第103話 妖狐襲来
飛行スキルを使ってみて思った。もっと早くから使っておけば良かったと。移動速度が早いのもそうだが、見通しがいいので色々な情報が入ってくる。
「テンマ、あそこに何かないか?」
ミーナが示したものが何かは分からなかったが、その方向を見るとそこには山道があった。山道といっても俺たちが登ったものとはまた別のものだ。
「『遠視』」
視力を上げるスキルを使いさらに観察する。山道を辿ってみるとそれは山の中腹あたりまで続いていた。そこからは洞窟のようなところにつながっていたためその先は確認できない。その近くにおそらくミーナが指差したものがあった。
「小屋があるな」
山小屋というには少し立派だ。ロッジというかコテージというか、住居のようにも見える。
「でもさ、人が住んでるわけなくない?」
ここが未踏破領域という危険な区域であることは間違いない。チラッと山頂付近を見るだけで数メートル級のモンスターの姿が確認できる。そんなところに建物があるのは謎でしかない。
「行ってみよう」
気になったので俺たちはその建物を調査することにした。
俺たちは建物の近くに着陸する。近づくに連れてさらに分かったことだが、外には物干し竿や薪が置いてあったりと本格的に生活感があった。
「やっぱり誰か住んでるのかな?」
「こんなところに一体誰が」
そんな話をしていると不意に殺気を感じた。反射的に臨戦態勢を取ってから気付く。臨戦態勢を取るということは俺たちが脅威を感じているということだ。そんなのダンジョンの70階層の『アークエンジェル・レプリカ』レベル……いや、それ以上だ。推奨レベル300以上の敵が俺たちを狙っている。いったいどんな敵が俺たちに迫っているのか。警戒していたらそれは姿を現した。
「貴様ら! ここを誰の縄張りだと思っている!」
「え、女の人……?」
こんな山奥に住んでいるのが不思議な若い女性だ。20代、30代くらいに見える女性が髪を逆立てながら怒っている。しかしその女性には人間には無いものがついていた。
「尻尾……キツネか」
「それも8本!?」
一尾や二尾が属している妖狐の中でも『八尾』と呼ばれるものだ。強さは当然のようにSランク。それもSランクよりも上が定められていないからSなだけで実際ならSSランクやSSSランクになるだろう。
「ここを知られた以上、生かして帰すわけにはいかん!」
「ちょっと待て! キツネとは戦わないって約束してるんだ!」
「問答無用っ! 『爆燐火』!」
狐火というやつだろうか。八尾の周りに8つ火の玉が浮かび上がると、それらは物凄い速度でこちらに飛んできた。その火の玉の一つ一つは濃密に圧縮されたエネルギー弾。火の玉は俺たちの近くまで来るとそのエネルギーを解放するかのように爆発した。
「やべぇな」
爆風で地面が抉り取られている。こんなの俺たちの防御力じゃなかったら死んでるぞ。
「テンマ様……律儀に約束を守っている場合ではなさそうですよ」
「あんまり気乗りしないけどなぁ……」
けど向こうが仕掛けてくるなら自衛するしかないか。甘いことを言っていられる相手でもないみたいだし。
「これを食らって無傷ときたか。そんな危険な人間、ますます生かしておけんな!」
なんかさらにヒートアップしてるし。これじゃ俺たちの話を聞いてくれそうにないな。俺が見切りをつけるより早くみんなはそのつもりだったみたいだ。俺が許可するとフィーが動いた。
「「いくよ」」
もう次の瞬間には『縮地』で後ろを取っていた。『シャドウアバター』も発動している。
「『陰陽・新月』」
「うそぉん!?」
八尾が何らかのスキルを使うとフィーのシャドウアバターが解除された。いや、それだけじゃないな。素早さを上げる『ヘイスト』や攻撃力を上げる『ブレイブ』と言ったバフスキルも消えている。
「『クルーエルスタブ』」
フィーの攻撃を迎え撃つように八尾は虚空から刀を取り出す。紫に光るその刀は禍々しさを感じさせる反面、魅せられてしまうようなそんな怪しさがあった。
「遅い、『三日月の舞』」
「くっ……!」
円弧を描くように振るった刀によってフィーの短剣は巻き上げられてしまう。フィーもバフが切れているので無理に攻めない。しかし易々と引かせてくれる相手ではなかった。
「逃がさんぞ! 『上弦・時雨』」
八尾が持っていた刀が弓に変形すると1秒間で数十発の矢が射出される。
「まるで矢の雨ですね。『テンペスタ』」
トワはその矢の雨を暴虐的なまでの嵐で吹き飛ばす。トワの魔法はフィーを守るだけでなくそのまま八尾を襲った。防御魔法で対応できるような威力ではないが……。
「『天満月・月は満ちる』」
すると八尾の身体が金色に発光し始めた。トワの魔法がその金色のオーラのようなものによって弾かれると同時に満月のようなものが八尾の背後に現れた。
「いざ、参るッ……!」
「速いな……」
縮地のようなスキルを使わない純粋な体術での高速移動。八尾は接近戦で俺を狙ってきた。
「『エクスカリバー・レプリカ』」
『上級天使』の聖剣製成スキルだ。これによって全ての『剣技スキル』が使用可能になる。
「貴様ッ! 天使族か!?」
「いや、違うが?」
「人間が聖剣を扱えるわけがないだろう!」
そう言われてもなぁ……。使えるものは使えるんだから仕方がない。
「『天狐幻舞』」
八尾の身体が4体にブレる。どうやら分身ではなく幻影みたいだが、やることは変わらない。
「『ペンタグラム』」
「『下弦・双月』
聖属性5連攻撃によって幻影を1体ずつ潰していく。当然そのうちの1体は本体だ。八尾の本体は武器を双剣状に変形させると俺の攻撃を正面から受けてきた。
「うそっ!? テンマ君と拮抗してる!?」
「なんて奴だ……!」
パワーは互角。ミーナとフィーがあり得ないものを見たと驚愕している声が聞こえたがそれにツッコミを入れる余裕はない。しかし余裕がないのは俺だけではなかった。
「『天満月』状態の私と互角だと……!」
さっきから八尾の背後にある満月のような黄色い丸は既に半分以上が灰色になっている。有明月と言うんだったっけか。
「テンマ様!」
この拮抗状態でトワが何かしようと言うのだろうか。トワの周囲に4種類の『万物の根源』がストックされている。俺でも直撃はしたくないね。
「『エレメンタルフォース』」
トワから火・水・土・風の4種複合魔法が放たれた。巨大な丸い球が地面を抉り取りながらこちらに向かってくる。
「おま、威力おかしいだろ」
もっとフレンドリーファイアを気にしろよ。俺のことを信頼しすぎだ。普通は信頼しない前提というか最悪を考えて行動するものじゃないのか。ま、避けるんだけどさ。
しかし俺に躱せるということは八尾も躱せるということだ。もっと揺さぶった方が良かったか? でも下手して食らいたくないしな。
「はっ……!?」
そんなことを考えていたら一度は避けたはずの八尾が焦ったようにわざわざ自分から当たりに行った。その理由は八尾の行動ですぐ分かった。
「『泥人形』」
八尾は俺と同直線上にあった山小屋の前に泥人形の壁を設置していく。この時に八尾は自身を守る防御魔法よりも山小屋を守るための壁を優先していた。
エレメンタルフォースは防御態勢を整えていない八尾を強襲する。
「流石に、天満月でも、ノーガードは、厳しかったか……」
八尾はボロボロになりながらもその場に立っていた。さっきまで背後にあったはずの満月は完全に灰色になっている。あれが八尾を超強化していたバフのようなものだというのは間違いないだろう。そのバフが切れたおかげか肌がピリつくような緊張感はなくなった。
「朔……時間切れか……しかしやられるわけには……」
「いや俺たちの話を聞けよ」
なんでこいつはこんなにやる気満々なんだよ。俺は最初からキツネと戦う気はないって言ってるのに。まるで俺たちが悪者みたいじゃないか。
「一体、何を聞けと……? この、地に……グフッ……あれ…………血……?」
八尾が咳込むと口から血が溢れてきた。八尾もここまでのダメージは予想外だという表情を浮かべていた。しかし吐血したことでアドレナリンによる興奮が冷めたのか、フラフラと立っていることすら覚束なくなっている。
「『リジェネレーション』」
仕方がないので上級天使の超回復スキルで治してやる。このまま悪者扱いされても困るしな。
「何の、つもりだ……」
「だってこうでもしないと話を聞いてくれないだろ?」
「ふっ、誰が敵の情けなど……」
とっくに限界を迎えていたのか、八尾はそう言うとまるで緊張の糸が切れたかのように気を失った。治療をしたことで少しは警戒を解いてくれたのだろうか。
「あ、身体が」
意識を失うと八尾は人の姿からから狐の姿へと戻っていく。でかい。四尾で70センチくらいだったけど八尾ともなると俺と同じくらいの1.7メートルくらいまで成長するんだな。
「どうする?」
「どうするも何も、このままにしておくわけにはいかないでしょう」
たしかに、こんなポイズンサーペントやら何やらが跋扈してるようなところで放置しちゃダメだわな。仕方ない。意識が戻るまでは近くにいよう。
「じゃあ私ちょっともふもふしたい」
「あっ! おいフィー! ずるいぞ!」
本人の許可なくそんなことして良いのだろうか。勝者の特権か。フィーは八尾を膝枕するとよーしよしよしと撫ではじめた。次は私だとミーナは順番待ちをしている。
しかしその順番が訪れることはなかった。
「お主ら、ミツキに何をしておるんじゃ?」
そこに気配もなく現れたのは、山麓の村の村長のクーコだった。しかし何故こんなところに……?
「もう一度問うぞ。お主らには他の山道を使うよう指示したはずじゃが……ここで何をしておるんじゃ?」
「ちょっ……」
「おいおい」
声に怒気が帯びると同時にクーコから圧倒的なまでの闘気がまるで堰を切ったダムのように溢れ出てくる。まさに力の奔流。遠くで飛竜か何かが逃げるように飛び去っていくのが見えた。それでいてまだ力の放出は止まらない。どんどんとその力の源が可視化されていく。
「この姿になるのも久方ぶりじゃな」
「『九尾』か……」
クーコに現れたのは9本の尻尾。モンスターに関する書物を読んでも存在自体が眉唾な伝承上のモンスターとして扱われている。同じ枠で『ヤマタノオロチ』や『多頭竜ヒュドラ』なんて仰々しい名前が載っているくらいだ。
「さて、まずはミツキの借りを返してもらうかのう。『クロノスタシス』」
「……ッ!?」
まさかそんなスキルを使用してくるとは思わなかった。時間停止の対象は八尾を好き勝手に撫で回していたフィーだった。
「『キュア』」
「むっ……!? 対応速度が知っとるやつじゃのう」
「『テレポート』」
こんなのと馬鹿正直に戦うつもりなんて毛頭ない。俺はみんなを連れて屋敷に避難するのであった。




