-或る少年の物語- その3
「あぁ…、最高だなぁ。これだけ魔力をぶっ放せるのも生まれて初めてだ。」
魔獣との戦闘が始まって数時間が経つ。少年は恍惚の表情とともに呟く。未だ魔獣の群れは衰えることなく少年を襲い続けている。
「でも見た目がずっと変わらないやつ相手にしてるのも飽きてくるな。本で読んだのだと弱い魔獣は群れで生活するってあったが…。まさかここまでとは思わなかったぜ。」
少年は現在15歳であるが、物心つく頃から少年の周りに人はおらずよく本を読んでいた。そんな中で得た知識が実戦で役立っている。しかし本来、魔獣の群れとは多くても10-15体とされており、少年の相手にしている魔獣の数は悠に100体は超えている。複数の群れから狙われていることは明白だが、少年がそれに気づくことはない。
「なんだぁ!?」
少年の背後から稲妻が一線。かろうじて反応した少年の左肩を掠めて稲妻は着弾地点の地面を抉る。
「キィッ…」
数体の鳥型の魔獣が空から少年を睨みつける。
「まぁ、他のもくるわなぁ…。」
少年は大樹の枝の上で身を潜めつつ枝葉の隙間から空の様子を伺う。
上からは鳥型の魔獣、下からは鋭い爪を持った犬型の魔獣による挟撃の形となっている。
「奇しくも挟まれちまってるな。しゃーねぇ。出すか…。」
呟くと少年は右手に魔力を集める。戦闘中に集めるような荒々しい魔力ではなく研ぎ澄まされた静かな魔力の集約。少年の右手が青白く薄く光を帯びる。そして手刀により空間をゆっくりと切った。瞬間、空間の裂け目から紫褐色の亜空間が覗き見え、少年は躊躇わず手を亜空間へ突き入れる。
「んー、確かこの辺に…。あったあったぁ。」
少年は手のひら程の青色の丸い光源を1粒取り出し満足げに笑う。
「閉」
少年が閉と唱えると空間の裂け目は瞬時に閉じた。
少年が取り出したのは自身の魔力の塊。少年は15歳という若さだが、独学で亜空間魔法を体得することに成功していた。加えて、少年の起源に刻まれた魔法は『変質』。あらゆるものの性質を変化させることができる稀有な起源魔法。すでに自身の起源魔法すらも完全ではないが実用可能な域まで少年の魔法は洗練されていた。それは、独りの時間を過ごし魔法しか少年の手元になかったことへの裏返しでもある。
青い光源は自身の魔力を変質させ、物質へと転じさせた代物であった。皮肉にも驚異的な魔法への才能が少年にはあり、間違いなく稀代の天才と称される水準の神業である。
「一掃してみるか。光で場所もバレちまったし。」ボリボリ…
少年は魔力塊を齧りながら下の犬型魔獣の群れを見下ろした。犬型魔獣達はすでに少年の居場所を特定しており、下から涎を垂らしながら低い唸り声をあげている。
ふぅっと息を吐きながら少年は左手に魔力を込める。左手が紫色の光を帯び始める。
「魔像顕現…」
少年が言を唱えると左手には禍々しい十字架が握られていた。