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第120話 鍛冶屋

 かんっぜんに勢いだけでやってしまった。なぁなぁにするつもりはないとか言っておきながらこのザマだ。


 ちなみに婚姻届を出しに役所に行くと言ったらクーコに昨晩のことを根掘り葉掘り聞かれて最後は爆笑された。こうなることが予想できていたのかもしれない。


「抱くとか抱かないとか、あれこれと理由をつけるのは烏滸がましいとは思わんか? 男女の営みなんざ下半身についてるそれで考えればいいんじゃよ」


 最低だった。3000年近く生きている伝説の妖狐ならもっとマシなアドバイスをしてくれ。それとも巡り巡ってこれに落ち着いたのか? 



 パーティの準備を途中で切り上げてしまっていたので今度はこちらから商会にお邪魔させてもらった。ドレスや小物を購入してあとは招待状を出したり当日の料理を手配したりとやることは山積みなのだが、日程さえ決まればそれらは全て商会がやってくれるそうだ。長年貴族を相手に商売してきた大商会ならではのノウハウがあるらしい。


 そんなわけで全て商会に一任した。手を抜いたわけではなく適材適所というやつだ。そんなわけで手持ち無沙汰になってしまったのでみんなで商会の中をウロウロと探索する。


「あっ! あれ買ってなかったな」


 煌びやかな装飾品で飾られたとあるお店を見つけて、そういえばと思い出す。ブライダルリング、結婚指輪だ。


「まさか主殿、新参の私たちはともかくミーナ殿やフィーネ殿にも買っていなかったのか?」


「みなまで言うな」


「もう全部言っておるぞ」


 違う、忘れてたわけじゃなくてタイミングが無かったんだ。それに言い訳じゃないけどこっちにその文化があるのかどうかも知らなかったし。まぁそれを言ったら調べなかった俺が悪いだけなんだけど。とにかくタイミングが無かったんだ。


「まぁそうテンマを責めるな。王国では冒険者が結婚指輪を付けるのは縁起が悪いとされているんだ」


あー、死亡フラグみたいなやつか。そのジンクスは知らなかった


「そうそう。結婚したら冒険者から足を洗えって言葉があるくらいだからね〜。それにプロポーズでちゃんと簪は貰ってるし」


そう。指輪じゃなくて簪だった。なんかその風習を知らなくてあとで劇を見て知ったんだよな。ちゃんと結婚指輪の概念もあったのか。


「そ、そういうわけだからこの機会に全員分買おう」


「いいタイミングだと思いますよ。パーティの際に全員が同じリングをつけていればテンマ様のお気に入りだと一目で分かりますから」


 いやそういう打算で言ったんじゃないよ。ちょっとアロエが微妙そうな顔してるじゃん。もういいから入店するぞ。


「いらっしゃい……ませ〜?」


 入店したら店員さんが俺たちを訝しむように見てきた。うーん、何かマナー違反とかをしてしまったのだろうか。とりあえず客だと分かってもらえれば怪訝な顔も営業スマイルになるだろう。


「すみません。結婚指輪を探しているんですが」 


「は、はい……」


 店員さんの視線が俺とみんなの間を行き来している。心なしか困っているように見えた。


「あの、失礼ですがどちら様との……」


 あ、あぁ! そうか! 普通は1人だもんな。複数人の妻がいる貴族の話も聞くけど、仲良く結婚指輪を買いにくるパターンは滅多にないだろう。


「ここにいる全員と……あと2つなんだが」


「…………」


 あ、なんか得も言えない表情で固まってしまった。接客を忘れるくらい意味が分からなかったのか。


「はっ! 失礼いたしました! 結婚指輪でしたらあちらの一画になります」


 店員さんの案内に俺、ミーナ、フィー、トワ、アロエ、クーコ、ミツキの7人で連れ立って歩く。店員さんが怪訝な表情を浮かべた理由はこれか。これはたしかにブライダルショップでは異様な光景だわ。


「落ち着いたデザインのものが多いですね」


「あ、気づいちゃいました? 当店ではこういったシンプルなデザインを強みとしている職人さんとも専属契約をしていて……これなんかもそうなんですけど、彼女が意匠した作品は上品でいやらしさを感じないんですよね。それにシンプルだからこそ静謐さが引き立って高級感を演出してくれるんです」


 そう言って店員さんが手に取ったのは純金で出来たリングだ。余計な装飾品を足さないでワンポイントだけ彫刻がなされている。


「これならずっと付けていられるな」


「うん、変に宝石とかがついてると怖くて普段使いできないもんね〜」


 おそらくそれを意識したデザインなんだろうな。それに目立ちすぎないのでどのような服にも合わせられる。


「じゃあこれを9個にしようかな」


「あ、ありがとうございます。9個ともなると新たに受注生産となりますので1ヶ月ほどお待ちいただくことになりますがよろしいでしょうか?」


 まぁそれは仕方ないな。というかそもそもサイズ直しでそのくらいかかるもんじゃないの? というか俺自分の指のサイズ知らないな。みんな知ってるのか?


「そういえばみんな自分の指のサイズって分かってる?」


 頷いたのはトワとクーコだけだった。うーん、全く意外でもない組み合わせ。


「ではみなさん指のサイズを測りましょうか」


 店員さんは測定用のリングゲージでテキパキと測っていく。ここにいないココとベネトナシュのサイズは比較的体格が近いアロエとフィーのを参考にした。


「あとすみませんお支払いのことなんですけれど、当店では料金は全て前払いとなっておりまして、分割することも出来るのですが全額のお支払いが確認出来次第職人さんに発注という形を取らせて頂いております。ご了承ください」


「はいはい」


 分割払いにする理由もないので一括で支払ってしまう。なるべく早く受け取りたいしね。


「はい。ありがとうございます。完成いたしましたらご住所の方に手紙にてご連絡させていただきます。完成を楽しみにしていてくださいね」


 いやぁ、みんなでお揃いの指輪をつけるのが待ち遠しいな。



 指輪を注文して1週間くらい経ってから思った。これ自分で作れたんじゃね? と。指輪の製作はもしかしなくても鍛冶作業だろうから『鍛冶師』とか『ブラックスミス』とかそういう職業で作れるんじゃないかと当たりをつけて、そしてブラックスミスのレベルを30にしたら『装飾品製作』というスキルを獲得した。うん、間違いなくこれだ。


 その最上級職の『マスタースミス』では『神器製作』というスキルと『全武器種装備可能』という能力を獲得した。これは剣でも弓でも何を装備しても下降補正がかからないらしい。まぁそのあたりは指輪作りと関係ないからどうでもいいや。


「うーん、でも炉がないからなぁ。借りれたりするのかな?」


 炉さえあれば作り方はスキルが勝手にやってくれるだろう。ただ、この鍛冶スキルは必ず成功するというわけではないみたいで『装飾品製作』の成功率は90パーセントとシステムに表示されている。ちなみに失敗すると使用した素材は全部無くなるらしい。まぁ90パーセントならまだいいだろう。神器製作にいたっては成功率3パーセントと書いてある。SSRだ。成功率2倍フェスとかやってくれないかな。


「とはいえ気になるんだよなぁ」


 ダメ元でいいから炉を貸してくれる鍛冶場を探してみるか。聞くだけはタダだし。


「ん? テンマ? どうしたんだ?」


 出かけようとしたところをミーナに見つかって呼び止められた。


「ちょっと指輪作ろうかなって」


「指輪って……今作ってもらっているところじゃないか。また何か変なことを考えているのか」


 やりたいことを正直に言ったら呆れられた。また、とまるで俺が度々変なことをしているみたいな言い草なは遺憾の意を示したい。けどなんか論破されそうだからやめておこう。


「まぁそういうわけだからちょっと街に行ってくる」


「あ、おい待て、ついていかないとは言ってないぞ」


 そういうわけでミーナと鍛冶場巡りというクソほど色気のないデートに繰り出すことになった。



「しかしだな。部外者に炉を貸してくれる鍛冶場なんてあるのか?」


「まぁそこなんだよな」


 鍛冶場自体は探せばいくらでもあるのでダメ元で当たってみようとは思うが、俺の予想だと9割9分は貸してくれないだろう。作戦を考える必要がある。


「作戦は何個か考えた。まずはお金を払う」


「なんだかいきなり切羽詰まってる気がするな。金に物を言わせて解決なんて相場は最終手段じゃないのか?」


 いやまぁそうなんだけど。一応相手方の商売道具を使わせて貰うわけだからな。万が一壊れるリスクを考えると、その修理費と予想される不利益を補填出来るだけの金銭を事前に払うくらいはしないと貸してくれないだろう。1回借りるだけならそれでもいいけど、『神器製作』の成功率3パーセントを考えるなら出来れば何回も利用させてもらいたい。やっぱ最終手段だなこれ。


「作戦その2、鍛冶師希望者を募集しているところに行く」


「なるほど、弟子入りってことか」


 部外者がダメなら内部の者になってしまえばいい。それなら炉を使わせてくれるだろう。


「うーむ、そんなすぐに触らせて貰えるものだろうか」


 確かに。お寿司屋さんに弟子入りしても3年は魚を触らせて貰えないなんて話を聞くもんな。じゃあダメだわ。


「作戦その3、流行っていない廃れた鍛冶屋を買い取る」


「やっぱり金に物を言わせているじゃないか!」


 まぁ買う買わないは置いといて、下手に流行っているところよりも安く融通してくれそうだし。流行っていない方が炉が空いていて好きなタイミングで使わせて貰えそうっていうのもある。是非とも良好な関係を築きたいものだ。


「そういうわけだから流行っていない鍛冶屋を探そう」


「もうちょっとマシな言い方はないのか」


 俺たちは目についた鍛冶屋を数店舗回ってみる。残念なことにどの店もカンカンと鉄を叩いている音が聞こえてきて廃れている様子はなかった。流行っているところは簡単に探せるが、流行っていないところを探すのは難しい。


「うーん、こういうのは同業者に聞くのが1番か」


 そういうわけでこの近くで1番流行っていない鍛冶屋さんを教えてくれと何店舗かで聞いてみた。その全部でめちゃくちゃ不思議そうな顔をされたけど、だいたいのお店であの鍛冶屋が潰れかけだとか色々教えてくれた。ここより人気の店を教えてくれって質問だったらこうはならないだろう。


 そして複数の店舗で名前が上がった鍛冶屋にやってきた。その鍛冶屋は帝都の職人街でも外れの方にあり、そこにあると聞いていなければ絶対に辿り着けなかっただろう。外観は汚いとまではいかないが、大手のところのような小綺麗さはない。


「これは期待できそうだ」


 入店するとまず目に入ったのは色々な武器や防具だった。工房の隣に装備屋が併設されているのは割とあり触れているスタイルで、このラインナップを見ればその工房のおおよその腕が分かるというものだ。俺は別に批評家ではないが、そういう専門家気取りで飾られた武器の一つを手に取ってみた。


「ほう」


 上級職であるブラックスミスをマスターした際に『品質鑑定』というスキルを獲得したのでそれを使用している。ただの変哲のない剣だが俺の目には『品質:良』と表示されている。


 それを戻して他のも手に取ってみたがやはりこれも品質が良い。


「ん? どうしたんだ?」


「いや、どれも品質が良いなと思って」


 よく見たら飾られているもの全てがそうだ。他の鍛冶屋では『品質:普通』がほとんどで良のものなんて数えるほどしかなかったのに。


「そりゃそうっすよ。おじいちゃんが作る装備は世界一っすから」


 俺たちが商品を評価していると奥から店員と思われる女の子が出てきた。俺たちよりは年下、トワと同じくらいの年齢だろうか。二つ結びにした赤髪のショートカットとボーイッシュな服装で失礼だが一瞬男の子かと勘違いしそうになった。


「おじいさんのお手伝いか。偉いな」


「いやぁ、それほどでもあるっすけど〜。おじいちゃんに任せると経営が成り立たないというか……まぁ今も潰れかけでギリギリの状態っすけど……まぁとにかく色々あるんすよ〜。あっ、でもでもちゃんと良い物を揃えてるっすから、品質だけはどこにも負けないっすよ〜」


 店番の女の子は「自慢の商品っす〜」と嬉しそうにお勧めしてくる。この店が好きなんだなぁという愛が伝わってきた。誰か潰れかけの店だから期待できるなんて思っていた俺を殺してくれ。


「おいユズうるせぇぞぉ!」


「ちょっ! おじいちゃん! 接客中っすよ!」


 女の子、ユズと談笑していると堅物そうな老人が悪態をつきながら現れた。とてもじゃないがこんな愛想の良い孫がいるとは思えない。お祖父さんに任せると経営が成り立たないと言った意味がなんか分かった。


「あぁ? 客だぁ!?」


 ユズのお祖父さんは俺たちを認識するとジッと不躾な視線を向けてくる。品定めをされていたのか、3秒ほど見たあとに大きく溜息をついた。


「おめぇらに売るもんはねぇな。帰れ帰れ!」


「もお! おじいちゃん! 接客の邪魔だからあっち行ってるっす! あぁっごめんなさい! あんな態度っすけど腕だけは確かなのでどうか何卒」


 なんかたった数分しか話をしていないけどユズが苦労していることは十分伝わった。


「ところで、ユズのご両親は何をしているんだ? あぁっすまない! 答えにくいことならいいんだ!」


「別に大した事情とかはないっすよ。あんなおじいちゃんっすからね。父はそりがあわなかったみたいで鍛冶屋にならなかったんすよ。あ、でもでも、父もおじいちゃんのことは心配はしてるみたいで私がここに来ることはちゃんと許可をもらってるっすよ」


 そうか。仲違いをしているわけじゃないなら良かった。


「私はおじいちゃんみたいな職人になりたいんす。といっても、まだ槌も握らせてもらってないんすけどね」


 さしずめユズは鍛冶師の見習いといったところか。そんな彼女にこんなことをお願いをするのは本当に忍びないと思う。


「炉って貸してもらえないかな?」

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