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第133話 長命種の覚悟と絆

 ミツキがクーコを連れて帰ってきて1週間ほどが経った。無事で帰ってきてくれたのは喜ばしいことなんだけど、帰ってきたクーコはどこかよそよそしくなっていた。はじめは黙って出て行った手前、決まりが悪いとかそういうことかと思ったけど、俺以外には普通に接している気がする。


 そういえばミツキもちょっと変わった。何がどう変わったというのは上手く説明できないけど、なんとなく雰囲気が変わった。たまにクーコを相手にしているんじゃないかと錯覚してしまうほどの風格を感じる時がある。成長したと考えるならこれは良い変化なのか?


 そのミツキは今日も俺たちが外で活動いていた間、ココの相手をしてくれていたみたいだ。遊び疲れてしまったのか、ココはミツキの尻尾を枕にしながら気持ちよさそうに寝ていた。人化していない元の姿のミツキを久しぶりに見た気がするな。


「ん?」


 気持ちよさそうだなぁとミツキの尻尾をなんとなく見ていただけだったのだが、そこに違和感があった。


「1、2、3、4……なんか多くね?」


 尻尾の数が9本あるように見える。何回数え直してみても間違いなく9本だ。ミツキは俺に気がつくと、器用に尻尾だけを残したまま人化した。


「主殿? そんなところに突っ立ってどうしたんだ?」


 ん? もしかして、気付いていないのか? 


「いや、なんか尻尾多くね?」


「尻尾? 何を言ってるんだ?」


 ミツキが怪訝な顔をしながら自分の尻尾の本数を数え始める。八尾なんだからと8本だろ? と数え始めて9本目を確認するとミツキはもう一度自分の尻尾を数え始めた。


「な、な、な、なんか多いぞ!?」


 だからそう言ってんだろ! 何回も指差し確認することか!?


「ん〜? ミツキちゃんどうしたの?」


「す、すまないココ。起こしてしまったか?」


 ほら、急に大きな声を出すからココが起きちゃったじゃんか。というか、ココは気が付かなかったのか?


「えっとね? ミツキちゃん、帰って来た時からずっとこうだったよ?」


「「え?」」


 2人して素っ頓狂な声が出てしまった。というか、帰って来てからミツキが人化を解いたことあったっけ? そう聞いたらミツキは常に人化していたと言うではないか。軽くホラーなんだけど。


「尻尾だけじゃなくてね。なんだかココが進化した時と同じ感じがしたの。雰囲気? が変わったの」


 なるほど? その雰囲気の違いって言うのはたしかに俺もなんとなく感じていた。それでココは八尾から九尾に進化したのが分かったってことか。


「おそらくそれは、ミツキがより高次元の存在に進化したことによって生じた、魂の質の変化によるものじゃろう」


「あ、クーコ」


 どこから聞いていたのか、クーコがやってきてその違和感の正体について解説してくれる。もしかして結構序盤からいた?


「そしてその原因はおそらく……」


 クーコの視線が俺を、正確には俺の下半身を捉える。そういえば俺って神様的なパワーがあるんだっけ? ココの手前直接的な表現は避けたみたいだけど、というかもうココは分かってる上で黙ってくれているだけな気がるる。


「あとはミツキが覚悟を決めたからじゃろうな」


「覚悟?」


「主様たちと共に過ごす覚悟じゃよ。愛する者に先に旅立たれるのは、ワシら長命種の宿命じゃからな」


 まさかもう死別のことまで考えているなんて思わなかった。そんなの数十年()後の話だと思ったけど、クーコたちからしたら()()()数十年なのかも知れないな。


「人はいつか死んじゃうから仕方ないの」


「なるほどのぅ。ココットも覚悟しとったか」


 嘘だろ、まさかココまでそんなことを考えていたとは……。もしかして俺って楽観的すぎ? みんなのことは真剣に考えていたつもりだったけど、もうちょっとみんなの立場になって考えないとダメだったな。反省しよう。


「何を考えているのかは知らんが、私たちは着飾らないありのままの主殿に惹かれたんだ。だから主殿が私たちの価値観に合わせる必要はないぞ」


「うわ、俺そんな顔に出てた?」


「うん。お兄ちゃんは優しいからすぐ分かるの」


 マジか、俺ってそんな分かりやすいのか。なんか考えていることが筒抜けみたいでちょっと恥ずかしいな。とはいえ、価値観を合わせなくていいと言われてもなぁ……聞いちゃった以上は意識してしまうというか……。みんなのために俺が出来ることってなんなんだろうな。


「とりあえずミツキの進化祝いだな」


 数十年。たとえ彼女たちにとっては数瞬のような時間だったとしても、その時間を有意義だったと思えるものにしてあげたい。これはミツキやクーコ、ココだけに限った話じゃなくて、同じ時間軸を生きているミーナたちもだ。みんなの人生を歪めているんだ、こっちも人生を捧げるのが筋ってものだし、こんな俺みたいなしょうもない男の人生だ、これほど贅沢な使い道は他にはないだろう。




 ※ ※ ※


「余計なことを言ってしまったかもしれんのぅ」


 お祝いの準備のためとテンマが離席した後、クーコはリビングで反省していた。


「主殿のことです。遅かれ早かれご自分で気が付かれたと思いますよ」


「しかしな……」


「クーコちゃん。クーコちゃんも覚悟を決めたんだったらもっとお兄ちゃんのことを信じるの」


 いつまでも煮え切らない態度のクーコに対してココットが「めっ!」と叱る。クーコはココットに怒られたこともそうだが、覚悟を決めたことを見抜かれていたことにも驚いた。


「覚悟か。それで言うとココットよ、お主はそれで良いのか? 主様との別れはこの屋敷から出られない体質のお主にとってあまりにも酷じゃろう」


「そういうものだから仕方ないの」


 人が死ぬのは自然の摂理。ココットは、その摂理から外れてしまった自分が取り残されるのは仕方がないことだと、自嘲するように小さく微笑んだ。


「ココ、私は一緒にいるからな」


「ワシもまだまだくたばる気配もないしのぅ」


 たしかにミツキやクーコならこれから先もココと過ごすことが出来るだろう。しかしココは首を横に振った。


「ありがとうなの。でもココのためにミツキちゃんやクーコちゃんが自由じゃなくなっちゃうのは嫌なの」


「何言ってるんだ。私がしたいからそうするんだぞ?」


「ミツキちゃんは優しいからそう言うの」


 それでもココットは首を縦には振らない。ココットは自由でないことの辛さを一番分かっているからだ。見た目や行動から子供だと侮りがちだが、自分を曲げない強い芯を持っている。どれだけ優しく甘い言葉を吐いても絶対に首を縦には振らないだろう。


「ならばココットよ、辛くなった時はワシに言うんじゃ。その時はワシがお主のことを殺してやる」  


 クーコは穏やかではない言葉を口にする。一方、ココットはそれを聞いて穏やかな表情をしていた。


「クーコちゃんも優しいの」


 本心ではそんなことしたくないはずなのに、その嫌な役を買って出てくれる。高位のアンデッドとなったココットに死という救済を与えられるのはクーコかミツキくらいなものだろう。


「クーコちゃんも苦しくなったらココに言うの。そしたらココが殺してあげるの」

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