第122話 それぞれの想い
side ミーナ
「テンマに頼むと言われた以上、ユズを無事に連れ帰らないとな」
ユズが飛び出して行ってからさほど時間は経っていない。行動できる範囲は限られているだろうが、路地裏や人通りの多い通りに行かれると見つけるのは困難だ。
運良くちょうど大きな通りに出る直前の道でユズの後ろ姿が目に入った。
「ユズ! 待つんだ!」
この距離ならこっちの声は届いているはずだ。しかしユズはこちらの声に一瞬反応したかと思うと、また駆け出して大通りへと姿を消してしまった。
「くっ……!」
方向は分かるが、こうも人の波に紛れてしまっては……。
どうしよう……せっかくテンマが頼ってくれたというのに。
「いや、見つかるまで探せば見失っていない!」
そう、これはまだ探している途中だから。まだまだこれからじゃないか。
「うむ……見つからん……」
あれから3時間くらい経っただろうか……。ユズはいったいどこにいるんだ。もしかしてもう工房の方に戻っているなんてこともあるか? 一度戻るべきか……。いや、なんで見失った時点ですぐ戻ってこなかったと怒られるかもしれない……。
とはいえだ、別にユズも右も左も分からない幼子というわけでもあるまいし躍起になって探す必要もないのではないか?
「……っていかんいかん。これは一度引き受けた私の仕事だ。引き受ける前ならいざ知らず、今になってこんな言い訳をし始めるのは違うだろ」
しかし見つからないのも確かだ。一体どうしたものか。物思いにふけていたらいつの間にか大通りを抜けて川の近くまで来てしまった。仕方がない。素直に見失ったと謝ろう。
「ん? あれは?」
一度工房へ戻ろうかと考えていたところ、河原で黄昏ているユズを発見した。思い詰めたような顔で川を見つめている。まさか……! 気づいた時にはもう私は駆け出していた。
「待てっ! 早まるな!」
「うわぁぁぁぁ! いきなりなんなんすか!?」
「命を粗末にするもんじゃない!」
「はぁぁぁ!!?? なにいってるんすか!?」
「ん?」
……どうやら私の早とちりだったみたいだ。だというのに思いっきり後ろから抱きしめてしまった。
「す、すまない。てっきり身投げするものかと……」
「そんなことする勇気はないっすよ……」
うむ……なんか気まずい感じになってしまったな。この空気どうしたものか。そういえば前にフィーが落ち込んでいた時、テンマが2人きりで話をしたら元気になっていたことがあったな。溜め込まずに吐き出させるのが大事なのかもしれない。
「どうした。話を聞こうじゃないか」
「なんすか藪から棒に」
「いやなに、知らない仲だからこそ相談しやすいこともあるだろうと思ってな」
うむ、これ言ってから気付いたけど断られたら今よりも気まずいな。私たち全員のメンタルケアをしてるテンマのすごさが分かるな。
私の願いが通じたのか、ユズは心情をぽつぽつと話し始めてくれた。
「信じてもらえないかもしれないっすけど……おじいちゃん、昔はあんなんじゃなかったっんすよ。たしかに無愛想なのは前からっすけど、それでも鍛冶師の魂を売るような真似は絶対にしなかったっす。」
「いや、信じるよ。それくらい君の態度を見ていれば分かるさ。自慢のおじいちゃんなんだろ?」
私はそこまで武器や防具に詳しいというわけではないが、これでも冒険者の端くれだからな。あそこに飾らていた装備がそこらの鍛冶屋のよりも良いものだということは鑑定をしなくても分かった。自慢したくなるユズの気持ちも分かる。
「そうっす……けど、最近はもう槌も握らなくなっちゃったんすよ。聞いてもこれだけ売れ残ってるんだから新しく作らなくていいだろって。昔は暇があれば剣がついた杖とか魔力増幅ナックルとか売り物になるか分からないようなのも作ってたのに」
それは確かに売り物になるかは分からないな。魔法使いに剣、武闘家に魔力、どちらも正反対の属性だ。一部の職業、例えば『魔法剣士』なら性能を遺憾なく発揮できるかもしれないが、とはいえ需要はそこはかとなく低いだろう。
「素材が無駄だからやめてって怒ってたっすけど、実はおじいちゃんが次に何を作るのか楽しみだったんすよ。ほんと、なんでこうなっちゃったんすかねぇ……」
ユズは必死に押し殺そうとしていたが一度溢れたら止まらずに声をあげて泣き始めてしまった。堪えて堪えて、それでも堪えきれずに溢れた涙だ。分別のつかない子供が泣いているのとは訳が違う。どれほどまでの悲しみがあったのかと思うとカグツチに対する怒りがふつふつと込み上げてきた。これはもう孫を失望させるようなことをするなと一言言わせてもらわないと気が済まない。
「私が直接カグツチに聞いてやる。工房へ戻るぞ」
side テンマ
カグツチは既に鍛冶屋を完全に引退することを決めているみたいで、今の店頭に並んでいる在庫を処分したら店ごと畳んでしまうと告げた。
「それも理由があるんだろ?」
死ぬまで現役を続けそうな職人気質の男がどうしてそんな選択をしたのかは気になる。すると、カグツチは徐に立ち上がって一枚の扉の前に立った。
「こっちだ」
そう言うとカグツチは金属錠がガッチリと掛かった扉を開ける。扉を開けた先の部屋は保管庫のようで、そこには大量の装備が床一面に乱雑に置かれていた。
「これは……」
「ここ1年の作品だ」
数十、いや百はあるか。これらの装備は品質鑑定では『品質:普通』と表示されていた。店頭に並んでいないのは品質のせいだろう。もちろん『品質:普通』の装備なんてどこの鍛冶屋でも見かけるが、それを店頭に並べるのはカグツチのポリシーに反するみたいだ。
「まともなもんが打てなくなっちまった。ま、引退するのに良い機会だ」
カグツチは引退することをさもなんでもないように言っているが、この作品の山を見ればこの決断をするのにどれほどの苦悩があったのか察せられる。
「でも別に品質が悪いわけじゃないんだからさ。続ける選択肢もあったんじゃないか? これでもまだまだ十分通用するだろ」
「まぁ考えなかったと言えば嘘になるな。帝都にこのレベルの鍛冶屋は腐るほどあるからな」
まぁそうだろうな。このやり方は個人経営でなおかつ『品質:良』を高確率で製造できるからこその芸当で、従業員が複数人いるような鍛冶屋が同じようにやろうとすれば間違いなく破綻する。逆に言えば、品質が普通の装備でもそこらの鍛冶屋と見劣りしないということなんだからそれで引退というのはあまりにも尚早のように思える。
「しかしな。やめないための言い訳を探すといくらでも出てきちまうんだ。今こそまだ貶されるほどのものではないが、じゃあ次に『品質:普通』から『品質:不良』のものがポツポツと現れたら? そういう奴はな、そん時になったらまた言い訳を探すんだ」
「なるほど……」
「もちろん俺も言い訳はいくつも思いついた。けど、自分の原点に立ち返ったらやっぱり違うわけよ。『帝都で1番品質に拘っている』って、お天道様に胸張って言える鍛冶師を目指してここまでやってきたんだ。これだけは譲っちゃいけねぇ」
俺はまだどこかでカグツチの職人としての覚悟を舐めていたのかもしれない。品質が落ちても他所と比べて遜色ないんだから妥協して続けても良かったんじゃない? なんて発言は侮辱でしかなかったな。俺も、今は冒険者なんかやってるけど、自分の生き様には誇りを持って生きたいものだ。
しかし、話を聞けば聞くほどその誇りを受け継ぐ者がいないというのは寂しく思う。
「なぁ、じいさん。じいさんはやっぱり後進を育てるべきだと思うぞ」
ちょうど鍛冶師を目指している若者もいるわけだしな。きっと彼女ならカグツチの職人としての誇りを大切にしてくれるだろう。
「職人の仕事は物を作るだけではない……か」
そうだ。技術を後世に残すのもまた職人の仕事だ。一流でないから鍛冶をさせないというのなら、一流になるまで鍛えてやればいい。だってほら、鍛えるのは得意だろ?




