第十六段:もう二度と、古都(四)
四
「博士ガ、ミー達ノてーぶるニ来テイるゼ★ ほわーい?」
「天変地異ですのっ! 博士は入り口すぐのおひとり様席が定位置ですのっ、おかしいですわっ!」
「あんまりいらうもんやないでェ? 実は寂しがりなんやからァ」
「……そう、博士も、お友達、募集中」
「お友達なら、私たちがなってあげるのになあ」
なゆみさんが、感情的になって食卓を叩き立ち上がった。
「お前達、わざと聞こえるようにしているだろう!? 用件があれば、僕に直接、対面の上で言うのだ!」
豊子ちゃんは音楽を聴くふりをし、凍莉ちゃんは大量に氷を入れたお冷やを飲み、清香さんは口笛を吹き、音遠さんは耳をふさぎ、うずめちゃんは文庫本を開いた。
「急いで復旧させてやったというのに、だ。恩知らずめ!」
「私は健在だったよー」
本から顔をちらりとさせて言ったうずめちゃんを、なゆみさんはにらみつけた。
「『日本文学課外研究部隊』とはまた違った関係だよね」
六人には聞こえないように、私は声にした。『歌よみに与ふる書』は帰りの電車で腰を据えて読もう。
私たちは、北校舎の同窓会館「玉蘭殿」内にある食堂にて、頼んだお昼ごはんを待っていた。第二食堂(構内に四軒も! 同じ私立なのに差がありすぎる!)の「ミル・フルール」、家政学部栄養学科の教員と学生が献立を監修しているそうだ。大学案内には「カフェテリアをコンセプトにした、おなかも心もリラックスできる空間♪」とあった。
「ほんまやったら、今日から年末のお休みやってんけど、博士の交渉で開けてもらったんやでェ」
清香さんが、食券の片割れをひらひらさせた。
「……そう、OGの、権力」
「あまりに口が過ぎると、卒研を『不可』にしてやるが?」
音遠さんは妙な踊りをして、なゆみさんに謝った。
「博士はお姉さまの担任ですのっ、頭が上がりませんのっ!」
「栄養学科ニ所属シナくテ、らっきーダッたゼ★」
凍莉ちゃんと豊子ちゃんは、店内の雑誌をめくっていた。凍莉ちゃんは雪国の観光案内、豊子ちゃんは最先端のファッションに興味を示しているようだ。
「博士、増幅機能の使い方、あれで合っていたかな?」
自信がなさそうに、うずめちゃんが訊ねる。
「スーパーヒロインに、頑張れって気持ちを送る感じ。抽象的だよね……」
「僕も疑っていたが、原作への『想い』が発動の鍵となっているようだ。原作が行使する『祓』が、感情に左右されやすいように、お前達もまた、感情の起伏によって増幅が使えるか否か決まってくると分かった。今回のデータは、全員に転送してある。把握しておけ」
なゆみさんはひじをついて、窓際あるいはその横の観葉植物あたりを眺めていた。
「『読』は『増』が加えられ、『技』は『激』、『速』は『煖』に、『知』は『錬』、『愛』は『極』か……。障りには、『スーパーヒロインズ!』と『グレートヒロインズ!』とで二人一組を作り、臨むべきだろうな」
考えごとをしているなゆみさんが、まゆみ先生にみえた。落っことした大学案内を拾い、私はもう一度なゆみさんに目を移す。苦労してきたまゆみ先生って感じかな……いやいやいや、まゆみ先生だって、楽な道は通ってこられていないだろうけれど。確か、先生と十歳離れているんだよね。三十路のまゆみ先生は、どんなのかな。過去の著書に写真、あるかも。必ずといっていいほど、先生は著者近影を色つきで載せているものなあ。
「らんち、デキたソウだゼ!」
「配るでェ! そら豆のビシソワーズとアボカドサンドォ!」
凍莉ちゃんが、全力で走ってトレイをひったくった。
「大声やめてくださいですのっ、清香お姉さまっ! 人権侵害ですのっ!」
「相変わらず冷製を頼んでいるのか。次は、ビシソワーズをミネストローネかポトフに替えて身体を温めろ、凍莉。それと、オムレツぐらい足しても太らない」
高飛車な女子高生は、しばし口をはしたなく開けていた。
「私も手伝うよ。チョコパンケーキのラズベリーミルクセット、サラダパスタ単品」
「ぱんけーきハ、ミーだ★」
「……そう、後のお皿は、私が、注文した」
豊子ちゃんと音遠さんは、うずめちゃんからごはんを受け取った。なゆみさんが首を横に振る。
「豊子、糖分が多過ぎるのだ。僕のクラブハウスサンドを分けてやる。ローズヒップティーのホットをおごるから、食後はそれを飲め。音遠、お前は献立に携わっている身だろう。副菜のみで事足りるなど、誰に教わった? 自分で提案した定食を追加してこい」
二人は、少しの間その場で固まっていた。
「日替わりB定食は、チキンのトマトソテーなんだ。はい、せいかちゃん。ビーフシチューもだったよね」
「おおきに。筑前煮の日替わりAは、あんたとふみかやな。博士の分はあたいが運ぶわァ」
「清香、身体が大きくても蛋白質の摂り過ぎは負担がかかる。シチューは凍莉に食べさせろ。朝と夜の間食は禁止だ。うずめとふみかは、まあまあだろう。今日のA定食は、わりとバランスが取れている。小鉢をほうれん草に替えれば満点だが」
清香さんは、にたにた笑い、うずめちゃんはおなかを抱えて派手に声をあげていた。
「何が滑稽なのだ?」
「い……いや、博士、いきなりおばさんぽくなったなあって」
うずめちゃんの発言に、清香さんは吹き出して彼女の肩や二の腕をはたいた。
「うずめェ、あかん、あかんてェ! せめてお母ちゃんキャラに転向したんか、にせなァ!」
笑いは、凍莉ちゃんたちにもうつった。音遠さんなんて、首の防寒具で頭を隠して、床に何度も寝返りをうっている。私も場の雰囲気に押されてしまった。
「お前達、僕は栄養指導をしてやっただけなのだ! まだ、老けていない! 子を持った覚えもないのだ!」
対抗的になるなゆみさんに、若人はさらに食堂をかしましくさせた。
「小娘は、すぐにつけあがる……! お前達、いやましにしごいてやる! 泣いても知らないのだ!」
司令官に絶えず刻まれていた眉間のしわは、すっかり消えていたのだった。
〈次回予告!〉
「せいちゃん、お正月はどないしてるん?」
「そらァ、日がな一日食べて飲んでいるに決まっているやろォ」
「さすがやなぁ。うちは、毎年妹と親戚とで百人一首で遊ぶんやよぉ」
「めっちゃクラシカルやんかァ。なんや、ぼんさんめくりか源平合戦でもやっているんかァ?」
―次回、第十七段「初春の めでたく椿 おさめけり」
「あはは、どっちもせぇへんよぉ」
「はァ?」
「読み札と絵札を裏返して、歌人と和歌のペアを見つけるんやわぁ。終わるんに早うても半日かかって大変なんやけど」
「それ、えらい面倒くさい神経衰弱やんかァ!」




