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第146話 一時帰還

 一部想定外の事態はあったが、相手の工作部隊に嫌がらせは出来たみたいなので俺たちは防衛拠点をあっさりと手放し峡谷付近まで後退することにした。


 ナナとララが抜け駆けをしようとしなければ――剣戟の音で騒ぎになってしまい火の手が大きくなる前にバレてしまった――、と思うところもあるが、俺もやらかしてるので強くは言えない。

 とりあえず2人には罰として要塞にいるサクラまで連絡役をさせている。昨日の夜から走らせているからそろそろ要塞まで着いている頃か。


 俺たちはゆっくり歩きながら峡谷まで向かう。その間にマリアンヌにちょっかいをかける馬鹿が出ないように俺とミーナでマリアンヌの相手をする。


「心残りはないか?」


「だ、大丈夫です。ありがとうございます」


 一晩冷静に考えた結果、マリアンヌは帝国に亡命することを選んだ。色々と思うところがあったのだろう。

 大丈夫だと言うが、何か心残りがあるのか表情に影が見えた。


「そんな表情をしていたら『ある』と言っているようなものだぞ」


「ご、ごめんなさい……」


「あぁ、責めているわけではないんだ。なぁマリアンヌ。まだ信じられないかもしれないが私たちはお前の味方だ。言いたくないことなら言わなくてもいいが、そうでないなら無理に隠そうとしなくてもいい」


 男の俺よりもミーナの方が話しやすいこともあるだろう。俺より思いやりもあるしな。

 ミーナの言葉に絆されたのか、マリアンヌは少しずつ心情を吐露してくれるようになった。


「く、クレアにお別れが言えないのが、唯一の心残りです……」


 クレアという名前はたしか寝言で聞いたな。


「クレアは平民なんですけど、『聖女候補』に選ばれたお友達です。私が虐められるようになってからも、ずっと私のお友達でいてくれました。私が頑張ってこれたのは、クレアのおかげなんです」


 なんだそれめっちゃいい子じゃん。なかなか出来ることじゃないよ。


「そのクレアっていう子には戦争に行くことを伝えていないのか?」


「はい……言ったらあの子は来ちゃうかもしれないですから」


 俺の中でマリアンヌと会ったこともないクレアって子の株が青天井だわ。なんかもう2人とも偉いというか尊い。百合の花が咲きます、大切にしましょう、ってそういう下世話なネタに昇華するのも憚られるな。


「まぁ安心しろ。テンマがなんとかしてくれる」


 俺かい。確かになんとかしてあげたい気持ちはあるけど。


「そうだな……1年以内には2人を再会させてあげられるように頑張るよ」


 本当はそんな期日なんて設けずにいつかって言えばいいんだろうけど、やっぱり早く安心させてあげたいじゃん。そのためにも戦争を爆速で終わらせないとなぁ。


 峡谷まで後退すると、サクラたちがすでに防衛拠点を構築しているところだった。可哀想に、伝令役だったナナとララも働かされている。


「実はこっちは囮なんだがな。別働隊を崖の上に待機させている。」


 隘路に逃げ込み相手を釣り出す作戦らしい。基本的に峡谷は幅が狭いため大人数での退却戦には向いていないのだが、ただ背後から追い立てられる分にはそこまで大変ではないと言う。

 こちらには地の利があるというのが大きいんだとか。


「敵が深追いをしてきたところを崖の上に控えていた弓隊が強襲する。基本だが、効果的だ」


 勢いよく攻めていた集団を急に反転させるのは難しい。指揮系統が混乱したところで上から油をかけて火矢でも放てば、我先に逃げ出そうとパニックになった者たちが群衆事故を起こすとかなんとか。

 うへぇ……残酷すぎる。


「さらにここから要塞までの数十キロ、ずっと奇襲が来るかもしれないと心理的な負担を与えることも出来る」


「俺が相手方の指揮官なら心が折れるな。聞いてるだけでえげつない」


「ローリスクハイリターンな手段だから擦れるだけ擦らないとな。ところで、そちらのお嬢さんは?」


「あ、あわわ……!」


 あっ、俺の隣にマリアンヌがいることを忘れていた。そのマリアンヌは聞いてはいけないことを聞いてしまったとあわあわしている。


「一応この子は捕虜なんだけど……とりあえず事情があるみたいだから亡命させてあげようかなと」


「相変わらず常識外れな男だな……。どこの世界にこんな自由な捕虜がいるんだ」


「ここにいるんだよなぁ……」


 いや、すみません常識なくて。俺は開き直っているけどマリアンヌは「わ、わ、私はマリアンヌと言います、捕虜のくせに自由にしていてすみません」と恐縮している。大丈夫大丈夫、この人怒ってないから。


「まぁいい。あぁ、マリアンヌと言ったか? こいつはおおよそ常識というものを持ち合わせていないが、こいつほど信頼できる男は他にはいない。大船に乗った気持ちでいるといい」


「大絶賛じゃん。どうした?」


 俺が褒められて悪い気はしないと上機嫌になっていると、隣にいたミーナとマリアンヌは微妙そうな顔をしていた。


「あ、あの……常識がないって貶されてませんでしたか……?」


「もはや言われすぎてそこは挨拶か何かだと思っているんだろうな」


 思ってねぇよ。それを言われた上でも差し引きプラスな内容だっただろ。


「まぁいいや。というわけで、前線は危ないからマリアンヌにはしばらくうちにいて貰おうと思うんだけど、ちょっとここ離れてもいいか?」


「ちょっとって……ここから帝都までどれだけかかると思ってるんだ? まぁお前は正式に徴兵されているわけではなく善意の協力者だからな。軍規で定められている敵前逃亡には該当しないが……しかし外聞が悪いぞ?」


 そんな俺がまともに陸路で帰るわけないだろ。テレポートを使うに決まってんでしょうよ。


「まぁ1日で戻ってくるから大丈夫だぞ?」


「あー、常識が通用しない奴のことを真面目に考えた私が馬鹿だったな。ほらさっさと行ってこい」


 おい、急に雑だな。テレポートが常識外れのスキルなのは認めるけど、人数制限とかあるし、使った後は死ぬほど体調悪くなるし大変なんだぞ。メリットを考えたら無いに等しいデメリットだけど。


「じゃ、ちょっくら行ってきまーす」



 人気のないところでサクッとテレポートを使う。転移先の座標は家の入り口あたりでいいだろう。


「はい、手繋いで。はい、目閉じて」


 マリアンヌがぎゅっと目をつむったのを確認してテレポートを発動する。特に意味のない演出だ。


「はい、目開けて」


「……………ふぇ?」


 状況が上手く飲み込めていないのか、マリアンヌはポカンと口を開けていた。5秒ほどフリーズしていたかと思うと、次は360度周りを見渡して、そしてまたフリーズした。


「ふぇぇぇぇ!!!??? なっ、なんでぇぇぇ!!??」


「うわっ、びっくりした」


 急に大きな声出すんだもん。というか、出会ってから一番大きい声出てたんじゃないか? 


「び、びっくりはこっちのセリフです……いったいどうなってるんですか……?」


 いやぁ良い反応をしてくれるなぁ。いいお客さんだ。俺としてはもっとこの初々しい反応を見て楽しみたかったけど残念ながら体調が限界だった。


「じゃ、俺は寝るから。あとよろしく」


「ね、寝ちゃうんですか!?」


 まぁ言いたくなる気持ちも分かる。俺はあれだな、こうやって客人をほったらかして寝る宣言するから常識が無いって言われるんだろうな。

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