第104話 超越種
『テレポート』による脱出によってクーコとの戦闘を回避することに成功した。サウザー山脈から帝都の屋敷までの長距離転移だ。ここまでは追ってこれないだろうが、しかし急いで逃げたことでちょっとした誤算が生じてしまった。
「て、テンマ君……連れてきちゃった……」
フィーの腕の中には未だキツネ状態の八尾がいた。パーティメンバーでなければ一緒に転移出来ないと思っていたけどそんな制約は無かったみたいだ。
「今頃向こうで怒り狂っているのでは……?」
「もしかして帝国の危機か?」
「……」
ちょっと怖いこと言わないでくれない? たしかに八尾を取り返しに怒りに任せて無作為に帝国の街という街を侵攻する可能性もある。もしかして俺のせいで世界がヤバい?
「お帰りなの〜……って、わぁぁ!! おっきいキツネさんなの!」
俺たちが帰ってきたことに気付いたココがやってくる。大きなキツネと無邪気に喜んでいるココを見たら世界への罪悪感が薄れた。ほーらおっきいキツネさんだぞ〜。
「ふかふかなの〜」
ココは八尾に抱きついて全身でもふもふを堪能する。ココの身長なら尻尾にくるまることも出来た。
「んぅ……ここは……?」
「あ、キツネさん目を覚ましたの…………って、えぇぇぇ!!?? キツネさんが喋ってるの!」
「え、あ、はい」
八尾はあからさまに困惑している。目が覚めて最初の情報が知らない女の子が抱きついているだったらそうなるか。
「体調はどうだ?」
「ッ……貴様は……そうか。私は捕虜にされたのか……くっ……殺せ!」
「やだよ。殺したらクーコが黙ってないだろうし」
そんなことになったら本格的に帝国に攻め入ってくる可能性が高くなるだろ。罪のない一般人が俺のせいで死ぬのは流石に偲びない。だから九尾を怒らせないように丁重にお返しする。
「なに!? タマモ様に会ったのか!?」
「そのタマモ様っていうのは九尾のことか? いきなり襲いかかってきたから逃げたんだよ。お前ら人の話聞かなすぎ」
「逃げた!? あのタマモ様を相手に……信じられん……」
「信じないなら信じないでいいよ。それより身体の方は大丈夫か?」
ほんのさっき血を吐いたばかりだからな。まぁ今の様子を見る限りダメージは残っていなさそうだけどな。
「念のためもう一度だけ回復スキルを使うか………………トワ、頼む」
「はい、『エクスヒール』」
何故無言で固まっていた時間があったかと言うと長距離テレポートの反動の倦怠感のせいで上手くスキルが使えなかったからだ。トワも分かってたなら言ってよ。今のは間違いなく準備してた人の速度だったよ。
「あ、あぁ……問題ない……」
「それは良かった。五体満足でお前を返さないと戦争になるだろうからな」
というか魔力が回復したらすぐに行かないとな。サウザー山脈のスタンピードに対抗するために造られた防衛都市ゼータが籠城戦をしても数時間で壊滅するだろう。
「えー、キツネさんもうどこか行っちゃうの?」
罪のない帝国民の命とココのおねだりはどっちを優先すればいいんだ……! はい、流石に帝国民ですよね。期待させたのにごめんなぁ……。
「ごめんね。私には帰るところがあるから」
おや、俺たちには鬼の形相で突っかかってきた八尾も小さい子ども相手には優しいんだな。
「2時間後にまたあの村にテレポートするから、それまでココと遊んでくれないか?」
「誰が貴様の頼みなんか…………と、言いたいところだが、私は子どもを悲しませるやつは嫌いだ。いいか? 貴様の頼みを聞くわけじゃないからな」
そう言うと八尾はココに連れられて外に行く。ココに対しての対応を見ても子どもを悲しませたくないというのは本心みたいだ。
「悪いやつではないみたいだな」
それは俺も思う。八尾のことは心配しなくて良さそうだし2時間くらい寝てくるかな。
「じゃ、俺は寝るよ。2時間経ったら起こしてくれ」
「ん、りょーかい」
「おやすみなさいませ」
みんなは念のため八尾を見張るそうだ。まぁ必要ないと思うけどね。さーて寝よ寝よ。
「ココちゃん!? 危ないよ!?」
外からアロエの驚いた声が聞こえてくる。どうやらアロエが学校から帰ってきたみたいだ。冒険者活動や学校の授業を通してモンスターのことを学んでいるから八尾がただのキツネでないことが分かったのだろう。アロエがちゃんと成長していて嬉しい限りだ。さて、八尾についての説明はミーナたちに任せて俺は寝るかな。
あれから予定通り2時間弱眠っていたらしい。リビングに行くと八尾も人型に戻っていてみんなでテーブルを囲んでいた。というか予想外に盛り上がっていて何があったって感じなんだけど。
「あ、お兄ちゃん起きたの! ここに座るの」
俺が入り口のところで唖然としていたらココが立ち上がって自分が座っていた椅子をぽんぽんと叩いた。俺が椅子に座るとココは俺の膝の上に座る。
「聞いてお兄ちゃん! ミツキちゃんと仲良くなれたの!」
ミツキちゃんと言うのは八尾のことだろう。たしかクーコもそのように呼んでいた気がする。しかし本当に面倒を見てくれていたのか。実質捕虜みたいになってるのに律儀というかなんというか……。
「すまんな。ココの相手は大変だっただろう」
「いや、子供が元気なのは良いことだ。こちらこそ申し訳なかった。アロエやココを見ていたら貴殿がどうしようもない善人だと理解させられたよ。そんな人に私は暴力を……」
「まぁそれはお互い様だから」
そんなしおらしくされるとやりにくいなぁ。というか暴力を振るわれたというよりこっちが一方的に多人数で殴ってただけな気がするけど。
「しかし驚いたぞ。この世に生を受け1000年近くになるが、ディヴィニティリッチなんてタマモ様からチラッと聞いたことがあったくらいで会ったのは初めてだ。希少さならタマモ様……いや、九尾レベルと言ってもいいだろう」
ん? ディヴィニティリッチ? 何の話をしているの? というかあなた1000年も生きてらっしゃるの? ちょっと情報過多すぎるわ。
「えっと……ディヴィニティリッチってなんだ?」
「ん? まさかココの種族を知らんのか?」
「ココの種族? リッチじゃないのか?」
俺がそう言うとミーナたちは揃って「まぁそうだよね(ですよね)」という反応をした。え? 違うの?
「ディヴィニティリッチはリッチの中でもハイリッチに進化した個体が更に進化して神格を得たものだ。アンデッドモンスターでありながら、アンデッド特有の弱点である白魔法や聖属性を克服した『超越種』というやつだ」
「え、ココ、お前そんなことになってたのか?」
「えへへ〜。ココすごい?」
すごいかどうかはちょっとよく分からないけど。というか、なんでそんなことになってんの?
「寝てる時にお兄ちゃんの魔力をたくさんもらってたの!」
へ? 魔力? 魔力に何の関係があんの?
「貴殿ら冒険者がモンスターと呼ぶ私たちは実は魔力で成長する。私も、もともとはただの一尾だったからな」
マジで!? 駆け出し冒険者が余裕を持って倒せるあの一尾がこれになんの!? 進化しすぎだろ!
「あ、じゃああの村にいた二尾とか四尾は……」
「無論、一尾から成長している。あの村は妖狐族を強い種にするための重要な拠点だからな。でなければアグリーベアやワイルドボアが生息するサウザー山脈の麓で私たち妖狐族は生き残れない。そこで、当時からすでに九尾だったタマモ様が私たちのために村を作ってくださったのだ」
はぁ〜、なるほど。それがあの村というわけか。村を外敵から守るために妖狐族の手も借りたい人間と、種を強くするために人間の魔力が必要な妖狐族。どちらもwin-winな関係だ。これが共生のカラクリだったというわけだ。
「なるほどな……って感心してる場合じゃないか。その九尾がブチギレてるんだった」
「貴殿らが悪くないことを私からも説明すればタマモ様も分かってくださるだろう。なんだかんだで人間が好きな方だからな」
そうかぁ? 人間が好きとは思えない殺気してたぞ。まぁそれはミツキも一緒か。あれ? もしかしてこいつら人の話を聞かない種族か?
「まぁクーコの説得は頼んだ。俺たちはどうも警戒されているみたいだからな」
「それはそうだろう……貴殿らのような真の実力者が来て警戒するなという方が無理というものだ。特にタマモ様は妖狐族のことを第一に考えてくださっているからな。初めは違う山道に行くように言われたのではないか?」
「言われたな。ポイズンサーペントがいた」
「タマモ様はそれを知った上であの道を紹介しておられる」
「なに!? では私たちを知らぬ間に亡き者にされそうになっていたということか!?」
つまり俺たちに実力が無かったらクーコの狙い通りポイズンサーペントに喰われていたということだな。過去にはそういう冒険者もいたかもしれない。ちょっと待て、本当に人間好きなのか?
「まぁでもそれで死んだら冒険者の実力不足だからなんとも言えんわな」
サウザー山脈に来た冒険者はそういうところだと分かって入っているからな。Sランクのモンスターをけしかけてくる行為は褒められたものではないが、そこで冒険者が死んだとしたらそれは冒険者の責任だろう。
「タマモ様は本心では人間と仲良くしたいと思っておられるが、妖狐族とあの村を守るためならば心を殺して鬼になるお方なのだ。その証拠にタマモ様は過去に人間の男と契りを結んでいたこともある」
契りってつまり結婚みたいなものか。こっちの役所とか杜撰だったしあれだけ人間に化けるのが上手かったら申請とかも通りそうだな。
「なんかロマンチックなの〜!」
「あぁ、私もそう思う。これは私も話を聞いただけなのだが、旦那様はタマモ様がまだ四尾だったころに傷ついて倒れていたタマモ様を助けたそうだ」
「四尾を!? 凄い男だな」
「うん。冒険者だったら考えられないかも」
冒険者からすれば四尾なんて討伐すべき危険なモンスターだからな。助けた結果恩を仇で返されましたとかそういう可能性だってあるわけだし。なかなか出来るようなことじゃない。
「お優しい方だったんだ。さっきの山小屋はタマモ様と旦那様が住まわれた思い出のある家でな、しばらく私もそこでお世話になっていたんだ。もっとも、私が話せるようになった頃には旦那様はお身体が悪くなられてお話出来たのはたった3年ほどだったがな。それからタマモ様は村長として旦那様の村を守るようになったんだ」
なんか聞けば聞くほど人情に溢れてるな。なんなら人よりも情に厚い気がする。いや、クーコもそうなんだけど、その思い出の山小屋を咄嗟に守ろうとしたミツキもだ。大切な人のために自分の身を削れる人って正直かっこいいと思う。損な役周りだけど、俺も人情を大切にしていきたいね。うん、なんか話せば分かってくれる気がしてきたな。




