第69話 白いやつ
ココとアロエは状況こそ違えど似通った境遇をしている。両親の愛を目一杯受けたが不幸な事故で若くして死んだココ、一方で物心ついた時には孤児院で育ち両親の愛を知らないアロエ。どっちが幸せかなんて比べることは出来ない。どちらも同じく不幸な子だ。そんな2人が幸せそうな寝顔をしていたときは俺も目頭が熱くなるものがあったのだが……。
「アロエちゃん分かってないの! お兄ちゃんは甘い卵焼きが好きなの!」
「それはココットちゃんの願望でしょ! お兄様は卵焼きに砂糖なんかいれません!」
この2人、ただいま甘い卵焼きは有りか無しかで揉めております。テーマが可愛いなぁ。
「愛されていますね。お・に・い・さ・ま」
「俺、妹属性はないぞ」
嫌いじゃないけど微笑ましいと思うだけで彼女にしたいとか奥さんになってほしいとは思わないな。流石にちびっ子2人には手を出すつもりはないからな。
「テンマ様は愛されていますね」
おい、さっきのやり取りを無かったことにするのか。後出しじゃんけんじゃないか。いやまぁトワも俺のことを愛してくれているが故に空回っちゃうって考えたら可愛いんだけどね。
「それで、テンマとしてはどうなんだ? 甘い卵焼きか、塩味の卵焼きか希望はあるのか?」
「ん? どっちも好きだぞ?」
まぁこっちだとその2択くらいしかないのがちょっと不満だけどな。食文化はこっちにくる前の方が圧倒的に進んでいた。味噌、醤油、麺つゆ、マヨネーズ、ケチャップ、エトセトラ……それらが無いというだけでかなり食に制限がかかる。完全に無いというと嘘になるのだが、味噌や醤油は遠い異国の交易品らしく大手の商会に行ってもたまにしか手に入らない。
うーん、料理のことを考えていたら和食が食べたくなってきたな。出来れば調味料を大量に入手したいところだが……。それにみんなにも俺のソウルフードを食べてもらいたい。
「調味料を安定して仕入れられたらなぁ」
みんなのためにも食生活のレベルは出来るだけ上げたい。美味しいご飯が嫌いな人なんていないのだ。
「私は今のままでも十分だがな……」
「だね〜。冒険者だと野営が当たり前だったし、おかずが沢山あるって幸せだよ〜」
と思ったのに冒険者組は現状でも満足らしい。けどアロエはまだ子供だから美味しいものを食べたいはずだ。
「わ、私はお腹いっぱい食べられるだけで幸せです。ありがとうございます。お兄様」
あれぇ……思ったよりみんな食に満足してらっしゃる。
「まぁ、テンマ様の仰っていることもわかります。王宮にいた頃の料理はもっと味付けが多彩でしたから」
「そうだよな! やっぱり色々食べたいよな?」
流石にトワなら分かってくれると思っていた。貴族には美食家が多そうだもんな。
「いえ、わたしはみんなで温かい食事を食べるこの雰囲気が好きなので中身はそこまでなのですが、みなさんにも色々な料理を経験して欲しいというのはありますね」
なんか思ってたのと違ったけどみんなに美味しい料理を食べてもらいたいという気持ちだけで動くことにしよう。
「とりあえず商業ギルド、エッセンス商会に行くか」
商業ギルドは色々な商会が互助し合う組合のようなもので、ここにいけばだいたいのものは揃う。服屋、武器屋、防具屋のようなメジャーどころは複数の商会が入っているが、それぞれに得意分野があってなるべく競合しないように上手くやっている。逆に、調味料を仕入れている商会はマイナーで、数十数百規模の従業員を抱えている大きな商会はこのエッセンス商会しかない。
「なんか仕入れてるか?」
「うーん……あ! 目玉の入荷品は胡椒だって!」
各商会は入荷する度に目玉商品を張り出してくれている。胡椒の入荷はかなり珍しい。かなりの貴重品でなかなかいい値段だ。
「じ、10グラム10万ゴールド……」
アロエが値札を見て数十人が1ヶ月生活できますよと震えている。いや数十人は無理だろ……。
「あって困るもんじゃないから」
胡椒があればカルボナーラがいい感じになるな。些細な差だけど胡椒があると味が締まる気がする。さらに掘り出し物はないかと商会内を物色していると俺はそこで初めて見つけてしまった。
「これは!」
米だ! 米食の文化がある地方があるという話は聞いていたが、まさかお目にかかれるとは……!
「お米……ですか?」
「知っているのか?」
「はい。東の海を渡った大陸で主食とされている穀物ですね。一度だけ口にしたことがあります」
そんなところで栽培されていたのか。海の向こうかぁ。いつか行かなきゃなぁ。
「ということは……この食材は海を越えてやってきたってこと?」
「はい。みなさんご存知の通り海を渡るというのは一歩間違えば未踏破領域に踏み込む自殺行為です。それだけでこの食材の希少性はお分かりいただけますよね」
位置情報どころか正確な海図もないのに貿易なんてなかなかな無茶だわな。そりゃ出回らんわけだ。けど数千年前にインド中国から海を渡った日本に稲作が伝わったことを考えると不可能ではない気がする。
「幻の食材だな……しかしこんな硬いものを食べるのか? あまり美味しくなさそうだが……」
「まぁまだ炊いてないからな」
うーん、そして精米して白米にしたい。玄米でもいいけどやっぱり銀シャリだ。栄養価なんてしらねぇ!
「店主、この米俵をくれ!」
「お前さんこれを全部買うってのか? これ全部だと1000万ゴールドになるけど払えんのかい?」
「もちろん即金で」
1000万ゴールド? そのくらいポンとくれてやるよ。やったぜ、アイテムボックスで保管しておけばしばらく米には困らない。帰ったら早速土鍋で炊いてみんなに食べてもらおう。
帰宅して早々キッチンに向かう。
「アロエ、ちょっと来てくれ」
アロエにはお仕事の一環としてまず最初にお米の炊き方を覚えてもらおう。とても重要な仕事だ。
「まずお米をこうやって水でとぐ」
「水でとぐ……?」
アロエだけじゃなくて一緒に見ていたミーナたちも何言ってんだって顔をしてる。いや分かるよその疑問。洗うでいいもんな。なんなら洗米って言うし。
「まずはお米をこうやって洗う」
「水でとぐ……」
うん、リテイクしたんだからそこに引っかからないで。
洗うでいいから。
「で、とぎ汁が……」
「とぎ汁……」
あぁ文化の壁が高すぎて乗り越えられない。とぎ汁はとぎ汁だろ。他になんて言うんだ。
「白濁した液が出てきましたね」
「ね、白くて粘っこいのがあんなに……」
なんだその卑猥な言い方は。フィーはなんで意味深に下腹部に手を当てた? そんなに欲求不満なのか? でもすまん、今はお米が食べたいんだ。今お前たちにご飯にする? お風呂にする? それとも……って質問されてもご飯! って返すくらい米の誘惑が強い。ご飯にする? ライスにする? それともお・こ・め? って選択肢しかない。
「お米を溢さないように水を捨てて、この水がちょっと透明になるくらいまで繰り返すんだ」
きれいな透明になるまでやったらお米の旨味まで逃げてしまう。なのでお米についていた汚れを落とす程度で問題ない。
「そしたらあとは火にかけて、沸騰してきたら火を弱める。後は炊き上がるのを待つだけだ」
「もう終わりですか!? 簡単ですね」
まぁお米を炊くなんて小学生の調理実習でもやるからな。アロエに炊飯係を任せられるだろう。
「じゃあこの待っている間に目玉焼きでも作ろうか」
せっかく胡椒が手に入ったからな。目玉焼きと言えば塩胡椒だろう。ちなみに俺は目玉焼きは両面焼きの半熟派だ。サニーサイドダウンという名前らしい。まぁ片面焼きした目玉焼きをひっくり返して20秒ほど焼くだけなのだが、このたったひと手間を加えるだけでワンランク上の目玉焼きになる。
「アロエ、食器を用意してくれるか?」
「は、はい!」
アロエが平べったいお皿を持ってきてくれる。あ、しまった茶碗が無いな。これじゃライスになってしまう。別になってもいいんだけどさ。というか目の前に土鍋で炊いたばかりのほっかほかの白米があるというのにそんなのどうでもいいわ!!
「いただきます」
うめぇ……。正直品種改良もされていないだろうからとあんまり期待しすぎないようにしていた。けど、ちゃんと米が美味しい。まともなお米だ。そして土鍋で炊いた炊き立てのご飯だぞ……美味しくないわけがないだろ。
「ん〜っ! 美味しい! 噛んでると甘みが出てくるね〜」
「フィー。次はご飯の上に目玉焼きを乗せてだな……醤油と胡椒を大雑把にかける。これで目玉焼き丼の完成だ」
食ってみな、飛ぶぞ。米と醤油の相性なんて言うまでもない。これを焼くとまた美味いんだ。あぁぁダメだ次は焼きおにぎりが食べたくなってきた。くそお炭火で焼いたおにぎりに醤油を垂らして食いたい。まぁでも……。
「うむ、美味い!」
「目玉焼き丼……非常に美味でした」
「こ、こんなの私なんかが食べても良いのでしょうか……」
「アロエちゃ〜ん、なに遠慮してんの〜? はいあーん」
「わっ、フィーネさん……あむ……はぅ〜美味しいよぉ〜」
みんな満足そうだし今日のところはこれでいいか。




