第117話 政略結婚と恋愛結婚
素直になれない2人だったけど、ようやく通じ合ったみたいでなによりだ。いやぁ、紆余曲折あったけどいい話に落ち着いてよかったよかった。
「可愛い妹分が一足先に大人の階段を登ってしまった裏切り行為についてボクはまだ納得できていないんだが?」
訂正、落ち着いていなかった。というかどうでもいいだろそこ。
「そこ重要か?」
「重要だとも! むかしのトワイライト君は最終的に恋愛結婚でハッピーエンドになるオペラを見て『あれはフィクションだからできることであって現実的ではないですよね』なんて言っていたんだぞ? 『政略結婚でも一緒に頑張っていきましょう』みたいな態度を取っていた女がしれっと恋愛結婚しているなんてとんでもない裏切りだろう!?」
すまん、ロイヤルジョークすぎて分からん。いや貴族に政略結婚が多いのはなんとなく分かるけどそんなに恋愛結婚ってないものなのか?
「パーティや社交界などで出会った異性と恋愛結婚に至るケースもありますが、そもそも許婚や婚約者がいる場合が多くハードルが高いです」
「ましてや王族ともなるとねぇ。たとえ事実は違っても、婚約破棄なんてすれば世間は王家が見限ったと判断する。自分の恋が相手一家を路頭に迷わせることになるなら、恋愛なんてするもんじゃないと言うことさ」
なるほど。だから恋愛結婚が現実的じゃないのか。
「あれ? それだったらトワにもそういう人がいたんじゃないの? テンマ君と普通に結婚してるけど」
「フィーお姉様、以前わたしがベネトナシュ様と初めてお会いした時の話をしたのを覚えていますか?」
「王家がパーティを主催したって話だっけ?」
「はい。実はそれがわたしとジュリアス第一皇子。ベネトナシュ様とユリウス兄様の婚約発表パーティだったんです」
「ん? なんかややこしいな?」
ミーナは視線を何もない空のところに向けて「ということはだぞ……」と何か考え出した。きっと頭の中で家系図を描いているんだろう。
「トワから見たベネトナシュ皇女殿下の関係が義姉であり義妹になるということか?」
いや、そうだよな。ほんとにややこしいことになってるけどなんでそんなことするの。
「関係の強化というのが建前だが、これはお互いが人質ってわけさ。別に珍しい話じゃないよ」
「愛が無いなぁ……」
「政略結婚で愛は二の次ですよ。結婚してから愛を構築できれば幸せ、できなくても良好な関係を維持できれば御の字で大抵はここに収まります。冷めた関係が2割ほど、10代の淑女が会ったこともない60後半の男性に嫁ぐような地獄みたいなケースが1割ほどありますね」
うわあ……可哀想が過ぎる。これが本人の意向を無視して行われるんだろ? そりゃ若い淑女がオペラの恋愛結婚に憧れるわけだよ。そう考えると良好な関係を維持できそうな分トワたちのはマシな方なのか?
「でもそっかー、トワにも婚約者がいたんだね」
「いえ、それはその日のうちに破談になりましたので」
「ちょっと待て? ベネトナシュたちは顔合わせのために帝国からやってきたんだろ? その状況から破談になったのか?」
それがその日のうちに破談になるって一体何が起こったんだよ。普通に国同士の関係拗れてないか?
「まぁまぁ、その話はこのくらいでいいじゃないか」
ベネトナシュが話を切り上げようとしたので察した。これ多分やったのこいつです。
「ベネトナシュちゃ〜ん、ちょっとお話聞かせてもらおうか〜?」
「大丈夫、私たちは味方だ」
「じゃあ誰にも言わないって約束してくれるかい?」
ミーナとフィーも察したのかベネトナシュに絡んでいく。君たち一応その子第二皇女だよ? よくそんな女子の恋バナみたいなノリで絡んでいけるね。ベネトナシュもなんで乗り気になってるんだよ。ガールズトークってすげぇな。
「まずボクがパーティ会場に白衣を着ていったんだけど」
「いやおかしいおかしい!」
「出だしから不穏なんだが」
「いえ、最初に控え室でお会いした時のベネトナシュ様はドレスを着ていたんですよ。わたしが『ではまた後で』と挨拶をかわした後1人になった隙を見計らって着替えたみたいで」
「これは酷い」
ようは会場入りするまでは身内から注意されないようにドレスを着ていたってことだろ? それで誰にも見咎められないタイミングで着替えたってこれ完全に故意犯じゃん。
「それで兄がベネトナシュ様のことを『こんな変なやつは嫌だ』と言ったんですよね。普通ならこれは兄が失礼で我儘を言うなと怒られて終わりなんですけど……」
「どう考えてもボクが悪いからねぇ! 結果的にその場で婚約が破棄されたってわけさ。いやぁ、あの時の父上の顔は痛快だったねぇ! 死ぬほど怒られたけど妙な達成感があったよ。結果としてそれ以来父上がボクに婚約者をあてがうのを諦めたから相当参ってたんだろうね。まぁボクとしては狙い通りなんだけど」
なんてはた迷惑な。いや望まない結婚を防ぐためなら仕方ないのか?
「ちょっと待ってくださいベネトナシュ様。自分だって恋愛結婚するための布石を打ってるじゃないですか。よくもまぁそれで人を裏切り者呼ばわりできましたね」
「おっと、失言だったかな」
うわっ。悪びれもしないでさらりと認めたよ。やっぱり政治家だこの人。
「まぁ結局そうして手に入れた自由恋愛の権利も持て余してしまっているんだけどねぇ。結局ボクが誰かと付き合うとなると相手はどこか打算的になってしまう。ボクは第二皇女なんだと嫌というほど理解させられるよ」
「ベネトナシュ様がそのお立場のせいで人の心に過敏になるのは理解できますが、恋愛なんて多少なりとも打算が絡むものだと思いますよ」
「ボクが恋愛に夢を見過ぎているというのは理解しているよ。ボクという個人を形成するのに第二皇女という環境が大きく関わってくる以上、相手がそれを見るのは当然の権利であり、それを見てほしくないというのはあまりにも利己的だ」
なんか難しいことを言っているけどベネトナシュが言いたいことは分かる。分かるんだけど恋愛ってそんな難しく考えなくていいんじゃないか? そういうことを考えてしまう時点でベネトナシュもまた第二皇女という環境に縛られている気がする。
「利己的でもいいじゃん。恋愛なんて夢見てなんぼでしょ! 一緒にいると楽しいとか、抱きしめられるとドキドキするとか、もっと単純に考えようよ」
「いやいや、フィーのそれは単純すぎるだろ」
「まったく、まるで子供の恋愛感だ。けど、確かにそれは立場も環境も一切考慮しない純粋な恋心というやつかもしれないねぇ。そんな簡単なことも久しく忘れていたなんて自分が嫌になるよ」
確かに、それは恋愛だけに限った話じゃないな。幼少期の頃は相手の家庭環境なんて考えないで友人付き合いができた。でも円満な関係を築いていた子供達を前に教師が言うんだ。『部落差別はやめましょう』と。教師に悪気があったのか教職者として意識の高さがそうさせたのか、あるいはその両方かは分からないが、部落なんて言葉も知らない子供からすればその時に初めて差別に触れるわけだ。純粋な友人関係が構築されていたところに環境を意識させるように誘導したのは間違いなく大人だった。
「ちなみにですが、わたしはベネトナシュ様の第二皇女という肩書きを気にせずにドキドキさせてくれる人に心当たりがありますよ」
ん? トワって帝国に知り合いがいたのか。それもただの知り合いじゃなくて人柄をよく知っているような口ぶりじゃないか。
「ほーん」
「なぁテンマ。他人事みたいな態度を取っているところ悪いがこれはお前のことじゃないか?」
「えっ!? 俺!?」
俺のことなの!? しっかりしてくださいというトワからの視線が痛い。トワの視線から逃げるように目を晒したらベネトナシュと目が合った。目が合ったと思ったらぼふん! と擬音が聞こえるぐらい一瞬でベネトナシュの顔が真っ赤になった。
「と、とととトワイライト君!?」
「さっき抱きしめられた時ドキドキしましたよね?」
「それは……まぁ……確かにだよ。さっきは不覚にもときめいてしまったがあれは不意打ちだったからであって、そんなちょっと抱きしめられたくらいでドキドキなんてするわけがないだろう」
「じゃあテンマ様とハグしましょうか」
「へ?」
あれ、なんかデジャブ。つい10分ほど前に同じようなやり取りをしていた気がするぞ。そしてミーナもフィーもニヤニヤと面白そうなものを見る目をしていて止めようとしない。
「ドキドキ、しないんですよね?」
笑顔で死刑宣告する。
「……あぁ、当然だとも!」
人はなぜ過ちを繰り返してしまうのか。別に俺はいいんだよ? 可愛い女の子とハグできて役得みたいなところあるし。最近はミーナたちと抱き合っても流石にもうリアクションが薄いからこういうのも新鮮で悪くない。
「ひゃわあああああ!!!」
いや、でもそこまでのリアクションは求めてない。




