第119話 パーティの準備とトワの策略
帝国に『竜殺し』の英雄が誕生したニュースはすぐに帝都中に広がった。そのニュースの拡散に一役買ったのが竜殺し誕生を祝う記念セレモニーだった。そこで俺は『バルムンク』という姓を正式に授かり帝国貴族入りを果たすことになるのだが、といってもこれは名誉職のようなもので実務に関わるわけではない。竜殺しが皇帝ヴァレンスの下についているという政治的な思惑があっての叙勲だが、俺も考えるところがあったためにその思惑に乗った。
帝都を連日賑わせている俺のニュースだが、名前が知れ渡っているだけで顔までは知られていないのが救いだった。おかけで出かける時に変装なんかはしなくても良い。今もアロエの友達であるカレンちゃんのお店で普通にコーヒーを飲んでいるのだが、竜殺しの話題はそこら中で上がっているのに当本人である俺には気づいていない。
「はわわぁ……お兄さんすごいですね。学校でも毎日話題になってますよ」
「本当はこんな目立つつもりは無かったんだけどな」
カレンちゃんは名前を聞いた時点で俺のことだと察したらしい。それはもう悲鳴をあげるほど驚いたとか。カレンちゃんの悲鳴とか逆に聞いてみたいけどな。
「でも多分もう一回びっくりさせると思う」
「ふぇ?」
しばらくしたらベネトナシュとの婚約発表もあるからな。なんならこっちの方がビックリするだろう。
「そういえば、この店では何かイベントとかは考えていないのか? いつも通りの営業な気がするが」
ミーナがカレンちゃんに問いかける。カレンちゃんのお店は普段通りの営業をしているが、一部の飲食店ではドラゴンほにゃららといった名前の大盛りメニューを時間内に完食出来たら云々といったイベントを開催していた。その云々も店によって様々で、代金が無料になる王道のパターンはもちろん、記念品の贈呈やドラゴンスレイヤーとして店内に名前が掲示されるシステムなどが導入されていた。これに関しては商売人の逞しさを賞賛すべきか、『竜殺し』の名は帝都全域に多大な経済効果をもたらしていた。
「うちは喫茶店ですから、あんまりお祭り騒ぎをするのは……」
「それはそうだよね〜。客層も女の人が多いし」
冒険者ギルドみたいな場所では『竜殺し』を強さの象徴のように捉えられたが、こっちでは顔はどうだとか年はいくつだとか芸能人やスポーツ選手のゴシップのように扱われている気がする。
「でもなんか特別な秘密を知っているみたいで優越感がありますね〜。あ! もちろん他の人には秘密にします!」
カレンちゃんのテンションが若干高い気がする。たしかに俺の素性を知っているのはここの従業員と一部のギルドの職員くらいなものだな。とはいえ俺の秘密を知ったところでそんな優越感なんて感じなくていいと思う。だって俺だよ? アイドルや芸能人じゃあるまいし。
「そういえばお兄さん。パーティの準備はしましたか?」
「ん? パーティ?」
え、しないけど。なんでそんな勘違いが発生してるの?
「はい、貴族入りを果たした新興貴族はパーティを主催して推薦してくれた方を招待するって聞きますよ?」
そんな慣習があったのか。でも俺推薦とかされてないぞ。だったらパーティをしなくてもいいんじゃないか?
「儀式的な催しとはいえ開催しないのも目をつけられると思います。そうですね……帝国議会の議員全員に招待状をお出ししましょう」
「それだと派閥とかしっちゃかめっちゃかにならない?」
「テンマ様の場合は中立派ですのでそこまで問題はないかと。まぁ皇帝陛下の後ろ盾があるテンマ様を相手にそれを指摘する愚か者はいないとは思いますが、仮にそこを指摘されたら身の振り方を考えている最中だとでも言っておけばいいでしょう」
なるほど。とりあえずそれでやり過ごせばいいか。とはいえパーティなんて主催したことも参加したこともないから何をすればいいのか分からん!
「パーティに御入用のものがありましたらぜひエッセンス商会におまかせください」
そんなわけでカレンちゃんのお家に全部任せた。招待状を出したりとかそういう雑事もやってくれたんだけど、そんなことよりも大事なことがある。
「むぅ……やはりこんなの私には似合わんと思うぞ?」
「うーん。だよねぇ。ひらひらしてるのは慣れないなぁ」
「お姉様たちは贅沢です。身長も高くてすらっとしてるので細身のドレスでもカッコよく着こなせるじゃないですか」
パーティと言えばドレスが必要だろう。そういうわけで最新の流行を抑えたものをエッセンス商会にお願いして屋敷まで持ってきてもらった。
「わ、私ドレスなんて初めてで……」
アロエは裾がふんわりと広がった真っ赤なドレスを試着している。うーん、可愛いけどちょっと派手かなぁ。
「うーむ。これでは戦闘になったときに動きにくいな」
「お、このショートドレスというやつなら短刀くらいは仕込めそうじゃな」
ミツキはロングドレスを選択して物騒なことを言っている。クーコは膝丈くらいのドレスと太ももにベルトタイプのホルスターをつけていた。君たちは何を求めてるの?
「お兄ちゃん、ココのドレスも見て欲しいの!」
「おお、似合ってるぞ。あれ? でもそんなドレスあったか?」
「えへへ〜、これはココがむかし着てたやつなの」
あ、私物だったのか。流石にココの両親はココのことをよくわかっているな。白を基調としたロリータ系の可愛いドレス、これはこの年齢じゃないと着れないやつだ。
「私たちばかり見ていないでテンマはどうするんだ?」
「こういうのって男はだいたい決まってるんだよ。流行もそんな変わらないし、適当にこれでいいだろ」
「えぇ……!? そんな適当じゃダメだよ! ちゃんと試着してどれが良いか選ぼう?」
「いや、いいっていいって」
男がそんなお洒落について考えてるのもダサいだけだろ。あれがかっこいいとかこれがかっこいいとか、それを付けてる俺カッケーって言ってるみたいじゃん。
「テンマ様、裾上げとかも必要でしょうし一度試着は必要では?」
「あ、そうか。ちょっと着替えてくるな」
それは確かにそうだ。ダボダボの状態で出るわけにもいかないからな。
「ナイス、トワ! あれ絶対テンマくんに似合うから見たかったんだよね!」
「これで正装のテンマが見れるぞ」
「うむ、論理的かつ俯瞰した的確なアドバイスじゃったな。あれならノーとは言えん」
なんか盛り上がってるけど服着替えるだけだからね?
着替えてみたら幸い調整は要らなそうだった。まぁ俺は別に身長の割にガリガリすぎるわけでも太っているわけでもないからな。ジャストフィットすることもあるだろう。
「着替えたぞ」
「おぉぉ!!! お兄ちゃん、かっこいいの!」
「ですね。すごく爽やかでいつもよりドキドキします」
ココが真っ先に感想をくれてそれに続いてアロエも忌憚なく褒めてくれる。子供達の意見とはいえ素直に嬉しい。
「なんか……こういうテンマもいいな」
「はい、よくお似合いです」
ミーナとトワの感触も良いみたいだ。あとはフィーたちだけど、なんかフィーの様子が変だな。
「ほれ、なにをワシの後ろに隠れておるんじゃ。お主もはよう褒めんか」
「そうだぞ。ついさっき主殿の正装が見たいとフィーネ殿も言っていたではないか」
いや2人とも褒めるのを強制するのはやめてぇ!? 出来れば忌憚のない意見が欲しいから。あ、チラッと顔を出したフィーと目が合った。
「フィー?」
「ひゃあああ!!! やっぱりかっこいいいいいいい!!!」
「うるさっ! おいフィーネ! ワシの耳元で叫ぶな!」
「だってぇ……普段とのギャップが。いや普段もかっこいいんだけどさぁ……」
えっと……これはつまり似合ってるってことでいい? ここまで大袈裟な反応をされるとこっちも照れるんだけど。
「フィーお姉様。そんなに恥ずかしがらなくてもフィーお姉様が存外乙女なことは既にみんな知ってますよ」
「そうだな。以前王都で落ち込んでいたときもテンマと1日デートしたらすっかり元気になって……」
「わぁぁ!!! わぁぁ!!! ミーナのばか! その話はなし!」
アロエもココも聞いてるのに! とフィーが抗議する。ただこの場においてその抗議の仕方は間違いであった。
「フィーネ殿。ミーナ殿は1日デートしたとしか言ってないぞ?」
「なんじゃ、アロエやココには言えんようなことをしたんか?」
年長者たちが嬉しそうにその穴をつく。アロエとココがいるのに教育に悪いやつらだ。だいたい察したのかアロエは真っ赤になっていた。
「へぅ……」
「あれ〜アロエちゃんにはまだ早かったみたいなの」
「そんなことないもん!」
それに対してココは大人ぶっている。赤くならないのが大人だと思っているのだろうか。そういうところが子供っぽいのだが可愛いので黙っておこう。ただアロエはそれが分からないからムキになって言い返してしまう。お互いまだまだ子供だからなぁ。
「私だってもう赤ちゃん作れるし! いつでもお兄様に愛してもらう準備はできてるもん……ってにゃああああああああ!!! な、な、なな何言ってるの私!!!」
ほんとに何言ってんのこの子!? そんな愛してもらうってことはあれだろ? 子供を作るとか言ってるし間違いなくあれだろ? いやいやアロエは妹みたいなものだから俺は別にそんな、と思ってみんなの様子を見てみたら意外にもアロエの告白を好意的に捉えていた。
「いやまぁいつかはこうなるって思ってたからね」
「わたしたちもいつでも受け入れる準備は出来ていましたよ」
そういうことらしい。どうやら妹と思っていたのは俺だけだったみたいだ。
「主様よ。ここまで女を見せたというのにまさか黙っているわけではあるまいな?」
「そうだぞ。もちろん主殿は女に恥をかかせるような男ではないと信じているけどな」
この年寄りどもめ。なんか面白がってないか? こうしている間にも「まだか?」って視線を感じる。圧力をかけるな圧力を。
ただまぁ、真剣に向き合わないといけないのは間違いないな。恋愛感情をぶつけてきた以上、アロエはもう妹ではなく1人の女の子だ。
「俺は、アロエをそういう目で見たことがない」
これはアロエを孤児院から引き取った責任というか、それをしてしまったらアロエを買おうとしていた変態貴族と同じになってしまうという忌避感もある。もちろん、魅力的な女の子だとは思っている。だけどこの感情は親愛であり恋愛ではない。きっとアロエはショックを受けるだろうけど、だからといってなあなあに抱くのは違うだろう。アロエがショックを受けないように、なんて言い訳をして結局は自分の保身のためなのだから余計にタチが悪い。真剣に向き合うとはそういうことだと思う。
「もちろんアロエのことは好きだよ。けどそれは恋愛感情じゃないんだ。だから俺はアロエの気持ちには応えられない」
「はい、お兄様。なんとなく分かっていました」
無理に気丈に振る舞おうとしているのが分かった。しかし、目に溜まった涙がひとたび溢れれば堰き止めていたダムが決壊したように溢れ出てきて。
「あ、あれ……? ごめんなさいこんなつもりじゃ無かったのに……ちょっと部屋に戻ってますね」
アロエは逃げるようにして自分の部屋へと戻っていってしまう。それを止める権利は俺にはなく、傷つけてしまった事実に自分を殺したくなるが、それでも間違ったことはしていない……と思う。ただ、アロエが涙を流している姿を見て、こんなにも女の子だというのになんで可愛い妹としてしか見ていなかったのかと自分の認識が歪んでいることに気付いた。
「テンマ、テンマはアロエをそういう目で見ていないと言っていたが、それは見ないようにしていただけじゃないのか?」
ミーナの言葉でなんか納得させられた。可愛い妹として見ていれば邪な考えを抱かないと思っていたんだ。本当に情けない話だ。
「少しアロエのところに行ってきます」
「……悪いな」
「いえ、可愛い妹のためですから」
おまけにトワにメンタルケアまでさせてしまう始末。もはや情けないとかいう次元じゃない。
「テンマ君も1人になって考えたいだろうし、今日は解散しよっか」
いつの間にか商会の人たちも帰っている。クーコたちが相手をしてくれたのか。これは今度カレンちゃんにもお詫びしないとな。あー……カレンちゃんのことも妹の友達としか見ていなかったな。ちゃんと女の子として見ないとこういうことになるかもしれない。
夜、自室でもう寝ようかと思っていたところにトワがやってきた。どうやら今の今まで慰めていたみたいだ。
「アロエは?」
「最初は泣いていましたが、今はもう落ち着いていますよ。でも1人になるとまた泣いてしまうかもしれません」
「そうか」
さっきも大丈夫なように振る舞おうとしていたからトワの前でもそう振る舞ったんだろうな。大丈夫じゃないのに大丈夫と言うアロエの姿が想像できる。ということは本当にトワが大丈夫と判断するまでこれだけ時間がかかったってことか。
「トワ、なんでベッドに潜り込んでくるんだ?」
慣れた手つきで服を脱がそうとしてくるのを制止する。とてもじゃないが今はそういう気分にはなれない。トワには感謝しているがそれとこれとは話が別だ。
「こちらは勝手にしていますので、そういう気分になりましたらどうぞ襲いかかってきてください」
けど今日のトワは止まってくれなかった。さっき迷惑をかけてしまったからあんまり強くは言えない。そして男の身体というのは厄介なものでそういう気分じゃなくても直接刺激されたら臨戦態勢を取ってしまう。
「そういう気分になってきました?」
「いや、なってない」
「そうですか。まぁこれからですもんね」
俺がそう返答するのが分かっていたのか淡白な反応が返ってきた。トワは手や口を巧みに使い俺を責め立てる。弱点を知り尽くしていると言わんばかりの猛攻で、俺の気分とは裏腹にすぐに果てそうになってしまう。
もう少し、というところでトワは責めの手を緩める。そうすると込み上げてきたものがゆっくりと波が引くように引っ込んでいってしまった。
「おあずけです。そういう気分になりましたか?」
生理現象だから仕方がないだろう。だけどここでなったと認めるのはあまりにもダサい。
「なってない」
「そうですか。いいですよ、10回でも20回でも、一晩中でもこうして差し上げます」
きっとこれは冗談なんかではなく、トワは本当に俺が襲うまで寸止めを続けるつもりだろう。1回目の波が引き切る前に2回目が開始される。当然、2回目の波は1回目よりもすぐにやってきた。
「はい、おあずけです」
その声も挑発的で下半身に血液が流れていくのが分かる。あぁ、今すぐにでも襲いかかってめちゃくちゃにしてやりたい。トワは俺の心境を完全に理解しているのか、服を脱いで扇情的なポーズで煽ってくる。
「テンマ様、こっちの方は正直ですよ」
「トワ……」
あぁ、俺は最低だ。最低だと思いつつも一度溢れ出た劣情は止められそうもない。そういう気分になったと、敗北を認めるキスをした。
「思っていたよりも簡単に堕ちましたね」
あぁ、もうプライドとかもうそんなことはどうでもいい。今はただこの生意気な口から嬌声を上げさせてやりたい。トワの策略にまんまとハマっている気がするが、それよりもこの情欲が満たせればなんでもいい。
そのままトワを押し倒そうとしたところ、トワは俺を制止した。
「ふふっ、慌てないでください。今の状態のテンマ様を1人で相手していたらわたしの体力が持ちません」
そう言うとトワは部屋の外に視線を向ける。その視線の先を見てみると少しだけ扉が開いていた。ゆっくりとその扉が開いていく。
「お兄様……」
「アロエ……なんで!?」
そこにいたアロエは服を着ていなかった。いつからいた? とか、何で裸? とかそんな予想外の出来事に固まっているとトワに組み伏せられてしまった。
「トワ、お前を慰めにいったんじゃなかったのか!?」
「慰める? 誰もそんなこと言ってないですよね? わたしは将来の妹にアドバイスをしにいっただけです」
トワの真の狙いはこれだったのか。アロエも覚悟を決めているのか、トワに組み伏せられて仰向けになる俺の上に容赦なく跨ってくる。
「待て、アロエ。早まるな!」
「お兄様、既成事実っていい言葉ですよね」
そう言って微笑むアロエは紛れもなく女の顔をしていた。
謀略に負けた俺が後日アロエとも婚約をしたのは言うまでもない。




