第169話 結婚式④
「少し前まではこんな女の顔をするフィーは想像もできなかったのだがな。変わったものだ」
「むっ、それを言うならミーナの方がでしょ。テンマ君と出会う前のミーナは全く恋愛に興味なかったし、結婚願望とかもなかったじゃん。即堕ちもいいとこだよ」
「おい! 即ってほどではないだろ!」
こら、即堕ちとか言うな。なんか俺が悪いことしてるみたいだろ。というか、出会った時期はフィーもそう変わらないんだからミーナが即堕ちならフィーももれなく即堕ちだぞ。
「まぁワシらと出会う前のことじゃからよう知らんが、ミーナ、フィーネ、トワは即堕ちシスターズじゃろ」
いや即堕ちシスターズってなんだよ。薄い本のタイトルか?
「不名誉すぎる! 私たちってそんな風に思われてたの!?」
「フィーネ殿。なかでもフィーネ殿は頭一つ抜けてるぞ」
「なんで!?」
「いや、主人殿のことになるとフィーネ殿が一番歯止めが効かないからな」
まぁさっきも暴走してたからな。理性を保てなくなるくらい思ってくれるのは嬉しいけどね。
「二番目はトワじゃな。こと主様のことに関していえば、アロエやココットの方が余程節度を保っておる。誘い方なんかもえげつないからのぉ。まぁその誘惑に乗っかってしまう主様も主様じゃが」
え、これ俺も悪いの? けどたしかにトワの誘惑って奴隷用の首輪をつけて自虐心を煽ってくるとか他の人がやらないようなえげつないこともしてきたわ。これ乗る方も乗る方だな。
「いや誘惑に負けたわけじゃないから。奥さん相手に断る理由がないだけだから」
「にしてもテンマ君は断らなさすぎだと思うけどね〜。そういえば『今日は疲れてるから〜』とか、『そういう気分じゃない〜』とか言われたことないかも……」
「本来ならば正妻として移り気の多い旦那に文句の一つでも言うべきなのかもしれないが、そこまで頑張られるともはや逆に感心するまであるな」
あ、微妙に褒められてないなこれ。感心するなんて口では言ってるけど呆れ顔が隠せてないよ。
「ミーナは主様を独占したいかもしれんが、ワシらと出会ってしまったのも巡り合わせじゃからな」
「べ、別に独占したいなんて言ってないぞ!」
「そうか? また違った巡り合わせならば、今は二人きりの逢瀬を満喫していたかもしれんぞ?」
まぁ実際は奴隷オークションにかけられたミーナを見守る形でフィーが参入したから、俺とミーナが二人きりのタイミングってのはほぼ無かったんだけど、でもクーコが言いたいことはそういうことじゃないか。だってそれもたまたまフィーがそこにいたって巡り合わせでしかないんだもんな。
「テンマと二人きりか……もちろん上手くやっている自信はあるが、やかましいフィーもいなければ、トワやアロエのような慕ってくれる妹分もいないんだろう? テンマには悪いが、それはちょっと寂しいな」
「いや、それが縁の力ってやつじゃないか? 俺だけじゃなくてみんながちゃんと心にいるってことじゃん。むしろ俺はその方が嬉しいよ」
初めは俺とミーナ、俺とトワ、みたいに俺を中心とした縁だったかもしれない。でも、ちゃんとミーナとトワの間にも繋がってる縁があるんだ。ミーナとトワだけじゃない。ミーナとアロエにもあれば、アロエとベネトナシュにもある。もうとにかく全員にあるんだよ。
「田舎町出身の冒険者に一国のお姫様、孤児院育ちの少女もいれば隣国の聖女までおる。主様がいなければ決して交わることはなかった縁じゃの」
「まさに運命のイタズラですね」
運命のイタズラか。俺たちの人生まるっと変えてしまうんだからほんと壮大なイタズラだよ。
「もし運命の神様ってやつがいるなら、最初にミーナに会わせてくれたことに感謝しないとな」
「感謝しなければならないのは私の方だろう。お前は私がいなくてもなんやかんや上手くやれたさ」
「いや、俺はミーナがいたから頑張れたんだ」
ミーナは右も左も分からなかった俺を見返りも求めず助けてくれた。そんなミーナに何か恩返しがしたいという思いが、間違いなく俺の原動力になっていた。
「なぁ、俺がミーナのステータスを聞いた時のこと覚えてるか?」
「お前がヘイストスライムを倒したと報告してきた日のことか?」
「あの時ね〜。あの時のテンマ君、スライムを靴みたいに履いてたからヤバかったね〜」
あったな。それで冒険者はむやみに手の内を明かすな、なんて注意もされたっけか。それなのにミーナは俺に自分のステータスを教えてくれたからほんとお人好しだよ。
「スライムを靴みたいに履いていた……???」
「流石ですよね」
違うんだ、履きたくて履いてたわけじゃないんだ。見た目はアレだったけど『隠密+1』がついてて強かったから。少なくとも上級職の間はあれで間に合うくらいの性能あったし。
「スライムブーツは置いといて。ミーナのステータスが気になったのは、一般的なBランクの冒険者のステータスが純粋に知りたかったというのもあるけど、ミーナに恩を返すためにはミーナよりも強くならなきゃダメだと思ったからなんだ。だからあれで一気にレベリングに火がついたんだよなぁ」
「まさか1週間でCランクの冒険者にステータスで圧倒するとは思わなかったがな。懐かしいものだ。しかし何故だろうな。今となってはCランク冒険者の強さなど大したものではないというのに、あの興奮は未だに忘れられんよ」
「ミーナ、英雄の誕生だって喜んでたもんね。それでミーナもやる気になっちゃって、ついその前までまだ力をつける段階だって言ってたくせに急にダンジョンに行くなんて言い出したんだから」
「うっ……まぁでも実際実力不足だったからな。それで奴隷に落ちてしまったんだから世話がないだろう。まさかオークションの商品になるとは思わなかったがな」
「あれはミーナは悪くないじゃん! 元はと言えばあいつらが!」
ミーナの元パーティメンバーの僻みとか色々あったみたいだからな。タチの悪い貴族にも目をつけられてたし。
「なるほど……それでミーナ殿を主人殿が競り落としたんだな」
「あぁ。自分で言うのもなんだけど、俺の人生で一番男を見せたのがここだと思う」
とにかくお金が無かったから金策のために朝から晩までぶっ通しでダンジョン周回してたからな。あれはもう二度とやりたくないね。
「……テンマには相当無理をさせてしまったな」
「あそこでミーナを助けなかったら俺は一生後悔すると思ったからな。自分のためにやったようなもんだよ」
ちょっと気障ったらしくなってしまったな。今日は慣れないことをしてるからか歯の浮くようなセリフがポンポン出てきてしまう。
「ふっ、かっこつけすぎじゃな」
……似合わないのは自覚してるよ。
「これテンマ君は何でもないように言ってるけどさ、ミーナの落札額って1億5000万ゴールドだったんだよ? そのために1週間で100周くらいダンジョン周回してたんだって」
「いっ……いちおく……!?」
「かっこつけすぎじゃろ……」
当時はそんなかっこつける余裕なんてなかったけどね。一時的なものとはいえミーナは話題性があったから、どれだけお金があればいいのかも分からなかったし。
「あの時は一周でも多く周回するのに必死だったな。でもやり方は泥臭くてスマートじゃなかったし、格好良くはなかったんじゃないかな」
「ここには見てくれなんぞで良し悪しを判断する愚か者はおらんて。汗を流し、血反吐を吐き、泥に塗れてもなお前へと進む。しかもそれが一人の女ためにというのだからもうズルじゃな。これはミーナでなくともコロッと堕ちるわ」
「いやそんな別にミーナに惚れられたいとかそういう邪な気持ちはあったけど」
「あったのか!?」
体目当てってわけじゃないぞ? あくまで主目的はミーナに恩返しをすることだったけど、そういう気持ちが全く無かったって言ったら嘘になるって話ね。
「男が命を削ってるんじゃ。そりゃあるじゃろ」
「まぁ直接的な見返りを求めず惚れた腫れたの話で済ませるあたりがテンマ様らしいと言うか……わたしの時も自分からは手を出そうとしてきませんでしたし」
こういう時に下心を肯定してくれるのはありがたいんだけどさ、俺これ遠回しにヘタレって言われてる?
「でも見返りを求めてたらそれはそれで弱みにつけ込むなんて最低だって怒るんでしょ?」
「男の風上にもおけんわな」
「男気は欲しいよね〜」
あっぶね。なんだこのトラップ、クソ理不尽すぎるわ。結局ヘタレで正解じゃんか。
「好きな相手には有無を言わさず抱いて欲しいというのが女心というものですよ」
いやいやいや無理無理無理無理! 下着姿の女性とベッドインして最後まで致したらそんなつもりじゃなかったって後から訴えられる時代だぞ。通るかそんなもん。
「優しいのが悪いってわけじゃないんだけどね〜」
「はい。でもお兄様は釣った魚に餌をあげないタイプですから……」
だ、ダメだ。前にそれで傷つけちゃったからアロエには何も言い返せねえ。
「まぁ結局のところ、俺が覚悟決められなかっただけなんだよ。情けない話だけど、正直今もまだみんなの人生を背負うことにプレッシャーを感じてる」
「情けなくなんかないさ。それだけ真剣に考えてくれているんだろ?」
「そうそう。それにテンマ君だけが背負うんじゃなくてみんなで支え合うんだよ」
本当に俺は良い人に恵まれたと思うよ。
「主様はこれだけ癖の強いメンバーを一つにまとめあげておるんじゃ。自信を持ってよいと思うぞ?」
「それこそみんなの協力があってこそじゃないか? 俺がまとめてる気は全くしないけど」
「協力したいと思わせるのも人徳の為せる業。タマモ様をはじめ、トワ殿やベネトナシュ殿のような海千山千の為政者までたらし込んでしまうんですから主殿は本物ですよ」
「わたしが一癖も二癖もあるというのは否定しませんが……しかしそれでいうと、政略結婚でしかないベネトナシュ様がここまでテンマ様に入れ込むのは少し予想外でしたね」
「ボク自身そうはならないだろうと思っていたんだけどねぇ……初めてを捧げた相手というだけで情が湧いてしまうあたり、ボクにもまだ乙女の部分が多少残っていたみたいだ」
「た、多少……?」
ベネトナシュの発言にマリアンヌが疑問を含んだ声でつぶやく。ついさっきあんな可愛い反応しといて多少は流石に無理があるって言いたいんだろう。マリアンヌさんや、もう本人がそう思ってるならそれでいいじゃない。これ以上追求してもベネトナシュが恥ずかしい思いするだけで可哀想だよ。
「なんかとても不名誉なことを考えられている気がするんだが?」
「ベネトナシュちゃんの乙女度は世界的に見ても上から数えた方が早いの」
「ん? 世界? この中じゃなく?」
「この中なら一番なの」
あぁ……そんな自明の理みたいに。子供って時に残酷なまでに素直だよな。
「そんな迷いもなく!? フィーネ君やアロエ君もいるだろう!?」
「フィーお姉ちゃんはともかくアロエちゃんはそこまでなの」
「ちょっと!? 私をその不毛な争いに巻き込まないで!?」
「まぁナアシュ姉様とフィー姉様でワンツー確定ですからね」
そりゃそうなんだけどウチの年下組は容赦ないな。でも別に悪いことじゃないんだからそんな恥ずかしがらなくてもいいのにね。
「素直に甘えるのは大事じゃぞ。年寄りになると自然と甘えることができんくなるからの。まぁ、それでも若い衆に甘えて貰えるだけワシは果報者じゃがな」
クーコは頼りになるから自然と甘えるより甘えられる立場になってしまうんだよな。でもそうか、俺も頑張ってるつもりだったけど、クーコから頼りにして貰えるにはまだまだ程遠いみたいだな。
「いえ、タマモ様に甘えるなど……」
「はい……クーコさんに甘えるなんてとんでもないです……」
そんな中、クーコに甘えるなんてそんな恐れ多いと遠い目をしている2人。特にマリアンヌは「聖女のくせに戦えないとか先祖共々聖女を舐めておるのか?」とブチギレられたあげく、そのまま文字通り血反吐を吐くレベルの修行でクーコの鬼教官ぶりを身をもって体験しているからな。泣き言を言おうものならまたあのブートキャンプになるんじゃないかと若干トラウマになっている節がある。
まぁそれでもクーコに苦手意識を持っているとかはないんだよな。クーコは理不尽に厳しいようで、ちゃんと成長を見てるからな。これまで冷遇されていて、いくら努力しても褒めてもらえなかったマリアンヌからすれば、それだけでもやる気が出るというものだろう。この2人はなんだかんだで良い師弟関係だと思う。
「わたしたちも甘えてばかりではいけませんね」
「はい。フィー姉様も言ってましたけど、家族は支え合うものですからね」
今日こうして家族の絆を再確認できただけでも結婚式をしてよかった。
「こういう時に俺を信じてついてこいって言える方が格好がつくんだろうけどな。まぁでも俺は所詮世間知らずのガキでしかなくて、俺にできることなんてたかが知れてるってのも分かってる。けど、いや、だからこそこんな俺なんかと一緒になってくれる人くらいは何が何でも幸せにしてやるってそのくらいの矜持は持っているつもりだ」
そのためならどんな無茶だってするだろうな。贅沢な命の使い方だ。
「おい、支え合うんだぞ」
っと、釘を刺されてしまった。きっと俺たちはこれから先、何年も何十年も支え合って生きていくんだろうな。
これにて完結です。




