第65話 神様
婚約や結婚なんて言っても役所に申請するだけで手続きは終わる。流石に貴族階級の結婚は国が正確に把握しているが、国民の一人一人の戸籍なんてものはないので手続きも簡素なものだ。申請をしたら結婚証明書という紙を貰ってそれで終わりだ。しかしそれでも俺たちが夫婦になったというのには間違いない。
「とはいえ別に今までと何かが変わるってことはないんだよな」
「まぁなんだかんだずっと一緒にいるからな」
これまでの生活が既に結婚している男女のそれみたいなところあったからな。まぁそのおかげでいざ同棲するようになって価値観や生活習慣が合わなかったみたいな不幸な事故は起こらないのは良いか。
「結婚って思ったよりあっさりしてるんだね……もっと夢があると思ってたよ」
「わたしは結婚をとってもくろ〜い思惑がドロドロに絡まったものと認識していたので、恋愛結婚というだけで素敵だと思ってしまいますよ。政略結婚の中には12歳の女の子が50代の男性と結婚するなんてケースもありますから……」
おぉう……好きでもない人と結婚というのは貴族社会では普通のことなのかもしれないけど……それは流石に可哀想が過ぎるな。
「ふむ……貴族というのも大変なんだな」
「私、庶民で良かったよ……」
貴族っていうとお金を持っていて裕福なイメージが強いけど、人並みの人生すら歩めない人もいるんだな。そういう人たちの犠牲の上で成り立ってるのか。
「フィーお姉様、テンマ様が貴族になる可能性は十分ありますよ」
「え? そうなの?」
俺も初耳なんだけど。貴族ってそんな簡単になれるもんなの?
「国に多額の献金をして男爵になる方は珍しくないですよ。そこからあまり裕福でない子爵や伯爵と政略結婚をして爵位を上げていくのが一般的ですね」
爵位は金で買えるのか。この世界は徳だったり爵位だったり金で買えるものが多すぎるな。もしかして貴族になることで得られるステータスとかあるのかな?
それだったら貴族の仲間入りするのもやぶさかではない。
「爵位だけ貰うことって出来ないかな?」
「貴族位が欲しかったのですか? でしたらすぐご用意致しますが……」
嘘でしょ!? そんな権力あんの!?
「テンマ様……テンマ様は現国王の病を治療したという功績があることをお忘れですか? 公爵位は無理でも伯爵位くらいならば面倒な手続きもなくお渡しできると思いますよ」
あぁ、そういえばそんなこともあったな。大したことしたつもりないから忘れてたわ。というかそんな軽いノリで爵位って貰って大丈夫なの?
「貴族になると色々と責務が生じますが、父の命の恩人ともなれば免責の理由としても十分でしょう」
おお、それなら貴族になっても面倒なことにならずに済みそうだ。
「あれ? テンマ君が貴族になったら私たちはどうなるの?」
「ミーナお姉様が第一夫人、フィーお姉様が第二夫人、わたしが第三夫人、ミーナお姉様が正妻でわたしとフィーお姉様は側室という形になりますね」
「む、そんな序列をつけないとダメなのか?」
出来れば俺もみんなをランク付けするようなことはしたくない。
「序列が無ければテンマ様が今後新しく誰かを娶った際にいらぬ諍いを生みますよ?」
「テンマ!?」
「テンマ君!?」
「いや例え話にそんな言われても」
お前ら理不尽すぎるだろ。それに新しく娶る気無いけどね!?
「今後奥に加わる者の序列は基本的に我々よりも下で良いでしょう。まぁまさか自国の王女と同じ格を求める王国貴族はいないと思いますが……流石に帝国の皇女様クラスの方が来た場合には側室に迎え入れましょう。国際問題になります」
「テンマ君! だめだよ!?」
「俺は無実だ!」
どうやったら帝国の皇女様とお知り合いになるんだよ。まぁとにかく序列が大切だと言うことは理解した。
「これが盛大なフラグでないことを祈ろう……」
お前、そんな怖いこと言うなよ。
そんな未来のことであーだこーだ言ってもしょうがないのでとりあえず貴族位だけ貰いに王城に行く。
「伯爵位? いいよ!」
トワパパの軽い返事で俺は領地を持たない宮廷貴族としての地位を獲得した。
【称号『貴族』を獲得しました】
久しぶりにこの天の声を聞いた気がする。ってことはつまり貴族になることで上昇するステータスがあるんだな。
『貴族』……剣装備時の攻撃力+10パーセント。
おぉ、シンプルだけど強いな。貰って良かった伯爵位。
「ありがとうございますお父様。ではわたしたちはこれで」
王城の滞在時間は5分にも満たなかった。めちゃくちゃ忙しそうだったのに申し訳ないな。でも成果があったからよかった。
「それはそうと王国貴族が帝国に家を構えていても良いのか?」
ものすごく今更だけど俺の拠点って王国じゃなくて帝国なんだよね。家買っちゃったし、ココが良い子にして待ってるし……。ダメだったら伯爵位を返上すればいいか。もう称号は貰えてるから貴族位は無くても別にって感じだ。
「別に他国に土地を買ってはいけないなんてルールはありませんよ? まぁスパイ疑惑をかけられてもおかしくないので普通はやりませんが」
それってやるやつがいないからルールが定められてないだけじゃね? 実質禁止みたいなもんじゃん。これしかも王国だけじゃなくて帝国からもスパイ容疑かけられるだろ。まぁ非公式で貰った貴族位だし吹聴しなければ大丈夫か。
「まぁそういう規則が無いならいいや。出店で買い食いしてから帰ろう」
そうと決まれば帰る前に飯だ飯。王都のお祭り気分はしばらく味わえないからな。大通り沿いにはたくさん屋台が出ているので食べるものには困らない。問題があるとすれば選択肢が多すぎて何を食べるかだ。
大通りを歩いていると食べ物の屋台が並ぶ区画があったので物色する。こっちの世界にやってきたばかりの頃にアルフの街でお世話になったホーンラビットの焼き串があって懐かしい気持ちになった。折角だし人数分購入する。
「ホーンラビットの焼き串なんて久しぶりだな〜」
「私たち冒険者はよく食べていたが、トワは馴染みがないだろ?」
「はい、何度か見かけたことはありましたが……。でもただ炭火で焼いて塩を振っただけのお肉ですよね?」
悪く言うと手抜き、良く言うと素材の味。これを料理と認めない者も世の中にはいるだろうが……。
「なるほど、たまにはこういう野生を味わうのも良いかもしれないですね」
良かったのか悪かったのか反応に困るコメントだ。しかしこういう大味なところが屋台料理の醍醐味だ。レストランで出てきたらリピートはないなとなるような味付けでも屋台料理ならば許される不思議。
少し食べたら余計にお腹が空いてきたな。途端に食欲をそそる匂いが更に強烈に感じられるようになった。何を食べようか迷っていると、焼き麺という広告を掲げた屋台が目に入る。
「焼きそばじゃねぇか!」
日本のお祭りでは定番のやつだった。でも塩焼きそばだ。ソースが無いのが悔やまれる。
「あ、この間の……」
「ん?」
焼きそばに気を取られていて全く気が付かなかったが、声をかけられたので顔を上げたら両手にヘラを持った小さい女の子が立っていた。どこかで見たことがあるな。
「アロエです、孤児院の」
「あぁ! あの女の子か!」
なんとかとかいう変態貴族に狙われてた女の子だ。こんなところで屋台をやっているとは思わなかった。
「この屋台って前からやってたの?」
「いいえ、3日前からです。国王様が復帰なされたおかげで私たちみたいな孤児でも安全に屋台が出せるようになりました」
「あー、それは良かった」
俺がトワパパを治した影響がこんなところにも。良い方向に向かっているのなら良かった。けど、こんな屋台どうやって拵えたんだ? それに屋台とはいえ子供が一人で切り盛りするなんて危険だと思うんだが……。
「よおそこの兄ちゃん。アロエが可愛いのは分かるけどよぉ。ナンパはちょっと勘弁してくれねえかな」
「あ、ジョルジュさん」
ん? なんか冒険者の男が俺とアロエを引き離してきた。アイドルの握手会で握手した瞬間に追い立てるスタッフばりの剥がしっぷりだ。用心棒だろうか? 人目も多いしこれなら危険は少なそうだ。
「私たちという妻がいるのにもうナンパか」
「見損なったよ〜」
「最低ですね」
「おい」
お前ら分かっててやってるだろ! 俺の味方はいないのか!?
「待ってくださいジョルジュさん! この人は違います! この人は、いえ、この方は神様なんです!」
「え!?」
こっちはこっちでとんでもないこと言ってる!? お前らも分かってるなぁって顔してないで否定しろ。




