第127話 呪具
side???
「潮時か」
テンマとベネトナシュの結婚の報告を聞くやいなやその白髪の老人は数人の中年貴族を連れてパーティ会場を出た。
「アルガルド公爵、どうしますか……」
「どうもこうもない。とりあえず伯爵は大臣に報告を」
公爵と呼ばれた老人が指示をすると1人が走って暗闇の中を駆けて行った。貴族派、その中でも強硬派と呼ばれる彼らの勢力は現状衰退の一途を辿っている。彼らは貴族の血を尊いものとし何よりも重要視している。その尊い血の原点ともいえる皇族の血を持つベネトナシュが元平民と婚姻関係を結ぶというのが彼らにとってさらに逆風になることは明らかだった。
「近年は重役に元平民が登用されることも増えましたが……まさか皇室まで……」
「悲しいかな、これが時代の流れというやつかも知れんな」
「アルガルド様、そんな弱気な」
「思えば、平民を登用するようになったのは私が二十歳になったかなる前かそのくらいだったな。あの頃は貴族派の方が多かった」
そう言うアルガルドは今年で齢70を迎えたところだ。老人があの頃は、と懐古するのは50年も前のこと。帝国史からすればほんの僅かな時間だが、時代が一つ変わるのには充分な時間だった。
「ランページ侯爵、君はたしか娘がいたね?」
「はい。今年初等部に入ったばかりです」
このランページ侯爵と呼ばれた男、ロータス・ランページという名だが、アロエの学友であるローザ・ランページの父であった。
「そうか。娘さんもそうだが、君も身の振り方を考えた方がいい」
このままいけば次期皇帝となるであろう第一皇子は学校に平民を広く受け入れるように指示した張本人だ。なので帝国に利益をもたらす人物であれば身分は関係ないという流れはこれから更に加速していくと容易に想像できた。死に行くだけの自分はともかく、まだまだ先の長い子供に貴族主義の教育を施すのは可哀想というものだ。
他人様の家庭のことに口を出すのは憚らるという気持ちもあったが、それよりも老婆心が勝った。
「実は、最近娘には平民の友人が出来たみたいで」
「ははっ! 流石はランページ侯爵の娘さんだ。私なんかよりも時代の流れを理解しておる」
「つい最近までは貴族主義の思想を掲げていたんですけどね。子供の吸収力には驚かされますよ」
それで良いとアルガルドは頷いた。また、自分にそんな柔軟性があれば手を汚すことも無かっただろうと。
「次の世代はもう理解しているんだ。潮時ということかもしれんな」
「何を仰いますか。過去にもこのような窮地はあったでしょう。その時のように解決すれば……」
「確かに、当時はあらゆる手段を尽くしたものだ。平民擁護の声を小さくするため平民にミスをさせる工作活動に勤んだ。もっとも、これは君が生まれるよりも前の話だがね」
ロータスは前当主の教育により貴族派に属しているに過ぎない。彼が聞いたのは貴族派がどれほどまで帝国の繁栄に貢献していたかという光の部分だけで、その栄光がどのように作られたかなんてことは聞かされてはいない。当主となってより深く貴族派に浸かったことでそういう後ろ暗い部分も見えてきたが、そんな後ろ暗いことに関する詳細な資料なんかが残っているはずもなくその全容を知ることは不可能だった。
「ランページ侯爵、君は自分の娘と同じくらいの子を手にかけられるかね?」
「は……それは……」
突如告げられた問いにロータスは答えにくそうにする。そして何故そんなことを聞いてきたのか、理由は一つしかなかった。
「そう、出来ないのが普通。しかしな、君の娘が人質になっていたらどうだ?」
「なっ……!」
ロータスの顔が目に見えて青ざめる。まさか味方に裏切られるなんて露ほどにも考えていなかった。ロータスは全てをほっぽり出して駆け出そうとしたところをアルガルドに止められた。
「ただの例え話だから落ち着け。当時のお偉いさんはもう全員地獄に行った。今の貴族派にそんな外道はいないから安心しなさい」
それを聞いてロータスはほっと安心する。しかし、そんな身の毛がよだつほどの邪悪がつい最近まで貴族派を率いていたと思うとこの上なく恐ろしく感じた。
「所詮汚い手段で生きながらえてきた勢力だ。もうじきに貴族派は終わる。もう一度言うぞ、君も身の振り方を考えた方がいい」
アルガルドはロータスを帰らせると1人庭でこれからのことを身の振り方を思案するのであった。
side アルガルド
屋敷の外にいるというのに会場内の熱がここまで届いているように感じる。あまり貴族の社交界でこれほど熱気が上がることはないが、それだけみなベネトナシュ皇女殿下のご結婚が衝撃的だったのだろう。きっとこれで貴族原理主義は終わる。あれから数十年かけて膿を排出したが、ついぞ再興することは無かったな。
「しかし何の因果か。また私がここに来ることになるとはな」
ガーランド男爵の叙勲パーティのことは50年経っても忘れられそうにない。当時の私は伯爵で、公爵に連れられて表向きは鞄持ちという名目で参加した。しかし本当の目的はガーランド男爵の1人娘であるココット・ガーランドに呪具を渡すことだった。
「おじさん、そこで何してるの?」
「君は……バルムンク卿の……」
そういえば、あの時もこんな感じだったな。心の準備をしていたところに向こうからやってきたんだ。
「どうしたんだい? まだパーティの途中じゃないのかい?」
あぁ……あの時もこんなことを言った気がする。彼女はなんと答えたんだったか。
「うーんとね、パーティには色々な人が来るから、悪いことをする人がいないか目を光らせてるの」
少なくともこんなことは言われていないはずだ。しかし困ったな。庭で1人物思いに耽っていたせいで不審者と思われてしまったのか。
「偉いな、パトロールかい? そんな偉い君にはこれをあげよう。お祝いだ」
私はそう言ってポケットから赤い宝石を取り出す。お祝いだなんて言ってあの時と全く同じやり方で呪具を渡そうとしているのだからつくづく私も芸がない。彼女ほどの年齢の子ならそう言えば受け取るだろうという浅い考えだった。
「いいの?」
「いいとも、お祝いだからね」
しかし、彼女は宝石を手に取らなかった。彼女の目に宝石は映っておらず、どこか悲しそうな目で私を見ていた。何故だ、何故そのような顔をする。
「これ、ココには効かないけど、本当にいいの?」
「ココ……? 君は、ココット・ガーランド……なのか?」
いや、何を言っているんだ私は。そんな荒唐無稽な話があるか。ココット・ガーランドは私が殺したんだ。
そんなことを考えていたら、ふと背後に人の気配を感じた。私が気付くのを待っていたのか、その人は私が振り返るまで何も言わなかった。
「残念だよアルガルド公爵」
「皇帝陛下……」
もはや言い逃れの余地などない。いや、そもそも言い逃れをするつもりも無かった。決して強がりではなく私には相応しい幕切れだと思う。
ただ、やはり少女は悲しそうな顔をしている。その理由が気になってしまい、その表情がどうしても頭に焼き付いて離れなかった。




