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幕間

『帝国議会』。皇帝をはじめ皇位継承権を持つ皇族たちと、軍部や行政の各部門の大臣にのみ参列が許された、言わば帝国の最高意思決定機関。貴族でも立ち入れるものが少ないというのに、ただのギルドマスターというだけの平民であるユキカゼが参列していた。


「では、次の議題に。以前ギルドに依頼していた『サウザー山脈』の調査、ならびに高級素材の提供についての成果報告についてです。ユキカゼ殿、よろしくお願いします」


 議会の進行をしているのは皇位継承権第一位、第一皇子のジュリアスだ。まだ20代で増長したい時期でもあるだろうに平民であるユキカゼにも礼を尽くしているのが彼が根っからの貴族主義ではないことを証左している。古い貴族にはあまり浸透しなかったが、帝国議会の顔ぶれも年々変わっていくうちにジュリアスを筆頭とした才能主義派とも言える者は過半数を超えていた。

 とはいえ、礼を尽くされたからと言って居心地が良くなるというわけでもない。ユキカゼは緊張した面持ちで報告を開始した。


「こ、今回ウチ……私たち帝都ギルドはSランク冒険者パーティにサウザー山脈の調査を依頼いたしました。その際に彼らが色々なモンスターを狩猟してきましたので合わせて紹介いたします。ジュリアス様、モンスターを広げるにはここでは手狭なので場所の移動をお願いしてもよろしいでしょうか」


「分かった。みな、聞いての通りだ。これより近衛の訓練場に移動する」


 訓練場に到着するころにはユキカゼにも帝国議会の派閥がうっすらと理解できた。ジュリアスを筆頭とした才能主義派に対するは貴族主義派とも言える重鎮たち。ユキカゼは彼らからひたすら見下すような視線を向けられていた。


 ユキカゼは議会に呼ばれたからここにいるわけで、言ってしまえば客人だ。礼を尽くせとは言わないがここまで露骨な態度を取られるとそれは違うだろうと思わず口に出してしまいそうになる。それを今日だけだと堪える。


「ジュリアス殿下。モンスターの素材の件で少し相談が。私のアイテムボックスだけでは容量が足りなかったので部下を連れてきているのですが、その者たちも呼んでもよろしいですか?」


 テンマたちから譲り受けたモンスターはアイテムボックスに換算するとユキカゼ10人分ほど。アイテムボックスの容量一つで度肝を抜かされたのは記憶に新しい。なので他の人間を使う必要があったのだが、ジュリアスは困ったような表情を浮かべた。


「そうか、そういう問題もあったか……これはこちらの伝達ミスだな。ベネトナシュ! ちょっと来てくれないか?」


「ん? 兄上、ボクを呼んだかい?」


 ジュリアスの呼びかけに反応したのは白衣を着た女性だ。服装のTPOが明らかに変だが、そのことを指摘する者は誰もいない。それが第二皇女だからなのかは不明だが、指摘する機会を逃しているうちにこれが彼女のスタンスと定着してしまったのが大きいのかもしれない。もちろん初めて見るユキカゼは「なんで白衣なん?」と心の中で突っ込んでいる。口に出したら首が飛ぶかもしれないので言わないが、おそらく誰もが通る道なのだろう。


「ベネトナシュ。数人連れて外にいるユキカゼ殿の部下から素材と目録を受け取ってきてくれ」


「まったく、兄上は人遣いが荒いねぇ」


「ではその間に報告を聞かせて頂こう」


 第二皇女はいいのだろうかと思いつつもユキカゼは言われた以上は従うしかない。あの視線の中やらなければならないのかと憂鬱な気持ちになりながらユキカゼは話し始めた。


「みなさますでにご存知のことかと思われますが、まずサウザー山脈についてのご説明を。サウザー山脈は帝国の南端を東西に走る山脈で、有史以来あの山々を超えた者はいないと言われています。その原因は過酷な環境もそうですが、ひとえにモンスターの存在が大きいでしょう」


 意外なことに先程まで見下すような視線を送っていた重鎮たちは報告に対しては真剣に傾聴していた。


「我々冒険者ギルドはモンスターの素材を鑑定し、そのレア度によってモンスターのランクを設定しています。その中でもレア度が7以上のものをSランクと設定しているのですが、今回の調査で得られたサウザー山脈におけるモンスターの平均的なレア度を算定したところ、およそ20となりました。これはダンジョンでいうところの60階層相当の強さとなります」


「ダンジョンの60階層だと!? 最近攻略されたばかりではないか!」

「たしかコフィン・ジ・エモートだったか……?」


 先ほど見下すような視線を向けていた大臣たちから声があがる。数日前ギルドで公表したばかりだいうのに大臣たちが知っていることにユキカゼは驚いた。


 一つ勘違いをしてはいけないのだが、行き過ぎた選民思想を持った彼らだが、彼らは決して無能ではない。彼らの貴族主義は貴族は生まれながらにして平民よりも優れているというような盲目的なものではなく、実際に優れているからこそ貴族は平民よりも偉いというのが彼らの理念だ。能力のある彼らからしたらこのくらいのことは当然で、そうでもなければ国を動かすようなやんごとない地位を数十年も任されたりしない。


 前者のような傲慢で怠慢とも言える貴族主義に一番辟易としているのは彼らだった。


「ダンジョン60階層級のモンスター、あるいはそれ以上のモンスターが跋扈するアネクメーネ。それがサウザー山脈の実態です」


「過去、と言っても30年以上は前だが、サウザー山脈に派遣した軍の調査隊が山麓で遭遇したアグリーベアの群れに撤退を余儀なくされたという話があったが、どうやらそのような次元ではなかったみたいだな」


 古い世代の大臣たちには常識で、全員が苦虫を噛み締めたような顔をしている。その理由は至極簡単で、このサウザー山脈遠征が彼らの長い政治家人生の中の大失敗のうちの一つだからだ。


「あれに資源を求めるのは無理というわけか」


 無論、考えがあっての遠征だった。人類の居住領域だけで全てを賄おうとすれば将来的に資源が枯渇し生活が破綻する。あるいは新しい材料などが見つかれば帝国全体の生活水準が向上する好循環が生まれただろう。結果として成果を得られなかったことが大失敗であり、遠征にいたった経緯としては十分納得させられるものであった。


「失礼するよ。ユキカゼ殿の付き添いの方々からモンスターと目録を受け取ってきたんだけど、ちょっと困ったことになってねぇ」


「何か問題か?」


「それがね。ボクの親衛隊を数人連れて行ったのはいいんだけど、困ったことにアイテムボックスに全然入りきらないんだ」


「なに!? ベネトナシュ、目録はどこだ!?」


 アイテムボックスの容量は魔力に依存する。ベネトナシュはレベルこそそこまで高いものではないが、学者の上位職である研究者をマスターしているため魔力は人と比べるとそれなりに多い。彼女の親衛隊もまた皇族の親衛隊を務めるくらいなのだから当然魔力量は多い。それなのに容量が足りないとなると、一体どれだけの人数でどれだけのモンスターを持ってきたんだという話である。


「はい、どうぞ。これ見ても驚かないでね」


「おう……って、な、なんじゃこりゃああああ!!!???」


 ジュリアスはベネトナシュから目録を受け取ると目を見開いて叫んだ。ジュリアスの頭の中からここが厳粛な議会の場であることすら吹き飛んでいた。


「ジュリアス、何をそんなに騒いでおる!」


 流石に怒られる。第一皇子を叱れるものなんて皇帝ヴァレンスくらいなものだ。


「し、失礼いたしました。こちらユキカゼ殿から頂いた目録です」


「うむ……ってなんだこれは!!!???」


 人が変わっただけで親子で同じような反応をしている。ヴァレンスのただならぬ雰囲気に議会も騒ついたが、ベネトナシュだけは「何をやってんだねこの親子は」と呆れていた。


「ユキカゼ殿……目録にドラゴンなんてものも書いてあるのだが……」


「それが今回の大本命です。こちら、ヘルヘイムドラゴンでございます」


 ユキカゼは自分のアイテムボックスからヘルヘイムドラゴンの亡骸を取り出す。


「まさか、本物のドラゴン!?」

「なんという威圧感……!」

「こんな生物が同じ世界に生きているなど信じられん……!」


 初めてその姿を見るものからすればインパクトは絶大だ。冒険者ならばワイバーンやレッサードラゴンなどといういわゆるドラゴン種を一度は見たことがあってもおかしくはないが、文官仕事ばかりの政治家にドラゴンを見る機会なんてものはない。もっとも、冒険者でも紛い物ではなく本物のドラゴンを見たことがある者は少数だろうが。


「みなさんは聖国の国宝をご存知でしょうか? まさにこのヘルヘイムドラゴンの鱗を使った装備になります」


 その衝撃が残っているうちにユキカゼは畳み掛ける。ユキカゼがここに来た目的はヘルヘイムドラゴンのお披露目ではない。ヘルヘイムドラゴンをどれだけ高く売りつけるかだ。


 ユキカゼが聖国の話題を出したのは、大臣たちにその価値を分からせるためである。


「聖国の国宝というと……『宵闇』か!」


「その通りです。かの防具には『冥闇の加護』という、闇属性攻撃の被ダメージを50パーセント軽減、状態異常攻撃を完全無効化、さらにデバフ成功率が増加という強力なスキルが付与されています。まさしく世界最強装備の一つといっても過言ではないでしょう」


「うむ。導入できれば帝国軍の戦力は飛躍的に向上するだろうが、しかし問題は値段だな。是非とも購入したいところだが……」


 この場にその価値が分からないものはいない。とんでもない額が提示されるだろうとは全員思ったが、具体的な数値を思い浮かべられる者はいなかった。


「そうですね……5000億ゴールドでいかがでしょうか」


「ご、ごせんおく!?」

「ふざけているのかっ!?」


 ヤジというよりも怒号が飛ぶ。交渉の基本はまず到底無理な要求からということで、テンマたちとの話し合いでは2000億ゴールドという話だったが更に2.5倍もふっかけていった。


「ユキカゼ殿……それでは1年分の軍の予算が飛んでしまう。それにいくらドラゴンとはいえモンスターの素材1体でそれとはあまり現実的な数字とは思えん」


「そうでしょうか。納得できる数字だと思いますが……誰か、レア度を測定して頂けませんか?」


「じゃあボクがやらせてもらうよ」


 ユキカゼの頼みにベネトナシュが名乗り出る。もっとも、素材のレア度を見極められるほど鑑定スキルを育てている者は研究者の彼女だけであった。ベネトナシュがヘルヘイムドラゴンを鑑定すると「へ?」と普段は理知的な彼女から珍しく情けない声が出た。


「レ、レア度37!?」


 ベネトナシュが驚愕の声をあげると議会は今日一番の喧騒に包まれる。ユキカゼは貴族連中──それも大臣ともなれば公爵レベルの上級国民──が慌てふためいているのが滑稽で仕方がなかった。


「よう考えてみい。鱗1枚持って帰って出来た『宵闇』ですらアレなんやで? 丸々1体なら100人規模の部隊が出来るっちゅうことや。それも、一人一人が一騎当千のな。軍事費1年分丸々投資するだけの価値あると思うんやけどな」


 いつのまにか慇懃な態度を忘れて饒舌になる。しかしユキカゼの言葉遣いよりレア度37の衝撃が強すぎたのか誰もそんなことは気にしていない。


「タレス国防大臣、ヘルヘイムドラゴンの装備は軍に必要か?」


「そうですね。私は常々から聖剣や神器のような個の力に頼りきりの戦い方は戦術とは言わないと申していたところですが、こればかりはちょっと話が変わってきますよ」


 1部隊が出来ればそれはもはや個の力とは言わないだろう。そして何よりタレスの懸念はこのヘルヘイムドラゴンが他国に渡ることだった。足元を見られないように口には出さないが、そもそも口に出さなくてもここに集まる優秀な閣僚ならばそのくらい分かるだろうという信頼もあった。


「しかし5000億ゴールドはいささかやりすぎかと。新兵1人が戦場で使い物になるまで育成するのにかかる費用はおよそ2000万ゴールド。仮にヘルヘイムドラゴンの装備が100個あったとして、それが戦場で25000人分の働きをするというのは……もちろん伝説級の装備ですので絶対にないとは言い切れませんが、私の想像力では荒唐無稽に思えます」


 ユキカゼは一騎当千と言ったが、100人の部隊で25000人の軍勢と遜色ない成果を出せるかと言われたら無理と思うのが普通だ。タレスは費用対効果の面で5000億ゴールドは高すぎると評した。


「そうですね。1000億ゴールドが良いところではないでしょうか」


 タレスが提示したのはユキカゼの提示額の5分の1だった。5000人分の働きが出来るか怪しいというかのがタレスの主張だった。


「ちょ、それは安すぎやで。少数精鋭部隊は少人数なりの利点を活かした運用方法っちゅうもんがありますやろ」


「ほう、では少人数が大人数に優っている点があるというのか?」


「もちのろんですわ。少人数が大人数に勝る点、それは行軍速度と隠密性や。タレス大臣は軍を指揮してるんなら分かるやろ、森ん中みたいな見通しの悪い場所でのゲリラ戦でこの部隊が出たらどうなるか」


 過去には軍を率いた経験のあるヴァレンスにも容易に想像が出来たのか露骨に顔を顰めていた。あるいは森の中の奇襲というところに嫌な思い出があったのかもしれない。


「ユキカゼ殿の言い分は分かった。3000億、これでどうだろう」


「陛下!?」


 ユキカゼは内心では勝ったと確信した。そこが落とし所であるかのように渋った顔で対応しようとする。


「しかしだ。素材を渡されたところで加工する技術がない。だから3000億で装備を買い取ろう」


 皇帝は相場を見極めている。見極めた上で他の大臣が納得できる額と、ユキカゼが納得できる額、つまり他国に持って行きますと言わないであろう額を提示した。


「3000億ゴールドと貸し1つ。それで手を打ちましょう」


 これでは通常通りの取引と大差ないではないかとユキカゼは本当に渋った顔で取引に応じたので合った。

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