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第十五段:五十鈴鳴る 聖(きよ)きこの夜(一)


     一

 (そら)(みつ)駅前に建つ小時計台の針は、午前九時三十五分と四十分の間を指していた。

夕陽(ゆうひ)ちゃん、いつも早いよね」

 時計台の下にて、赤いダウンジャケットの娘が、傍らの娘に言った。

「母に教えられてきたんやよ。あんたは(どん)やから、さっさと動きぃ、てね」

 夕陽と呼ばれた黒縁メガネの娘は、クリーム色の地に焦げ茶色のベルトが掛かったトランクを持ち直した。

「それもあるけど、ワクワクしていたのが一番の理由やなぁ。お泊まり会やもん」

「よ、よく許してもらえたね。外泊禁止じゃなかったっけ?」

「うちだけ行かれへんゆうんは、皆がっかりするやんかぁ。両親によう話したら、かまへん、て送ってもらえたんや。こまめに電話せなあかんけどね」

 赤ダウンの娘が、円筒型の旅行鞄を地べたに置いた。整理下手の父がため込んでいた物のひとつなので、多少汚れても、気にならない。

「ふみちゃんは、即ええよぉ、やったんやね。信頼してはるんやなぁ」

 ふみちゃんという愛称をつけられた、赤ダウンの娘―ふみかは、手をひらひらさせた。

「ううん、夫婦で過ごしたいから家を出てほしかっただけ。弟に聖夜限定の全日アルバイトを強制させたぐらいだし」

「そうなんやぁ。うちの妹は今年、ギャルサンタツーリングで遅うなるんやったわ。サンタさんやトナカイさんのコスプレで街中(まちなか)を走るんやって」

「妹さん、バイク乗れるんだ」

「親へのささやかな反抗みたいやよ。通っている大学でバイク仲間ができたらしくて」

「へえ」

 夕陽の妹は、古都・陣堂(じんどう)の由緒正しき女子大学の法学部なのだそうだ。今時のお嬢様は、めいっぱい外遊びに興じるんだなあと、ふみかはこっそり思っていた。

萌子(もえこ)ちゃん、まだかなあ……」

「下宿先で用事を済ましていくゆうてたよ。絶対間に合わせるからー、て必死やったけどぉ」

「ふみセンパーイ、ゆうセンパーイ!!」

 噂(?)をすれば、後輩がこちらへ走ってきた。長からむうばたまの黒髪を振り乱しながら、ピンクゴールドの大きいスーツケースを二台転がしていた。

「ソーリー、クリスマスメニューの下拵えガ、予想外ニモ手間取ッテしマイまシタ☆」

 片言な日本語風の口調と、奇抜な格好を除けば、相当な美少女である。二次元文化が大好きな萌子は、本日、姫の冠をいただき、ポンチョの下に、妖精の羽がついた純白のドレスを着ていた。白雪姫を題材とした切ないアクションアニメのヒロインが、最後に覚醒した際の戦闘形態らしい。

「ふえ、用事て、キッチンに立っていたん?」

 髪をくしで整えて、萌子はこくりとうなずいた。

「萌子、『クリパat(あけ)星館(ほしかん)』のクッキング班リーダーだッタんスよ。泊りデ空ク穴ヲ埋メテきたワケなんデス。イラストアリのレシピ残シテきたノデ、完璧デス」

「お、お疲れ様」

「にゅーん、ふみセンパイ、ハグさセテくだサーイ」

「え」

 本当に抱きつかれて、ふみかは辟易した。同性といえど、公衆の面前で甘えられると、恥ずかしい。

「車、来たみたいやわ」

 朱色の乗用車が、三人の近くに停まった。運転席から、妙齢の女性が降りる。

「大和ふみか様、本居夕陽様、与謝野・コスフィオレ・萌子様、遠路はるばるようこそお越しくださいました」

 深くお辞儀をされて、ふみかはさらに困り、夕陽は慣れているのか微笑んで会釈し、萌子は女性の割烹着に瞳を輝かせていた。

「夏祭家に仕えております、おようと申します。これより皆様をお送りします。お荷物をお預かりしますね」

 夕陽に二の腕をつつかれ、ふみかは鞄を女中に渡した。女中は、見かけに似合わず力持ちであった。三人分の荷物をまとめて、車後部の荷台へすいすい収納していった。

「本居様は助手席へどうぞ。窓を開けておきました。大和様と与謝野様はこちらへおかけください」

「華ちゃん、うちが乗り物酔いしてまうこと、覚えてたんやなぁ」

「ま、まさか本当に家政婦さんがいたなんて」

「出発してよろしいでしょうか」

 ふみか達がシートベルトを着用したのを確かめ、おようは涼やかな声で訊ねた。

「オッケーっスよー☆」

 彼女達が向かうは、サークルの一員・夏祭(なつまつり)(はな)()宅だ。師走二十四日と二十五日の一泊二日、いわゆる聖夜になぜ、女子がお泊まりすることになったのか。いきさつは、以下のとおりである。



 師走十八日、日本文学国語学科公認の文学サークル「日本文学課外研究部隊」年内最後の活動だった。顧問は(ゆえ)あって欠席だったが、隊員五人で『西鶴諸国ばなし』の「大晦日(おほつごもり)合はぬ算用」を読み、考えを発表しあった。

「十一両目を出したやつはよ、結局誰だったんだろな?」

 レジュメを逆さにしては元に戻すを繰り返し、華火は誰にともなく訊いた。

「少なくとも、七人のお客さんのうちにおるはずやよ。やけど、名乗り出るんにはしづらかったんやないかなぁ。恩着せがましくなりそうやもんね」

 律儀な夕陽は、女子高生を相手にもしっかり応じた。席を離れ、夕陽にかまってもらおうとした萌子は、メイド服のエプロンを振り振りして、

「第八ノ客説もアリえまセンか? 陰デ様子ヲ伺ってイテ、場ノ空気ヲ平和にすベク小判ヲ投ゲタ!」

 丸行燈の影から小判を投げた者が、客の七人のひとりとは限らない、というのが萌子の意見らしい。

「帰りは七人だっただろーが」

「八人目ハ忍ビの者だッタんスよ。全員ノ隙ヲ突イテ小判を回収☆」

「滅茶苦茶じゃねえか」

「イメージ豊富とホメてくだサイ」

 華火と萌子は、数秒にらめっこしていた。

「お礼を、伝えられたら、済む……です」

「後でひとりひとり聞き回っていく、とか。内助(ないすけ)と本人だけの秘密にすれば、気まずくないよ。話の肝腎な部分を折っているようなものだけれど」

 華火のいとこである唯音は、本人に直接礼をしにゆけば早いという。ふみかも同感だが、想像といっても物語の軸をいじるのには文学部として抵抗があるようだった。

「小判を出してくれたやつを探さないでおくのが、義理ってか……? ますます難しくなってくる話だっ」

 年末に謎を持ち込んでくんなよな、西鶴よーと机に伏す華火。だが、早くも起きて、大声をあげた。

「おいてめえら、二十四と二十五日、空いてるかっ!?」

 ふみか達の目が点になった。

「クリスマスだよっ、聖夜っ! イブと本チャン、ヒマかどーかきいてんだっ!」

 華火の言葉がのみこめたようで、四人は「ああ」だか「ほぉ」だかやっと何か声を発した。

「ま、まあ、特に何の予定も入っていないよ」

「暇……です」

「一旦、両親に相談するわぁ」

「下宿先でクリパやりマスが、デート抜ケでメンバー少ナクなりソウっス。萌子、メニュー作っタラ部屋デ平積ミしテたコミック満喫シヨうカト」

 こいつは、いける。華火は確信した。

「んじゃ、あたしの家で泊まってけっ! スーパーヒロインズ! でクリパ決行だっ!!」



 車は竹垣の間を、器用に走っていた。迷路のような庭は、夏祭家の敷地内なのだと女中は説明してくれた。

「慰労会モ兼ネテるんデスよネ、萌子タチ、最近多忙だッタじゃナイっスか」

「確かにね」

 霜月の末から、慌ただしかった。顧問が次期アヅサユミに選ばれるわ、ふみかと夕陽の担任が急遽変わるわ、「グレートヒロインズ!」なる五人組と戦い、顧問の妹に導かれて修業することになり、現アヅサユミと戦いの果て、世界を救ってくれと頼まれてのてんやわんやだった。

「おようさん、先ほど、えらい高いクリスマスツリーがありましたけどぉ、もみの木ですか?」

「もみの木は都合がつかず、代わりに松の木を植えたのです。先代当主が、華火お嬢様の無病息災を祈願しまして」

「松やったんですかぁ。立派ですね」

「畏れいります。次の道を抜けましたら、母屋(おもや)に着きます。長らくお待たせしました」

 道は混んでおらず、信号に引っかかることもなかった。また、女中が程よく会話に入ってくれて、退屈しなかった。

 母屋は、ふみか達が想像した以上に大きくて広かった。いったいどんな手段を用いて財を築き上げてきたのか、下世話な好奇心がわいてくる。

「おう、来たかっ!」

 純和風の屋敷から、木賊(とくさ)色の半纏をはおったポニーテールの少女が迎えてくれた。主催者の華火だ。

「どうも……です」

 華火の後ろにそっと、唯音が立っていた。病的に色白な長身女性は、夏祭邸でけっこう浮いていた。農村に一流企業の会社員が紛れているみたいだな、とふみかは思った。

「姉ちゃんが運転したがってたんだけどよ、あたしだけ待つのはつまんないし、おように任せたんだ。ほら、あがってけっ!」

聖夜の集まりが始まることを告げているように、いづこでししおどしの音がした。







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