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第149話 奥の手?

 聖国軍は拠点構築が完了すると、いよいよ要塞に向け峡谷へと進軍を開始した。ここから戦闘が激化していくというのは両陣営の一般兵も含めて全員の共通認識だ。緊張が張り詰める中、帝国軍の崖上からの奇襲によって戦いの火蓋が切られた。


「矢を射かけろ! 斉射!」


 集団で動いているため狙わずとも何かしらに当たる。崖の上で待機できる人数には限りがあるので弓隊だけで直接的に大打撃を与えるのは不可能だが、ある程度の統率を乱す効果は期待できる。


 特に正規兵ではない、徴兵されただけの一般兵にそのストレスは耐え難いはずだ。少なからず逃げ惑う者が出るだろう。


 しかし、その予測は大きく外れることになった。


「恐れるな! 神は常に我々を御見守りくださっておられる! 神の御加護のもと、邪教徒共を討ち滅ぼし、真の信仰を守り抜くのだ!」


「『ファイヤーボール』」


 敵の指揮官が号令に呼応するように鬨の声があがる。

 すると、聖国の魔法部隊はあろうことか、崖に向かって魔法を放った。


「いかん! 崩れるぞ! 離れろ!」


 そう注意するも、退避に間に合わなかった一部の弓隊が崩落に巻き込まれてしまう。その下にいた聖国軍の兵士も崩落の巻き添えになった。


「『ファイヤーボール』」


「くっ……! なんだこいつら……!?」


 しかし、聖国軍は味方の巻き添えなどお構いなしに崖に向かって魔法を撃ち続ける。巻き添えになる位置にいる者が逃げずに魔法を放っているのは狂気としか言いようがない。


「た、退却! 退却!」


 死を恐れない兵士と、味方の屍を踏みつけながら進軍する集団。結局、恐慌状態に陥ったのは帝国軍の方だった。



 それから何度かのゲリラ戦が繰り返し行われた。聖国軍は被害を出しながらも着実に要塞に近付いてきている。しかし帝国軍の士気は低い。


「また自爆特攻っすか……」

「戦争とは言え、好き好んで殺したいわけではないのだがな……」


 騎士団の面々は仕事柄少なからず人を殺めた経験があるが、そこまで発展する手合いはデッド・オア・アライブ、つまりは生死問わずの凶悪犯であることがほとんどだ。そしてそういう場合でも積極的に殺人が推奨されているわけではない。なので、一括りに敵だからというだけでは殺人に対する忌避感は拭えない。

 そして、殺人経験のある騎士団の面々でこれなのだから、初めて武器を手に取るような訓練されていない一般兵のそれは一入(ひとしお)だろう。


「お相手さんはそうでもないみたいっすけどね〜」


 だからこそ、聖国軍の兵士の異質さが際立つ。彼らは末端の兵士に至るまでが死兵のそれであった。


「あぁ、おかけでこちらの兵の腰が引けてしまった。まぁ経験の浅い新兵は戦場の熱気だけで参ってしまうものだからな。いきなり相手が狂信者は荷が重すぎる」


 サクラは、経験の浅い新兵の動きや判断が遅いというのは仕方のないことだと言う。


「けど、どっかでぶつからなきゃダメだろ? 新兵だからと後ろに下がらせるほど余力もないわけだし」


「そうだな。だからちまちまとした嫌がらせはやめだ。当初の目的通り専守防衛に徹するのが良いだろう。それならば多少敵が死に物狂いで攻めてきたところで新兵でも跳ね返せるはずだ。ナナ、ララ、下のやつらに防衛戦の準備をするように伝えてきてくれ」


「「りょーかいっす」」


 なるほど。ようは降りかかる火の粉にだけ注力してそれ以外のことは考えなくても良いってわけだ。変にごちゃごちゃ考えることがあると、判断ミスが生じたり、あるいはミスを恐れて判断が鈍ったりすることがある。


「もしかすると聖国軍もあえて攻撃一辺倒にすることでそのミスの要素を減らしているのかもな」


 俺はこれも向こうの作戦か? と思ったが、ミーナは思うところがあったらしい。


「にしてもだ。普通特攻しろと言われても特攻しないだろう? もしや敬虔な信徒というのはこういうものなのか? なんかもう私は宣戦布告以降ミルカルトル教に対して思うところが出てきたぞ」


「何も信仰の対象は必ずしも神である必要はない。その人にとっての精神的な支柱になるものならな。それこそミーナ殿にとってのテンマ殿もそうだろう?」


「いや、そんなことはない……とは言い切れないな」


「まぁ俺は慕ってくれる人に自爆特攻なんてさせないけどな」


 別に他人が何を信じていようがその人の勝手だし、それを否定するつもりはないけど、もし本当に彼らを導く神なんてものがいるんだったら、その神とやらは随分と傲慢で冷酷な性格をしているんだな。


 というか、ミーナも言ってたけどそれを命令させる神様という存在に疑問を抱かない信者もヤバいだろ。戦場という非人道的な振る舞いが罷り通ってしまう場所にいたとしてだ、それでも積極的に人を殺したいなんて普通は思わない……よな? 

 俺が性善説というか、高い倫理観を求めすぎなのか? まぁどちらかと言うと向こうが俺たちのことを、というか異教徒を人と思っていないんだろうな。


「まぁでも宗教なんてそんなもんか」


 汝殺すことなかれ、だとか、隣人を愛せよ、なんて言っているキリスト教ですら、異教徒を殺すことは善のように書かれている。倫理観が現代風にアップデートされているから実際に行動に移すバカが現れないだけだからな。


「テンマ殿は無神論者なのか?」


「いや? むしろ色んな神様がいてもいいと思ってるよ。けど、そんななんとか教とか特定の宗教で崇められてる神とやらはただ人が作っただけの偶像だと思っている」


「おおぃ……! そんなことあんまり外では言うなよ? 私は別にミルカルトル教の信者じゃないから気にしないが、帝国にも敬虔な信徒とまでは言わんがそれでも信者はいるんだからな?」


 おっと、これは失言だったな。身内に信奉者がいないからつい本音が出てしまった。帝国出身じゃないサクラだからよかったけど、信者が相手ならめんどくさいことになっていたかもしれない。


「悪い悪い。政治と宗教の話はするなって言う通りだな」


「なんだそれは? 聞いたこともないぞ」


 正確にはこれに野球も加わるんだっけ? けどこっちには似たような言い回しは無かったらしい。まぁそりゃそうか。多様性が認められているからこそ宗教でも政治でも色んな価値観の人がいるわけで、ひとつの宗教が実生活にも政治的にも大きく幅をきかせていたらそんな食い違いは起こらないか。


「そういえば俺たちは何をすればいいんだ?」


「そうだな……回復役に徹してくれればいい」


 え、それだけ? たしかに攻撃に参加するのはちょっと抵抗あるけど、でもそのせいで誰かが傷付くくらいなら参加しようと思うんだけど。


「まぁ案ずるな。聖国の兵士はたしかに勢いがあるが、あれは一過性のものだろう。特に要塞戦は防衛側だけでなく攻撃側にも忍耐力が要求されるからな。攻撃側は防衛側の3倍の人数を要するというのは定石だが、それはつまり攻撃側の方が露骨に被害が大きいということだ。おまけに要塞の中の状態が分からない以上、こちら側の被害というのは想像することしかできない。そうなると自分たちは本当に前に進めているのかと疑心暗鬼に陥る。進軍中はどこか押せ押せのムードだけでごまかせていても、熱が冷めれば恐怖心が次第に現れてくる。そうなれば素人集団から洗脳が解けたように瓦解するさ」


 サクラは続けて、いくら信仰心があったところで全員が全員恐怖心が無くなることはない。特に、崇高な理念などもなく、帝国憎しという感情や報酬目当てで集まっただけの烏合の衆なら尚更だと言う。


「絶対に崩れない要塞か。聖国連中には敵ながら同情するな」


「いやいや、攻撃に向かないだけマシだと思うっすよ〜」

「ま〜やり過ぎて聖国の自治機能が崩壊しても面倒っすからね〜。いくら帝国が優れているとはいえ、辺境までは管理が行き届いてないっすから、そこに盗賊落ちした難民が押し寄せてきたら、割を食うのは辺境の村に住む帝国民っす」


 どこから話を聞いていたのだろうか、先ほど伝達をしに行ったナナとララが戻ってきた。しかし戦争難民か……戦争はその期間よりも事後処理の方が時間がかかるというが、これもそういった諸問題の一つだろう。


「まぁそういうことだ。だから聖国にはある程度の集団を統治し、さらに遠い異国の防波堤になって貰う必要がある。さて、ナナとララが来たということは準備は出来たみたいだな」


「水、食糧、魔力回復薬までバッチリっす」

「城壁に設置してあるバリスタも合図一つで斉射できるっすよ」


 ゲリラ戦で外に出ていた他の面子も退却出来たみたいだ。もう城門も閉めて完全に籠城の構えを取っている。しかしそれだけ聖国軍も近くにいるということだ。もう数十分もすれば要塞に張り付いてくるだろう。


 城壁の上から目視できる位置まで聖国軍は迫ってきている。集団の後ろの方で昨日までは見なかった全長10メートルほどの大きな機械が運ばれていた。


「なんだあれは?」


 なんらかの機械仕掛けのカラクリのように見える。サクラはそれを知らないのか、運ばれているのをただ眺めていた。

 俺自身も詳しいわけではないが、聖国の兵士たちが機械の車輪をぐるぐると回転させているのを見てそれが巨大なスリングだと分かった。サクラの反応を見る限りそこまでメジャーじゃないのか、それをぼーっと見ている兵士が多い。


「カタパルトだ! 全員警戒しろ! 岩が飛んでくるぞ!」


 カタパルト、投石機とも呼ばれる攻城兵器だ。投石機という名前だが、やっていることは投岩だ。恐ろしいことに200キロ近い岩を数百メートルも飛ばすことが出来る。


 城壁に登っていた兵士の中で、まともに動けたのは俺に従順な騎士団の連中だけだった。


「『剛体』」

「『グレーターシールド』」


 騎士職が耐久に優れている職業なのが功を奏した。大きな岩ではなく細かな岩──それでも10キロはあるだろう──が礫のように大量に飛来してきたが、反応できていなかった兵士を守るように防御スキルを展開出来ていた。


 被害が少なかったとは言え、このままでは依然としてカタパルトに対してあまりにも無力だ。サクラの顔に焦りが見える。


「くっ、なんだあの出鱈目な射程は、魔法の数倍もあるじゃないか。あれをどうにかしないとまずいぞ」


 どうやらカタパルトは戦争の常識を覆すような発明だったらしい。魔法やスキルを用いた白兵戦が基本戦術だったところに、安全な後方からひたすら殺傷性の高い攻撃をしてくる砲台が登場したともなれば黒船来航のようなショックを受けるのも無理はない。神の力と言うにはちょっと科学的すぎるけど、ひょっとするとこれが聖国の切り札なのか?


「ミーナ、『天墜』で届くか?」


「いや、あれは届かないな」


 いくら最上級職の拳神でも基本的には近接タイプの職業だ。遠距離に対する適正はなく、それはサポート職である純白魔導士にしてきた俺も同じだ。


「打って出るしかないか……」


 カタパルトの破壊は急務だ。しかしせっかくの籠城戦だというのにこれでは要塞から釣り出される形になってしまう。


「少人数で闇に紛れて壊しに行くっすか?」


「あれの周りは万全の警備体制だろう。それはあまりにも危険すぎる」


「けど、流石に野戦は厳しいっすよ。人数差もそうっすけど、士気も段違いっす」


 籠城するにしても野戦を選ぶとしても、割と絶望的な状況だな。ちょっと自信はないけど、俺もやるだけやってみるか。


「まぁ待て。そのために俺がいるんだろ?」

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