第116話 トワイライトとベネトナシュ
ベネトナシュからの招待状はほどなくしてやってきた。一体どんな脅し文句が書いてあるのかと戦々恐々としたが、その内容はトワが話してくれたような変人感はなく、むしろ都合が悪ければ拒否しても良いとこちらの都合まで考えてくれる常識人っぷりを見せた。
今日がその約束の日ということで俺たちはベネトナシュに会ったのだが……。
「まさかあの人嫌いで周りに信じられる人がいないと嘆いていたトワイライト君がねぇ……あぁいや他意はないんだよ。ただ変わるもんだねぇと感心していたんだ」
「ふーん。ではこちらからも言わせていただきますが、パーティ会場で、実験したい〜、研究したい〜と泣き言を仰っていたあのベネトナシュ様が人付き合いを覚えたことに驚愕しております」
なんでこの人たち煽りあってんの? 友達なんだよな?
「すまん。私の認識してる友人関係とはかけ離れているんだが」
ミーナとセリフに俺とフィーが同意する。とても友達には見えないというか不倶戴天の関係にしか見えないんだが?
「ねぇトワ? 友人って言ってなかったっけ?」
「何を言ってるんですかフィーお姉様? どこをどう見たら友人に見えるんですか?」
「あれぇ!? 前と言ってることが違うじゃん!?」
鋭いツッコミが入る。俺も唯一心を許せる友人みたいに言ってたの聞いて良い話だなぁって思ったんだぞ。
間違いなくトワが前言ったことをなかった事にしようとしているが、そんな俺たちのやり取りを見ていたベネトナシュは何かを察してにやにやとしていた。
「ほほぉ? そうかそうか。トワイライト君はボクのことをそういう風に紹介したんだねぇ」
「はい? 年がら年中研究のことを考えている変人だと紹介しましたが何か?」
「おー? とてもそんな感じには見えないけどねぇ。まぁそこはキミのお仲間の話を聞いて判断しようじゃないか」
なんというかトワが変人って言っていた理由が分かった気がする。キャラクター的には人当たりは良さそうだが、どことなく独特の雰囲気というかペースにのまれそうになる。
「さて、本題に行こうか。ボクはあまり腹芸というのが得意じゃなくてね。単刀直入に言うと今日来てもらったのはキミたちを勧誘するためなんだ」
「それは第二皇女の派閥に入れということか?」
「ん? 派閥? あぁ……! おそらく勘違いしているんだろうけど入って欲しいのはボクの研究室の方さ。ヘルヘイムドラゴンを倒す実力者なら他のレア素材を手に入れることも出来るだろう?」
最初から派閥のことなんて頭から抜けていたのか、ベネトナシュの顔から『一体何を言ってるんだ?』という当惑がモロに出ていた。これが演技なら大したものだが、彼女自身がそう言っていたようにベネトナシュは腹芸ができるタイプではなさそうだ。
「それ、俺たちにメリットはあるのか? 時間が取られたり素材を取りに行く労力がかかったりデメリットが多いように思えるが」
「それを言われると厳しいねぇ……。あ、ボクと親密になれるとか?」
「で、メリットの方は?」
「ん? 今のがメリットだよ?」
デメリットだろ。親密になりたいわけじゃないんだから。
「でもキミたちの立場って今結構ややこしいことになっちゃってるんだよねぇ。貴族派はキミたちを危険因子とみなして排除しようと動いているし、リベラル派はキミたちを取り込もうと躍起になっている。政権争いに巻き込まれたくなかったらボクと懇意の関係にあった方がいいのさ」
「こんな面倒なことになるなら指名依頼を受けたのは間違いだったな」
「いや? まぁ確かに決め手にはなったけどキミたちはもっと前から目をつけられているよ? 具体的にはオークションにダイヤモンドを出品した時だ」
「マジ? あの時から?」
「流石にビッグニュースだったからねぇ。とはいえ文字情報だけだと限界があるからその時に得られたのはテンマ君の名前と女性の同行者がいたこと、あとは落札額くらいだったかな。そこから諜報員をギルドを張り込ませてさらに情報を集めようとしたんだけど……キミたち冒険者ギルドを使ってなかっただろう? おかげで情報が全く入ってこなかったよ」
なるほど。断片的な情報から新しい情報を積み重ねていくのがベネトナシュのスタイルか。だけど俺たちはギルドに寄らずにただひたすらダンジョンでレベリングしてたから新しい情報が無かったと。
「保守派もリベラル派もお手上げだったところに今回の激レアモンスター大量討伐だったから驚いたよ。みんな知らない顔してたけど相当焦ってただろうね。まぁそんなわけだからボクと懇ろな関係になるのが一番安全というわけだよ」
「ねっ……!? なんでそこでそうなるんだ!?」
「あなた仮にも皇女様だよね!?」
あ、ミーナとフィーが皇女様相手に突っ込んだ。でもほんとにこの皇女様は涼しい顔してなんて爆弾を投下してくれるんだ。
「ただ研究室の一員ってだけじゃ結びつきが弱いだろう? でも第二皇女のお気に入りともなれば流石に手は出せないと思わないかい?」
「不本意ではありますが倫理観を無視すれば理にかなっていますね」
「はっはっは、トワイライト君は相変わらずだねぇ。キミが倫理よりも合理を取ることは知ってるよ」
ほんとトワの性格をよく分かっているな。トワは自分が我慢すれば良い結果が得られると分かったら迷わず自己犠牲を選ぶ。いや、それはミーナとフィーもか。
「ところでベネトナシュ様。懇ろとは言いますがテンマ様と性行為をすることに抵抗はないんですか?」
「当たり前だろう? ボクから提案しておいてそんな……、そんな……そんな……」
なんだ? 急に歯切れが悪くなったぞ? そう思ったらベネトナシュの顔がみるみるうちに赤くなっていった。えぇ……今更恥ずかしがるのか。
「やっぱりですか。アイデアだけで突っ走るところは変わっていませんね。現実は数字やデータじゃないんですよ?」
「アイデアだけだって!? ボクの頭の中では完璧に計算出来ているんだけど!?」
「そうですか。ではテンマ様とハグしてください」
「へ?」
トワが有無を言わせない笑顔で宣告するとベネトナシュは何を言われたのか理解が追いつかないのか間の抜けた声を出した。
「テンマ様とハグしてください、10秒」
「き、聞こえてたから2度も3度も言わなくてもいい! やる、やればいいんだろう!? 何をハグくらいでそんな……」
そう言うとベネトナシュは俺にぎゅっと抱きついてきた。俺は抱きつかれる直前に両手をあげてノータッチをアピールする。
「はっはっは! どうだトワイライト君! ボクにかかればこのくらい造作もないんだよ!」
「テンマ様ぁ? ハグなのにその手おかしいですよね?」
トワに宙に彷徨っている両手を指摘された。どうやら俺の方からも抱きしめろってことらしい。俺はトワに命令されただけだからセクハラと不敬罪はやめてくれ?
「すまん」
「っっっ!!!???」
声にならない声が漏れた。見ればさっきよりも顔が真っ赤になっている。ベネトナシュは恥ずかしい耐えられないと言って5秒もしないうちに離れたのだが、今度はやってしまったと両手で顔を覆い隠しながら小さく丸まっている。
「そんな生娘のような反応をしてよくもまぁ……」
「ち、ち、ちがう! 今のはいきなりでずるかったんだ!」
「そうですね。第二皇女ともなると異性とスキンシップする機会なんてないでしょうし、こんなに急接近したらどきどきしないわけないですよね」
「あああああ…………!!!」
図星だったのかベネトナシュは顔を覆いながら地面を転がり出した。そんなベネトナシュに追い討ちをかけるように心境はお見通しだと暴露している。
「なぁフィー……これトワにもそのまま返ってきてないか?」
「あー、多分本人も気づいてないね」
トワがベネトナシュのことを理解出来てしまうのは2人の境遇が似ているから、つまり今トワが言っていることは全部トワが通った道でもあるということだ。そう思うとトワがひた隠しにしていた感情を暴露しているみたいで面白い。
「男性に抱きつくだけで赤くなるなんて、まるで処女みたいな反応ですね」
「はぁぁ!? 実際処女なんだからいいだろう別に!? それとも何か? キミはもしかして男と分かれば見境なく股を開く方が偉いとでも思っているのかい!?」
「まさか、そんな節操無しは同性としても軽蔑しますよ。ただベネトナシュ様が女の幸せを知らないのが可哀想だなぁと思っただけで」
「いやいやいやいや、別にボクはそれを女の幸せとは思ってないから! もうぜんっぜん、ちっとも、まったく悔しくないからその煽りは2度とやらない方がいいと思うけどねぇ!」
めっちゃ効いてるように思うんだけど突っ込んだら負けだろうな。ヒートアップしてきた彼女たちの言い合いだが、まだまだ言い足りないみたいなのでこの際全部吐き出してもらおう。
「だいたいキミはなんだい!? 最近めっきり手紙が来なくなってどうしたのかと思っていたら何故かキミが処刑されるなんて話になってるし。かと思ったらボクの前に良い人を連れて現れて女の幸せとか惚気出すってどういう了見だい!? ほんとボクの心配を返してほしいねぇ!」
「手紙が送れなくなったのは父が倒れてから他国への検閲が厳しくなったからです。国を出てからは王家の便箋なんて持っていなかったので仕方ないじゃないですか……というか心配してくれていたんですね」
「当たり前だろう? ボクはキミのことを大切な友人であると同時に本当の妹のように思っていたんだから」
「うっ……そういうのずるいです」
今度はトワが顔を真っ赤にする番だった。トワはストレートな好意に弱いからなぁ。ベネトナシュが素直になったところで言い合いは終わったみたいだ。
「ほら、おいで」
ベネトナシュはすっと起き上がるとトワを手招きする。両手を広げてハグを提案するとトワも素直にベネトナシュに従って抱擁を交わしたのだった。




