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第42話 クランハウスの幽霊

「ふむ、これが例の家か」


「家というか屋敷だよね……」


「長らく使われていなかったせいでお庭が雑草だらけですね」


 クランを設立するにあたって必要なのは拠点だ。そこで俺たちは売りに出ている物件を見繕っているというわけだ。大きい家を格安で購入したいと言ったら紹介されたのがこの曰く付きの物件だ。

 ここには元々とある帝国貴族が住んでいたのだが、その貴族が屋敷を手放してから新しい入居者が現れる度に心霊現象が起こるようになったそうだ。


「心霊現象ってやっぱりアレのせいだよね……?」


「一人娘の不審死ってやつだろうな」


 ここは当時の男爵家一家が使っていたのだが、一人娘の不審死を境に歯車は狂っていった。父親は積み重なる心労によりあり得ないミスを連発、男爵位を剥奪された。また、母親も精神的なストレスによる衰弱、特に食欲不振が酷く日に日に痩せ細っていった。スピリチュアルに強いオカルト専門家とやらが、これは一人娘が両親を連れて行こうとしているからだと言ったとか言わなかっただとか。


 まぁそんな胡散臭い話は置いておくにしても心霊現象が起こるのは確かなので、購入されたとしてもそのせいですぐに売りに出されてしまうそうだ。


「霊園や墓場には夜になるとゴーストというモンスターが出ることもあるそうだが……もしかするとその類かもしれないな」


 それは幽霊ってやつじゃないのか? 特に信じてなかったけどこんなファンタジー世界だといる可能性の方が高そうだ。


「ちなみにゴーストは物理攻撃無効だぞ。代わりに攻撃力や魔法耐性は皆無だが」


「ふむ」


 幽霊に物理攻撃無効はまぁまぁ納得できる。けどそれならもっと早く言って欲しかった。


「物理アタッカーばっかだなこのパーティ」


 かろうじて俺が魔法攻撃が出来る程度だ。トワは魔法使いに転職したばかりで本当に初期の魔法しか使えない。


「まぁゴーストならば安全だから大丈夫だ」


 あぁ、向こうからも攻撃手段がないのか。というかさっきからサラッと言ってるけど幽霊だよね? みんな幽霊とか平気なの? 


「とりあえず中に入るか」


 重厚な木製のドアが軋み鈍い音を立てながら開く。流石は元貴族の屋敷というべきか、天井にはガラス窓がたくさんあり多く太陽光を取り込む仕組みが出来ている。そのため中は思っているよりかは明るかった。


「まずは1階を全部見てからだな」


 玄関からまず目に飛び込んできたのは正面にある2階へと続く大きな階段。ホールになっていてどこに行くにもこの空間を通る必要があるというつくりだ。


 玄関からまず左手の部屋に入る。リビングだったのだろうか、20畳ほどの広々としたスペースにテーブルやソファといった家財道具が置かれている。寒い季節に重宝しそうな暖炉も備え付けられていた。


「何で前の持ち主は家財道具を置いたままなんだ?」


「不動産の人が動かそうとすると怪奇現象が起きるって言ってなかった? だから男爵が使ってた頃と家具の配置が変わってないって」


「家具まで曰く付きなのか」


 試しに椅子を持ち上げてみる。だがそうしても特に何も起こらなかった。


「何もおかしなところはないな」


 ミーナとフィーも同じく首を傾げている。収穫は得られなかったか。


「いえ、そうとは限りませんよ」


 トワはそういうが心霊現象も怪奇現象も今のところ起こっていない。


「屋敷に入ってからずっと違和感を感じていたのですが、その椅子を見てようやく違和感の正体が分かりました」


「椅子だと……?」


 俺は手に持った椅子を注意してよく見てみる。年代物なのか艶出しのコーティングはところどころ剥がれている。多少の傷があるがその程度のものだ。いや、待てよ? たしかにこれはおかしい。


「綺麗すぎる。まるで手入れがされていたみたいに」


「………!?」


 やはり……俺の手にはホコリもついていない。たしかに今思い返してみると屋敷に入ってからホコリっぽさなんて感じなかった。


 俺たちがこの違和感に気づいた瞬間、何かが通ったような気がした。心なしか周囲の気温が少し下がった気がする。


「デテイケ……」


 大きい声ではないが本能に語り掛けられるようなそんな声だった。声の主は姿を見せずその正体も分からない。


「ようやく心霊現象のおでましか」


 だが、俺が思っている以上に事態は深刻だった。不意に何かに服の裾を掴まれる。これは心霊現象ではなくフィーとミーナだった。


「どうした?」


「ごめんテンマ君……ちょっと不味いかも……」


「あぁ……ただのゴーストではないな……」


 俺には感じない何かに当てられたのか、呼吸が乱れて立っているのがやっとといった状態だった。けど、2人がこんな取り乱すとはな……。


「トワは大丈夫なのか?」


「はい。私は星占術師のおかげで状態異常には耐性がありますので」


 状態異常……? 状態異常なのかこれ!? 毒とか麻痺とかじゃないのか。というかトワって毒とか防げるの?


「一時的なパニック状態でしょうか。テンマ様は占い師をマスターしてる分お姉様方よりも精神力が高いのでレジストできたみたいですね」


 なるほど……そう考えると精神力って大事だな。


「どうやったら治るか分かるか?」


「あくまで一時的なものですので放っておいても治るかと……それが可哀想だと思うのなら抱きしめて宥めて差し上げるのがよろしいかと」


「マジか……」


 こんな状況で冗談なわけないよな……。なんか恥ずかしいな。


「さんざん愛を育んでいらっしゃるのですから今更でしょう?」


「まぁそうだけどさ」


 弁舌では勝てそうにないので大人しく従っておく。震えているミーナとフィーの頭を抱くと数秒ほどで2人の震えは止まった。


「大丈夫か?」


「ごめん……もう大丈夫」


「すまない。見苦しい姿を見せた」


 よし、ちゃんと2人とも回復したな。しかし問題は姿が見えない相手をどうやって攻略するかだな。屋敷を破壊するわけにはいかないしなぁ。


「テンマ様! 後ろにいます!」


「なに!?」


 後ろを振り向くと俺たちがさっき入ってきたドアの前に人型のシルエットが浮かび上がった。徐々にその全貌が見えてくる。


「女の子……?」


 そこには白を基調としたドレスを着た10歳くらいの女の子がいた。とてもじゃないがモンスターには見えない。


「ここはココのお家なの! お兄ちゃんたち早く出てってなの!」


 ココと名乗った女の子が俺たちに向かって叫ぶ。なんだかこっちが悪いことしてる気分だ。


「どうしますか? 今なら倒せますよ?」


「血も涙も無いな」


 だが、たしかに彼女には実体があるように見える。ゴーストは物理攻撃が無効らしいが、彼女には物理攻撃が出来そうな気がする。いや、しないけどね?


「気をつけろ。あれはおそらくリッチだ」


「リッチ?」


「人の言葉を理解し、自由意志まで持ってるアンデッド系のモンスター。ランクで言ったらA級だよ」


 マジか。とてもそんな凶悪なモンスターには見えないな。現に敵意は向けられているが殺意は向けられていない。うーん、話が通じる人型の相手をモンスターと切り捨てるのは俺には無理そうだ。


「女の子にしか見えないんだよなぁ」


「テンマ様……」

「テンマ君……」

「お前ってやつは……」


 ジト目で見られた。物心つく前からモンスターは危険という価値観で生きてる人たちからすれば俺の感性の方がおかしいんだろうな。まぁそう分かってても改められないんだけど。


「君はガーランド男爵の一人娘、ココット・ガーランドで間違いないか?」


 話し合いが出来るならそれで解決した方がいい。なんか背後から「悪い癖ですよ」とか「相変わらず女に甘い」とか聞こえてくるけど聞こえないフリしておこう。


 ココと名乗った少女は話しかけられたことに意表を突かれたのか明らかにたじろいだ。まぁ身長が50センチも違うような男が近寄ってきたら誰でも怯むか。俺だって身長2メートル30センチの大男に道端でいきなり声をかけられたら「うぉ!? なんだ!?」ってなる自信がある。なのでなるべく威圧的にならないように屈んで目線の高さを合わせる。すると少し警戒心が和らいだ気がする。


「そうなの……」


「お前はずっとこの家を守ってるのか?」


 家具の一つ一つまでホコリのひとつもつかないように綺麗にしていたのはこの子だろう。それだけでこの家に対する思い入れというのが分かる。


「うん。パパとママの大切なお家だもん」


「そうか。帰ってくるのを待ってるんだな」


 事情を知ってしまった後だと聞くだけでも辛い。実は、男爵位を剥奪されたガーランド夫妻がこの家を去ったのは5()0()()も前の話だ。男爵位を剥奪されて屋敷を手放した後の消息も分からないし、年齢を考えると既に亡くなっているだろう。この子はいつまでも帰ってこない人を待ち続けているのだろうか。


「ううん、パパとママはもう帰ってこないの」


「っ……!」


 理解している。思わず息を呑んだ音が聞こえてくる。トワだろうか、さっき今なら倒せるとか無慈悲なこと言ってなかったか? しかしまぁ可哀想ではあるが、どうにも解せないことがある。帰ってこないと分かっていながらここを守り続けている理由はなんだ。


「ねぇ、パパとママの最後は幸せだったと思う?」


 あぁ、そうか。この子は自分が死んだことに対しての無念よりも家族への思いの方が強いんだ。それも育ててくれたことへの感謝や愛情ではなく、自分の死が歯車を狂わせたという罪の意識だ。


「ココは悪い子だから、パパとママの幸せな時間を壊しちゃったの。もうパパとママに謝ることもできないから……だからね、パパとママがココのことを綺麗に忘れて、幸せになってくれてたら嬉しいの。それが1番……」


「もういいよ……!」


 ココの言葉は最後まで紡がれなかった。いつの間にか近くに来ていたフィーがそうさせまいとココを抱きしめて静止した。


「ぐずん、なんでこんないい子がこんな目に遭わないといけないのよ〜」


 というかぐずぐずじゃないか。いい年した女がしちゃいけない顔をしてるぞ。フィーだけじゃなくて女性陣はみんな似たようなものだった。


「自分のことを忘れて欲しいだなんてそんな……」


「あぁ、あまりにも不憫だ」


「うん、ココもね。忘れられてたらちょっと悲しいの」


 忘れられたら悲しいけれど、忘れてくれないと両親は幸せになれない……か。言葉にすると単純な話だが、感情は相当に複雑だろう。けれど、俺にでも一つだけは分かることがあった。


「多分だけどな。パパとママも忘れられなかったと思うぞ」


「え……?」


 彼女の理論ではそれではダメなのだろうが、俺はもっと救いがあってもいいと思う。いや、救いがあって欲しいって俺が思っているだけか。


「俺には子供がいるわけじゃないから多分としか言えないけど、愛した人を忘れられるほど人間ってのは単純じゃない。お前がパパとママのことを覚えているようにな。だけど、苦難を乗り越えられるのもまた人の強さだ。事実を受け入れ乗り越えているかもしれないし、覚えていたとしても必ずしも不幸だったとは限らないんじゃないか?」


 かもしれないという話ではあるが、可能性は0ではない。それがたとえ彼女が最初に切り捨てた都合の良い可能性であっても、他人から指摘されればひょっとしたらと願いたくなる。


「でも、不幸だったかもしれないの……」


「そうだな。パパとママが最後まで幸せだったかなんて分からないし、もしかすると分からない方がいいのかもしれない」


 それも可能性だ。けれど色々な可能性があるのに最初から皆が幸せになれない可能性を望む必要なんてない。


「だから、パパとママの幸せの足跡(そくせき)を探そう。パパとママが幸せだったって、そう思えるように」


「うん! ありがとうなの!」


「うぅ……私たちも手伝うからね」


 成り行きで勝手に決めちゃったけどみんなも不満はないみたいで良かった。さてと、心霊現象の正体も分かったことだし不動産屋に行って正式に入居の手続きを進めようかな。

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