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第三段:歌合(うたあわせ) 唱する武士(もののふ)ども(二)

     二


 安達太良の、弓に引かれて、研究棟、東口を出で、てくてくと。理学のやしろ、C号棟、中をくぐりて、庭へゆく。石段おりて、体育館、入らずに前を、通りすぎ。松の並木を、わきにして、北へ北へと、進みゆく。流るる音は、西洋の、琴や笛太鼓、やはらかに。節に合わせて、歌声も、甘くかなたへ、舞ひあがる。いづこよりかと、たづぬれば、煉瓦の砦と、青き蔦。見知らぬところ、名は何ぞ。(そら)(みつ)やまとの、まなびやの、音楽究むる者集ふ、E号棟に着きにけり、E号棟に着きにけり。


「はあい、練習場所に到着!」

 道行の果てから、大急ぎで、目当ての教室まで階段をかけのぼった。せっかくエレベーターが付いているのに、まゆみ先生が「若人は、自分の足で進むものよ」と叱咤激励されたため、息切れしながら六階までのぼらされたんだよね。ご本人と華火ちゃんは平気だったけれど。

「教室をジャックするトハ、センセもヤるっスね」

 一人だけ変身していた萌子ちゃん。ヒロインになっても、体力までは文型女子のままだったようで、肩で息している。その上、華火ちゃんは、教室の「E六〇一」と記された看板を見て、

「ついに職権濫用かよ、あらくれまゆみ」

 口をとがらせて言う始末。対して、先生は嫌そうな顔をせず、むしろ面白そうに微笑んで、こう答えた。

「あらー、そんな乱暴な真似してないわよ。許可はとっています。ついでに私の名前は安達太良まゆみ」

 ウインクまで添えてくださって、ありがとうございます。

「さあ、歌の練習を始めましょ!」

 隊員たちの様子をうかがい、まゆみ先生はE六〇一教室の鉄扉に誘導した。

「ふふっ。今回のために、指導の先生もお呼びしたのよ」

 扉を押しながら、まゆみ先生が仰った。

「ふええ、本格的ですねぇ」

 頭の横に結んだリボンを揺らして、目をしばたたかせる夕陽ちゃん。教室に到着してから、ずっと黙り込んでいたものだから、心配したんだ。でも、やっと喋ってくれて安心したよ。

「センセ、コーチさんはドンナ人なんスか?」

「先に待ってくださっているから、すぐ分かるわ。ほら」

 入って左側へ、手を向けてくださいましたが、グランドピアノが置いてあるだけだった。他には、壁に付けられた二段式の黒板と、五、六脚のパイプ椅子と、同じ数の譜面台。人の気配など、微塵も感じられない。

「誰も、いない……です」

 唯音先輩が、ぽつんと言葉を発した。乾いた声のせいで、深刻な状況になったみたいに思えてしまう。

「まゆみにビビって、逃げたとかなっ!」

「アリえマスね、ソレ☆」

「あらー、あの人は逃げたりしないわ。待ってます! って、三日前から楽しみにされていたんだから」

 華火ちゃんと萌子ちゃんがきゃあきゃあ騒いでいるのを、不安そうに、まゆみ先生は見ていた。まさかの失踪。練習前から事件ですか。火曜日でもないのに、サスペンスになるのは、やだなあ。小説なら許せるんだけれど……ね。

「失礼しまあす、先生。安達太良ですわー。どちらにいらっしゃいますのー?」

 突然、まゆみ先生が叫びはじめた。頬に両手を添えて、部屋中を響かせるものの、やっぱり返事がない。心配しすぎて、暴挙に出てしまったか? 私たちは、ただただ唖然とするだけだった。

「日本文学課外研究部隊が参りましたわよー。お姿を現してくださいなあー! 壁からでも、仕掛け舞台からでも、天井からでも構いませんわー、出てきてくださいませんことー!!」

 まゆみ先生の声が、教室に円を描くように飛びまわる。小さくて細い身体から、よくもこれだけの爆音が出せますね。活動をするたびに思いますよ。早く指導の先生には来てもらいたいのですが、壁とか天井からの登場は、無いですよ。忍者でもあるまいし……。


 ユラ、ユラン。


『!』

 ピアノの奥のカーテンが、一瞬だけ、はためいた。気のせいじゃない。だって、全員がカーテンの揺らぎを目にしたのだから。それに、窓は閉めきっていて、風が入ってこない。内側で誰かがやったに違いない。

「……先生? そちらにいらっしゃいますの?」

 皆で、カーテンへとゆっくり足をしのばせると―、

「ケーケッケッケッケッ!!」

『!?』

「ようこそお待ちしてましたザマス! 少々遅かったザマスが、ま、ノープロブレム」

 カーテンから奇妙な笑い声が聞こえ、どこからかスポットライトが当たって影が現れた。そこには、飴のように引き伸ばされた人物が映っている。

「いーから、さっさと出てこいってんだ!」

 華火ちゃんが、影に腕を突きだして怒号をとばした。強気に出たけれど、その実、唯音先輩に、骨折させそうなぐらい強く抱きついていた。

「わっかりました。では……ジャッ、ジャーン!」

 ペパーミントグリーンのカーテンを華麗にめくり、現れたのは……。中世ヨーロッパの音楽家みたいな恰好の……おじさん(?)だった。

「シツこスギないフリル、編ミ目ガ丁寧にサレテいるレース……。コスフィオレ・クオリティ半端ナイっスね!!」

 萌子ちゃんが、おじさんを穴のあくほど眺めてコスプレ、じゃないコスフィオレ・チェックをしていた。同志にめぐり逢えて興奮を抑えきれないらしい。

「アマデウス、やろか」

「いいえ、バッハ……です」

 巻きに巻かれたおじさんの頭髪をながめて、思案する夕陽ちゃんと唯音先輩。真面目に考えすぎるところが二人の共通点だなあ。

「違う、違う、違うザマスよ! アタクシはこう呼ばれているザマス。ホイ!」

 やけに甲高い声色で、おじさんが、背中から巻き物を華麗に取りだした。そして、巻いている部分を床へ、スルスルスルと下ろす。あっという間に垂れ幕になった巻き物には、持ち主に見合わない、大砲で撃たれた跡みたいな字が並んでいた。


〈芸術学部 音楽科 声楽専攻の踊るマイスタージンガー&

裏合唱部アーティスティック・アドヴァイザー 鳥下衣反手〉


「……トリスタンと、イゾルデ?」

 ポカンと口を開けたまま、華火ちゃんがつぶやく。女子高生にしては、クラシックに詳しいようで。

「惜しい、惜しい、惜しい!!ワーグナーとは無縁ではないザマスが、惜しい!」

 中世の音楽家風の人は、かつらと思しき白銀の髪をかきむしって、「惜しい」という感情をオーバーに、ではなく豊かに表現した。彼(?)は、まゆみ先生をコンサートのゲストを紹介するように手を斜め上にかかげて、

「正解よろしく、マエストラ・アダタラ!」

 呼ばれたまゆみ先生は、優雅にお辞儀をして、私たちに言った。

「ふふっ、おまかせを。『とりした いだて』先生よ。しばらくお世話になるから、ちゃんとご挨拶してね」




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