第129話 裁判の様式
「うーん」
フェリックスさんが帰ってからフィーが唸っていた。先ほどの話で何か思うところがあったらしい。
「結局一番悪いのは当時の貴族派の幹部たちっていうのは分かったけどさー。それでも私はやっぱりアルガルド公爵を許せないよ」
「私もフィーと同意見だ。少なくとも一端を担ったわけだからな」
ミーナとフィーも現実がままならないことくらい理解している。それでもこう言うのは勧善懲悪じゃないからという理由ではないのだろう。
「けど、それはご家族が人質に取られていて仕方がなかったって言ってましたよね……?」
「なるほど、アロエはそう考えましたか」
「えっ、じゃあトワさんはどう考えてるんですか?」
「人質とは言っても物理的に人質にされているわけでは無かったでしょう。言わば脅迫の段階ではまだ幾ばくかの猶予はあったはずです。その間に国に報告するなり他の対応もあったと思います。とはいえ、もちろんこれにはリスクが伴いますからね。家族の安全を第一に考えるなら、たとえ安易に言いなりになる道を選択をしていたとしても仕方がないと思いますよ」
トワの意見にアロエが、あれ? 結論は一緒? とわかりやすく混乱している。ただ、トワはアルガルド公爵を白とは言っていない。白・黒でいうならば八対二か七対三くらいのニュアンスである。
「トワの言う通りだ。他の手段を選ぶことも出来たはずなのに、それを選択をしたのはアルガルド公爵だ」
「そーそー、同情はするけどさぁ。でも貴族派って前から汚いことはやってたんじゃないの? それを告発しておけばこんなことにもならなかったんじゃない?」
「あ、あれ? そう考えるとたしかにそうですよね……」
「うーん、でもそれも結局リスクがあると思うけどねぇ。仮にそうして事が起きる前に貴族派の幹部たちが捕まったとしてだ、告発したのがアルガルド公爵だってバレたら今度は逆恨みに遭うかもしれない」
「もちろん清廉潔白に生きるのは人として正しいとは思いますが、正直者が馬鹿を見るのもまた事実」
「わ……わ……これ、いったい何が正解なんですかぁ」
色々な意見が飛び交いアロエはパンク寸前なのか目をくるくる回している。
「アロエよ、このような問題を倫理と言ってな、これには正解も不正解もないんじゃよ。おそらくアロエが気に掛かっているのは渦中の人物であるアルガルドが加害者であり被害者でもあるというところじゃろう?」
「はい……」
「古今東西、このような問題に対する明確な答えは出ておらん。そしておそらくこの先も正しい答えが出ることはないじゃろう。しかし何らかの罰という回答は必要じゃ。じゃから善悪というアプローチではなく法を使うんじゃよ」
「まぁさっきも言ったけど、今回の場合だと6人殺めているから極刑が妥当だねぇ」
ベネトナシュはさも当然とばかりに言う。まぁ計画的に6人ともなれば帝国の法でなくても死刑になりそうだな。
「ココちゃんのことはともかく、悪い人を懲らしめたのにですか?」
「正義に基づいた行動ならば何をしてもよいというわけではない。それを認めると秩序は崩壊してしまうからな。柔軟性に欠けると思うかもしれんが、それが法というものじゃ。もちろんアロエが納得できん気持ちも分かるし納得せんでもよい。ミーナもフィーネもじゃ。それがお主らの正義というならそれは間違いではない。しかしな、お主らと対立する意見もまた間違いではないということを忘れてはならんぞ。相手を尊重するのもまた倫理じゃ……っと長々と偉そうに年寄りくさい講釈を垂れてしまってすまんの」
長い間たくさんの人を見てきた経験か、俺なんかよりよほど社会性に富んでいる。まるで人間の鑑だな、人間じゃないけど。
「貴族が全員クーコさんみたいな人だったらこんなこと起こらないんだろうなぁ」
「それは間違いないな」
さっきまでアルガルド公爵のことでは色々な意見が出ていたが、これに関しては文句なしで満場一致だった。
それから数週間後、アルガルド公爵の公判の招待状が届いた。まぁ招待といっても帝国貴族としての招集みたいなものだったので、ほとんど参加しろみたいな文面だったが、裁判なんてなかなか見れる機会はないので参加することにした。
「主様よ。ミーナとフィー、それとアロエの3人も連れていってやれんか? アルガルドにどのような判決が言い渡されるか、直接見た方があやつらも納得できるじゃろう。帝国の裁判では、その判決がどういう根拠に基づいているのかまで読み上げてくれるはずじゃ」
なるほど。前に話した時は3人とも若干消化不良気味だったからな。結果がどうであれ、アルガルド公爵が最終的にどうなるのかが分かるだけでも幾分か消化不良は解消されるだろう。
「しかし、アルガルド公爵が捕まってからだいぶ経つけど、まだ裁判してなかったんだな」
「帝国の裁判はしっかり取り調べをしてから行いますからね。場合によっては判決まで数回かかることもあるとか。その甲斐あってか周辺国と比べて冤罪率が低く、また判決の刑罰に関しても、過去の判例などを参照しているため公平性があります」
へぇ、意外としっかりしてるんだな。帝国の裁判ってクーコもトワも言うけど帝国以外は違うのか?
「昔と比べたらだいぶ進歩したのぉ。3000年前は証拠が見つからなかった場合はどうしたかというとな、釜で沸かした熱湯の中に手を入れさせて火傷をしたら有罪、しなかったら無罪と判断していたんじゃぞ」
「え、それマジで言ってる?」
そんなの絶対火傷するだろ……って思ったけどこれもしかしてステータス次第なんじゃね? そのせいで無実の人を冤罪にかけるだけじゃなくて本当の犯人を取りこぼす可能性があるの欠陥すぎる。それならまだ容疑者は全員漏れなく有罪の方がマシじゃね? いやそれでも充分酷いからマシとかそういう次元じゃないか。
「今でも聖国は似たようなことをやっていますね。ミルカルトル神に誓いを立てた後、熱した鉄の棒を握って火傷をするかどうかで判断するそうですよ」
「どこの国も火傷好きすぎるだろ……」
まぁ手っ取り早いのは分かるんだけどさ。そう考えたら帝国はかなり進んでるんだな。
「聖国は敬虔な信徒が多いからのぉ。人は騙せても神は欺けないという固定観念が根付いておるんじゃ。なので罪を犯した者は容疑者になった時点でいらぬ火傷をする前に罪を自白をすることもある」
「この熱した鉄の棒もそうですけど、シンプルに刑が重いのでそれで犯罪を未然に防ぐ狙いがあります」
あ、なるほど。確かにそれでいいじゃん。食い逃げは死刑とかにしたら誰も食い逃げしないでしょ。
「これでも緩和しているんですよ。聖国は一時期は窃盗を死刑と定めていましたから」
「いや重いな。でもそれだと流石に窃盗なんて誰もやらないと思うけど、なんで緩和したんだ?」
「そうですね。確かにその施策をしてから窃盗は減りました。その代わりに強盗殺人が増えましたが」
おい、ダメじゃねぇか。
「街の治安が悪化したのもそうじゃが、あとは敵対勢力を陥れる冤罪が横行したんじゃ。聖国の裁判は冤罪に対してあまりにも脆弱じゃからな。政治に関与しておったお偉いさん方が、枢機卿の地位を巡って足を引っ張り合うもんじゃから国は大荒れじゃ」
「あれは他国でも教訓にされるほどの悪法ですからね。その点、帝国の裁判は公平かつ論理的、しかしそれでいて当事者の感情面にも配慮する柔軟さを持ち合わせています。まぁその分だけ終着点をどこにするのかが難しくなるのですが、だからこそ3人を連れて行く価値はあると思いますよ」
まぁとりあえず帝国が聖国と比べてまともだということは分かった。まぁせっかくクーコがみんなのためを思って提案してくれたんだ。トワの太鼓判もあることだし、裁判には4人で出席しようかな。




