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第十八段:橘(ときじくのかくのこのみ)は朽ち果てない(三)

     三

 まゆみの妹・安達太良なゆみの「作品」は、夏祭(なつまつり)山に三泓(さんおう)ある湖の、柑子(こうじ)()のほとりに設置してあるという。山の所有者の孫、はなびグリーン案内のもと、一行は(くだん)の湖に着いた。

「ソレらシきマシンは、見当たらナイんデスが……」

 羽衣で上空から探していたもえこピンクが、八の字眉をして地に着いた。

「おかしいなあ、気配は確かに感じられるんだけれど」

 ふみかレッドの「(はらえ)」による「読み」とりでは、存在していると出た。

「ヒロインのなっちゃん! このへんっでみかん育ててるだか?」

「聞いたこたねえな。柑子湖があんで、柑子っつー名前かってのは、再三再四教えられたけどよ」

 神と人が共に暮らしていた大昔に、この湖に丸い果物がたくさん浮かんでいたそうな。鼻に抜け、涼しくさせる香りのする果物を、ある人が食してみたら不老不死になった。その噂が瞬く間に広まり、永く生きたい欲望にかられて果物を求め、尽きそうなところで奪い合いになった。山の神は黙っていられず、永遠(とわ)の命を得た人、得ようとして血を流す人、原因を作った忌まわしい実をまとめて石に変え湖に沈めた。実の正体は、柑子(こうじ)。山の神が天より持ち込み、冷やしていたのであった。

「柑子は、みかんのことなんだっ。とこよ、冴えてるなっ!」

「いんや~。初耳だったんだな。トコは、ただみかんを拾っただけなんだな~。んで、質問したんだよ」

「……へ?」

 とこよは、あどけない笑顔でみかんを両手で持っていた。

「ソレ、みかんじゃねえよ。(たちばな)だっ」

「橘? ハっ! なんかでっかくなっでるんだな! ぶるぶるしてるんだな~!!」

 丸い実は上下に震え、風船が膨らむように、徐々に大きくなる。とこよが腰を抜かし、成長してゆく実を落とした。

「もしかして、これがなゆみちゃんの『ときじくのかくのこのみ』!?」

「ダガジクか、かけじくか、なかんずくだか知らんけど、なんなんだっ!?」

 足ががたついたグリーンを、ゆうひイエローが支えた。

「『古事記(こじき)』などに登場する、伝説の木の実や。柑子湖の果物みたいに、不老不死になれるゆうねんよ。合っていますよね、安達太良先生」

 三メートルはある橘に、はしたなくも大きく口を開けたまゆみは、

「なっ!? え、ええ、ええ。正解よ」

 あわててレディの面持ちに直したが、遅かった。

「いとあやし、KJK(ケイジェイケイ)シリーズ『ときじくのかくのこのみ』かもしれないわ。あなた達、侮ってはならないわよ!」

『ラジャー!』


 顧問がはらからの忘れ物、かぐわしき実。(まじな)いがかった(から)(くり)の、とてつもなき大きさよ。山にそぐはぬ実を、摘み取れ。



  ―いざ、戦闘開始。



「相手は、妹によると、あなた達だけを狙ってくるわ! 額田(ぬかた)さんと尼ヶ辻(あまがつじ)さんは私に任せなさい」

 まゆみは応援団を連れて、遠くへ駆けた。

「二者択一っ、焼きみかんにすっか、風のミキサーにかけてやっか……」

「そのままが、おいしい……です」

 普段は援護を担当するいおんブルーが、先攻を取った。グリーンが地団駄を踏む。

「水場がある、有利……」

 湖を背にして、三角形のドライヤー型の武器「沖つ青波・改」を縦に構えた。

H2O()をく袖に 波もかけけり! いおんスラッシュ!!」

 湿った露草色の「祓」と、招き寄せられた淡水が溶けあい、橘に引けを取らない剣が構成された。

「…………!!」

 か細い腕で振り下ろし、水剣が機械の果実を皮ごと八等分にした。「(わざ)」の祓が、非力でも簡単に刀を扱える方法を授けたから、成せたのである。

「召しあがれ……です」

(あお)(ねえ)に先越されちまった!」

「ホワッツ・アップ!? 皆サン、注目デス!!」

 ピンクが、グリーンの頭頂にあごを乗せて、手で双眼鏡を作った。

「なんやの……!?」

 イエローが黒縁メガネを深くかけて、信じられへん、とつぶやいた。切られたはずの橘が、磁力でもはたらいているかのように断面どうしをくっつけて、元の形に戻ったのだ。

「復活しやがったぞっ!?」

 ピンクをのけて、グリーンがわめいた。

「あ、あの実は」

「気色悪いっ、今度はあたしがっ!」

 レッドの話をさえぎり、グリーンが常盤色の気流をたっぷり放出した。

「風の前の塵となれっ! はなびサイクロン!!」

 武器である(はちす)(しべ)より、颶風(ぐふう)が吐き出される。厚かましく居座る橘を呑み、皮と実の区別がつかなくなるまでかき混ぜた。

「成仏させてやれねえけど、これでくたばったよな?」

 肩で息するグリーン。つぶされた作品は、蟻すらたからなかった。

「レッド、さっき言おうとしてたことは?」

「あの実を読んだんだけれど、自動で修復するように作られているんだ」

 グリーンとピンクの肌が粟立(あわだ)った。果汁と種、搾りかす等がひとつ所にまとめられ、また丸い姿となった。

「にゃにゃにゃにゃ! デハ、どれダケ撃破しテモ、エターナルに自己再生スルんデスか!?」

 レッドは、申し訳なさそうに首を縦に振った。

「……あたしらに、勝ち目ねえじゃねえかよっ!」

 地に拳を叩きつけるグリーンに、影がかぶった。

「緑さん…………!」

 親戚のブルーが助けに飛びたつが、橘がグリーンを下敷きにする方が早そうだ!

「……急速急冷っ、冷凍みかんにしてさしあげますわっ」

 人間を超えた速さで、墨染のセーラー服をまとった少女がグリーンの前に躍り出た。指の間にはさんでいた結晶を投げ、橘を凍らせた。

「あんで、てめえがっ!?」

「一時退却ですのっ、詳しい話は後っ!」

 少女に腕を引っぱられ、グリーンは危機を免れたのであった。



「ハっ!? も一人増えてるんだな!」

 数えなおすとこよだったが、六人に変わりはなかった。

「君も、スーパーヒロイン?」

 きみえの問いに、墨色の制服の少女はつかつかと歩み寄って、尊大に見上げた。

「スーパーとは別格ですのっ! 一騎当千っ、天下無敵っ、こおり緑は『グレートヒロインズ!』最強戦士なのですのっ!」

「早かったわね、こおりグリーン。助太刀ありがとう」

 まゆみの携帯電話に、一件のメールが表示してあった。


 件名:なし

 本文:後手に回って、ごめん。KJKシリーズ「ときじく(以下略)」は、再利用を可能

にした初の作品です。プログラムを書き換えない限り、幾度も修復します。そこで、

こちらの隊員を一名派遣しますので、恐れ入りますが、持たせたUSBを「ときじ

く」に差してください。差込み口はへたの中央をこじ開けるとあります。ひとたび

起動させたらかさばり、持って帰ることが難しいため、倒してください。呪い式の

作り、果物寄りの作品につき、燃料の成分が橘の汁に酷似していること、ご注意く

ださい。


「んで、最強最速のてめえが意気揚々っ、わざわざ(そら)(みつ)くんだりまで足を運んできた、と」

 なげやりに要約したはなびグリーンへ、グレートヒロインは柳色の襟を立てんばかりの剣幕で迫った。

「意気揚々じゃありませんのっ! じゃんけんで負けたんですのっ! ピスタチオショコラジェラートを目前にして、緊急招集かけられましたのっ! 行列を耐え忍んでましたのっ!!」

 こおりグリーンの苦労に、イエローがお気の毒に、と切ない表情をした。

「今日研究室を出ていない()(おん)お姉さまがやってくだされば、万事解決だったんですのっ! 録画のドラマは、逃げませんわっ!」

「えっと、USBは……」

「すみません、ふみか赤お姉さまっ。こちらですのっ」

 首にかけていた紐ごと、橘攻略の鍵をレッドに渡した。

「コノハナサクヤヒメ・プログラム…………ですか」

「なゆみちゃんは、昔から、名付けにこだわりがあるからねー。額田さん、コノハナサクヤヒメといえば?」

 きみえは堂々と答える。

「『古事記』でニニギノミコトと夫婦になる神様です。一緒に姉のイワナガヒメも妻に勧められるんですが、容姿が醜かったのでニニギノミコトは返します。コノハナサクヤヒメは美しく、繁栄をもたらすけど花のように短い。イワナガヒメは岩のように長く続く。二柱合わせて、ニニギノミコトの子孫繁栄がいつまでも続くとできていたのに、コノハナサクヤヒメだけを選んだから、生まれる子孫はいつか散る命を持ってしまった、わけです」

「丁寧な説明だったわ。いおんブルー、分かったかしら?」

「短命の、プログラム……ですね」

 まゆみは親指を立てて「良し!」のポーズをとった。

「コノハナサクヤヒメ作戦ハ、どーイウ流れニしマスか?」

「こおり緑の凍結は、長く持ちませんのっ! タチの悪い機能のせいですわっ! そこでっ」

 柳色のヒロインが、常盤色のスーパーヒロインを指さした。

「はなび緑と一致団結して、増幅機能を使いますのっ! 今回はこおり緑の必殺技を、はなび緑が強化版サイクロンで後方支援する形をとってもらいますわっ!」

「げーっ、あたしメインじゃねえのかよっ」

「勝つため……です」

 ブルーに諭され、はなびグリーンは仏頂面ながらも受け入れた。

「USBポートを開けるんは、ブルー先輩とうちがしてもえぇかなぁ? 先輩はメカに詳しいですし、うちは鎖の『破砕』効果で橘の回復を遅らせられるから」

「デハ、USBはピンクと赤隊長ガ差しマース☆」

「待ってくれっ!」

 はなびグリーンがとこよを呼んだ。

「……USBは、こいつに任せてやってくれねえか?」

「トコが!? そんな大役いいだか?」

 こおりグリーンが、冷たい息をはく。

「あなた、一般人に危ない橋を渡らせるつもりですのっ? 映画の友情出演とごっちゃになってませんのっ?」

「正気だっ。スピード勝負だろ、快足のあたしと俊足のてめえがゾンビメカの足止めで抜けちまう。他に速いやつっつったら、とこよしかいねえんだよ」

 皆にはなびグリーンが頭を下げる。

「無茶なこたなのは、百も承知だっ! けどっ、メカを倒すにゃコレだっ! ってひらめいたんだっ、頼むっ!」

「じゃあ、私とピンクがとこよちゃんを送り届けるのは、どう? 差込み口にできる限り近づくよ」

 こおりグリーンは腕組みを解いた。

「しっかり護送するですのっ。こおり緑が戦場にいて、失敗とは、お姉さま達の笑い草にされますわっ!」

「トコ、フルパワーで走るんだな!」

 ダウンベストを脱ぎ、腕まくりしてとこよは準備体操を始めた。



 湖畔には、相変わらず「ときじくのかくのこのみ」が存在感を誇示していた。

「氷、すっかり溶けちまったな」

「ここからは、芯まで固めますのっ。足を引っ張らないでもらいますわっ」

 平熱が高いはなびグリーンの手と、常に冷却されているこおりグリーンの手が結ばれる。

「こおり緑の強さを、くれてやりますのっ!」

「期待外れには、させんなよっ!」

 柳色の気流が、常盤色の気流に加わり、奥深い緑となった。はなびグリーンが(すく)橄欖(かんらん)(せき)の花が、二人の力を吸い上げた。

「風の前の塵となれっ! はなびサイクロン・(だん)!!」

「冬は雪をあはれべっ! 煖・こおりリフリッジレイト!!」

 颶風よりきつい風が、正八面体の結晶十二個を矢のように飛ばし、ぐるりと橘を刺していった。結晶は砕け、凍らせる薬剤が果実にしみわたる。氷に負けじと回復を始めるが、おどろおどろしい神がかった風が冷気を続けて浴びせ、ままならなくなった。

「青姉、黄色っ!」

 はなびグリーンの呼びかけに、ブルーとイエローが滑らないように相手のてっぺんに降りる。

「へたは、(わたくし)が、切る……」

 水の刀をへたの縁に、缶切りの要領でなぞってゆく。開いたら、イエローと交代した。

(おも)ひくづをれて()めたらあかん! ゆうひブレスィング・(くさり)の裁き!!」

 髪に結んだ鈴付きの鎖が、傷口の端をつかまえ、ふさぐのを阻んだ。「破砕」の効果により、修復を逐一打ち消していく。

「はかどっているようだね」

 とこよをだっこして、レッドが橘のそばまで飛行していた。

「ひい、トコ、ほんとに高いとこまで来ちゃっただよ~」

「もう少しだからね、うわ」

 鳥とぶつかりそうになったと思いきや、なんと、橘の種だった。プログラムがうまく働かなくて、原因の排除に出たのだ。

「とこよちゃん、つかまっていて!」

 種が様々な方角より向かってくるので、かわすたびに、差込み口が遠のく。

「目が、すんげく回るんだな~!」

「ああ、打ち落としたいけれど、手を空けられないよ」

「ノープロブレム☆ 隊長、ココはピンクに!」

 ハート形の羽衣を揺らし、ピンクが杖を掲げた。

「梅の花書く、新シキ歌☆ もえこフォーエヴァー!!」

 種が一個ずつ、(きん)(ぎょく)(かん)に寄せられた。静止している間に、レッドはくぐり抜けて橘へ進んだ。

「グッドラック☆」

 残ったピンクは、専用武器を左右に振って、錦玉羹の内側から光の束を発生させた。束は乱反射して、中の種を輝く粒として(きよ)めたのだった。

「とこよちゃん、いくよ」

「はいなんだな!」

 無事、ブルー達のもとへとこよを送った。レッドは勝利を祈りつつ、橘の反撃に備えた。

「フツーの橘に、なるんだなあああ~!!」

 凍てついた皮を踏み蹴り、とこよは猛獣もかくやという速さでゴールの差込み口へ突っ走った。本人は意識していないけれども、他を並ばせない圧力をかけており、ブルーとイエローが自然と後ずさりするほどであった。

「ていやあ!!」

 幼なげだが猛々しい()えとともに、花の蒔絵(まきえ)が施されたUSBが差さった。

【コノハナサクヤヒメ・プログラムを認識、上書きを開始します】

「よっしゃあっ!!」

 はなびグリーンが、成功にうち震えた。誰もが喜びにひたったのだが、

 

 ブチブチブチ、グシャ!!


 朽ちる機械となった「ときじくのかくのこのみ」が、溜まったダメージに耐えられず、千々(ちぢ)に裂けてしまった。運転に内部を循環していた橙色の液が、割れ目より噴き出す。

「ひい~!!」「どわーっ!!」「ひゅひゅーっ!」「はうわぁ」「ジュース……ですか」「スプラッシュ警報デス!」

 戦っていた娘達は、橘の汁を飽きるほどかぶったのだった。

 避難していた二人も、

「な、こはいかにー!?」「うわうわ、すっぱい!」

 巻き添えになってしまった。


 しとどに濡れた緋色のスーパーヒロインは、場を締めるかのようにひとりごちた。

「ど、どうして私たちが、こんなことに」


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