第141話 天敵
聖国が帝国に侵攻する上で1番の難所になるのは、この国境を守護する要塞だろう。峡谷に建造されたこの要塞は、両脇が切り立った崖で固められており、軍を展開するのを阻む隘路となっている。
この要塞の堅牢さを担保しているのがこの地形だ。
攻城戦は、強行に物量作戦で攻撃を仕掛けるか、あるいは城全体を包囲しての補給路を断つ兵糧攻めが基本戦術となるわけだが、この要塞においてその作戦は通用しない。
隘路という地形はその両方の狙いを潰している。まさに天然の要塞だ。
「圧巻だな」
一度要塞から出て聖国軍側の方に立って彼らの視界を体験してみた。数十キロにも及ぶ峡谷を抜けた先に聳え立つ、攻めにくく守りやすいお手本のような砦。うーん、絶望的だ。
「テンマならどうやって攻め落とす?」
「そうだなぁ。まぁまずは頑張って正攻法で行くしかないんじゃないか?」
王道なところだと兵士を要塞に張り付かせて梯子をかけて壁を登るとか、あるいは破城槌で強引に門をこじ開けるとか? 暗黒魔導士に転職していたらダイヤモンドゴーレムを一撃で倒す最強火力の『アポカリプス』をぶち込むとかもありかもな。
しかし、最高火力のアポカリプスでも専守防衛に徹されたら陥落させるのは無理だ。俺一人の火力で数百人の防御スキルを突破できるとは思えない。
だから瞬間火力による突破よりも、継続火力による突破を目標にするだろうな。
「何か奇策を講じるにしても、これだからなぁ」
現実的な路線で考えるなら、夜にこの両サイドにある切り立った崖を少人数で登り、暗闇に乗じて要塞に潜入する。そして門を開ければミッションクリア……って、言うのは簡単だけどな。こんな素人が真っ先に思いつくような作戦、いの一番に対策しているだろうな。というか、思いついている時点で奇策じゃないか。
「失礼。バルムンク卿。カミイズミ指揮官がお呼びです」
「分かった」
対聖国軍の指揮官に抜擢されたのは、元騎士団長のサクラだった。軍部に所属していない彼女が指揮官という役職に任命されているのは、騎士団長として実際に現場で指揮を取っていた指揮力が買われてのことだった。
「指揮官だなんて、大出世だな」
「まぁ帝国は内政が安定していて平和だからな。領地を持つ貴族には私兵を有している者も多いが、実際に指揮の経験がある者はわずかだ。とはいえ、私もここまでの人数を動かしたことはないがな」
たとえ小さい規模だとしても、実際に指示を飛ばしていた経験があるのと無いのとでは雲泥の差だ。貴族やその私兵たちもそれが分かっているのか、爵位を持たない、言わば格下のサクラの指示に対しても素直に従っている。
指揮官の役目は戦場全体に対しての指示を飛ばすことで、実際に戦場で指揮を取って戦うのは小隊長である男爵や子爵たちだ。俺たちと同様にサクラに呼び出されたのか、次々と部屋の中に入ってくる。
「集まったな。さて、これより軍議を始める」
机の上には大きな地図があり、地図には自軍を表す赤色の駒と、聖国軍を表す青色の駒が10個ずつ用意されている。
「まず皆に周知して欲しいのは、今回の戦争では専守防衛を徹底するよう皇帝陛下からの下知があったということだ。これは全軍に通達されていることだが、特に聖国軍は連盟の盟主ということもあり、なりふり構わず攻めてくることが予想される。下手に野戦を仕掛けると手痛い反撃を喰らうことになるだろう」
サクラが示した行動指針は専守防衛。どうやらうちの参謀は皇帝を説得できたみたいだ。まぁでも確かにこの要塞を見たら守りに徹するのは正解だよな。下手に打って出たせいで門を抜けられたら何やってるか分からないし。
「しかし、全く攻勢に出ないのでは敵が調子に乗るのでは? ただでさえ向こうの方が人数が多く、それに士気も高い。勢いを削るのも大切だと思いますよ」
「あぁ、それについてはバルムンク卿にお願いすることになっている」
そう言ってサクラは青い駒を持つと、それをある地点に置く。
「大峡谷を抜けた先のこの開けた平地。おそらく聖国軍が補給を考えた際に最後の拠点となるのはここだろう。バルムンク卿にはここの拠点作りを妨害して頂きたい」
「了解した」
「騎士団の連中を下に付けるから、こき使ってやってくれ」
まぁ騎士団の奴らなら知っているからやりやすいか。斥候役や伝令役も欲しかったし、ありがたく使わせてもらおう。
軍議が終わって要塞を出ると、示し合わせたように騎士団の連中とばったり会った。
「おいっす〜! すっかり有名人っすね!」
「ちょいちょいナナ姉〜。テンマさんはベネトナシュ皇女殿下と結婚したっしょ。不敬罪で首チョンパになってもララ知らないよ〜?」
「やば……もしかしてウチやっちゃったっすか!?」
ナナとララ、騎士団の双子ギャルは相変わらずテンションが高い。そのナナは俺の服の襟元を両手で掴むと「首チョンパだけは〜」と言いながら揺らしてくる。うぜぇ!
「お前こっちの方が不敬だろ!」
「首チョンパするっすか!?」
「あー、うざったい! しないから揺らすな!」
世の中の貴族がこんな些細なことですぐ処刑してたら人いなくなるわ! ポルポトじゃないんだから。
「なーんだ、ビビって損したっす」
「でもその殊勝な心掛けは評価するっす」
こいつら……分かった。これからちょうど仕事があるんだ。いい感じにこき使ってやろう。
俺についてくることになった騎士団のメンバーは50人。要塞には団員はもっといたが、嫌がらせをするなら戦闘力よりも機動力重視だ。
峡谷を駆けながら作戦を通達する。
「峡谷を抜けたら10人で先行する。残りはミーナの指示に従って俺たちが後退したあとの支援だ」
「なるほど、深追いしてきた相手を狩るんすね」
察しがいいな。俺たちの目的はあくまで時間稼ぎだからな。物資を焼くなりして相手をイライラさせるだけで充分だ。後退する俺たちを追ってきたら隊列が伸びたところを横から一当てしてもいいし、追ってこないならそれはそれでもう一回嫌がらせをすればいい。
ただ、この作戦を実行する注意点として兎にも角にも相手に見つかってはいけない。人数が多いほど工作の成果も大きくなるが、当然相手に見つかるリスクも増える。
特に実戦では何が起こるか分からないからな。安全マージンを考えるなら、破壊工作をした上で各自が見つからず逃げることができるくらいを目安にした方がいいだろう。
「野外で活動するなら『夜眼』スキルは必須だ。持ってないやつはいるか?」
さらに作戦を実行するためには『隠密』スキルも必要だ。尋ねると、ここにいるメンバーはフィーから隠密について嫌というほど理解させられた連中ばかりだということもあり、実際に隠密を習得しているのは半数いた。
いや、むしろ必要なのは『看破』の方だろ。お前らどこに向かってんの?
「常識に囚われない騎士団っすよ」
「そーそー。うちらは日々進化してるんすよ」
いや、ベースになるところを疎かにしたらだめだろ。守破離の離から始めてどうすんだ。
「テンマ殿。あまりナナとララの言うことを真面目に受け取らないようお願いします。もう半数は看破を習得しておりますから」
「あぁ、それで実戦を想定した訓練をするのか」
何が常識に囚われないだよ、普通に常識的じゃねぇか。
ほんと適当だなこのギャル姉妹。
夜眼と隠密を習得している10人を選別して行軍中の敵を探す。日没まではもうすぐというところで姉妹が声を上げた。
「テンマさん、2時方向っす」
「あの煙は見えるっすか?」
そう言われて2人の指している方角を『遠視』スキルを使って見ると、確かにちょうど煙が立ちのぼり始めるところだった。
「炊事の煙か」
一度戦争が始まってしまえば食事は携帯食のような簡素なものになってしまう。最後の晩餐ではないが、開戦まで間もないということもあるので、英気を養うために火を使った料理をしているのかもしれない。
「数十キロから百キロ弱ってところだな。明日には接触するんじゃないか?」
むしろ移動距離を考えたら今日の夜は動かない方がいいかもな。下手に動いたら明日の日中あたりにかち当たってしまいそうだ。できれば日が沈んだ後に接触出来るくらいで調整したい。じゃないとまとまった休憩もなくいきなり作戦開始となる可能性がある。
「俺たちも今日はこの辺りで休むか」
夜通しの作戦を覚悟していた騎士団員から安堵の声があがる。まぁでもこれが最後の大休憩になるだろうな。
休憩を告げると真っ先に気の抜けた声を上げたのはギャル姉妹だった。大きなため息をついてどかっと地面に座った。
「はぁ〜、お腹すいたっすよ〜」
「隊長〜、うちらも肉っすか?」
うちらも? 多分それ俺の知ってる『も』の使い方じゃないんだけど。なんで相手さんの飯が肉で確定してるんだ? あと、肉なんて火を使うからダメに決まってるだろ。
「分かっているとは思うけど俺たち隠密行動中だからな? 携帯食で我慢しろ」
「そんな! ひどいっす!」
「うちらのことなんだと思ってるんすか!」
当たり前だろ! 駄々をこねる子供か! いや、それは子供に失礼か。責任能力がある分子供よりタチ悪いし。
「事が済んだらステーキでもなんでも好きなもん奢ってやるから」
ったく、今は作戦を優先しろ。まぁとはいえ何もご褒美がないのも可哀想だもんな。
「もしかしてテンマさんうちらのこと狙ってるんすか?」
「嬉しいっすけど、出来ればお風呂に入った後がいいっす」
うん、こいつらにちょっと優しさを見せたのが間違いだった。というか誤解にしてもそういう満更でもない反応すんな! あとで俺がみんなに怒られるんだから。




