-或る少年の物語- その5
「うん!まずい!」
焼けた魔獣の肉を咀嚼しながら少年は叫んだ。
少年は知らないが魔獣を食用としている国はなく、危険度に関係なく魔獣は全て捕縛、もしくは駆除の名目で殺戮されるのが常であった。そもそも奇怪な魔獣の姿は人間の食欲を恐ろしく削ぐことの方が多いため、そんな魔獣を食料とする人間はいない。
「おっと、水も飲んどかねぇとな」
少年の左手に小さな魔法陣が現れ、透き通った水が湧いてくる。少年はごくごくと喉を鳴らして湧き出る水を一気に飲み下す。
「ここから先はこんなもんしかねぇと思うと嫌な感じしかしないぜぇ。マジに最悪だ。」
愚痴をこぼしながらも少年は森のさらに奥深くへと歩を進めていった。
既に少年は人類の足の踏み入れたことのない領域まで到達しており、森には濃密な魔力が満ち満ちていた。そんな環境で産まれた生命は濃密な魔力のもと強靭な魔獣へと進化を遂げる。進化を遂げた魔獣はさらに濃密な魔力や洗練された魔力源を求めて森を彷徨うこととなる。無論、少年の異質な魔法や魔力は標的とされ、魔獣達は少年の元へ大勢押し寄せることとなった。
「なぁんか、魔獣を倒して食っての繰り返しだなぁ。魔像顕現。」
少年は慣れた様子で魔像を創造し、魔獣の群れへ投げ捨てる。もはや魔法を使用することもなく魔像内部の魔力の爆散だけで魔獣達を殲滅していた。四足歩行の犬型魔獣も出現当初の3倍ほどの体躯となっており、危険度は小型の時とは比べ物にならないほどになっていた。しかし、少年は全く意に介さず森林奥地の魔獣達を蹂躙していく。少年の圧倒的な魔力量と起源魔法を利用した異常なまでの継戦能力がそれを可能としていた。また、強靭な魔獣を食すことで魔力と肉体の維持に必要な栄養は補われており、図らずしも少年の継戦能力を補助していた。
既にどれほどの時間を魔獣との戦闘に身を置いていたのかも少年にはわからなかった。初めから気にしていなかったとも思えるが…。しかし、実時間では3ヶ月ほどが経過していた。
「見た目が変わっても味は全く変わんねぇなぁ。いつまで経ってもまっっずいまんまだな。」
右手に持った魔獣の肉を食べ、左手から魔力弾を掃射しながら少年はぼやく。同時に少年は自身が過ごした村でのことを思い出す。自身の能力を抑えなければならなかった日々。ただ退屈な日々。少年の脳裏を横切るのはあの退屈な状態に今戻りつつあるという空虚。
「またつまらなくなってきたな。好きなだけ戦えて楽しいは楽しいんだけど…っな!」
少年は魔像を空へと投擲する。
『発』
少年が唱えると魔像は爆散し周囲の浮遊していた魔獣を滅殺する。
「魔獣の相手も飽きてきたところだしよぉ。もう一層の事ここら辺一帯を魔法で一掃するかぁ。」
少年は身近にあった巨木の上に飛び乗る。新たに少年を狙ってきた魔獣達は警戒し、一定の距離をとりつつ少年の方をじっと睨みつけている。少年は周囲の魔獣達を一瞥して左手に魔力を込めた。
『魔像顕現』
少年の左手をかざした先に魔像が創造される。今までは自身の手で持てるほどの大きさであったが、今回は自身の体躯と同じくらいの大きさの魔像であった。少年は邪悪な笑みを浮かべて周囲の魔獣へ語りかけた。
「さて、魔獣諸君。今からここら辺一帯を消し飛ばそうと思う。だから…、しっかりと身を守るように!生き残れた奴がいたら俺を狙って襲うもよし。逃げるもよし。まぁできればだけどよぉ。好きにするといいぜぇ。それじゃぁ…。健闘を祈る。」
少年は言い終わると自身の周囲を濃密な魔力で覆う。少年は考える。現在魔像として物質化可能な魔力量の限界ギリギリを込めた魔像。自身にも想像できない絶大威力の魔力爆発。一帯の魔獣全てを滅殺しろと思う反面、少しでも生き残って自分と戦って欲しいと思う気持ちもあった。期待と不安の入り混じった複雑な感情を初めて少年は抱いた。
(なんだか複雑な気分だな…。)
そして少年は左手の中指を弾いてパチンと小気味のいい音を鳴らした。
瞬間。魔像から魔力が爆散し一帯を蒼炎が包み込んだ…。