レベルを目標にするのに丁度いい。トワは少しでも差を縮めたいと1日2レベルペースで頑張っている。
ミーナたちと分かれてアロエと街を練り歩く。これも良い気分転換だ。ずっとダンジョンの中でモンスターを狩ってるのも陰鬱な気分になるからな。だから一直線に神殿に向かわずに屋台で美味しそうなものを買ってしまうのも仕方がないんだ。
「ほい」
「あ、ありがとうございます!」
金属の型に色々な具材を混ぜたタネを入れて焼いたたこ焼きもどきみたいなものを買う。まぁ美味いものを混ぜて焼いただけなのだから不味いわけがない。アロエも毎日頑張っているからこのくらいのご褒美をあげても良いだろう。ちょっとくらいサボっていてもみんな許してくれるはずだ。どれ、俺も一口。うん、美味い。ちょっと食べたら余計に腹が減ってきたな。
よし、アロエには悪いが免罪符にするために付き合ってもらおう。俺が1人で勝手に屋台巡りをしていたらミーナたちが怒るかもしれないからな。でもアロエも腹が減っていたことにすれば怒られない。さぁアロエ、好きなだけ食べなさい。
そんなわけで中央広場までやってきた。ここはだいたい屋台があるところには近くに休憩するスペースもあるので落ち着いて食べることができる。
「さて、どれからいく?」
「じゃあこのベーコンとお芋のやつで」
「お、いいね」
自家製のベーコンで芋を包んでホイル焼きにしたものだそうだ。自家製ベーコンが美味しいのはもちろんのこと、このベーコンから出てくる旨味たっぷりの肉汁を吸収した芋がまた美味い。
「美味しいか?」
「はふ、はふ、ふぁい……おいひいれす」
ほくほくの芋を頑張って頬張っていて可愛い。子供、いや孫を見ている気分だ。あれだ、俺が何をしてても可愛がってくれたじいちゃんはこんな気分だったのだろうか。中央広場にはいろいろな人がいる。ちっちゃい子供からお年寄りまで、なんならおじいちゃんと孫と思われる組み合わせもいた。飴細工のお菓子を喜んで食べているのをニコニコしながら見ている。おじいちゃん、あんたの気持ちわかるぜ。
「ねぇ、これ可愛くない?」
「や〜ん食べるのが勿体ない〜」
同じ服を着た若い女の子がクレープを持って歩いている。なんでも帝国では最近クレープが若い女子の間で人気になっているんだとか。まぁたしかにクレープはタピオカみたいに映えとかが流行する前から若い女の子に人気だったもんな。まぁタピオカも映えとか言われる前にもブームだった時があるから周期性の問題かもしれないが。それを言うとクレープは年がら年中人気だからやっぱり強い。クレープはどこの世界でも通用するみたいだ。
「アロエもクレープ欲しいか?」
「えっ? あっ、いえ、大丈夫です! ほら、あんなに並んでますし!」
なんかチラチラと見ていたからてっきり欲しいのかと思ったけど、もしかして遠慮してるのか? まぁでも人気なだけあってたしかにアロエの言う通り行列が出来ている。あれを並んでいたら流石にみんなに悪い。買い食いはするのに列に並んで人気のクレープを買うのは気が引けるのはなんなんだろうな。いやほんとどこに罪悪感を感じてるんだよ。
「また空いてる時に来ような」
「お兄様! 本当に違いますから!」
ん? あれ? なんかこの反応は本当に違う気がしてきた。うーん、我慢できる子だから本心を隠されると俺にはもう判断がつかない。
「ということがあったんだ」
夜。そんなわけでアロエとココが寝た後に今日あったことをミーナたちに話した。アロエの反応が気になり過ぎて話してしまった。
「テンマ様……わたしたちが頑張っている時に……」
そうなりますよねー! トワはたまに飯の時間も勿体無いからっておにぎりを持って行ってますもんねぇ!
「いえ、別に買い食いは良いですよ。ただ、頑張っていたらご褒美が貰えるのですねと思っただけで……」
チクチク言葉やめて!? ご褒美くらいあげるから!
「そうだな。私たちにもご褒美が必要だと思うんだが?」
「頑張ってるからご褒美が欲しいなんて自分から言わないけどね〜」
お、フィーよく言った。そうだよ頑張ってるかどうかなんて自分じゃなくて他人が判断することなんだから。みんなぐうの音も出ないほど頑張ってると思うけどねぇ!
「良かったなテンマ。フィーはいらないみたいだ」
「あーうそうそ。テンマく〜ん。私もご褒美欲しいなぁ……」
「媚びるな! その技は俺に効く!」
密着して肌を擦り合わせてくるこんな露骨な色仕掛け。色仕掛けって分かってるのに効いてしまう俺の情けなさよ。
「で、ご褒美は何が欲しいんだ?」
金か? 宝石か? たしかにみんな頑張ってるのは間違いないし、モチベーション維持のためにもご褒美はもともとあげるつもりだった。まぁこれは甲斐性を見せる良い機会でもある。俺にできることなら何でもしてやるつもりだ。
「そんなの決まってるではないですか……」
え、怖い。そんな決まってることはないだろ。
「テンマはベッドに横になっているだけでいい。安心しろ、天井のシミを数えている間に終わる」
「は〜い、そういうわけだから女の子3人コース男性一名様ご案内〜」
なんだその如何わしいコースは。おかしい、相談をしていただけなのにどうしてこうなった。でもこれをご褒美として所望しているというならば仕方がない。満足するまで相手してやるか。
最悪夜通しベッドの上の運動会開催も覚悟したが、みんな明日もレベル上げをするからと1回で満足してくれた。
なんだ? 明日は槍でも降るのか?
4人で余韻に浸っていると不意にフィーがそういえばさぁと口を開いた。
「テンマくんさ、アロエちゃんはクレープを見てたんじゃなくて女の子を見てたんじゃないの?」
「ん? あぁさっきの話か」
唐突過ぎて何を言われたのかが分からなかった。ただ女の子を見ていたというのもどういうことか結局理解できなかった。
「テンマとアロエが見た女の子というのは学校帰りの学生じゃないのか? 話を聞いた感じアロエはクレープじゃなくて学校に興味があったんだと思うぞ」
え、もしかして2人ともそういう意見なの? 言われてみれば服が一緒だったのはあれは制服か! 恥ずかしい気づいてなかったのは俺だけか。ただの鈍感野郎じゃねぇか。
「テンマ様はそのままでよろしいかと……」
「だねー。女心を察して先回りしてくるテンマ君とかちょっと想像できない……」
「ライバルも増えそうだしな。お前は鈍感なままでいてくれ」
うん、褒められてないよね? けどそうか、アロエは学校に興味があったのか……。いや、アロエの生い立ちを考えたら同年代の子が送っている普通の生活に憧れるなと言う方が難しいか。
「学校、通わせてやるか……」
「そうですね。たしか帝国の学校は貴族と平民の割合が7対3ほどだったはずです。王国では貴族にしか門戸が開かれていないので、3割というのはかなり多いですよ。これは身分関係なしに優秀な人材を広く受け入れるよう当時在学中であった第一皇子がその風習を作ったからだと聞いています。現在は第二皇女が在学しているはずなので、平民差別は例年よりも少ないと思います」
なるほど、下手に平民差別をしていたら皇族批判に直結しかねない状況なわけだ。身分による差別がないというのは暮らしやすそうだな。
「というかトワはなんでそんな詳しいんだ……?」
「王国と帝国は隣国ですからね。敵対していたわけでもないので交流はありますよ。我々が帝国に訪問することもありましたし、向こうがこちらに訪問されることもありました」
「こういう話を聞くとトワが本当に王女様だったことを思い出すよね……」
外交とか俺たちには全く無縁だもんな。けどトワのおかげで帝国の学校の実態を多少知ることができた。うん、なんとなくだけどアロエが入学しても大丈夫な気がする。
「とりあえず明日アロエを連れて行ってみるよ」




