第159話 クレア
「じゃ、本命行くか」
聖国に来た目的はマリアンヌを友達に合わせることだ。それにはこの時間が都合がいいらしい。
「せ、聖女見習いは大聖堂に併設されている修道院に専用の個室を持っています。今ならクレアも部屋に戻っているはずです」
修道院は聖女や見習いたちが共同生活を送る施設で、聖女見習いは日中は参拝客の相手や治療院の手伝いなどをしているため一人きりになれる時間は夜のこの時間しかないらしい。
「また潜入か、けどルミナに潜入するよりこっちの方が大変そうだな」
「そ、そうですね……すみません。でもわたしがいた頃と警備体制が同じなら、見つからないルートは知っています」
そう言うマリアンヌについて行った先は修道院でも治療院でもなくその裏手の広い庭。普段は公園として解放されているそのスペースの隅っこの方でマリアンヌは立ち止まった。
「ここです……」
「いや、ここですって言われてもな」
「あ、いや、あの、この下です……」
ん? この下? うおっ! これカモフラージュされてるけど扉か!? なんで地面に設置されてるんだ?
俺の疑問をよそにマリアンヌは長い棒のようなものを拾ってくると、それを扉の隙間に差し込みはじめた。
うわー、はたから見た時の犯罪臭やばいなぁ。
「こ、こっちは出口で! 本当は中から押して開けるものなんです!」
何も言ってないけど、ビジュアルが終わってる自覚はあったんだな。不法入国してる時点で犯罪者なんだから今更人に迷惑をかけない犯罪行為の一つや二つ気にしねえよ。
「で、開ければいいの?」
「お願いします……」
棒が刺さってできた隙間に指を入れて扉を開ける。すると、そこには地下に続く階段があった。照明も無いので暗くて不気味だ。魔法を光源にして進むしかないな。
「い、行きましょう……」
階段を数段降りると、そこには立派な地下道が続いていた。
「なんでこんなものが?」
「ここは大聖堂や修道院で事件があった際に使う脱出路の一つなんです……」
「なるほどな」
立てこもりでもテロ組織でも何でもいいけど、そういう不測の事態が起こった時にお偉いさんが逃げるための通路か。
「それにしても、よくこんな隠し通路まで把握してたな」
「い、一応これでも聖女見習い兼第二王子と婚約済みの侯爵令嬢でしたから……」
なるほど、それは一応要人ではあるのか? それがここまで転落したんだからとんでもない逆シンデレラだよな。まぁ全部マリアンヌの実家が聖女に執着しすぎなせいなんだけど。
「っと、多分ここですね……ここが修道院の礼拝堂に繋がってます」
そんなことを話している間にどうやら目的地についたようだ。階段を少し登って天井についていた取っ手を横に引くと、木製の扉がスライドして開いた。
「なるほど、講壇の裏か」
これはいい侵入経路を選んでくれたな。礼拝堂に人の気配もないしひとまず潜入成功だな。
「く、クレアの部屋はこっちです……」
クレアって子は今くらいの時間だとお風呂を済ませて自分の部屋で就寝前の勉強をしているらしい。友達のプライベートの生活リズムまで把握してるのちょっと怖いな。
なるべく音を立てないようにしながら礼拝堂を出て廊下を歩く。修道院の1階には一般の修道女が共同生活をする大部屋があり、聖女や聖女見習いの個室は2階だそうだ。階段の前で俺はマリアンヌの手を取る。
「躓かないようにな……」
「あ、ありがとうございます……」
夜目が効く俺は大丈夫だが、マリアンヌはそうはいかない。目立たないようほんのりと光量を足元を照らす程度に抑えているので歩くのにも注意が必要だ。
「クレアの部屋は階段を登って左です」
2階の廊下にはオイル式のランプが置いてあって1階と如実に差が見受けられる。それだけ一般修道女と聖女見習いに差があるということだろうが、階段の左手側にはランプが置かれていなかった。
「クレアは聖女見習いで唯一貴族ではありませんから……聖教会の内部でもそれを面白くないと思っている派閥があるんです……」
なるほど。この光景を見るに結構肩身が狭そうだけど大丈夫なのだろうか。まぁそれは俺の気にするところではないか。
マリアンヌはクレアの部屋の前に立つと、一度深呼吸をして呼吸を整える。聖女見習いを辞めた後も文通はしていたそうだが、直接会うのは数年ぶりということで緊張しているみたいだ。
「よし……」
意を決したみたいだ。マリアンヌがドアを控えめに3回ノックすると、中から「マリー?」という声が聞こえてきた。
何かにすがるようにゆっくりとドアが開く。マリアンヌと目が合った瞬間、クレアは信じられないと涙した。
「マリー!」
「クレア、久しぶ……ぐぇっ!」
熱い抱擁、というよりタックルを受けてマリアンヌから女の子が出してはいけないような声が出る。
「よかった。本当によかった」
カエルみたいな声が出てもこんな泣かれてしまっては文句は言えないだろうな。しかし隠密活動中なのでここでのやり取りは非常によろしくない。
「ちょいと失礼」
なので有無を言わさず抱擁したままの2人をそのまま持ち上げて部屋の中に連れ込む。おろした時には驚きのせいかクレアの涙が止まってた。感動的な再会に水をさしてしまったみたいで申し訳ない。
「クレアが感情的になってるところ、初めて見た」
「そりゃなるでしょ……戦死したって聞いてたんだから」
普段はクールな子なのか、取り乱したことを指摘されたのが恥ずかしいみたいだ。
「話せば長くなっちゃうんだけどね」
「いいよ。マリーが生きてたって事実だけで充分」
いい話だなー。連れてきた甲斐があったってもんだ。
「で、マリー。この人は?」
まぁまぁ、俺のことは放っておいて親交を温めて……とはいかないわな。
「わ、私の旦那様……」
マリアンヌはキャーイッチャッターと何故か悶えている。そんな照れ照れになっているマリアンヌを見てクレアは固まってしまった。
「えっと……マリー、戦争に行ってたんだよね? なんでこんなことになってるの?」
「話せば長くなるよ?」
「おーけー、さっきのは遮った私が悪かった。そういうことなら全部聞くから」
「えっとね、そもそもだけど私は戦争が本格的に始まる前にテンマ様の捕虜になっちゃったから戦争に参加すらしてないよ?」
マリアンヌはまず戦死という情報から訂正する。そうなんだよな、マリアンヌは捕虜にしてそれからウチで預かってたから戦ってすらないんだよな。
「え、帝国軍の夜襲に一段と早く気付き返り討ちにしたって聞いたけど?」
「クレア、それを聞いて私だと思う……?」
帝国軍の夜襲を退けた? それマリアンヌの鎧を被って潜入してたミーナじゃね?
「その後、果敢に追撃に行くも帰還することは無かったって……」
ミーナっぽいな。というか、マリアンヌがそんな戦姫になっているところ想像できないだろ。
「うん、絶対私じゃないよね?」
「私もそう思ったけど、でもマーヴェカがそれで弔慰金が増えたって嫌味を言いにきたから。マルティノ家では誰も疑ってなかったみたいだよ」
「……私の家族ってそんな頭に問題あったっけ?」
「……」
マリアンヌから予想だにしない強い言葉が出てきたことにクレアは目を丸くする。
「驚いた。マリーも言うようになったね。どういう心境の変化?」
「心境の変化というか状況の変化というか……これまで私がやってきたことが間違いじゃなかったって分かったからかな。『聖域』」
マリアンヌはそう言うと聖女になって習得した魔法を披露する。マリアンヌが言うには、聖女伝説にも出てくる有名な結界魔法らしい。聖女を志すクレアにもそれが分かったみたいだ。
「マ、マリー。これって聖女様の魔法だよね?」
「うん、なれちゃった」
「なれちゃったって……そんな軽く報告するもんじゃないでしょ。真の聖女の席は数百年もずっと空白なんだから」
遠回しに聖教会が認定している聖女を偽物だと非難している。クレアはマリアンヌが聖女になったことを自分のことのように喜んでいた。
「おめでとう。どうしよう本当に嬉しい。聖女に相応しいのはマリーだってずっと思ってたから」
「ありがとう。でもクレアもいつかは聖女になれるんだよ?」
「聖女の転職条件はね……」




