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第25話 第三王女

 ここで適当に部屋に入ってというのは無策が過ぎるだろう。俺がやるべきは完全優位な交渉だ。追われる身になるつもりはない。誰にも気取られずに侵入でき、いつでも寝首をかけるんだぞというそういう姿勢を見せていきたい。


「とは言っても、のんびり廊下を歩くというわけにもいかないしな……」


 警戒しながら歩いていると人の話し声が聞こえてきた。曲がり角の先か、こっちに近づいて来る。


 さっきの部屋まで戻るか? いやそんな時間はない!


 俺は意を決して近くの部屋に飛び込んだ。


「ここは、誰かの部屋か……」


 幸い部屋の中に人はいなかった。女の子の部屋だろうか。煌びやかというわけではないのだが、どことなく上品でフローラルな香りがする。罪悪感が凄いが廊下の人がどこかに行くまでしばらく潜伏させて貰おう。


 しかしその数秒後、俺の目論見は大きく外れることになった。部屋の外の気配が消えないのである。そして、あろうことか俺が隠れている部屋に入ってきたのだ。


「ベアトは心配しすぎです」


「しかし、トワイライト様」


「大丈夫です。何かあったら呼び鈴を鳴らしますので、それまでゆっくりしていていいですよ」


 ドアを開けてからもまだ会話をしている。主人と従者だろうか。ただ、主人とは言っても明らかに俺より若い。ドアが閉まって従者の人の気配が消えると、トワイライトと呼ばれたその子の表情が一気に冷めたものになった。


「はぁ……どうしてわたしが政権争いなんぞにうつつを抜かしているお兄様方の仕事までやらなくてはならないのでしょうか……」


 机に座って書類と向き合う少女。それを観察する俺。これってしばらく動けない感じか? そう思っていると女の子は「はっ!」として俺の隠れている方を向いた。


「誰かいるんですか!?」


「!?」


 心臓が止まるかと思った。まさか気付かれてるのか? その目を見ると明らかに俺に向かって言っている。マジか、隠密レベル3で本気で隠れてるのに見つかるのか……。


「出てきてくれないとこの呼び鈴を鳴らすことになりますよ」


 くそ、作戦をたてる時間が欲しいってのに。仕方ない、人を呼ばれるわけにはいかない。


「待ってほしい」


 俺は諦めて姿を見せることにした。両手をあげて武器などを持っていないことをアピールする。そんな意味があるかは分からないが。


「あなたに害意が無いことは分かっています。誰にも気付かれないでここまで来るような方なら、わたしをどうにかするタイミングなんていくらでもあったはずですから」


「あぁ……」


 なんか、凄く冷静だな。俺の方がいつの間にか心理的に負けてないか。いかんな、切り替えないと。


「驚かせてすまない。俺はテンマ。冒険者だ」


「わたしはトワイライト・ウェリトゥス・ラ・ハウメア。この国の第三王女です」


 第三王女か……王女!? めっちゃお姫様じゃん!? 肝座りすぎだろ! しかし、偉い人に会うという目的は果たせた。


「それで、あなたがここに来た理由をお聞かせいただいても?」


 常識人っぽい。俺が女性に甘すぎるだけなのかもしれないけど多分この子は大丈夫だ。


「あぁ、けどその前に一つ問いたい。この国では貴族が孤児を引き取るというのは一般的なのか?」


「……子供が産まれない夫婦や、何らかの原因でご子息が亡くなるなどした際には無いことはないですが、それがどうかなさいましたか?」


「実は、孤児院の子供を引き取って嬲り殺している貴族の話を聞いた」


「なんですって!?」


 冷静だと思っていたが直情的な面もあるらしい。義憤に駆られる彼女のそれはとても演技だとは思えない。良かった。少なくともこの子は腐っていない。


「ゲーチスという男と、ミルカルトル神殿の大司教の会話をたまたま聞いてしまった。悪いが物的な証拠はない」


「大司教……!? ミルカルトル教まで関与しているのですか……!?」


「いや、あくまで大司教個人だと思う。少なくとも街の孤児院を管理しているシスターは関係ない……と思う」


 流石にあれは本当にショックを受けているように見えた。もしあれが嘘だったというならとんだ役者だ。


「それがここに来た理由、というわけですか……それで王家に何をお望みで?」


 別に大したことを言っているわけでもないのに彼女にはそういうオーラがある。これがカリスマってやつか、王族って凄いんだな。しかし、そんな人が俺みたいな不審者の意見を傾聴してくれるというんだからこんなに心強い話はない。


「王国の法に従って、ゲーチスを罪に問うということは可能か?」


 命の価値というか人権意識の低いこの国にも殺人罪はある。窃盗も強盗も立派な罪だ。その辺りを整備しないとモラルハザードになるからだろう。


「率直に言うと不可能です。先程仰っていましたが、罪を立証するためには証拠が必要になります。言質でも構いませんが、水掛け論になるので物的な証拠が宜しいかと」


「そうか……」


 いくら王族でも法律を曲げるわけにはいかないか。それを許してしまえば法治国家とは言えなくなるから仕方がない。


「ところで、あなたが見ず知らずの子のためにこのような危険を冒す理由はなんですか? わたしだったから良かったものの、見つかったのが兄達だったら死罪は免れませんよ?」


 まぁ、それはあるかもしれないと覚悟していた。けど、俺は知ってしまった以上は見過ごしたくなかった。


「頑張っている子の未来に希望がないなんて、そんなの可哀想だろ?」


 努力は報われるなんて言葉があるが、世の中の大半そんな上手くいくことはない。俺の人生はそうだった。何をやってもなんらかの不幸に見舞われ、絶対にトラブルがあるからと必死に勉強して合格した第一志望も──受験の時も当然のようにトラブルに見舞われた──、入学式に向かう最中にトラックに轢かれてデッドエンド。だから努力は報われるなんて無責任なことを他人に言うつもりはない。けど、だからこそ努力は報われるべきだと思うし、それが子供なら尚更だ。多少危険でもあの子のこと救いたいと素直に思える。


 改めて考えてみると俺は正義感で行動しているというよりも自己満足のために動いていると言えるかもしれないな。努力は報われるものなのだという自己肯定感を満たすためにあの子を救おうと、そういう意識が浅ましくも潜在的に働いたのかもしれない。


「頑張っている人の未来……。…………そうですね。その通りです」


 彼女は俺の言葉を反芻すると一瞬自嘲するかのように笑う。そして、その後に俺の目をしっかりと見据えてこう言った。


「罪に問うことは出来なくても牽制することはできます。テンマ様、明日はわたしと街の教会の視察に行きましょう」

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