第123話 妹弟子?
やはりどこかで可愛い孫の夢を叶えてやりたいという気持ちがどこかにあったのだろう。カグツチはユズを鍛えることを前向きに検討しているみたいだった。
「けどなぁ……育てていこうと思うと金がいるんだ」
売れ行きが好ましくないのに加えてここ1年の迷走。お金がないと言っていたのは割と本当のことらしく、今お金になるものと言えば店頭に並んだ装備くらいなものらしい。そしてここに山ほど転がっている『品質:普通』の装備を売るのは無しだそうだ。その誇りは素晴らしいけど時にめんどくさいな。けどまぁ解決法はある。
「これは提案なんだが、俺が資金を融通するっていうのはどうだろうか」
「それだとお前さんにうまみが無いだろ」
「その代わりと言ってはなんだが、たまにでいいから今日みたいに鍛冶場を使わせて欲しいんだ」
これなら普通に炉を作るよりも安上がりだろうし、ここには鍛冶の道具も揃っている。なのでこれは俺にとっても大きなメリットのある提案だ。鍛冶作業に造詣の深いカグツチからのアドバイスが期待できるのも大きい。俺はスキルのサポートのおかげで手は動くが、素材の特性や性質までは理解出来ていないからな。
「お前さんならいつでも歓迎だ。あいつの兄弟子として良い刺激になってくれ」
ちょっと待て、俺はいつカグツチの弟子になったんだ?
「こまけぇこたぁいいんだよ」
まぁいいけどさ。俺たちの交渉が一区切りついたところで工房ではなく店の方のドアが開いた音がした。お客さんか? と思ったが今は看板娘は不在だ。カグツチに対応しなくて良いのか? と視線を送ったところ、カグツチは俺を見て店の方を指差した。え、俺に行けってこと!?
そんなことある? と思って店の方に向かおうとしたところ、工房の方にミーナがやってきた。なんか怒ってるけどどうした? あとその後ろでユズが一生懸命にミーナを抑えようとしているのもどうした?
「ミーナ。そんな凄い剣幕でどうしたんだ?」
「さすがはテンマだ、よくぞ聞いてくれた。私はもう一言ユズのことについてカグツチ殿に物申さないと気が済まない!」
「わぁぁぁ!!! 本当にいいっすからやめて欲しいっす! せめえ自分で! 自分のタイミングでやらせて欲しいっす!」
その当事者のユズが全力で止めているんだが? ミーナさぁ、これ多分余計なお世話ってやつだからやめておけ?
「いーやここは私が!」
「なんでだよ」
思わず突っ込んでしまった。でもユズの問題ならユズに任せてやれよ。じれったいのは分かるけど他人が引っ掻き回す問題じゃないだろ。
ユズはカグツチの前に立ったのだが何も話さない。それを見てミーナが「やはり私がぁぁぁぁ」といこうとしたのをヘッドロックで止めた。
この膠着した状態から先に動いたのはカグツチの方だった。
「ユズ、槌を持て」
「え……?」
「なんだ? 鉄を打ちたくないのか?」
「えっ……えっ!? いいんすかっ!?」
ユズは一瞬困惑の表情を浮かべていたが、何を言われたのか理解した瞬間に喜色満面の笑みを浮かべた。
「ところでミーナが言いたかったことってなんなんだ?」
「いや……もう済んだ……」
さっきまでの熱量はなんだったんだよ。もしかしてユズに鍛冶をやらせてあげて欲しいってお願いか? その説得はもう俺がしたんだよなぁ。
「あの、お兄さんがおじいちゃんを説得してくれたんすか? それにお金も出してくれるって……申し訳ないっす」
「別に気にする必要はないさ。今後も炉を使わせてもらうからな」
「そういえばお兄さん炉を借りたいって言ってたっすね。何してたんすか?」
鍛冶師でもないのに炉を使いたいってなかなかに特殊な状況だもんな。まぁやってたのは鍛冶なんだけど。
「テンマ。お前さんが作ったやつをユズに見せてやってくれるか?」
「ああ」
別にそれくらいいいんだけどさ……なんか結婚してない女の子に指輪を手渡すのは抵抗あるな。ユズはリングを受け取るとそれを装着するのではなく360度なめるように見回していた。
「えぇっ!? これお兄さんが作ったんすか!? おじいちゃんじゃなくて!?」
「まず最初に疑うのではなく敬う。その態度は兄弟子に対して失礼だ」
ユズの発言は『カグツチが作ったと思うくらい精巧だ』というポジティブな意味にも『嘘つけお前にこんなの作れるわけないぞ』というネガティブな意味にも捉えられる。俺は別に気にしていないと言ったが、カグツチは別の機会に同じことをしてトラブルになる可能性があるということでユズを叱った。
「というか、いつの間に弟子になったんだ?」
知らん。いつの間にか弟子認定されてたから。しかし自分が作ったものを褒められるというのはなかなかに気分がいいな。これは兄弟子としていいところを見せられたんじゃないか?
「少なくともこいつを超える作品が作れなきゃ免許皆伝とは言ってやれねぇな」
いつの間にか俺の作品が卒業試験みたいになってる。というか俺は免許皆伝を言い渡せるくらいの作品を1発目から作ってしまったのか。まぁ『マスタースミス』の職業補正のおかげだろうけど。
ユズの中長期的な目標になってしまった。
「じゃあそれはユズにプレゼントしよう。目標が見据えられる方がモチベーションになるだろう」
俺は別に処女作だからといって執着はない。なので頑張る若者のためならプレゼントしてしまってもと思っただけなのだが、2人からは正気か? という顔をされた。
「お前さんいいのか!? スキル付きの装飾品なんて100万ゴールドは固いぞ!?」
「そうっすよ! 受け取れるわけないっす!」
「じゃあ炉の使用料ってことで。それでも受け取れないって言うんだったら、いつかユズがこれよりまともな装備を作ったらそれを俺にくれないか?」
それならお金のことは問題ないからな。むしろより良いものを渡す分だけユズが損だ。
「わ、分かったっす。絶対これを超える指輪を作ってみせるっすよ」
ん? なんで指輪限定? 俺指輪って指定してないよね?
「指輪を渡すってことはそういうことっすよね……? まさか初対面のお兄さんからされるとは思ってなかったっすけど……」
「え、何か壮大な勘違いを……って痛ぇ! おい、じいさん肩を掴むな! お前鍛冶師の握力分かってんのか!?」
訂正しようとしたらカグツチに肩を握りつぶされるんじゃないかってくらい力一杯掴まれた。
「ユズを悲しませたら殺す」
俺の気も知らないでユズは「いやー、お兄さんかっこいいし誠実そうっすから、自分としては吝かでもないっすけどぉ」とだらしなく頬を緩ませている。こんなでれっでれになっているのに勘違いだと指摘したらどうなるか……。俺の隣にいる孫バカおじさんが瞬く間にモンスターに変貌し俺の肩を粉砕するだろう。
「よーしおじいちゃん指輪の作り方から教えちゃうぞー。そうだ! ユズは女の子だから装飾品を専門にしてもいいかもしれないな!」
やべぇ。このじいさん本気だ。俺みたいな得体の知れない礼儀知らずに対して外堀を埋めるのが早すぎる。
「ユズがそこらのヘボ鍛冶屋に狙われないか心配だったが、こんな優良物件の方から来てくれるとはなぁ」
いや、ほんとにやめといた方がいいと思う。こいつすでに7人の奥さんがいる節操なしだから。ほんとに考え直した方がいい。なぁ、ミーナもなんとか言ってくれ!
「これは帰ったらトワに報告だな……」
あー違う違うそっちじゃない。流れに身を任せるんじゃなくて少しは止めようとしてくれ? たしかに奥の管理をしてくれてるトワに言わなくちゃいけないのは分かるけどまだ決まったわけじゃないんだから。
既に7人の奥さんがいることや奥に入るためにルールがある話をしているうちにカグツチとユズの顔がだんだんと青ざめていった。
「もしかしてお前さん、貴族様だったのか!?」
「無礼な態度をとって申し訳なかったっす! どうかご容赦くださいっす!」
「まぁそんな大層なもんじゃないから」
俺が貴族と分かるやいなや2人の平身低頭ぶりが凄い。カレンちゃんのお店の時もそうだったけど、貴族って碌なことしないからそういう陰湿な嫌がらせをするってイメージが強いんだろうな。
「そ、そうか。まぁ家督を継げない貴族の次男坊や三男坊が道楽で鍛冶をするケースもゼロではないからな。ちなみに家名はなんて言うんだ?」
「あー……なんか最近バルムンクって付けられた」
「ほぉ……バルムンク……。んっ!? バルムンク!?」
「バルムンクって、あの竜殺しの英雄のバルムンク卿っすか!?」
うわやめて恥ずかしい。自分でそんな大層な名前付けたわけじゃないから。というかやっぱ名前だけすっごい勢いで広がってるんだな。名前の音だけでもっと歴戦の勇士みたいなの想像してたらごめんだね。
まぁユズはキラキラした目で見てくるから多分ガッカリはしていない。じいさんもなんかそわそわしてる。
「とりあえずサインをくれんか?」
じいさん、あんた案外ミーハーなんだな。




