第十五段:五十鈴鳴る 聖(きよ)きこの夜(四)
四
他所の家だと、なぜか早く起きてしまう。親に教えられたのか、自分を律しているのか、分からない。夕陽は、周りの迷惑にならないよう静かに布団をたたみ、身じたくを済ませた。
「あらま、先輩。おはようございます」
「おはよう……です」
名残となっていた眠気が、瞬時に吹き飛んだ。ロングワンピースが、唯音の細長さをより際立たせていたから。私物のランタンが、彼女の病的に白い顔を照らしていたのも、恐ろしく美しかった。
「パンツルックやない先輩も、素敵ですね」
「どうも……です」
学内では、バーテンダーに似た格好なので、繊細な青年と間違えられるのだ。今日の唯音は、夕陽の表現によると「氷晶の城に篭もる女帝」だった。
「お勉強されてはったんですか」
教本を前に出す唯音。題名は『ザックリ覚える日本古典文学史』であった。
「足は、引っ張らせない……」
「根を詰めてはあきませんよ。勤勉なところと、熱い心には尊敬しますけども」
夕陽は、唯音の隣に腰をおろした。
「うちの、知の祓は、コントロールが最も難しいそうなんです。ちらっとでもあかん想像をしたら、仲間に害を及ぼすんやといいます」
頭の右側に結びつけた飾りに、ふれる。ひとつは、夕陽の宝物「結び玉の緒」と名付けた黄色いリボン。そこに重ねているもうひとつは、愛しい師匠に授けられた「玉の小櫛」という黄金の鈴。戦闘時に、リボンは意のままに伸び縮み、鈴は復元、鎖は破砕の効果をもたらす。
「諸刃の剣ですよね。そないな危ないものを世のために使いこなせるんか。怖くなってまうんです。安達太良先生は『引く』力があるてことを思い出されて、おつらくなかったんでしょうか……」
唯音は、しばらく天井に視線をたゆたわせてから、夕陽に向けた。
「まゆみさんの、気持ちは、分からない……です」
「ですよねぇ…………」
「しかし、まゆみさんは、力に、負けていない………………です」
あらゆる物事を「引く」、特別な力を宿していても、新しいアヅサユミの候補であっても、安達太良まゆみは、安達太良まゆみでいる。人と人ならざるものの間におかれた存在であろうと、まゆみは空満大学の准教授であり、日本文学国語学科の二回生担任であり、「スーパーヒロインズ!」の司令官である。
「暴走を、させていた、しかし、もう、自力で、抑えている……」
「先生が頑張っていはるのに、うちがくよくよしていたら、あきませんよね」
「夕陽さんは、強い……です」
うっかりあくびが出た唯音に、夕陽はおかしくて声をもらしてしまった。
「先輩の期待にも、応えななりませんね。うち、もっと努力します」
やおら立ち上がり、夕陽はカーテンをちょっとめくった。
「年はくれ 夜はあけがたの 月かげの 袖にうつれるほどぞ はかなき」
「…………?」
「『更級日記』です。作者の菅原孝標女が、十二月二十五日の夜に参って、明け方に詠んでいますので、二十六日のことなのですが。うっすら残った月に、つい」
唯音が自作の液晶端末を取り、本文を検索した。
「おう、姉ちゃん、ゆうひ。早いなっ」
半纏に腕を通したばかりの華火が、元気に挨拶してくれた。
「起こしてしもうた?」
「ううん、私たち、目は覚めていたんだよね」
朝型のふみかは、俊敏に布団を押し入れにあげていた。
「一人、寝ぼけてるやつがいるけどなっ」
華火は、黒髪を垂らしたうさぎを指さした。
「むにゃ……ソレは、ガーネットじゃナクて、いくらデスよまゆみセンセ……ZZZ……」
「しっかりしろい」
這いずりまわる萌子の臀部を、華火がはたいた。
「ひにゃ!? いくらジュエリー展ハ!?」
「ここは、あたしの家だっ!」
「ハ……ハイ、おハヨうゴザいマス」
しおらしくなった萌子が、四人には面白かった。
「卯月になったら、手巻き寿司パーティすっか。いくらもつけてよ」
華火が萌子の肩に手を添えて、言った。
「二〇三教室で開くのは、どうかな」
「新入生歓迎にもえぇやろうね!」
ふみかと夕陽が、うなずきあった。
「大きな戦い、必ず勝つ……です」
唯音の投じた言葉に、皆は「もちろん」と決意に満ちた表情をした。が、間の抜けた音がして、姿勢が崩れた。長い髪の美少女が、はにかんで挙手する。
「ソーリー、萌子、お腹スキまシタ」
五人で声をたてて、笑った。うまく締まらないところが、日本文学課外研究部隊の味なのだ。
気負わないでいよう。「大いなる障り」には、負けない。生きて、顧問と、卯月の空を望まん。女中に呼ばれ、ヒロインズは朝食をとりに部屋をあとにした。
〈次回予告!〉
「ふみかー、ヒロインズの皆でお泊りしたんだって?」
「うん。華火ちゃんのお家、とても広くてびっくりしたよ。たくさん料理が出てきたし、お風呂だって旅館みたいに豪華で」
「いいなあー。私もしたいよお」
「お泊まり会かァ、女子らしいイベントやんかァ」
「料理でも、凍莉が最強ですのっ!」
「……そう、特製の調味料を、持参する」
「ばすたいむヲえんじょいスルにハ、入浴剤だゼ★ ふるーてぃだーくべりーノ、ばすぼーるヲ投入★」
―次回、第十六段「もう二度と、古都」
「ねえ、来年は私たちも行っていい? 女子十人だから、盛り上がるよ」
「まあ、いいんじゃないかな」
「良し、決まりだね!」




