第158話 聖都ルミナ
約1ヶ月に及ぶ2人きりの旅路、親密になるには十分すぎる時間だった。自己肯定感は相変わらず低いままなのでおずおずとぎこちなさは残るが、これは本人の性分みたいなところがあるのでこんな短期間では矯正出来ない。まぁそれも個性と考えたら矯正する必要もない。多様性というやつだ。
「あ……見えてきちゃいましたね」
「やけに大きな建物だな」
ルミナ、通称聖都とも呼ばれている都市が遠くに見えてくる。といっても、ルミナを代表するランドマークが見えているだけでまだ外壁などは見えてはいない。
「あれがミルカルトル教の総本山である大聖堂です。聖女見習いとしてあそこにいたのは5年も前のことですが、今でも気持ちが引き締まりますね……」
あれだけのことをしておいてまだ修道女としての我が残っていたのか、とは言わないでおこう。絶対姦淫がどうとかって戒律に引っかかってると思うんだけど、無いの?
そうして遠くに見える大聖堂の方向を目指して歩いていく。目前だからこそより警戒しないとな。『隠密』を使い気配を消すことも忘れない。
「せ、聖騎士の方があんなに……な、なんだか物騒ですね……」
案の定というか、ルミナの周辺は鎧を着た騎士が複数人見張っていてかなり物々しい雰囲気だった。
普段は聖地ということもあって、巡礼者や観光客のために門戸を広げているそうだが、今は戦争の影響で出入国、特に入国に関しては審査が厳しくなっているみたいだった。
「夜になったらバレないように潜入するぞ」
俺みたいな聖国の仇敵がこんな入管なんて通れるわけないので不法入国するしかない。同じくマリアンヌも戦死か、あるいは敵前逃亡者として扱われているだろうから下手に人目につくのは避けたい。
「そういえば、中に入ってからどこか潜伏できる場所にあてはあるか?」
「大聖堂の近くに聖教会が運営している巡礼者向けの宿があったはずです。このような状況でやっているかは分かりませんが……」
「やっていたとしても普段より参拝客も少ないだろうから目立ちそうだな、でもまぁ仕方ないか」
逆に高級なホテルとかだと個人情報の提供を求められそうだしな。ならもっとセキュリティがゆるゆるな冒険者向けの宿とか? いずれにせよ誰にも会わずって言うのは難しいか。
「そろそろ行くか」
日の入りで夕暮れから夜空に変わるくらいのタイミングで動く。あんまり遅いと入れないかもしれないし、もし入れたとしても夜中にチェックインはちょっと怪しい。
早速、俺はマリアンヌをお姫様抱っこする形で持ち上げる。
「お、お手柔らかにお願いします……」
「あぁ、一応隠密は使ってるけど、声出したら普通にバレるから気を付けてな。怖いなら目を瞑っててくれ」
潜入の仕方は簡単だ。このまま飛んで壁を超える、単純だけど飛行経験のないマリアンヌからしたら紐なしバンジーみたいなもんだからな。下手な絶叫マシンよりよほど怖いだろう。
目を瞑ってと言ったら、それはそれで不安なのか思いっきり抱きしめられた。まぁ別に支障はないけど。
なるべく衝撃を与えないようにふんわりと飛ぶ。飛ぶと言っても、『飛行』スキルは万が一『看破』持ちがいた時に見つかるリスクが増大するので、念の為にここはより隠密性が高い『天空闊歩』を使って空中ジャンプで移動する。
「気付かれてなさそうだな」
見張り台の騎士は俺たちの方を見向きもしない。警戒心が薄いというよりも、どこを警戒して良いか分からなくて注意がまばらになってしまっているのか。まぁ普段聖騎士はこんな業務をしないとマリアンヌも言っていたし慣れてないんだろうな。もしかして隠密を使っていなくても大丈夫だったんじゃないか?
騎士と言われてサクラやナナララ姉妹レベルを想定していたけど、ちょっと買い被り過ぎていたかもしれない。まぁでも思い返して見るとあいつらも最初はフィーの隠密に手も足も出ていなかったな。
「さ、さすがですね……こんな簡単に潜入しちゃうなんて」
「うーん、まぁ運が良かったな」
聖騎士の中に看破持ちがいなかったからなぁ。ちょっとこれでドヤるのは恥ずかしい。
「じゃあ宿まで案内してもらえる?」
マリアンヌは腕の中で「あっちです」と指をさす。え、このまま行くの? まぁいいけど。
そういえば大聖堂の近くって言ってたな、と思って大聖堂の方へと向かう。大聖堂に近付くに連れて道も綺麗になっていって、ついには石畳で舗装されるようにまでなっていた。
「あとはこの石段を登ると大聖堂は目の前です」
遠くからでも見えるからやけに小高いところにあるなぁって思ってたんだよ。100段くらいあるんじゃないか? マリアンヌが降りようとしないので俺は逆にとことん甘やかしてやることにした。しかし敬虔な信徒とかは苦労して巡礼するのもありがたいんじゃないのか? まぁそういう徳を積むとか修行とかは後付けで、結局高いところの方がスピリチュアル的に都合が良いとかそういう理由かもな。なんか簡単に行けない方がありがたみがある気がする。
とはいえ、俺はまだ若いから100段くらいならマリアンヌを抱いたままでもスタスタいける。でも年寄りにはキツいだろうな、なんてことを考えながら登り切った。
「いや、こりゃすげぇわ」
実際に石段を登って大聖堂の正面に立ったからか、こっちの世界に来る前に写真や映像で見た世界遺産よりもインパクトが強い。この先の人生で荘厳さに圧倒されるという経験はなかなか得られないだろうな。
「お、王城よりも目立っていてすごいですよね……」
「あぁ、信徒がありがたがっているのもなんか分かる気がするわ」
まぁ身も蓋もない言い方をしてしまうと、教養がなくても権威が分かりやすいんだな。特に言語化せずとも視覚的かつ感覚的に理解できるというのが識字率の低い世界でどれだけ有利に働くか。大衆に根強い人気の理由の一端だろうな。
「っと、遅くなる前に宿に行くか」
さすがにこの状態では目立つのでマリアンヌは降ろした。
宿に到着し中に入ると、修道女と思われる女性が受付をしていた。
「ようこそ、道中ご無事で何よりでございます。ドミヌスティビベネディカト」
「ドミヌスティビベネディカト」
ドミ……? なんて? なんかマリアンヌが横で祈ってるけど、ごめん、マジでなんて言ったの? ちょっといきなり初見殺しすぎないか? ちなみにあとで聞いたらこれは巡礼者の挨拶らしい。絶対必要ってわけではないけれど、信憑性が増すからやった方がいいとか。教えといてくれよ……。
「ご夫婦で巡礼ですか?」
「は、はい……」
マリアンヌは毅然と対応してたと思いきや質問一発で真っ赤になってしまった。ただ、それは修道女さんには好ポイントだったようだ。
「あらっ、もしかして新婚さん? では本日は結婚のご報告に?」
「そ、そんな感じです……」
「まぁっ! 素敵ですねぇ」
初々しいものを見るような目で見られてなんか俺まで恥ずかしくなってきたわ。ここで何人も妻がいるって言ったらブチギレられそうだな。
まぁでもとりあえず怪しまれずに済んだみたいでよかったわ。これはマリアンヌのファインプレーのおかげだな。




