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第十五段:五十鈴鳴る 聖(きよ)きこの夜(二)

     二

 コート類は、おめんという女中が預かった。世話焼きおばさんな風貌で、ふっくらした手からは脂がにじみでていそうだった。おむすびを作らせたら、きっとやみつきな味になるにちがいないだろう。

「いらっしゃんせ! みんな、ゆっくりしてってー!」

 おめんさんより強烈なおばさまが、温かいお茶を持って応接間へ猛進した。

「奥様、お茶でしたら、このおめんがお出ししますよ」

 まさに肝っ玉母さんな華火の母は、自身のおなかをぽよんと叩いて大笑いした。

「こんぐらいしないと、スマートにならないって! 華火、お友達に腰かけてもらいな」

「おうよ」

 唯音が先に下座にいき(彼女の特等席だそうだ)、ふみかと萌子はその横に並んだ。畳に椅子に違和感があったものの、すぐに気にならなくなった。夕陽は、華火の母とおめんさんに、お得意のデパート菓子をそれぞれ手渡ししていた。

「豆大福あるけど、あたしの部屋で食べるかっ?」

 がら空きの上座に浅く座って、華火は親指で襖を示した。

「華火さんの、部屋、くつろげる……です」

「拝見しタイっスねー。GO(ゴー)GO(ゴー)!」

「はう、もうちょっと待ってぇ。お茶まだいただいてないんやよ」

 華火の左隣で、夕陽は湯のみに息を吹いた。

「じいちゃん、御輿(みこし)ってんだけど、昼まで散歩してる。知り合いとビリヤードでもやってんだろな。んで、父ちゃん、(しゃ)(てき)な、離れで墨すってる。どっかの拍子で会うだろ。さっきのは、母ちゃん。綿菓(わたか)な」

 悠々と生活している家族だ。この親達あって、この子あり。箱入り娘でも、華火は自由にやっていけているわけが分かった。

「あの、華火ちゃん」

「あんだ?」

 五人にしか聞こえないように、ふみかは小さめに声を出した。

「使用人っていうのかな、おようさんとおめんさんの他にも、いたりするの?」

 萌子と夕陽もうなずく。共通の疑問だったみたいだ。

「いるぞ。おめんの婿は庭師、娘二人と息子は見習いでいろいろやってもらってる。パートの主婦らを含めたら、十四人だな」

「雇イマくッてマスな。さスガ地主」

 震えるしぐさをしてみせる萌子。

「おめん一家と、おようは、住み込み……」

「これだけ広いと、ハウスキーピングが大変ですからねぇ」

 お茶をひとくちも飲まずに、しれっと二つ目の大福を食べていた唯音に、夕陽は心配がっていた。

「姉ちゃん、残りはあたしんとこでなっ」

 菓子盆を取りあげて、華火は部屋へと案内した。



「宴会場レベルじゃナイっスか」

 三十畳の部屋に踏み入れるやいなや、萌子は大げさにのけぞった。

「置くもんが少なくてよ、ぼとんどの畳はほったらかしてんな」

 奥の方に、こたつが設置してあった。五人一斉に入ってもまだ余裕があるだろう大きさだった。さらに、急須と茶托つきの湯のみがひとかたまりにしてあり、皮の色の濃さからして甘そうなみかんが竹かごに盛ってあった。その隅には、ふみか達の荷物が等間隔に並べてあった。萌子のスーツケースは、車輪に水拭きの跡があった。雑巾できれいにしてくれたのだ。使用人の仕事ぶりには、感心するばかりであった。

「縁側で挨拶していた人、いたよね。手ぬぐいで頭を覆った、作務衣(さむえ)のおじさん。庭師さんかな」

「ふみちゃん、庭師さんやないよ、華ちゃんのお父様やで」

 周りをはばかるように、夕陽はささやいた。

「え、ええ」

「ほんまやよ。見てみぃ」

 スカートのポケットからぴっしり折りたたまれた紙を、夕陽は広げた。(そら)(みつ)市の議会だよりを切り抜いたものだ。議員紹介の上段に、清潔感があって信頼できそうな顔で映った、スーツの男性がいた。「魅力ある都市計画委員会 委員長 夏祭謝笛(無所属)」とある。

「面影あるやろぉ?」

「うーん……いわれてみれば、なあ」

 ただの田舎のおじさんだったんですけど。自分の父とたいして変わらないと思うふみかだった。

「足伸ばしてけっ。昼ご飯、こっちに持ってきてもらうからよ」

「うん」「はいな」「ハーイ☆」「……」

 五人の女子は、こたつにもぐりこんだ。

「まゆみ先生、呼んだ方が良かった?」

「ソレは、いラヌお節介デスよふみセンパイ」

「どうしてよ」

 萌子は、みかんを抱き寄せて身をよじらせた。

「クリスマスは愛シ合ウ二人ノ、ビッグイベント☆ センセにハ夫サンとラブラブに過ゴシてイタだかネバなリまセン!」

 日本文学課外研究部隊の顧問・安達(あだ)太良(たら)まゆみには、真弓春彦(まゆみはるひこ)という夫がいる。安達太良は旧姓(業務上名乗っている)なので、正式には「真弓まゆみ」なのだ。

「夫婦、水いらず……です」

「先輩、それをいうならぁ」

 訂正役の夕陽に、唯音はビジネスバッグから教本『おさるさんと学ぼう! 日本語の慣用句100』を素早く出してみせた。

「……すみません、合っていましたぁ」

「姉ちゃん、アヅサユミと戦ってからよ、国語の勉強はじめたんだよな」

「弱いままは、いやだった……です」

 ふみか・唯音・華火・夕陽・萌子は、神アヅサユミに選ばれた娘であった。まゆみの先祖でもあるアヅサユミが、自身の力「(はらえ)」を五つに分けて、娘達の心に植えたのだ。人がしてはならぬ行いをして咎を受けたまゆみを救うため、来年の弥生と卯月の(はざま)に来たる「大いなる(さは)り」を祓うために。

「文系科目に千辛万苦だったよなっ。小学校のテスト持ってきてくれたけど、一敗(いっぱい)塗地(とち)だったんだ」

「……です」

 「祓」の強さは、主に文学への造詣・身体能力・想像力で決まる。文学への造詣が浅い唯音は、文学とことばの学習を冬休みの自主課題にした。

「ニガテだったから、姉ちゃんは(そら)(だい)にいるんだよな」

「空満大学に、拾われた……です」

「空大ガ第一志望デハなカッたんデスか?」

 唯音は、ぜんまいで巻かれたように頭を縦に揺らした。

「アトム学園の、内部進学、不合格……」

「アトム学園て、中学・高校・大学まである私立校でしたよね。理数科やったんですかぁ」

「……です」

 夕陽はびっくりして、黒縁のメガネを上げた。

「理数科は、中高ともに生徒の研究実績を重視する、で有名やないですかぁ! 学年の壁は存在せぇへん、対等な関係が特色の」

「高校まではな。大学に進むってなると、基準がキビしくなるんだってよ。五教科あんだけど、ひとつでも八十点に届かなかったらアウトっ」

 華火が首を切る身振り手振りをする。

「私立って、お金でなんとかできるんじゃなかったの?」

 そう呑気に言って、ふみかはみかんを一房、口に放った。

「地獄ノ沙汰モ、ですガ、今ハせち辛イ世ノ中デスからネー」

「じいちゃんが毎年寄付してっけど、鬼家(きか)活計(かっけい)っ。やめさせようとも馬耳東風っ、アホかっ! って思うな」

 幼稚園から学校法人空満大学にお世話になっている萌子と華火は、生々しい事情を知っている。

「うちは、公立高校やったけど、コンサートホール使用代があったわぁ。音楽科なら納得するで? 普通科のうちは、学年集会と合唱コンクール、音楽祭で入らせてもらうくらいや。ピアノの調律代に取られていたんちがうやろか」

「ゆうセンパイ、モシかシテ、白亜(はくあ)高校っスか?」

「そうやよ」

「白亜トいエバ、カワイイ制服ランキング上位デスよ! 冬ハ、ワインレッド襟ノ黒セーラー、夏ハ、アクアブルー襟ノ白セーラー☆ ネットで拝まセテいたダキまシタ」

「標準服ゆうんやよぉ。普段は私服可なんやわ。ブレザーとリボンやった? なんちゃって制服が多かったなぁ。うちは標準服で通していたんやけどね」

 ふわっとさせているので、体型を隠せているだろうと安心していたが、男子の視線は集まるばかりだったという。自慢ではなく、切実な悩みなのがよく伝わっていた。

「ブレザーやったら、ふみちゃんの高校やよね」

「ごく普通の公立高校ですよ。茶色なのか灰色なのか半端な色の上着だし」

 四人の出身高校に比べれば、何の変哲もない学び舎だった。

「まゆみが言ってた。内嶺(ないれい)第二だよなっ」

「先生ってば華火ちゃんに、んもう」

「第一は頭だけで、第三はパッパラパーなんだろ。第二はバランスとれてるいい高校だってな」

 まゆみは、もっと優しい言い方をするだろう。第一は学業への意識が高いのよねー、や、第三は遊びやバイトに打ち込んでいるんじゃないかしら、と。

「皆様、お昼の食事をお持ちしました」

 襖が開けられる。正座したおようが、両手をついて一礼した。二十代だそうだが、働きだすとしっかりしてくるものなのだろうか。顔つきといい、言葉遣いや立ち居振る舞いといい、年が近いふみか達の遥か先をいっている。

「鍋は、あたしがやるよ」

 走ってくる華火を、おようは「いけません」と制した。

「華火お嬢様に、そのようなことは」

「いーんだよっ、あたしが作ったんだから。な?」

 おようは、少しためらったものの、鍋を持ち上げた。

「やけどにお気をつけくださいね、お嬢様」

「おう。あとのおかずとかは、よろしくな」

 金色っぽい大きな両手鍋を、華火は慎重にこたつへと運んだ。おようが鍋敷きを中央に置き、援護する。

「ゴージャスなランチっスね。鍋デスか? おでんデスか?」

 ずどーん! とオノマトペ付きで華火が蓋を取った。上等そうな牛肉と大人のげんこつほどの馬鈴薯が、甘辛いおだしに浸されていた。

「はなび様謹製、肉じゃがだっ!」

 目を凝らせば、にんじん、玉ねぎ、糸こんにゃくがかくれんぼしているのが分かった。しかし、

「すさまじく量が多くない?」

 裕福な家庭の食卓は、これが普通なのか。ふみかは既に胃がふくれる感じがした。

「ヒロインズ集合すっからよ、あたしの手料理、食べてもらいたくなったんだっ! ……ちょいと作りスギたか?」

「華ちゃんの思いが、たっぷり入っている証やよ。うち、最近肉じゃが食べてへんかったから、ラッキーやわぁ」

 夕陽が指を組んで、うきうきしていた。場を和ませようと意図したのではなく、本心である。夕陽の人柄には、ふみかは敬意を表していた。

「おようらの分、ほんの少しだけど雪平鍋に移してあっから、温めて食べてくれ」

「ありがたく頂戴いたします」

 おめんとその娘が丹精こめたという、ほうれん草のごま和え、ひじきの煮物、豆腐とわかめの味噌汁が配膳され、炊きたてのご飯がよそわれた。

「どうぞ、お召し上がりください。何かございましたら、いつでもお申し付けくださいませ」

 襖が閉まり、五人は嬉しそうに手を合わせた。

『いただきます』


「はなっちトコ、毎日贅沢ランチなんデスか?」

「ごはんと漬物と味噌汁って日もあるぞ。冷蔵庫の中身しだいだろな」

 しばしばぶつかる華火と萌子が、息ぴったりに小鉢のごま和えをつまむ。

「華ちゃん、お祖父様、お父様、お母様、お手伝いさんやろ、いっぱい作らなあかんねんなぁ」

「大家族……ですね」

 味噌汁の豆腐を箸に乗せて観察している唯音へ、夕陽はお茶を()ぎなおした。

「家族構成っ、てめえらのあんまし聞いたことねえな。この際だから、教えてくれよ。姉ちゃんとこは分かってるけど、言ってやれ」

 豆腐を無音で吸いこみ、唯音は唇を数ミリ動かした。

「四人、父、母、兄、(わたくし)……です」

「お兄様がいらっしゃったのですかぁ。おいくつ離れていますか」

「十二歳……」

「ひとまわり、か。じゃあ干支が同じなんですね」

 唯音は、ふみかにまばたきを二、三回した。

「同じに、なる……ですね」

「今度、結婚するんだとよ。伝志(でんし)兄ちゃん、杓子定規で扱いにくいカンジなのによ、ちゃっかり嫁もらってんだな」

「萌子のブラザーズに、爪ノ垢煎ジテ飲マせタイっス」

 なんと。ひとりっ子のようにみえた萌子に、兄弟がいたのか。

「萌子ハ、教会長デ婿養子ノお父サン、和菓子屋をシキっテルお母サン、(そら)満神道(みつしんとう)伝教師ノ、シスコン兄ツインズ、萌子の五人デス。ときドキ、修養ニ居候ノ信者サンが増えタリ減っタリっスね」

「シスコンって。あきこ、兄に溺愛されてんのか」

「本名で呼ぶなし。ブラザーズは、レベル二十五ニモなッテ、二次元ノ妹萌エなんスよ。十二人シスターとカ、十九人シスターに鼻血っスよ!? 筋金入りノ変態デス」

「……なんか、フクザツだな。三次元妹いるってのによ」

「ほんとソレっスよー」

 泣きまねをする萌子に、華火は背中をなでてやっていた。

「うちには妹おるよ。せやね、うちは四人家族で、両親と二歳下の妹がおります。妹は現役で大学に受かっているから、学年の上では年子になってるんやわ」

「夕陽ちゃんの妹さん、法学部なんだって。お父さんは、大学で法律を教えているんだよね」

「エリート家族……ですか」

「全然、全然ですよぉ! あははは、やってうち、法学部志望でしたけど、二回落ちましたからね!」

 後ろにまわって、ふみかのほっぺをつついたり、こねたりする夕陽であった。

「ふみかさんの、家族は……?」

「いへへへ……ふう、地味に痛かったんですけど。あ、えっと、私も四人です。父、母、弟」

「お父様は児童文学の編集者、お母様はうちの母と同じ専業主婦、弟さんは、内嶺(ないれい)大学の漢文学科一回生なんですよぉ」

 さりげなく仕返しをする夕陽。おまけにふみかの器へ、肉じゃがのおかわりをこんもりと入れていた。

「まゆみの婿、内嶺大で漢文の先生じゃなかったか?」

「この間、弟に聞いたんだ。担任なんだって。縁って不思議だよね。夕陽ちゃんのお父さんも、そこに勤めているし」

 人と人は、知らないうちにつながっているものだ。

「萌子モ、おかわりデース☆ っテ、にゃにゃにゃ!?」

 奇声を発するのも当たり前だ。唯音が、鍋をつかんで直に口へ流しこもうとしていたのだから。

「姉ちゃん、待て」

「…………?」

爛腸之食(らんちょうのしょく)っ。晩にクリスマススペシャルご飯が控えてんだぞ」

「残って、いたから……」

「鍋おろせ。ゆずりあいの精神だっ」

 静かに鍋を戻す唯音に、ものがなしさが漂っていた。姉貴分は、どっちなのだか。

「じゃがいも、ね……。夏休みのマッシュポテトが忘れられないなあ」

「にゅ?」

 牛肉にかぶりつきつつ、萌子はふみかの話に興味を示した。

「母親が暴挙に出たの」

 豚のしょうが焼きと予告されていた夕食が、三種類のマッシュポテトに変わっていたのだ。にんじんを混ぜたにんじんマッシュ、えんどう豆を混ぜたえんどうマッシュ、じゃがいもをつぶしにつぶしたマッシュマッシュ(いずれも母命名)が、大和家の食卓を陣取っていた。米飯とのり佃煮の瓶がつけあわせのように添えられて、父と弟が「あとで牛丼屋へ」と約束をしていたのをふみかは聞き逃さなかった。

「再放送のドラマを真似したんだって。じゃがいもの特売も重なってね」

 倒叙形式の推理物で、全寮制の女学院が事件の現場だった回だそうな。規則で縛られた学園で、それが食べ物にまで及んでいる設定だったという。味の薄さに、シスターが隠れてのり佃煮をなめているのが、母にはおかしかったようだ。主食に塩を振りかけ、ふみかは、ドラマに影響されるおばさんだけにはなりたくない、と決意したのだった。

「ひどくない? しょうが焼きの香りまで想像できていたのに」

「ファンキーなお母サンじゃナイっスか。労ッテくだサイ」

「労ってほしいのは、私の方だよ……」

 早めに離脱した父と弟を恨み、にんじんマッシュを完食した。他のマッシュは、半分まで減らした。「女の子だって、食べ盛りよね。あんたに我慢させてしまっていたんだわ」母に誤解されて、翌日のお弁当に残りをうんと詰められたのだ。

「アルバイト先に見られないように必死だったんだから」

 町の小さな書店で、お小遣いを稼いでいる。店を営む老夫婦とふみかの母は、情報交換する仲だ。話が大きくなるのは、まずかった。

「うちの母かて、健康にえぇて雑誌で知ったからーて、セロリ責めしていたで。妹が辛抱たまらへんなって、セロリのストックを全部捨ててきてえらい大げんかになったんやよ」

「母ちゃんは、ダイエットに効果覿面だからっつって、トマト丸かじりしてた。腐らせたくねえから、あたしらにも強要してたな。姉ちゃんとこは、天然食品ばっかし食べさせられてた時期があったんたよな?」

「駄菓子、欲しかった……です」

「強イテ言うナラ、萌子、あんこニガテの原因、お母サンにアルんスよネ……。新作ノ試食デあんこヲ飽キルほど味ワいまシたカラ」

 五人でため息をつき、小さく笑った。どの家の母親も、憎めないのだ。



 余った肉じゃがは、カレーに生まれ変わらせて明日の昼食にいただくことになった。「至極簡単っ、市販のルーを落とすだけだ」と華火は胸を張っていた。料理が得意な人は、簡単の中に工夫しているものだ。期待していよう。

「はなっちガ牛肉派、いおりんセンパイが案外、馬鈴薯派ダト思ウんデスよ」

「国木田独歩やね。うちは馬鈴薯やなぁ」

「ふみセンパイは、ニュートラルかもデス」

「馬鈴薯かもしれへんよぉ。現実と折り合いをつけて諦めがちやけど、理想高めやからね」

 くず湯を練って、萌子と夕陽が文学的な話題に花を咲かせていた。

「ん? おい、んなとこで寝てたら風邪ひくぞ」

 しゃあねえな、と華火は軽々とこたつを抜けて、中で丸くなっているふみかと唯音をこたつからずらした。

「いけねえ、まゆみに借りてるやつがバラバラだっ」

 二人を引きずった際、畳に和歌の札をあっちこっちに散乱させてしまった。二人が遊んでいた「萬葉集かるた」だ。霜月にまゆみが貸してくれて、なかなか箱を開ける機会がなかった。

「ゆうひ、押し入れに毛布あるんだけど、取ってくれねえか」

「はぁい」

 読み札と取り札が二十五組、全部で五十枚。数を口に出しながら札を拾っていると、手が重なった。

「あきこ」

「本名呼ばレルのハ癪デスが、手伝いマス」

「んじゃ、読み札をまかせる」

「ほいほーい」

 白いドレスで訪ねたあいつは、いつ着替えたのかジャンパースカートとハイネックの大人びた格好になっていた。髪型まで変えて。ハーフアップ、だっただろうか。

「……衣装持ちだよな」

「仕送リっスよ。実家ノ近所、ファッションセンターなノデ」

「参考にしてる雑誌とかあんの? コーデとかメイクとか」

 猫みたいな瞳が、華火を見つめていた。巻ける長さのまつげが、うらやましい。あいつは変なやつだけど、美少女だ。

「テキトーなんスよネー。ナンとナク色ト雰囲気ヲ合ワセてマス。下宿先のセンパイにファッション誌ノお下ガリたまニもラいマスけド、萌子のカンジじゃナイっス」

「マジかよ、自己流なのかっ」

「はなっちハ、明ルメのトップスが似合いマスよ。血色良サゲなノデ、ほんのり系のリップだけデモいけマスな。メイクの始メ時ハ、早スギてもNGデス」

両の親指と人差し指で成した枠に、華火を入れて、萌子はシャッターを切った。

「ほー」

「スキンケアをサボらナケれバ、バッチリっスよ。へっクシュ!」

「暖房弱かったか? 待ってろ」

 華火は壁に掛けているリモコンを外そうとしたが、窓の景色に引きつけられた。

「どおりで、しーんとしてたんだ」

 粉雪が、外を清めるように降りしきっていた。

「サンタさん、ヒト足先のプレゼントっスな☆」

 華火にも読めるように、萌子が一枚の札を傾けた。



  淡雪の ほどろほどろに 降りしけば 平城(なら)(みやこ)し 思ほゆるかも

                          ((まきの)第八・第一六三九番歌(ばんか)



「こりゃ、一生残るクリスマスイブになりそだなっ」







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