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第132話 臆病

 ミツキとベネトナシュを抱いた次の日。クーコがいなくなった。


「部屋に戻ったはずだよな……」


 昨日の夜、最後にクーコと接触したのは俺だ。あの後はてっきり自分の部屋に戻ったものだと思っていた。クーコが屋敷にいないことは朝から全員の知ることとなった。


「まぁクーコさんなら危険はないんだろうけど、どうしたんだろうね」


 危害を加えられているとか事件に巻き込まれているという心配は誰もしていない。だからこそ出かけて帰ってこない理由が分からない。もちろん束縛するつもりはないが、気にかけるくらいのことは許してほしい。


「主殿。タマモ様のことで少し心当たりがある。数日待ってくれないだろうか」


「分かった」


 長い間ずっと一緒にいたミツキにしか分からないこともあるか。この件に関してはミツキに任せよう。



 side クーコ


「ここしばらく来てやれんですまんかったの」


 テンマたちがクーコがいないと騒いでいたころ、クーコはテンマの屋敷に移る前に住んでいたコテージに戻ってきていた。厳密にはその裏手、ヘルヘイム山の中腹ほどにあるコテージから少し離れ、目立たない程度に舗装された道を進んだところに目的の場所はあった。


 少し開けた空間に出ると、そこには中程度ほどの大きさの石が何個か組み重ねられた石碑が鎮座している。簡素なものではあるが、それは誰が見ても墓標だと分かるようなものだった。


 クーコはその墓標の周囲に生えた雑草や苔を丁寧に取っていく。周囲の掃除を済ませたら、今度はお墓を丹念に磨いていく。


「ふぅ……綺麗になったの」


 時間をかけた甲斐もあり見違えるほど綺麗になった。クーコはお墓の前に腰を下ろし、アイテムボックスから酒瓶と2つ盃を取り出すそのうちのひとつをお供えする。すると、クーコはこれまで誰にも話せなかった弱音を吐露していった。


「最近はな、大切な者が増えたんじゃ。みんなワシみたいな年寄りにもようしてくれとる。ありがたい話じゃ。じゃが、ワシはそれを受け入れるのが怖くもある」


 愛する人との死別を経験したクーコは、2度と同じ思いをしないようにとこれまで近しい人を作らないようにしていた。亡き夫に操を立てているというのも、もちろん大前提としてまだ愛しているからという理由が大部分を占めるが、ある意味で一種の自己暗示であり、こうすることで他人に踏み込みすぎないようにするという狙いもあった。


「ワシはどうすればよいと思う? なんて、当時『八尾』じゃったワシと共に生きることを選んだ大うつけ者のお主のことじゃ。ワシと違っていとも容易く答えを出してしまうんじゃろうな」



 side ミツキ


 まだ人化すら出来なかった幼少の頃に旦那様に拾われ、40年ほど育ててくださったあの方を、勝手ながら私は父のように思っていた。だからこそそんな旦那様に最期の最期まで恩返しができなかったことを今でも後悔している。まぁ広く深い、まるで大海のような心をしていたあの方のことだ。きっとそんなことは気にしなくていいと言うだろう。


 あぁ、そうか。主殿は旦那様に似ているんだ。強大な力を持っていながらも驕ることなく、あまつさえ攻撃した私を受け入れてしまうような寛大さを持ち合わせている。


 きっとタマモ様はそのことに最初から気がついていたのだろうな。しかしそんなところに惹かれてしまうあたり、私はきっとタマモ様に似たのだと思う。


「タマモ様」


 深謀遠慮なタマモ様のお考えの全てが分かるとは言わないけれど、長年の経験からなんとなく察することが出来るようになった。


「ミツキか、存外早かったのぅ」


「これでも長年タマモ様と旦那様にお仕えしておりましたから」


 1000年生きている私からすれば、40年という期間はたったの25分の1でしかないが、この時間は私にとっての原点であり、私という存在はこの点に様々な要素が肉付けされて構成されていると思っている。まぁ何が言いたいかと言うと、この40年が無ければ私は性格も価値観も全く別の生き物になっているということだ。


 そしてそれはおそらくタマモ様も同じだろう。旦那様が亡くなった今もヒトとの共生を続けているのがその証拠だ。タマモ様にとって最早それは当たり前のことであり、その根幹になっている旦那様との日々は、決して褪せるものではないはずだ。


「タマモ様、みんな心配しております。なぜ何も言わずに出て行かれたのですか?」


「ここに来たということはお主も気付いているんじゃろ? あそこにいるとワシは主様のことを愛してしまいそうになるんじゃ」


「だから旦那様の元へ来たと?」


 私の問いにタマモ様はバツが悪そうに首肯されました。まさかタマモ様がこんなくだらない理由で脱走したとは思いませんでした。


「失礼を承知で申し上げますが、タマモ様は肝心なところでバカですね」


「なっ!」


「いったい何に罪悪感を抱いているんですか? タマモ様が旦那様を愛していることくらい旦那様も分かっておられます」


 ええ、それはもう分かりすぎていますよ。なにせ一番近くで見せつけられたわけですから。


「タマモ様、覚えておられますか? 旦那様は死の間際、タマモ様に幸せになれと仰っていました。あの方のことです。きっとこうなることが分かっておられた」


「……えらく都合のいい解釈じゃな」


「いいえ、タマモ様は理解されているはずです。旦那様はタマモ様が幸せなら忘れられても構わないと平気で仰られるような方です。タマモ様の重荷になりたくないという旦那様に、私はなんて尊い想いなのだろうと頭が下がる思いでいっぱいでございました。ですからタマモ様、旦那様を理由にするのはやめませんか? 旦那様のことを愛している、主殿のことも愛している。それでいいではありませんか」


「しかしじゃな……」


「タマモ様、何をそんなに怯えているのですか?」


 タマモ様が旦那様の想いに気がついていないわけがないのに、そんな旦那様のことを理由にしてまで煮えきらない態度を取っている。


「主様はワシらより先に逝く。そこまで入れ込むことを不安には思わんのか?」


 これがタマモ様が一歩引いておられる理由ですか。旦那様の死を経験したことで他人と関わることに臆病になってしまわれた。たしかに、私にもそういう感情はある。きっと旦那様に寄り添って生きると決めた当時のタマモ様もそうなることを覚悟をしたはずだ。そう覚悟していたタマモ様をここまで参らせるのだから、その不安や恐怖は並々ならぬものがあるのかもしれない。けれど私はそれ以上に誰かを愛し、愛されてみたいという気持ちが勝った。


「旦那様が亡くなられ、タマモ様が深く心を痛められたことは存じております。離別の苦しみというものがどれほどのものなのか、私にはただ推し量ることしか出来ませんが、それでも私はお二人が幸せだったことも知っております。その幸せを私も感じてみたいのです」


 こうやって話してみると、段々と自分の中で覚悟が定まってきているのが分かる。いや、今までも覚悟はしていたつもりだったのだけれど、それを言葉にしたことでより深まったというべきか。


「ミツキ……お主、強くなったのぅ」


 ええそうでしょう。なにせ、他でもないタマモ様に鍛えられてきたんですから。

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