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第147.5話 聖女

 あ、行っちゃいました……。あ、あれ? なんで私寂しいって感じているんでしょうか? お礼を言われると胸がきゅんってなってドキドキが止まらないです。こ、これってもしかして……。


「マリアンヌさん」


「ひ、ひゃい!」


 うぅ……へ、変な声出ちゃいました。緊張して返事もロクに出来ないなんて、アロエちゃんにも情けないって思われていますよね……。


「あ、驚かせてしまってごめんなさい。晩ご飯のリクエストとかありませんか?」


「え、えっと……な、なんでもいいです……」


「分かりました! 嫌いな食べ物はありませんか?」


「あ、大丈夫です……」


 ど、どうして私はこんな気の利かないことしか言えないんでしょうか。それに比べてアロエちゃんは……私よりも年下なのにしっかりしていて偉いですよね。

 でも、なんでメイドさんなんでしょうか……。って、私も突っ立ってないでお手伝いした方がいいですよね。


「あの、何かお手伝いを……」


「そんな! お客様にそんなことさせられませんよ! ゆっくりしていてください!」


 え、ど、どうしましょう……。ゆっくりって言われても……。


「あ、でしたらマリアンヌさん。もし良ければでいいんですけど、調香について教えていただけませんか?」


「え、で、でも私そんな人に教えられるほど詳しくは……」


「お兄様に作ってくださったアロマオイルの作り方でいいんです。お兄様、次もまたテレポートで帰ってくると思うので、その時に何かしてあげたいんです」


 うぅ……アロエちゃん……いい子すぎませんか? 教えられるほど偉くないとか、自分都合でしか考えられない自分が恥ずかしくなってきました。というか、こんなに礼儀正しくて性格も良くて、おまけに家事も出来るって完璧すぎです。少しくらい得意気になってもいいのに……。


「アロエちゃんはすごいですね……」


「すごい……ですか? 仮にそうだとしたら、それは貴重な知識や経験を惜しみなく提供してくださるお兄様やお姉様たちのおかげですね。私はただ運が良かっただけの凡人です。あの人たちに追いつくために毎日必死ですよ」


 謙遜の心まで持ち合わせてるなんて……。もしかして2回目の人生を歩んでる方だったりしませんか? いずれにせよ、私とは住む世界が違いすぎます……。


「やっぱりすごいです……私なんかとは違って……」


「えっと……多分無意識だと思いますけど、マリアンヌさんって姿勢が綺麗ですよね」


「姿勢……?」


 そういえば王妃教育を受けていた時は散々指導されましたね……。幼少期からの癖というか、もう染み付いてしまいました。


「マリアンヌさんが来られた時から思っていたんですよ。きっと努力をされてきた人なんだろうなぁって」


「……それだけでですか?」


「それだけでですよ。所作のたった一つで侮られるような世界で生きていた人が努力していないわけないじゃないですか。って、なんか分かったようなこと言ってますけど、恥ずかしながら、私もトワさんとお会いするまでは考えたこともなかったんですけどね……」


 恥ずかしながら……? 今の話のどこかに恥ずかしい要素がありました? というか、視点が評価する側なんですよ。なんだか大人と会話してるみたいです。


 でも、そっかぁ……私の努力を分かってくれる人もいるんですね。


「そんなこと言われたこと無かったです……」


「こう言うと自賛しているみたいになってしまいますけど、分かる人には分かります。お兄様がマリアンヌさんを助けるように動いたのは、マリアンヌさんの努力がお兄様に伝わったからですよ」


「そ、そうなんですか……?」


「…………たぶんですが」


 あれ!? そこは確信して欲しかったです! 


「……国を巻き込んで孤児院を支援するような方ですから。伊達や酔狂で、というより呼吸をするように人助けをしてしまうんですよ。そのくせ本人は、別に大したことはしていないみたいな態度で、ムカつきますよね」


「あ、アロエちゃん?」


「どこぞの変態貴族に奉公に行かされそうになったところを助けてくれただけじゃなくて、同年代の子と同じように学校にも通わせてくれて。こっちは人生救われてるんですよ。そんなの好きになっちゃうに決まってるじゃないですか!」


 うっ、これって私のことを揶揄しているわけではないですよね? なんだか今の私と状況が似ているような気がするんですが……。


「あの、アロエちゃんは想いを伝えたんですか? やっぱり隠しているんですか……?」


 テンマさんにはもう奥さんがいますし、好きを気付かれないようにしないといけないのでしょうか……。だとしたら可哀想です……。


「??? 私とお兄様は結婚していますよ?」


「へ?」


 結婚……? け、けけ、結婚!? 


「え、でもミーナさんが……」


「ミーナさんは第一夫人です。ちなみに私は七人目になります」


「七人目!? それ大丈夫なんですか!?」


 うぇぇぇぇ!!?? 7人って、王様か何かですか!? 確かに貴族の方なら正妻だけじゃなく側室がいてもおかしくないですけど……にしても2人とか多くても3人とかですよね? それにトラブルにならないように正妻と側室は別居するとかしないと……7人もいて秩序が保てるのでしょうか……。


「奥のことは第三夫人のトワさんが管理しています。奥制度に非協力的な人物はそもそも審査すら通りませんよ」


 トワさんってさっきもチラッと言っていましたね……。


「そのトワさんって人は何者なんですか?」


「ハウメア王国の王女様ですよ」


「ふぁい!?」


 王女様!? ってことはもしかしてあの有名なトワイライト殿下!? そんな人が奥さんなんですか!?


「超ビッグネームじゃないですか……」


「あと、ベネトナシュ皇女殿下もいます」


「……」


 驚きすぎて声が出ませんでした。もしかして影の帝王とかだったりしません?


「……王国と帝国を裏から牛耳ってると言われても納得してしまいそうです」


「うーん。まぁ出来なくはないですけど……お兄様はそんな面倒なことはしないですね」


 え、出来るんですか……? 冗談のつもりだったんですけど……。


「とはいえ、国家権力級とも呼べるのはこのお二方だけです。けど今からお兄様の奥に加入しようと思ったら、お兄様の利益になるようななんらかの価値がある人でないと難しいでしょうね」


「そ、そうなんですね……」


 はぁ……そうですよね……。これは別にテンマさんに限った話ではないですけと、結婚なんですから、片方が一方的に利益になるような関係はきっと上手くいかないですよね……。でも私にはそんは凄い人と釣り合うような価値なんて……って、なんで私はショックを……?


「主観ではありますが、今のマリアンヌさんの状況は私の時と特に似ていると思います。なので私はマリアンヌさんの気持ちを多少分かるつもりです」


「アロエちゃん……ううん、この気持ちは多分勘違いですよ。いきなりのことだったので、まだ上手く飲み込めていないんです」


 そう、つい昨日までただの生贄でしかなかった私が、気付けば人生の岐路に立っている。何よりこんな重要な選択を自分自身で決めたんですから、ドキドキしない方がおかしいんですよ。だから、この気持ちに名前を付けるのはちょっと早い気がします。


「……そうですね。まずはご自分の気持ちと向き合ってください。幸い、その時間はありますから、じっくりと納得のいくまで考えてください。結論を出すのはそれからでもいいと思います」


 アロエちゃんは『大切な気持ちだから』と結論を急かすことはしませんでした。


「仮にですよ……? もし仮に、この気持ちが俗に言う『恋』と呼ばれる物だったら、私はどうしたら良いのでしょうか?」


 優しくしてくれるアロエちゃんには非常に申し訳ないと思います。急にこんなこと聞かれても困っちゃいますよね……。あなたの旦那さんが好きなんて非常識にもほどがあります。もしこれが『恋心』ならば、この思いに諦めをつけるための時間になりそうですね。


 しかしそんな私の不安を、アロエちゃんは看破していました。


「きっとマリアンヌさんは勘違いをしていると思うので先にお話しておきますね。仮にマリアンヌさんがお兄様のことが好きで奥に入りたいと言うのであれば、私はマリアンヌさんを応援しますし、お姉様たちも理由なくマリアンヌさんを排斥なんてことはしないです。先ほどもちょっとお話しましたけど、奥制度に協力的な人物で、かつお兄様に特別な価値を提供出来る人物であれば、むしろお姉様たちは歓迎してくれますよ。証拠に、ミーナさんはマリアンヌさんを連れて帰ることに反対しなかったはずです」


 たしかに……むしろミーナさんが私をここに来るように後押ししてた気がします……。


「特別な価値って言われても抽象的で難しいですよね。お兄様の役に立ちたいとか、そういうのでもいいんです。もしマリアンヌさんが頑張りたいというなら、私はサポートしますよ」


 私なんかが特別になるなんて、昨日までの私だったらそんな思い上がるなと挑戦すらしなかったでしょう。でも、さっきテンマさんの看病をしている時に思ったんです。テンマさんにありがとうって言われて、これまでの人生が無駄じゃなかったって、ここでなら私でも何か出来ることがあるんじゃないかって、そう思えたんです。


 だから、頑張ってみたい。たとえこの胸の高鳴りが恋心じゃなかったとしても、頑張ったことはきっと無駄にはならないから。


「アロエちゃん、私のことはお客様だと思わなくてもいいです! なのでお手伝いさせてください!」


 さっきはお客様だからと断られてしまいましたけど、それに甘えるわけにはいきません。


「では、この洗濯かごを室内に……っ」


「アロエちゃん!?」


 アロエちゃんは洗濯物を入れた籠を手に取った瞬間に顔を歪めました。少しですが指から血が出ています。



「大丈夫です、トゲが刺さっただけなので。籠が傷んでいたみたいですね」


「すぐに治療しないと、『ヒール』」


 回復魔法は聖女見習いの慈善活動でそれこそ何万回と使ってきました。このくらいの小さな傷であれば私でも治すことができます。


「あ、ありがとうございます」


 流石にこの程度の治療で失敗しないとはわかっているのですが、結果が得られるまでは少し緊張してしまいます。けど、いつも通り上手くいったみたいです。


 しかし、いつも通りなのかここまででした。


「ふぅ……うっ……あ、頭が……」


「マリアンヌさん!?」


 突如、頭が割れるような猛烈な痛みが襲ってきました。魔力欠乏……違う、むしろ魔力は膨張しているような……こんなこと、今まで無かったのに……! 

 だめ、もう、痛みで意識が……!


 アロエちゃんが必死に呼びかけてくれているみたいですが、まるで水中にいるみたいに声がこもってしまって上手く聞き取れません。次第に視界も暗くなり、やがて音すらも遠くなっていきます。


【『聖女』の転職条件を満たしました】


 薄れていく意識の中で、感情の無い声がやけにクリアに脳内に響きました。

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