第118話 強硬派
「分かったよ。どうやら認めざるをえないみたいだ」
ベネトナシュが回復してから最初に口にした言葉だった。そんな彼女は徐に立ち上がると呼び鈴を手に取って人を呼んだ。鈴を鳴らしたら部屋の近くで待機していたのかメイドさんがすぐにやってきてベネトナシュが何か言うと彼女は走ってどこかに行ってしまった。
「トワイライト君。いいんだね?」
「もとよりそのつもりですよ。でもベネトナシュ様。ミーナお姉様とフィーお姉様を優先ですからね」
「いくらボクが厚顔無恥で面張牛皮でもキミがそこまで慕っている人に失礼は出来ないさ」
ちょっと嫌な予感がするんだけど君たち何を企んでるの? そんなことを思っていたらベネトナシュがミーナとフィーに頭を下げた。
「ミーナお姉様、フィーお姉様、末席を汚すことをお許しください」
「別に私たちにもトワと同じようにしてくれていいんだぞ」
「そうそう。仲間になるんだしね」
慇懃な態度も意外と様になっている……なんて気にしている場合じゃないな。というか、ミーナとフィーは察していたのか?
「トワの友人なら信用出来るからな」
「だね。それに一緒にいられる時間も増やしてあげたいじゃん」
「トワイライト君! キミのお姉様方は聖人君子なのか!?」
うん、それは俺も思う。そんなことを考えていたら部屋のドアがコンコンとノックされる。部屋の主の返事も待たずに中年の男性が部屋に入ってきた。
「呼ばれたから来てみれば……。ベネトナシュ、お前は何を騒いでいるんだ? もう少し落ち着きというやつを……」
「あぁ父上、ちょうど良いところに。ボクこの人と結婚することにしたよ」
ベネトナシュの報告に父上と呼ばれた男性はドアを閉めようとした動作のまま立ち止まる。ベネトナシュのお父さんはドアをゆっくりと閉めると苦虫を噛み締めたような顔をしながら振り返った。
「すまん。最近歳のせいか耳が遠くてな。空耳かも知れないからもう一度言ってくれないか?」
「ボクこの人と結婚するよ」
「……お父さん本格的に耳がおかしくなったみたいだ。ちょっと主治医に連絡をしてくるよ」
そんなに信じられないのか。なんかこれだけでベネトナシュが普段どう思われているのか分かるな。
「別におかしくなっていないから落ち着いて聞いてくれないかねぇ」
「これが落ち着いていられるか!? お前なんか悪い物でも食べたのか!?」
「仮に食べているとしたら同じ食事をしている父上も食べていることになるねぇ」
「素直に食べてないと言えんのかお前は!」
キャラ濃いなぁ。なんかこの娘にしてこの親ありって感じだな。でも呼んだら来てくれるあたり親子仲は悪くないんだろうな。
「お久しぶりですヴァレンス皇帝陛下」
「ん? 君は……もしかしてハウメアのとこのお嬢様か? はぁ〜、大きくなったなぁ」
「5年も前のことなのに、覚えててくださったんですね」
「はははっ! 息子の嫁になるかもしれなかった子だからな。あれから色々と大変だったみたいだけど元気そうで何よりだ」
「いえ、身内のいざこざでお騒がせしてしまい申し訳ありません」
他国の皇帝に認知されてるトワ。こういうところはやっぱり王女様なんだよなぁ。
「ところでそちらの方々は? トワイライト嬢とはどういったご関係で?」
「ご紹介いたします。Sランク冒険者である夫のテンマ様と第一夫人のミーナお姉様、第二夫人のフィーネお姉様です」
「冒険者のテンマ……あの報告にあったドラゴンスレイヤーか!?」
あ、俺も認知されてた。まぁトワと違って要警戒人物ってことで認知されてるんだろうけど。
「そのドラゴンスレイヤーのテンマ君だよ。彼との結婚、まさかダメだとは言わないよね父上?」
「…………いざという時はベネトナシュが楔になるか。はぁ……認めよう」
ベネトナシュのお父さんは少し考えると渋々といった様子で容認した。逆にこんなあっさり決めちゃっていいの? って俺が思うんだけど。
「しかし皇族が貴族でもないただの冒険者と婚約をするというのは対外的にも良くない。そうだな……ドラゴン討伐の褒章として皇帝ヴァレンスから『竜殺し』の二つ名と竜殺しの歌劇にあやかって『バルムンク』の名字を授けよう。これからはテンマ・バルムンクと名乗るが良い」
「おおっ! 父上にしては気が利いているねぇ!」
「俺が皇帝を継承してから賜姓したのなんて片手にも満たないから超貴重だぞ。というか、このくらい箔がついてねぇと第二皇女の結婚相手として納得しない奴らが出てくるんだよ。そうなったらお前だけじゃなくてテンマ殿やご婦人にまで迷惑がかかるんだからな」
皇族親子はまたやいのやいのと言い合いを始めてしまったが、これは皇帝なりに認めてくれているということだろうか。なんかいまいちその凄さがわからないけど、5人もいないって考えたら凄いのか。逆に言えばそんな凄いことをただ第二皇女と結婚するから箔をつけたいというだけでやってしまって問題ないのだろうか。
「皇帝陛下が名誉貴族として名字を授けたと公表すれば、テンマ様は帝国に帰属していると人々は考えるでしょう。悪く言うとこれは『竜殺し』のための首輪のようなものです。ベネトナシュ様との結婚がなくても皇帝陛下はいずれこの手を打ってきたと思います」
トワがこっそり耳打ちして伝えてくる。なるほど、皇帝には皇帝の狙いがあったってことね。まぁ首輪をつけるのはいいけど俺はそんなことされても別に帰属意識が芽生えたりはしないけどな。ベネトナシュが愛している国だから俺も仲間として何かしてあげようって思うくらいで。
「まずはバルムンク卿の褒章の件を帝都民全員に知れ渡るように公表する。婚約発表についてはそれが終わってからだ。帝国民は強い者に寛容だからな。多くの帝国民は一代で成り上がったバルムンク卿を歓迎するだろう。ベネトナシュよ、それでよいか?」
「まぁ少しくらいは待つよ。ボクも祝福されるならされたいからねぇ」
「強硬派の警戒はしておけよ? 今となっては貴族派の中でもマイナーな勢力だが昔から信者は多い」
「強硬派?」
「あぁ……貴族原理主義とも言うべきかな。血統を何より重視している貴族派の中でも過激な連中だ。彼らは特にバルムンク卿のような新興貴族を嫌う。きな臭い噂もあるからお嬢さんたちも注意するんだよ」
あー、親が貴族じゃないならその子供に流れている血は貴族の血ではないということか。でもそれって先祖をずっと遡っていったら貴族制度なんてものがそもそも存在しない建国前の時代になって全員貴族の血統じゃなくなると思うんだけど大丈夫?
「ん? 私たちもか?」
「あまり言いたくはないんだが配偶者や子供が狙われたケースもある」
「うわっ、子供を巻き込むなんて卑劣だね〜」
「状況証拠で決めつけているだけで実際犯人が強硬派かどうかも分からないがな。まぁただそういう事例もあるから気をつけるに越したことはないってことだ」
まぁ俺たちはよっぽど大丈夫だろうけどな。そうなると一番心配なのはベネトナシュか。常に誰かが一緒にいれればいいけど、そういうわけにもいかないしな。
「そういえばバルムンク卿は今どこに住んでいるんだ?」
「学校から徒歩10分くらいの屋敷だ。長年買い手がつかなかったからとだいぶ安く売ってもらえた」
「おぉ! 徒歩10分ならボクもそこから通勤しようかな。毎朝王城から馬車で行くのも飽きたからねぇ。いやぁ、離れ離れになると思っていたから寂しかったよ」
あの、ベネトナシュさん? 正式に婚約を公表する前にウチに来るのはちょっと待ったほうがいいんじゃないですか? でもそれを俺たちが指摘するのもなぁ、せっかく寂しいと素直に口にしてくれているにまるで来てほしくないみたいになってしまう。なので父親のヴァレンスに止めて欲しかったのだが……。
「長年買い手がつかなかったお屋敷……まさかとは思うがバルムンク卿、それは心霊現象が起こると話題になっていた屋敷ではないか?」
「あぁ、そうだな」
「なんてことだ……」
ヴァレンスは頭を抱えていた。あ、たしかに自分の娘をそんなところに送り出すってなったら心配にもなるか。なんならその心霊現象を引き起こしていたココと暮らしているとは言わないほうがいいかな。
「さっきの子供が狙われたケースの話だがな。そのお屋敷の持ち主だったガーランド男爵の一人娘の話だ。ガーランド男爵は彼の父親が皇室御用達の商人で幼少期からその手伝いをしていたそうだ。俺の誕生祭での功績が認められたことで叙爵された、つまり新興貴族だった」
「父親がではなく息子さんが叙爵されたんですか?」
「父親の方は商人の生き方しか分からないという理由で辞退したからな。その鉢がガーランド男爵に回ったというわけだ。彼はまだ若く新進気鋭の勢いがあった。まぁ元々が皇室御用達の商人ということで父の覚えも良かったからな。爵位こそ男爵だったが、それこそ関係の深さだけで言えば公爵家とも遜色無かったと聞いている。だが、それゆえに良い意味でも悪い意味でも目をつけられた」
そして一人娘であるココにその毒牙が向けられたということか。人を絶望させるなら本人を傷つけるよりもその人が大切にしているものを傷つける方がより深く、そしてより長く絶望を味合わせることが出来る。分かりやすく下衆な考えだ。
「彼女の死は呪いによるものだと分かった。パーティで彼女に接触した何者かがプレゼントと称して呪具を手渡したというのが濃厚だ。バルムンク卿も気をつけろよ」
「ああ」
まさかこんなところでココの死の経緯を知ることになるとは思わなかった。貴族派リベラル派の争いに巻き込まないでくれと思っていたが事情が変わった。もう是非とも巻き込んで欲しい、ぐっちゃぐちゃにしてやるから。
「私、強硬派、潰ス」
「本当に、楽に死ねると思うなよ」
何の罪もないココがくだらない政治争いに巻き込まれたことにはらわたが煮えくり返るほどの怒りが込み上がっていたけど、なんか自分よりも怒ってる人を見ていたら落ち着いた。というか2人とも殺気が漏れてるから。
「な、なかなか好戦的なお嬢さんたちだね……」
もしかしなくてもこんなところに嫁に出して大丈夫か? とか思われてない?
「それがお姉様たちの魅力ですから」
「そ、そうか。あれぇ……こんな子だったっけなぁ……」
「ではトワイライト君。早速キミたちの、もといボクたちの家に帰ろうではないか」
困惑しているヴァレンスを余所にベネトナシュはウチに来ようとしている。着の身着のままで? せめて着替えくらいは準備しようよ。
とりあえず家に帰ってもベネトナシュの部屋がないし急がなくて良いということを伝えた。強硬派が動くとしたら婚約を発表した後か? いや、俺の叙勲の後からか。目立てば目立つほど狙われやすくなるんだったら目立ってやろう。ベネトナシュとの婚約はそれに拍車をかける起爆剤になってくれそうだ。




