第136話 交渉とみせかけた脅迫
あけましておめでとうございます
トワの部屋に到着したのは良かったが、久しぶりの長距離テレポートで俺はダウンしていた。めちゃくちゃ有用なスキルなんだけどしばらく気分が悪くなるのだけは欠点なんだよなぁ。
「テンマ様はしばらくお休みしていてください」
「そうだね。大人数で押しかけるのも非常識だし、交渉ならトワイライト君とボクだけで十分さ」
まさかベネトナシュに常識を問われるとは思わなかった。しかし情けないことに今はそれに突っ込む余裕もない。
「ならばワシが護衛役をしよう。トワよ、どこかに使用人服はないか?」
「年長者のクーコ様にそのような服を着させるわけには……」
「よいよい。年なんぞ偉くなくても勝手に取っていくものじゃ」
クーコは年上だからといって無条件に敬う必要はないと言う。俺たちみたいな若僧相手にもリスペクトを持って接してくれる彼女らしい考えだ。
「流石にこの部屋に使用人用の服はないですね。フォーマルなドレスならば何点かあるはずです」
トワ自身が着飾るタイプではないのでそのラインナップも派手なものは少なかった。クーコはその中から黒を基調としたスリットドレスを選択する。
「うむ、これならば動きやすいのぉ」
見た目ではなく機能性で選んだみたいだ。トワの身内とはいえ一応お願いをしにいく立場なのでトワとベネトナシュも正装に着替えている。
「さて、それじゃあ行こうか。まだ聖国が干渉していないといいけどねぇ」
「既に参戦を表明していた場合はお手上げじゃからな。流石に国同士の約束を破るのは外聞が悪いからのぉ」
「まぁその時は書状を持って聖国に向かっているであろう特使を捕えればいいだけなのでいくらでもやりようはありますよ。しないに越したことはありませんけどね」
「それもそうだねぇ」
3人はやや物騒なことを言いながら部屋を出ていく。マジで何もやらかしてくれるなよ?
side トワイライト
この時間ならば国王は政務をしているだろうと、トワたちは部屋を出ると真っ先に執務室へと向かった。
「失礼します。トワイライトです」
トワが執務室のドアをノックするが、しばらく待っても返事がない。
「ふむ、人の気配が無いのぉ」
「あてが外れてしまったみたいだねぇ」
「すみません。でしたら自室か会議室かでしょう。街の視察や外遊ということはないと思うのですが……」
そう思っていたところ、ちょうど廊下の向こうから年配のメイドが歩いてくるのが見えた。こういう時は知っていそうな人に聞くのが一番早い。
「エスメラルダ」
「と、トワイライト様!?」
エスメラルダと呼ばれたメイドはトワの姿を見るとまるで幽霊でも見たような反応をする。2人の王子の奸計によるトワの処刑イベントの際、怪盗エースなどと名乗るものがトワを救出したのは王都民ならば誰でも知っている。しかし、その後の動向についてはいくつかの噂がまことしやかに囁かれていたが、そのどれもが根拠に乏しく信憑性に欠けるものだった。
「一体いままでどちらに……ご不便などはございませんでしたか?」
「心配をかけましたね。今は信頼できる仲間と暮らしているので安心してください。それより、父がどこにいるか知りませんか?」
「国王陛下でしたら、今日は朝から夜まで会議のはずです」
「ありがとうございます」
ならば会議室だろうとトワはエスメラルダに礼を告げて会議室へと向かう。
「こんな時期に朝から晩まで会議だなんて、王様も大変だねぇ……」
「そうですね。そんなタイトなスケジュールで話し合わないといけないほど切羽詰まっているのでしょうか……」
本来なら国王の仕事は書類仕事と会議が同等にあるはずなのだが、ここまで会議を詰め込むというのは何かしらの緊急性がありそうだとトワは訝しむ。
「まぁ、それは行ってみれば分かるじゃろ」
「そうですね」
緊急性があるのはこちらも同じ。トワたちが会議室の前に到着すると、そこには衛兵が2人扉の前に控えていた。
「お仕事中にすみません。急ぎ父に取り次いで頂きたいのですが」
「……ったく、いったいどこのご令嬢だ……って、トワイライト様!? た、大変失礼いたしました!」
まさかトワが語りかけてきているなんてつゆほどにも思っていなかった若い衛兵は、確認もせずつい手拍子で悪態をついてしまったことを猛省した。左遷、クビ、不敬罪、さまざまなネガティブワードがぐるぐると脳内を駆け巡る。
「どうか、どうか平にご容赦を……」
これが誠意だと言わんばかりの渾身の土下座を披露した衛兵を見て、ベネトナシュとクーコは普段トワがどういう風に思われているのか心配になった。
「間違いは誰にでもあります。それより、父に取り次いで頂けますか?」
「はい、喜んで!」
衛兵はノックもなしに扉を開けるものだから、室内にいた重鎮たちからこれでもかというほどのお叱りを受けていた。トワたちは外で入室の許可を待つが、会議室内からは怒号が聞こえるばかりでいつまでも進展しそうにない。
「仕方がありませんね」
話が進みそうにないのでトワはベネトナシュとクーコを率いて会議室に入室する。数ヶ月と行方知れずだったトワの登場に会議室はどよめいた。
「トワイライトか、息災のようで何よりだ。それと、後ろにいるのはベネトナシュ皇女殿下か。あまりに綺麗になっていたから最初は誰か分からなかったよ。そういえば結婚したんだって? 相変わらず研究熱心みたいだけど、これでヴァレンス殿も悩みの種が一つ減ったんじゃないか?」
「いやぁ、どこかの誰かに婚約破棄されていなければ父も悩むことはなかったはずだったんだけどねぇ」
「あっはっは! これは手厳しい!」
国王はトワとベネトナシュの共通点を既に知っていたのか、トワがベネトナシュを連れてきたことに何も疑問を抱かずに世間話まで興じてみせた。一方、ベネトナシュどころかトワが既婚者だとも知らない大臣たちは、トワが帝国のVIPを連れてきたことに大きく動揺していた。
「あ、あれがベネトナシュ皇女殿下だって……?」
元婚約者であったトワの兄、ユリウスのショックは大きかった。ドストライクな美女がやってきたと思ったら、それがかつて常識がないと振った女だったと違うベクトルでショックを受けていた。
「あぁ、誰かと思ったら元婚約者君か。聞いたよ、よくもトワイライト君に酷いことをしてくれたねぇ。王様には悪いけど、心底君と結婚しなくてよかったと思うよ」
ベネトナシュはユリウスに対して軽蔑の眼差しを向ける。次期国王という権力に目が眩み、短慮を起こした愚物というのがユリウスに対する評価だった。
「それでトワイライトよ。皇女殿下まで連れてきてどうしたのだ?」
「その前にお父様、聖国が帝国に宣戦布告したのはご存知ですか?」
「あぁ、なんなら今回の会議はそれについて話し合うためのものだ。戦争に巻き込まれる可能性は極めて高いからな」
隣国のきな臭さを察知し迅速に対策会議を開く。当たり前のことを当たり前にやっているだけだが、驚くべきは情報の速さだ。まだ帝国が聖国からの宣戦布告を受けてから数日しか経っていないというのに既に対策会議が開かれている。聖国が宣戦布告をする前に、宣戦布告をするという情報を入手していなければ出来ないことだ。聖国の中枢に近いところまで諜報員が入り込んでいるという証左である。
「で、帝国のお姫様は王国に助力を嘆願しに来たのか?」
「いやだなぁユリウス殿下。そんな図々しいことは言うつもりはないよ。ボクだって王国の人を巻き込みたくないからね」
ベネトナシュはユリウスの嫌味をすんなりと受け流す。研究を口実に政界から離れていたため、腹の探り合いや化かし合いはトワやクーコほど上手ではないが、それでも感情や表情を制御するくらいはやってみせる。ならユリウスはどうなんだという話だが、彼の場合はトワという怪物と常に比較される劣等感から取り繕うことをやめた。取り繕おうとすれば比較されてしまう、なら最初から取り繕わなければいい。生存戦略といえば聞こえはいいが、やっていることは現実逃避にすぎず、結果として歳下のベネトナシュに軽くあしらわれてる。交渉の場に立つにはいささか力不足だ。
「王様、帝国に肩入れをしなくていいんだ。けどその代わりにそれを聖国にも貫いて頂きたい」
「ふむ……それが出来るならそうするに越したことはないな。いたずらに我が国の兵を失うのも馬鹿らしい話だ」
国防を担う兵士たちはみな愛国精神に満ちている。そんな彼らに他国の戦争に首を突っ込んでこいだなんて不義理なことは言えない。戦争に勝てば幾許かの報酬は得られるだろうが、それ以上に国民の信頼を失ってしまう。それはつまり求心力を失うということであり、長い目で見ると国力の低下に繋がっていく。
君主制の国家だからこそ、王族は国民に好かれる必要性があるのだ。王族だから偉いと自称するのではなく、王族だから偉いと国民の方から他称してもらうのが肝要ということだ。
「賢明な判断です。帝国と敵対するとテンマ様を敵に回すことになるのでやめておいた方が良いかと。普通に負けますよ」
「トワイライト様。失礼ながら、戦争というのは1人強い者がいたら勝てるというものではございません。それは有事に備えて日々鍛錬を欠かさない兵たちへの侮辱ですぞ。『ハウメアの才女』と名高い王女様でも、ご自身の担当外の分野のことは想像力が働きませんかな?」
トワが王国のためを思ってアドバイスをすると、国防長官から反論が飛んでくる。しかし、そんなことくらいトワは理解していた。
「ヘルヘイム装備についての情報を入手しているというのに、どのようにヘルヘイムドラゴンが討伐されたのか調べていないのですか? テンマ様はレア度37のモンスターを倒してしまうような常識の枠外の人物です。自身の常識や経験で測れない物を全てあり得ないと決めつける。想像力が働いていないのは一体どちらでしょうか」
「いくら恋する乙女が盲目的とはいえ、トワイライト君がそんな初歩的なことを間違えるわけがないと思わないのかい?」
「ベネトナシュ様、前半の恋する云々は余計です」
前半部分はともかく、ベネトナシュが言うのも至極当然なことで、トワと仕事したことがある大臣たちは、トワイライト様がそんな初歩的なことを理解していないわけがないだろうと国防長官を冷ややかな目で見ていた。また、テンマと直接面識がない彼らですらそうなのだから、面識のある者は言わずもがなだ。
「あの者が帝国に味方するなら、他に選択肢は無いわな。手を出さなければ王国にも味方してくれるんだろ?」
国王は、いくら命の恩人とはいえ、ただの平民にトワを嫁に出すという前代未聞の判断を下した過去の自分を称賛した。




