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第121話 誇り

 まぁなんとなく分かってはいたがユズの返答はにべもないものだった。


「そんなの無理に決まってるっすよ。炉なんて私も触らせてもらえてないんすから。あのおじいちゃんが素人のお兄さんに貸すわけないっす」


「そうかもしれないけどさ、一応話だけでもさせて貰えないかな?」


 もともとダメ元で頼んでみるつもりだったからな。話をするだけならタダだし。


「いいっすけど、絶対無駄っすよ?」


 しぶしぶといった様子でそう言いつつもユズはお祖父さんを呼んできてくれる。悪態をついて出てくるのはもはやデフォルトらしい。


「なんじゃ、まだ帰ってなかったんか。おめぇらに売るもんはねぇぞ」


「あー、武器や防具が欲しいわけではないんですよ。ちょっと特殊なお願いになるんですけど、炉を貸して頂きたいんです。もちろん使用料は払いますので」


「ふむ」


 自分でも無茶なお願いをしているとは思っていたが、これが意外にも門前払いという態度は取られなかった。一考する余地があったのか、数秒ほど沈黙が続いた。


「いいだろう。ワシはカグツチ、お前さんとは良いビジネスパートナーになれそうじゃ」


「え……? お、おじいちゃん!?」


 その答えはまさかのYES。呼び方が変わっているのも客人として認めてくれたからだろうか。ただ、ユズのショックを受けた様子を見てしまうとこれを逆転ホームランと素直に喜べる感じではなかった。


「何で!? 何でっすか!?」


「何でって、これでしばらく金には困らんだろ?」


 あっけらかんと言うカグツチだったが、それはユズの求めた反応とは違ったみたいだ。いや、OKした時点でユズの期待は裏切られているか。ショックを受けていたところに更にショッキングな発言が飛んできたことでユズは今にも泣き出しそうだった。


「そんな理由で……?」


「そんな理由? いつも金が無い金が無いと言っていたのはお前じゃないか」


「ち、ちがっ……確かにお金は無いっすけど……これじゃ鍛冶師としての誇りを捨てたも同然っす! こんなの、こんなの私の好きなおじいちゃんじゃないっす!」


 ユズは裏切られたと声を荒げるが、それに対してカグツチは何も言わなかった。ユズは何でも良いから弁明してくれと縋るような目でカグツチを見つめるが、それでもカグツチは口を開かなかった。


「っ……もうおじいちゃんなんか知らないっす!」


 ユズは感情的になってついには店から飛び出してしまった。なんか2人の間に溝というか亀裂が出来てしまった気がする。俺のせいかと思ったけどこれ八割方カグツチのせいだよな? 


「いいのか?」


 俺がいうのもなんだが、あれだけ懐いていた孫に嫌われてもいいのだろうか。いくら堅物で不器用でももうちょっと上手いことやれよと思ってしまう。しかしカグツチの表情からは一切動揺を感じられず、さも当然といったような態度を崩さない。


「あぁ、あれで良い」


 その言葉からは一種の信念のようなものを感じた。良かった、何か理由があってあんな態度を取っていたんだな。


「ミーナ、ユズを頼む」


「分かった」


 ユズのことはミーナに任せておけば安心だろう。さて、俺はこの堅物から話を聞かせてもらおうかな。


 カグツチに工房はこっちだと言われてついて行く。炉に火はついていなかった。よくよく考えてみれば作業服を着ていないので今日はその予定じゃなかったのかもしれない。


「ほれ、これに着替えろ」


 俺も今の服から着替えるように言われる。火の粉で穴が空くと言われたので素直に従った。その間にカグツチは炉の準備をしてくれていた。


「道具は揃っている。これでまともなものが出来なかったらそれはお前さんの腕が悪いということだ」


 カグツチは炉の準備をしながら鍛冶師としての心得を説き始めた。曰く、鍛冶師が主に使う材料──つまり鉄や銀といった金属──の性質は常に一定だから、失敗するということはそれは本人の技量が問題だということらしい。


「見ていてやるから好きにやってみろ」


 うそん、俺初めてなんだけど。そんな適当で大丈夫なのかと思ったが、『マスタースミス』の適正と『装飾品作製』スキルのおかげでどう動かせばいいのかは直観的に分かった。


 とりあえずゴールドをリング状に加工してみるか。


 先に形をワックスで形成する鋳造という方法もあるが、今回は金属を叩いて伸ばす鍛造でやってみる。


 まず純金の塊を1本の角棒になるまで叩く。角棒を板状にしていく過程で幅と厚みを整えるようにしながら伸ばし、今度はその板をリング状に少しずつ湾曲させるように叩いていく。リング状になったら共付けをして繋ぎ目を溶接する。リングは出来上がったが、今の状態だと角張っているので今度はそこを丸めていく。また幅を整えたらあとは研磨だ。ピカピカになるまで色々手を変え品を変えて研磨。


「ふぅ……完成だ」


『装飾品作製』の成功率は90パーセントなので残りの10パーセントを引かなくて良かった。品質鑑定では『品質:良』と表示されている。品質が『良』の装備には何らかのボーナスが付与されるみたいで、このリングには『アイテムボックス(小)』のスキルが付与されている。


「やっばり筋がいいな。店頭に置けるレベルだ」


 品質鑑定のスキルで確認したのだろう。カグツチには『品質:良』の商品しか並べないというポリシーがあるみたいだ。この発言一つでも職人としてのプライドが垣間見えるのだが、そうなるとさっきのユズの発言ではないが、何故そんな職人が仕事道具である炉を貸してくれたのだろうか。それに、やっぱりっていうのはどういうことだ?


「なんでユズには貸さないのに俺には炉を貸してくれたんだ?」


「お前さんならまともなものを作れると思ったから貸しただけだ。お前さん相当レベルが高いだろ? 最初はこんな高レベルの冒険者がうちみたいな中堅層を相手にした鍛冶屋に来る理由が分からんかったが、炉を貸して欲しいと言われてむしろ合点がいったわ」


 あぁ……あの沈黙の時間はそういう考察の時間だったのか。


「もしかして俺たちに売るものが無いって言ったのは?」


「その言葉通り、この店にお前さんらを満足させられるような品物はないってことだな」


 どの言葉通りだよ。俺たちどころか孫のユズにすら全然伝わってねえぞ。


「で、なんでユズには貸さないんだ? それだと俺に貸してくれる理由にはなってもユズに貸さない理由にはならないだろ?」


「それはあいつがまだまだ人を見抜けない未熟者だからだ。今日見て分かっただろう。お前さんを客だと思っていた時点で不合格。あんな観察眼で金属なんて扱えるわけがねぇ。鍛冶屋を始めたところでよくて三流、地獄を見るのは明らかだ」


 あぁ、やっぱりじいさんはじいさんなりの考えがあったのか。いやそれにしても孫に厳しすぎやしないか? もうちょっと教えてやるとかさぁ……。後継者には厳しく教える的なあれ?


「まぁそもそも女が鍛冶屋なんてもんになっちゃいけねぇんだよ。こんな暗いところで何時間も槌を振ってんだ。可愛い顔が汚れるわ腕は太くなるわで嫁の貰い手が居なくなっちまう」


 ん? じいさんはユズに店を継がせる気がないのか? というか俺の聞き間違いかと思ったけどこのじいさん急に孫自慢始めなかったか?


「でもじいさんに憧れてんだろ? 女の鍛冶師は珍しいから話題になるんじゃないか?」


「確かに話題にはなるだろうな。話題だからという理由で三流が作った武器を喜んで買う冒険者もいるからなんとかなるだろう。あとは可愛い店主が丹精込めて作った武器だとありがたがるやつもいるだろうな」


 なんかちょくちょく孫自慢が入るなぁ! まぁでもじいさんの言う通り、話をするために武器を買いに来るみたいな人がいるかもしれないわな。


「俺たち鍛冶師が作っているのは人様の命を預かるものだ。不出来な品を売ってその冒険者が死んだらどう責任を取る」


 それを言ってしまったら冒険者の自己責任でしかないのだが鍛冶師から見たらそうではないのだろうか。ただ、店頭にずらりと並ぶ『品質:良』の装備を見た後だと、カグツチがその責任というやつにどれだけ気を遣っているのかが分かる。これを鍛冶師の誇りと言わずしてなんというのだろう。


「ならそうならないようにユズに教えてやればいいだろ?」


「継がせるつもりはない。ここも、もうしばらくしたら廃業する予定だ」

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