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第115話 友人

 帝国学校研究院。帝国学校での6年の教育課程を修了したのちに所属することができる帝国の研究機関で、ここでは数学をはじめ歴史や医療など、多岐の分野に渡って日々の生活を支えるような学術的な研究がなされている。


 というのは表向きの建前で、もっと深いところまで踏み込むと軍事的な研究もされていた。


「お疲れ様ですベネトナシュ皇女殿下。どうでしたか議会の方は?」


「なかなか実りのあるものだったよ。特にヘルヘイムドラゴン、あれは凄いね。死体なのにいつ殺されるんじゃないかってヒヤヒヤしたよ。あれを討伐した冒険者に是非会ってみたいね」


 ベネトナシュは生まれながらにして持っている第二皇女という肩書きの他に、帝国学校研究院の軍事研究室の教授という肩書きがある。これが皇位継承権第二位の彼女の仕事かと問われれば全くもって違うだろうが、彼女は根っからの研究者気質だった。次期皇帝の椅子にも興味はなく、兄ジュリアスのサポートが出来ればそれで良いと考えていた。そのことをジュリアスも承知しているので彼らの兄妹仲は良好だ。ジュリアスが皇帝になった暁にはベネトナシュ率いる研究院の予算が増額される約束になっている。このようにお互いがお互いを利用し合う関係で、継承権第三位以下の腹違いの兄弟たちのつけいる隙を無くしている。


「あぁ……そういえばヘルヘイムドラゴンの素材を研究用に少し回してもらえることになったんだ。君たちも色々と解析したいだろ?」


「流石です教授」


 齢16歳というのは研究院に籍を置くことができる最低年齢だ。にもかかわらず一研究室のトップに任命されているのは何故か。第二皇女という権威の賜物、そう考えるのが自然だろう。しかし彼女はそんな卑怯な手段は使わず実力でその地位を手に入れた。モンスターの素材や装備に造詣が深く、特に『宵闇』のような特定の装備に付与されるスキルについていくつもの論文を8歳の頃から発表してきた。


 もちろんその業績の根幹には第二皇女という恵まれた立場のおかげで特殊な素材を入手しやすいというアドバンテージがあるが、なら同じ立場になった際に同じように業績を残せるかと言われたらそれが出来るのはほんの一握りだろう。まさに神童。神童も二十歳を越えればただの人、だなんて揶揄する言葉もあるが、16の彼女に衰えは感じられずその非凡さは健在だ。


「『サザーランド帝国の賢女様』。あなたほどの才能を所有している方はそういらっしゃらないでしょう」


「恥ずかしいからやめたまえ。それに、ボク程度の才能なんて探せばいくらでもいるもんだよ」


「またまた〜。謙遜も過ぎれば嫌味になっちゃいますよ」


 謙遜ではなく本心で言ったつもりだったが、あの才能を知らない人からしたらそうなってしまうかと納得する。少し前に議会の方でも指名手配されていたことが話題になっていた。


「『ハウメアの才女』。彼女は今は何をしているんだろうねぇ」






「くしゅん!」


「ん? トワ、風邪か?」


「いえ、大丈夫です」


 何やら可愛い音が聞こえたと思ったらトワのくしゃみだった。トワがくしゃみをするのは珍しいので風邪かと心配したがどうもそんな感じではないらしい。


「生理現象なんだから我慢しなくていいだろう」


「特に我慢しているというわけではないのですが……交渉の際にはくしゃみやあくび一つでも隙になりますからね。そう考えていたら適度な緊張感がある場面では全く出なくなりました」


 マジかすげぇな。生理現象すらコントロールしていたってこと? 


「そんなことが可能なのか?」


「数百年に一度はこういうのがおるんじゃよ。声音や表情をコントロールするだけならまだしも、身に纏う雰囲気や生理現象すらも無意識に支配下に置いてしまう鬼才がな」


 なるほどな。そういうのも一つの腹芸というかテクニックなんだろうけど、今みたいに素のトワが出てるってことは俺たちの前では気を張ってないってことだよな? あくびでもくしゃみでも可愛いからいくらでもしてくれ。


「最近はめっきり政治に関わらなくなってしまったので完全に気が抜けていましたね。申し訳ありません」


「新参者のワシが言うのは筋違いかもしれんが、そのように気を張っていて疲れんのか? 息抜きがしたいとかあるじゃろ。ほれ、ミツキを見てみよ。あやつは毎日毎日ココと遊び呆けて息抜きばかりしておるぞ」


「いや、せめて子守りと言ってあげなよ……」


 もちろんこれがクーコの軽口だということは理解している。ありがたいことにクーコもミツキも俺たちが家を空けている時には率先的にココの相手をしてくれている。


「王女として政務に奔走していた時期と比べたら睡眠も取れてますし、十分息抜き出来ていますよ」


「まぁこれからはワシもおる。交渉ごとに関してはワシも力を貸す。ワシのようなのに任せるのは不安かもしれんがな」


「いえ、とても心強いです。ありがとうございます」


 まぁ願わくば2度と政治と関わらないことだけど、小さい交渉ごとは政治云々関係なしにたまに起こるからな。そういう意味では腹芸ができるクーコが仲間になってくれたのは良かった。


 しばらくのんびりしていると庭でココと遊んでいたミツキが戻ってきた。時間も時間だし飯の催促か?


「テンマ殿、ユキカゼ殿が来ているぞ」


「ユキカゼが? もしかして俺なんかやっちゃった?」


 違った。それにしてもギルドマスターがわざわざ家に出向いてくるってなんだろうな。


「帝国議会との話し合いの件じゃないか?」


「あぁ、そういえばそういうのもあったな」


 ヘルヘイムドラゴンとかその他もろもろモンスターの素材をお偉いさんたちに吹っ掛けてくるって話だったっけ。とりあえず入ってもらおう。



「いやぁ休憩中にえらいすんませんな〜」


「ギルドマスターがわざわざ出向いてくるなんて穏やかじゃないな。どういう要件だ?」


 世間話をするつもりもないので単刀直入に問いかける。冷たい対応かもしれないが「せっかちやな〜」とユキカゼに気にした様子はない。


「良いニュースと悪いニュースがあるで。まず良いニュース。帝国議会に売った素材やけどな、装備として加工しろとか色々難癖はつけられたけど3000億ゴールドになったわ」


「さ、さんぜんおく!?」


「わーお、吹っ掛けたね〜」


 俺たちと話していた時には2000億ゴールドで見積もっていたのでだいぶ頑張ったんだろう。


「まぁ装備の加工費とかでだいぶ飛んでくやろうけどな。とりあえず帝国議会に貸しを作るっちゅう当初の目的は達成したで。まぁそういうわけやから君たちの依頼も達成。ウチの権限で君らのランクダウンのペナルティも永久免除や」


 おお。これは良いニュースだ。ランクを維持するために定期的に指名依頼なんてやってられないからな。それが免除になったのは素直に嬉しい。


「それで、悪いニュースの方は?」


「ベネトナシュ第二皇女が君らに興味津々でな。どっかのタイミングで城に招待されるやろうな」


 参ったな。政治と関わるつもりがないのに向こうからやってくるんだもんな。


「ちなみに断ることは出来るのか?」


「うーん、出来んことはないやろうけど……ウチの胃とかその他もろもろのために堪忍してや。ほんま吐き散らかすで」


 お、おう。謎の脅しやめてくれ。とはいえ俺は第二皇女のキャラクターを知らないからなぁ。引き抜きを断ったら死刑みたいな傍若無人な人じゃないよな?


「ベネトナシュ様なら大丈夫でしょう。兎にも角にも研究が第一の方なので」


「ん? 知ってるのか?」


「5年ほど前に王家が主催したパーティにご臨席いただきましたので。ベネトナシュ様はパーティの最中に研究がしたいとぼやいているような方です。才気溢れる方ではあるのですが、まぁ言葉を選ばすに言うなら奇人ですね」


 なるほど。なんで言葉を選ばすに言い直したのかは分からないけどたしかにそれは根っからの研究者っぽいな。


「トワも大丈夫と言っているんだ。面識があるのならおかしな事にはならないんじゃないか?」


「政治参加を積極的にする方ではないので厄介な派閥争いに巻き込まれる心配はないでしょう。まぁそのかわりモンスターの素材をもっとくれとせがまれる可能性はありますが……」


「あー、もしかして王族とか皇族って変な人多い?」


「フィーお姉様? 何故わたしの目を見ながらそんな話を? 否定はしませんけど」


「しないのか……」


 トワの話を聞く感じ悪い人ではないみたいだ。とはいえトワを政治家に近付けるのは気が引けるが……。


「まぁ変わり者同士で打ち解けるのは早かったですからね。頻度は少ないですが文通もしていましたし、あぁ……もしかするとこういう関係を友人と呼ぶのかもしれないですね」


 友人か。まさかトワからそんな言葉を聞くとは思わなかったな。失礼な話とかではなく、これまでトワから聞いていたトワの人生から友人関係を構築するのが難しいって話だ。


 第三王女ということで王位継承権第三位として生を受けたトワは幼少期からその才覚を発揮した。しかし出る杭は打たれるというもので、世間が2人の義兄よりもトワの王位継承を期待するようになると、義兄を支持する貴族や義母から暗殺を仄めかされるようになった。


 トワは王位に興味はなかったので早々に王位継承権を破棄したわけだが、誤算だったのは今度はトワを手に入れた方が次の王位を手にするとまで言われるほど影響力を持ってしまっていたことだった。そのせいで擦り寄ってくる人間はたとえ同年代の子どもでも発言に注意する必要があり、当然そんな環境で心を許せる友人なんて作れるわけが無かった。


 しかしそう思うと納得も出来る。国が違えど、いや国が違うからこそ第二皇女はトワにとって唯一敵味方を気にしなくても良い存在だ。奇人や変わり者といいつつも、その根底にはどこか敬意を感じるのは心を許せる友人だったからだろう。


「だったら絶対会うべきだよ! なんなら向こうも会いたがってるんじゃない?」


 俺もそう思う。トワが心を許した友人とやらにも会ってみたいしな。


「そうですね。第二皇女の後ろ盾があればテンマ様を政治利用しようと画策する不届者の貴族を遮断できますし、せいぜい利用させてもらいましょうか」


「相変わらず素直じゃないな」

「そういうところが可愛いんだよ」


 照れ隠しのつもりなのだろうか、会う口実にしているのがバレバレであった。

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