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第128話 恩赦

 パーティ会場に不届者がいたという知らせをうけたのはパーティが終わって数日後のことだった。婚約発表をして頻繁に屋敷にくるようになったベネトナシュが話題に出したのだが、俺たちは最初それがなんのことだか分からなかった。ベネトナシュが言うにはパーティの最中にココに呪具を渡そうとした奴がいたらしい。誰もココからそんな話は聞いていなかったので寝耳に水だった。


 さらに詳しい話を聞いたところ、それがなんと50年前にココに呪具を渡した貴族派の男、その張本人だと言うではないか。


「そんなやつが来てたなんて! 許せない!」


「あぁ、出来れば私たちの手で捕まえてやりたかった」


 その話を聞いて憤りを見せたのはフィーとミーナだった。俺も怒りはあったが、それよりも当事者のココが黙っていたことが気になった。


「まぁ安心したまえ。呪具と言ってもアルガルド公爵が持っていた呪具は所持しているとちょっと調子が悪くなる程度の呪いしかかかっていなくてねぇ。とてもじゃないけど人を呪い殺すなんて到底無理な代物だったよ」


 安心しろと言われてもミーナとフィーの怒りは収まらない。この温度差の原因はベネトナシュは前回のパーティでココと初めましてだったのでココの素性を知らないからだろう。そこで、ベネトナシュにはココがリッチの上位種であることと、その50年前の事件の被害者であるココット・ガーランド本人であることを伝えた。


「きょ、興味深いねぇ! そんな超レアモンスターのココット君の素材は一体なんなんだろうねえ!」


「お姉ちゃん、ちょっと怖いの」


 ベネトナシュはココに触れながら「さ、触れる!」と驚いている。そこに助け舟を出したのはクーコとミツキだった。


「ココットはゴースト系統じゃから何もドロップせんじゃろう」


「それに希少さだけでいうなら私やタマモ様の方がよほど希少だろうな」


「ん!? なんだいそれは!?」


 完全人化を解いて半獣化した2人を見て今度は歓喜の声をあげる。二言目には「毛をくれないかい」とお願いしていた、完全にマッドサイエンティストだな。


「まぁ3人のことは今はいいだろう。そのアルガルド公爵の持っていた呪具ってやつは本当に大したものではなかったのか?」


 こんな調子ではいつまでも脱線してしまいそうなので無理やり話を戻す。過去のことを考えれば楽観視は出来ないからな。注意しすぎるくらいが良いと思ったが、これはベネトナシュを含め何人もの研究者が解析した結果で間違いないそうだ。しかし、それだと色々と不可解なことがあるという。


「アルガルド公爵がわざわざ『シャーマン』に殺傷性の低い呪具を作製するよう依頼したことも裏が取れている。では公爵は何故呪具に殺傷能力がないと弁明しなかったんだろうねぇ。そうすれば不当な拘束を受けずにすぐに釈放されただろうに」


「帝国の司法機関がどのような判断を下すかはわかりませんが、ただの嫌がらせの範疇に収まると判断すれば刑罰は軽くなりますよね。せいぜい慰謝料を払う程度でしょうか」


「まぁ本来ならその程度で済んだはずなんだけど、それがまさか過去の殺人を自白してわざわざ泥沼化させてくるなんてねぇ……」


 なんと公爵はココの他にも20年で5人ほど殺めていたことを自白したという。そしてその5人というのは老衰や病気で亡くなったと判断されていた貴族派の幹部たちだったそうだ。


「なにやら裏がありそうな話じゃな。こういうのは出世のためというのが動機としては定番じゃが」


「たしかにアルガルド公爵はもともと伯爵位で貴族派でもそこまで序列は高くなかった。公爵になれたのは25年ほど前に公爵の娘がボクの従伯父と婚約したからだからね。この婚約が成立した要因に大叔父や従伯父が貴族派だったことと、公爵が貴族派の幹部になって発言力が増えたということは大いに関係しているだろう」


 成り上がることが目的だとしたら途轍もない時間と手間が掛かっているな。それとも伯爵からの陞爵ともなるとそのくらいの手間は当たり前なのか? まぁでもそれはそれとしてだ。やはりそれでも違和感は消えていない。


「だとしても自白する必要性はないよな?」


「そうだねぇ……事情聴取後に捜査が行われることになるけど、なにせ数十年前のことだから大した成果は得られないだろうねぇ。その捜査が終わったらアルガルド公爵には判決が下されるよ。まぁ帝国法に基づくなら九分九厘極刑だねぇ」


 死刑か。本当になんでわざわざ自白したんだろうな。まぁ部外者がいくら憶測で語ったところで答えなんか出ないか。合理的じゃない行動の意味なんて、結局本人か関係者にしかわからないんだから。


「ココね、あのおじさんのことなんとなく分かるの」


「ココ?」


 そう思っていたらずっと口を閉ざしていたココがポツリと言った。


「あのおじさんは最初から捕まるつもりだったと思うの。ココ、あのおじさんが他のおじさんと話をしてるところを聞いてたらね、ココに酷いことをしたのは家族を人質に取られてたからだって言ってたの。きっとおじさんも本当はやりたくなくて、だからおじさんは50年間ずっと辛かったんじゃないかなって、そう思ったの」


「なるほど、それは新しい視点だ。アルガルド公爵ほどの人物が当時と同じ手法を取るなんて杜撰すぎると思っていたんだけど、わざと捕まるつもりだったというなら納得だねぇ」


 そんな話をしていると、来客を知らせるノッカーの音が聞こえてきた。あまり出番がないので一瞬何の音だ? って身構えたのは内緒だ。


 玄関に出ると燕尾服を着た初老の男性が気をつけの姿勢で立っていた。その男は俺と目が合うと慇懃に一礼した。


「お初にお目にかかりますバルムンク卿。わたしはアルガルド公爵家の執事長をしておりますフェリックスと申します」


 え、なんでそんな人が? と思いつつもこんな外で立たせているのもなんだから屋敷の中に入ってもらった。


「バルムンク卿と奥方様には大変なご迷惑をお掛けいたしました。拘留で身動きが取れない主に代わりまして心より謝罪申し上げます」


「あぁ……」


 年が3倍も離れているであろう俺たちに慇懃な態度を崩さない。謝罪に来ているので当たり前と言えばそうかもしれないが、ここまで礼節を尽くされるとついさっきまでみんな知らなかったんだけど、とは言いにくい。


「フェリックスとやら、君はアルガルド公爵の目的について何か知っているのかい?」


「はい。アルガルド様は今回の騒動で貴族派を終わらせるおつもりでしょう。わたしにそういうお話をするようになったのは5年ほど前からですが、アルガルド様はそれこそ何十年も前から考えていたと思います」


「何十年か、気の遠くなるような話だ。当時の貴族派の重鎮を殺害したことと関係がありそうだねぇ」


 ベネトナシュの問いにフェリックスさんは「アルガルド様はそこまでお話になられたのですね」と驚いた。それに対してベネトナシュがガーランド男爵令嬢のことについても聞いていると言うとフェリックスさんの表情が露骨に曇った。


「アルガルド様はガーランド夫妻とその娘には申し訳ないことをしたと罪の意識をずっと感じておられました。あの出来事こそがアルガルド様のお考えの原点なのです。アルガルド様はまず貴族派の改善に努めることを誓いました。そのためには奥様やお嬢様を人質にガーランド男爵を害するように指示した幹部連中が邪魔でした。しかし、立て続けに不幸が起こっては警戒されてしまいます。そこでアルガルド様は数十年単位の計画を立てたのです」


「数十年なんて人間からしたら短くない時間だぞ。仮にその話が本当だとしたらその原動力はどこから来ているんだ?」


ミツキさんや、人間からしたら、て。ちゃんとした人間だったらそんなフレーズは使わないんだよ。フェリックスさんも少し違和感を覚えたみたいだったけどスルーされてよかった。


「原動力、ですか……。そうですね……アルガルド様はしばしば贖罪の人生という言葉を口にしておりました。アルガルド様は30年ほど前までは毎週決まった時間になると貴族区画から出て市井に繰り出すことがあったのですが、その時の夕食には決まってパンを召し上がっておられました」


「パン? それはなんで?」


「爵位を返上なされたガーランドのご夫妻ですが、この屋敷を離れてからは帝都の一角でパン屋を経営していたのです。アルガルド様はパンを買う理由について『罪の意識を忘れないように』と仰っていました」


 なんとなくだけどアルガルド公爵の人物像が見えてくるな。というのも、フェリックスさんの言葉の端々からどことなく敬意が感じられるのだ。雇用主を守るためにさぞ美談のように語っているというわけでもなさそうだ。そんなことをしなくてもアルガルドという人物を知ってもらえれば誤解は解けるとフェリックスさんが信じているからだろう。


「かくいうわたくしもご夫妻のパンのファンでして、アルガルド様も贖罪だなんだと言いつつ案外そのお味が気に入っていただけなのかもしれません」


「ううん、きっとその方が嬉しいと思うの」


 ココがそう言うとフェリックスさんは何かを感じたのか目を見開いた。


「なんでしょう。妙な説得力がございますね」


 説得力も何も、まさかこれがココット・ガーランド本人の言葉だとは思わないだろう。言ってしまえばこれはココからの恩赦の言葉だ。フェリックスさんもまた罪を感じていた1人だったのだろう。ココの言葉を聞いてからというもの、何か憑き物が落ちたかのように穏やかな表情をしていた。

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