第134話 研究費獲得の裏技
ベネトナシュが屋敷に住むようになってからリビングでアロエが勉強をしている姿をよく見かけるようになった。というのも、ベネトナシュの研究室に仮所属することになったらしく、研究に関係している中等部高等部の勉強を先取りしているのだ。特に、研究テーマがモンスターの素材に関することなので、元々冒険者組のミーナやフィー、世界中のモンスターを網羅してるミツキにクーコと超豪華講師陣が揃っている。ちなみに俺とトワはアロエと似たり寄ったりのレベルなので戦力になれない。
俺も勉強させてもらおうと、2人のやりとりを隣で観察することにした。
「アロエ君、素材を合成する際に成功率が下がる組み合わせにはどのようなものがあるか分かるかい?」
「火属性と水属性のような、片方が片方の弱点属性の場合です」
「その通り。まぁ今更言うまでもないだろうが、属性は火、水、土、風、氷、雷、聖、闇の8種類。火は水に弱く、水は土に弱い。土は風に弱く、風は火に弱い、といった風にこれらは四すくみの関係になっている。また、氷と雷は相互不干渉で、逆に聖と闇はお互いが弱点属性という相反関係にある。だからモンスターの素材を掛け合わせる時は、この法則に逆らわないというのが基本とされていたが、成功率が下がる素材同士を組み合わせることで、稀に強力なスキルが発現することが発見された」
「『超克』ですね。ナアシュ姉様が8年前に発見された」
ベネトナシュは目を丸くしてポカンとしている。まさか答えられるとは思わなかったといった表情だった。
「優秀なのも考えものだねぇ……もうボクの論文まで読んでいたとは……」
「図書館に行って読めるものだけです」
ここでの勉強だけじゃなくて図書館でも自主的に勉強してるのか……。休みの日もダンジョンに行ったり騎士団の訓練に顔を出したりで休んでいるところを見たことがない。その異常さは屋敷に来たばかりのベネトナシュにも伝わったみたいだ。
「アロエ君、少し無理をしすぎじゃないか? ちゃんと休んでいるのかい?」
「え? 毎日7時間は寝ていますけど……」
アロエはそんな無理なんてしていないと言うが、残りの17時間のほとんどを自己研鑽の時間にあてている。
「そうではなくてだねぇ……ほら、もっと楽しいことをするとかあるだろう?」
もっと言ってやってくれ。そして息抜きとかストレス解消とか、そういうのを教えてあげてほしい。
「お勉強は楽しいですよ?」
「うーん、困ったねぇ。否定ができない」
あ、ダメそう。そういえばベネトナシュも小さい時から趣味で研究してた根っからの変人だったな。
「カレンちゃんとウィンドウショッピングするとかは?」
「「ウィンドウショッピング?」」
え、こっちにはそういう文化ないの? 俺がウィンドウショッピングについて説明すると2人は露骨なまでに怪訝な表情を浮かべていた。
「お兄様、それは冷やかしというやつでは?」
「というか、買っていないんだからショッピングじゃないよねぇ」
それを言われてしまうとその通りとしか言えない。アロエは「買うつもりもないのにお店に入るなんて迷惑です!」と何故か店員目線で怒っている。
「いや、最初は買うつもりが無くても店に入ったら買いたいものが出来るかもしれないから」
それに色々見て回ることで次に買う時のための情報収集にもなるし、ってなんで俺はウィンドウショッピングを擁護してるんだ?
「でも結局、何も欲しいものが無かったらやっぱり時間の無駄ですよね……そんな時間があったら私は1つでもレベルを上げたいです」
一体何がここまでアロエを突き動かすのか。呆れてしまうほどにストイックだ。しかし頑張りすぎだという指摘にアロエはピンときていないみたいだった。
「でも本当に私自身は頑張っているつもりはないんですよ。レベルを上げたり、新しい知識が身につくと、少しでもトワさんに近付けた気がして嬉しいんです。趣味の延長……? みたいな?」
「つまり、あくまで楽しんでやってるってことかな?」
いやいや、楽しむにしても限度があるだろ……って言いたいところだけど、レベルを上げること自体は悪いことじゃないからなぁ。生産性のない趣味に時間を浪費しているとかだったら、じゃあ1日何時間までって決めてもいいんだけど、レベルなんてできるだけ上げるに越したことはないんだから。
「ダンジョンに行く時は誰かと一緒にな」
「はい……」
過保護すぎてアロエからしたらちょっとウザいかもしれないけど、そう思われるくらいがちょうどいいだろう。むしろそれでアロエの安全を担保できるなら喜んでその嫌われ役を引き受けよう。
「まぁボクとしてはアロエ君がダンジョンに行くとレア度の高いモンスターの素材が研究室に回ってくるから大歓迎なんだけどねぇ」
「一応聞いておくけどちゃんと報酬は払ってるんだよな?」
「もしかしてボクってそんなに常識がないと思われてるのかい?」
いや、ごめん。最初に白衣でパーティに参加したとかとんでもエピソードを聞いてるせいで常識人じゃないって印象が強いんだわ。
「まぁ正直のところ、ヘルヘイムドラゴンの購入費用で今年度の研究軍事費がカツカツなのは間違いないんだけどねぇ。このままだとアロエ君に報酬が払えないとも言える」
おい、払ってねぇのかよ。一瞬でも悪いと思った俺の罪悪感を返せ。
「私は別に報酬なんて要らないですよ」
「申し訳ないねえ……研究室にお金があればちゃんと報酬も払えたんだけど、いかんせんヘルヘイムドラゴンの購入費用が……」
「分かった分かった。俺が悪かったから」
ヘルヘイムドラゴンを高値で売りつけたせいでこうなってしまったのなら仕方がない。でもその時にこんなズブズブの関係になるとか思ってなかったからさ。そりゃもう取れるだけ取るしかないじゃん。
「ちなみに研究室では資金や素材を提供してくれるスポンサーを募集しているんだけど」
はい、奥さんの職場のために貢献させていただきます。
それから数週間して、ベネトナシュの研究チームがとある装備を完成させる。その装備の通称は『宵闇』。特に素材の合成などを行っていない単純なヘルヘイムドラゴンの装備なのだが、この装備自体がそんな単純なものではないということを、この時の俺はよく分かっていなかった。




