第二十段:けふ咲く花の いやしけ吉事(よごと)(三ー一)
三
やっほー、ふみか! 楽しく文学やっている?
私も三回生に進級したけれど、もっと慌ただしくなって大変だよ。レジュメ作成でしょ、他の人が発表する作品を読まなきゃでしょ、あと、一般教養の課題やらなきゃ!
須磨、私も行きたかったなあ。ふみかが見聞きしたことを共有したいんだ。今度、写真送ってよ。皆も見たがっているから。
せいかちゃんはね、全国英文弁論大会の府代表に選ばれたよ。再来月の関西予選に向けて原稿をかなり推敲しているんだ。講義と教員資格課程を受けつつ、練習だよ? 尊敬するね。
ねおん先輩は、博士の助手をしています。国試、なんとか通って管理栄養士の資格取ったんだ。今度は調理師の勉強だって。「唯音に負けていられない」って意気込んでいるよ。いじめっ子への仕返しブログは閉じて、手作り弁当の記事を書きはじめたらしいんだ。「ミス・アントラセン␣ベンゼン␣ランチボックス」で検索かけてみてね。昆布巻きおいしそう!
こおりちゃんはすごいよ。うちの最難関、法律学科に通っているんだから。憧れの先輩ができたそうで、バイクの雑誌を図書館であさっているよ。昼顔の君、って呼んでいるけれど、もしかしてゆーちゃんの妹かな? 模擬裁判の傍聴券が当たったとのこと、付き添ってきます。
とよこちゃんは……もえこちゃん(今はあきこちゃんだっけ?)と毎日連絡をとりあっているから、省略、なんてね。堕落邪器の「ヴィヨンの未亡人」を改造して、アダケンのお菓子を盗んでばかり。槍の部分を取り外し可にして、ワイヤーを付けて鞭にしたの。カメレオンの舌みたいにお菓子を袋ごと巻きとるんだ。お風呂の前に体重計乗って落ち込んでいるけれどね。
来月、連休の中日にせいかちゃんと泰盤駅あたりをぶらぶらするんだ。空いていたらふみかとゆーちゃんも来ない? 返事待っています。
天野うずめより
「返事を書きたいんですけどね……」
水玉模様の便箋を机に寝かせ、ふみかはため息をついた。
「あいにく、インク切れなんだよ」
右手の万年筆に、観念してふたをはめた。下書き用の裏紙(父が職場から持ち帰ったのだ)が渦巻きの刻み跡で埋め尽くされている。
ボールペンまたは鉛筆、色付きペンを代わりに使えば済むのでは? それではだめなのだ。
「うずめちゃんには、これで書くんだ」
ふみかの中では、色付きペンは重要事項に、鉛筆は学習と雑記に、ボールペンはよそ様に出す書類に、と定めていた。親しい間柄の人へ手紙を送る時は、万年筆だ。今年の春休みに買った。特に使い道が浮かばず貯めていたアルバイトの給料をやっとこさ下ろしたのだ。
「卒論の練習にもなるし」
空満大学文学部日本文学国語学科の卒業論文は、所定の原稿用紙に手書きで提出しなければならない。しかも、万年筆に限る。近代の作家か! と物申したくなるが、ふみかだって来年は書かねば巣立てないのである。
「どうして、替えのインク容器も買わなかったんだよ」
まったくもってぬかりがありすぎる。母親に知られたら「あんたは詰めが甘いのよ」「働きだしたら上司に『無能』認定されるわよ」とかくどくどお説教を聞かされるんだろうな。
「こんなに早く空っぽになるなんて」
うずめの他に、文通相手がいた。その人とは最近読んだ本の感想やおすすめの作品など本に関する話題で盛り上がっている。口下手(自分も人のことを言っていられないが)な分、書面では饒舌なため、四、五枚で返しては良心がとがめた。
「いつも十枚越していたものなあ」
駄文だけれども、こちらも話したいことが山ほどあったのだ。
「明日、散歩を兼ねて文具屋に寄ろっか……」
地元で調達できるのは、出不精のふみかにとって救いであった。幸いにも、同じ小・中学に通っていた人達と鉢合わせすることがほぼ無い。進学もしくは就職を機に他府県へ飛び出したのだろう。歌の文句じゃあるまいが「村(町)で若いやつは、ワイひとり」かもしれない……あ、弟がまだいるか。
伸びをして、図書館で借りてきたYA小説(ヤングアダルト、なんだか官能的な響き。司書資格課程で聞いた)を読もうとしたら、携帯電話が震えた。
「ん? 夕陽ちゃんだ」
これから電話をかけても構わないか、の連絡だった。よござんす、と打って送信した。今、二人の間で流行っている言葉だ。
ほどなく、着信音が流れる。「お江戸の恨みを晴らす勤め人」の有名な主題曲は、ふみかのお気に入りなのだ。
「は、はい、ふみかです」
「夕陽やよぉ。ごめんやで、お休みやのに」
「えっと、何かあったの?」
「あはは、シリアスにならへんでえぇんやよ。お誘いやから。明日、うちの家に遊びにこぉへんかなぁ? て」
ふみかの頭に、雷撃が走った。
「え、いいの? い、行きます行かせてください、ぜひ」
手を打ち合わせる音が、ふみかの携帯より聞こえる。
「嬉しいわぁ! NR四天駅まで出られる? 十一時頃やったらかまへんやろか。中央改札で待っています。案内するわぁ」
「じゃあ、それで」
「はいなぁ」
ふみかは寝床に倒れ込んだ。うわあーと叫びたい気分だった。正月に友人を招いたら、福までついてきたか。
「粗相のないようにしなくちゃね」
おはじきの公式戦より緊張してきた。まずは、箪笥の引き出しを開けて服装を考えよう。まあ、悩むぐらい持っていないけれど。あ、せっかくお宅に伺うなら…………。
「え……けっこうな高級住宅じゃありませんか」
かねてよりマンション暮らしだと聞いていたものの、遊歩道、芝生公園、小さな滝が付いているなんて。
「雰囲気だけやよ、住戸はふみちゃんのところに比べたら全然」
鵜呑みにしてはならない。期末試験の出来について「あかんかったわぁ」が、いざ返された答案を見せ合えば最高点だった前例がある。駆け引きしているのではない。彼女の基準が、人より相当高めに設定されているのだ。
ラインダンスをしながらでもゆとりがありそうな自動扉をくぐると、受付の係員達に挨拶された。
「まるで宿泊施設みたいだなあ」
「コンシェルジュさんやよ。三人体制やねん。管理人さんと警備員さんは別にいてはって、エントランスに誰もおらへんてことはないわぁ」
不在時に届いた配達物の預かり、同居人への伝言はもちろん対応、部屋の設備で不具合が生じたら提携している業者を迅速に手配してくれる。
「喫茶と託児所まであるし……環境よろしだよ」
「ふみかお姉ちゃーん!」
夕陽の妹・真昼がエントランスを駆けてやってきた。
「会いたくてうずうずしたんで、下りてきちゃいました」
萌黄色のブラウスと革のパンツを着こなし、ふみかに近寄る。
「この間のヘアピン、つけてくださっているんですね!」
ふみかは心の内で「やった!」と跳ねた。年末の陣堂女子大学でたまたまお目にかかり、身だしなみを整えてくださったのだ。いただいた、メタリックレッドなるハイカラな色のヘアピンで髪を留めてみた。
「あらま、お知り合いやったんや。妹が失礼なことせぇへんかった?」
「いや、全然」
むしろ厚くもてなされて、感謝している。
「まーは礼節ある子やもん!」
鼻高々な真昼。知性と行動力ある大学生、といった印象をふみかは受けていたが、背伸びしているのかもしれない。夕陽と並んでいたら、やや幼くみえる。
「ふみちゃん、まーちゃん、エレベーター乗ろ。お家でのんびりしよなぁ」
オレンジの香りがする機内に、またしも仰天させられ、十五階まで上がった。
戸建てに生まれ育ったふみかにとって、高層マンションは衝撃の連続だった。大きな窓に映る町並みに圧倒され、居間は舞踏会でも催せそうに広く、磨かれた床は鏡のよう。害虫は入ってこられず、夏の夜は蚊の羽音に悩まされないという。
「私、場違い極まりないんですけど」
夕陽と真昼の部屋に、ふみかは小さくなって正座していた。淡い色合いの内装と調度品から明らかに浮いている。
「妖精が住む天空の楽園に、たぬきの置き物は絶対合わないってば」
「なにそれ、ふみかお姉ちゃん表現独特ぅー」
真昼は教科書にひじをついて、盛んに笑った。
「姉が申していましたよ、発想が面白い、作家の才能があるんじゃないか、って」
「い、いやあ、その方面はありえないよ」
「悔しがっていたんですから。他人について話すこと、あんまりしないんです。勉強とピアノ漬けでひとりぼっちなんで……浮世離れしてるでしょう? ほわほわしているじゃないですか」
妹なりに心配しているのだろう。
「学科じゃ、先輩後輩問わず頼りにされているけれどもなあ」
まゆみ学級でも、しっかり者な存在で皆に慕われている。
「そうですか。理解してくれる仲間に恵まれたんやね」
「お姉ちゃん思いだね、真昼ちゃん」
「私が支えてあげないと、ふらふらするんやもん」
真昼は、姫林檎のように頬を赤らめていた。
「書斎に退がりますね。お二人でごゆるりと。無限にレポートですよ」
ノートパソコンと、辞典並の教科書数冊を細い腕で持って、部屋をあとにした。引き戸は、更衣と寝る時以外閉めない決まりらしい。親に監視されて、息が詰まらないのだろうか。他所の教育方針には、ふれないのが無難だ。それよりも、書斎だ。拝見したい。大和家にもあるのだが、父が担当した作家の著作が大半を占めている。童話はまだしも、官能小説は……奥の棚に収めてほしかった。ミックスジュースを飲んでいたら、もずくが紛れていたようなものだ。
「お待たせぇ」
夕陽が紅茶とシュークリームを運んで戻ってきた。
「書斎あるんだ」
「司法の本でぎゅうぎゅうやよ。利用するんは父か妹やなぁ。うちには、よう分からへんね」
「ふうん……あ、話変わるけれど」
ふみかは首を伸ばして、居間と台所に人気が無いか確かめた。今なら、大丈夫。
「夕陽ちゃんのお母さん、清香さんにとてもそっくりだったね」
清香は、ふみか達と共に戦った「グレートヒロインズ!」の隊員である。
「清香さんを奥さんにしたら、あんな感じだよ。しゃべり方も同じだし」
「うちの闘争心をかきたたせるために、母をモデルにしたゆうてたなぁ」
擬者語―「スーパーヒロインズ!」に擬せた呪い式アンドロイドが「グレートヒロインズ!」の正体だった。清香は夕陽の「もじり」である。なお、ふみかの「もじり」は、水玉模様の手紙を送ってくれる天野うずめだ。
「夕陽ちゃんのところは美人だからいいよ、もしもうずめちゃんがうちの親似だったら……逃げるね」
「えぇ? ふみちゃんのお母様はチャーミングやんかぁ。細かいことに敏感になりはらへんやろぉ。ヒステリックやないやん」
「お説教おばさんですよ。なんかするたびにダメ出しするの。会社に勤まらない、嫁にもらわれない、自立できない……三ない運動の大喜利じゃないんだから」
夕陽が口元に手を添えて、ふっ、ふっ、と声を漏らす。
「仲えぇんやね」
「そ、そんなんじゃないってば」
ふみかはシュークリームにかぶりつき、すかさず紅茶で流した。
「せや、ふみちゃん。万年筆のインク切れたゆうてたやんね」
夕陽はゆっくり腰を上げて、机へと歩いた。右端の小物入れ(砂糖菓子の箱を再利用したそうだ)から、ひょいひょいっとカートリッジインクを取った。
「二、三箱やったらいける?」
「ひ、ひとつで充分だよ。十二本入りでしょ、夏休みまでなんとかしのぎます」
「ストックぎょうさんあるんやよ。整理してもろたら助かるんやけどぉ……」
「かたじけない」
物をくれる人は良き友だと『徒然草』に書いてあった。加えて夕陽には知恵がある。こじつけになるが、医者でもある国学者・宣長と名字を同じくしている。
「このご恩は、必ずや返すで候」
ふみかには、読んだ本の文体が、うっかりうつるくせがあった。頻度が高いのは、時代小説だ。
「お礼はえぇから、ごっそり持っていってぇ」
「ありがたき幸せ……」
夕陽のお宅に当分足を向けて寝られないふみかなのであった。
作業をある程度続けていると、終わりが来ることを寂しく感じる。
段ボール箱を平らにして、居間の右隅へ立てかける。その際、ガムテープは手ではがす。カッターナイフを使えば効率良く進められるが、刃に粘着剤をつけたくないのだ。
「ビーズクッションは……床へ適当に置いといてー」
きみえの指示を素直に聞き、クッションをまいた。ラベンダー、ライラック、グレープ、モーヴ、見事に紫系統で揃えている。
「何から何までありがたいわ。荷物の残りを取りに実家まで車出してくれて、手付かずだった段ボール全部開けてくれて、整理まで! ほんと、感謝、感謝だよ」
そんなにお礼をされると、頬が熱くなってしまう。きみえが困っていたから、行動しただけ。
「ご飯食べていって。朝からぶっ通しでペコペコ」
まくっていた袖を直そうとしたら、おなかが鳴った。きみえが「はい来た!」と、底の深いフライパンを出した。
「研究、はかどってる?」
まあまあ、そこそこ、ぼちぼち、のいずれかを用いて答えるのが、適切か。実際、おおかた模擬実験通りに進んでいる。
「毎日、大豆と、顔を合わせている……です」
??? 考えていた言葉とは全然違う。口をついて出る、とはこのことか。
「大豆……大豆、ああ、高校の時からやっていたんだよね」
明らかに返答しづらくしている。会話の流れをよどませてしまった。申し訳なさでいっぱいだった。
「そうだそうだ! この間テレビで、芋エネルギーのドキュメントを見たの。研究者がさつまいもを食べられなくなった、とか冗談めかしていたんだけどさ」
卵を割って、きみえは思い出し笑いをした。
「さつまいもが仕事のパートナーだから、口にするのが忍びないんだって。妻子に『今すぐさつまいもと結婚しろ』なんて非難されているそうだよ。もちろん謙遜で、家族仲はかなりいいけどね。私は万々歳だよ、パートナーがさつまいも。できたら紫いもとしたい」
「……!」
「唯音、ツボにはまったかー」
ほっとした。当たり前だが、会話は二人以上でするもの、ずれた発言をしても、誰かが軌道修正する。恐れずに飛び込んでいこう。最低限のマナーを守れば、あとは自由だ。
「手伝う……です」
「そんなそんな、ゆっくりしてよ」
卵をかきまぜては、フライパンで茹でているスパゲッティの様子をうかがっていた。彼女の負担を軽くしたい。
「お茶、用意する……」
「えー、悪いよ」
「火、弱める……です」
「水分飛んでいた? 思ったより早かったわ。ありがとう」
視線が重なった。身長が近いきみえとは、背を丸める必要がないのだ。
「フォーク、どこ……ですか」
レンジの下だと教えてもらい、長い物を二本、竹筒から抜き出した。溶き卵、牛乳、ピザ用チーズ、それから粗びき黒コショウ……唯音は推理する。サークルの物知りな後輩が、「炭焼き職人」が由来だと話していたあの料理だろう。炭素の元素記号も、似た発音だった。後で作り方を聞いておこう。いつか、きみえやサークルの仲間、嫂に振る舞ってあげるために。
「一年生だと踏んでいたら、二年生でさ。しかも、担任! 期待かけられすぎてまいってしまうよ」
食べ終わって片付けた(唯音が率先して洗った)後、きみえが横たわって言った。彼女は、空満高校の新任国語科教諭なのである。うららかな春といっても、床に身体をつけては冷えが懸念される。唯音はクッションを数個、敷いてあげた。
「気が利くね。そうそう、吹奏楽部の副顧問もすることになってさ、私のクラスにけっこう在籍しているの。マネージャー、練習の予定を組んだりコンサートで受け取った差し入れを配ったりする役職なんだけど、その生徒がなかなかマイペースなんだわ」
板書をノートに写すのが周りに比べてゆっくりなため、体育・選択芸術など別の教室への移動が遅れる。他教科の先生にしょっちゅう注意を受け、落ち込み、成績にも影響が出ているのだという。
「活動中は、皆に合わせて行動できるのにね。パート練習見回っていたら、その女の子、指の運びが素早いの。クラリネット、学年で上手な方なんだ。あれあれ? と思ったの。ほとんどの先生が『授業、やる気あるのか』と叱っているけど、この生徒は部活以外をおろそかにするような子ではないんじゃないか。合奏で指揮者のアドバイスをちゃんと楽譜に書き込んでいたし、マネージャーの仕事てきぱきこなしているし、何より挨拶ができる。」
きみえは女子生徒に直接訊ねた。
「内職していたんだよ」
唯音でも意味はなんとなく分かる。授業中、違う科目の宿題や友達への手紙またはプレゼント作り等々に勤しむことだ。
「毎月の練習予定を書いていたの。代々二年のマネージャーが方眼紙に応援メッセージとか絵をつけていてね。でもさ、家でもやれるじゃない。内職は結局どっちつかずになる。ノートとれないわ予定表完成できないわで、悪循環」
「やめろ、と、言った……?」
「うん、うん。気持ちを切り替えて! 合奏中に宿題はしないよね、授業もそれくらい集中してほしい。ついていけなくなったら、自分が困るよ、とね」
学校での「内職」は、稼ぎにならない。唯音が通っていたアトム学園中等部・高等部では厳罰事項にあたり、一度でもすれば不可の評定をつけた。
「その子、何かを訴えたそうにしていたから、聞いたの。正直、手いっぱいだったみたい。皆の足を引っ張るわけにはいかなくて必死だったの。そこで嫌われたら、居場所が無くなるのが怖くて、曲の練習と幹部の仕事を無理してでも両立させようとしてたんだよ。家に帰ったら、くたくたで目が覚めたら朝、の生活を送っていたんだって」
「解決策、ある……ですか」
きみえは寝返りを打った。
「抱えこみすぎたら元も子もないし、先輩マネージャーに相談することを勧めた。言いにくいなら私もついていくから。ここまではできるけど、どうしてもここからはできないので、分担を見直してもらえないか。けっこう勇気いるけど、続けていたら自分がつぶれるじゃない。そうなったら周りにしわ寄せがきて、皆しんどくなる」
「教えてあげた……ですね」
「社会に出る前に、身につけておいてほしくてね。見過ごせないんだわ。生徒全員に、はさすがに限界があるけどさ、せめて受け持った生徒達だけでも、しっかり向き合う。卒業後もこの子達の人生はまだまだ長いんだ。暗く沈んだ顔の大人には、ならせたくない」
きみえがいつも以上に、熱く語っていた。仕事に誇りを持っている人の話し方だ。歌人の嫂も、そうだった。
「楽してお給料もらいたい先生もいるよ? 別に否定しないわ、生活かかっているし。だけど、私は、他の先生が面倒に思っていることから、逃げない。昔、逃げたせいで同級生を傷つけた。その結果を目の当たりにしてきたからこそ、『バカな教師』でありたい」
友は起き上がって、果てしない空を見ていた。
「きみえさんは、強い……です」
自分は未だ働いておらず、院生の身。研究・開発をしながら短歌を詠めたら、が、なま温い夢に感じてくる。
「強くないと権力に噛みつけませんからね! なんちゃって。あ……ねえねえ、唯音」
にじり寄り、きみえは照れくさそうに唇を動かした。
「唯音に、伝えたいことがあるんだ……」




