第二段:顧問著聞集(三)
三
「よう覚えてるわぁ、水無月にふみちゃんが発表してた『安達太良まゆみ先生伝説』やろ」
研究棟二〇三教室にて、夕陽ちゃんがこたつの上でレーズン入りのスコーンを紙皿に分けて言った。ああ、夕陽ちゃんいわく、正しくはスコーンカレンズ、だったっけ。干しぶどうにも種類の別があるみたいだね。
「時進先生から大健闘賞もろてたやんか。うち、全然かすりもせぇへんかったから、うらやましかったんやでぇ」
「いやいやいや、大健闘賞って裏を返せば、頑張りだけは認めよう、だから。末等みたいなものだよ」
本当に苦しまぎれに書いてたんだもの。中身はとても傑作とはいえなかったし。
こたつ毛布に両手を突っこんでぬくもりに癒やされていた萌子ちゃんが、首をかしげる。
「デモ、提出前に読んデもらっテいたんスよね? 空満図書館の司書サンに」
「あ、あれは」
他の課題の参考文献を探そうと足を運んだら、すっかり顔を覚えられた司書に「日文の二回でしたよね。国語表現は今もあるんですか。最近はどんなことをしているんですか」と珍しく話しかけられたんだ。素直に完成したばかりの原稿を見せたら、ダメ出しや改善点のご指摘は一切せず「面白いテーマですね」とだけ返ってきた。
「言うコトnothingじゃナイっスか」
「それがね、後で分かったんだけれど、あの司書さん時進先生の五男だったの」
萌子ちゃんと夕陽ちゃんが同時に目を見開いた。
「息子サン、空大で働いテタんスか!?」
「聞いたことある、時進先生には五人のご子息がいらっしゃるて。長男さんは国語学者、二男さんと四男さんは空満神道の本部でおつとめ、三男さんは」
のところで、亥の子餅を味わっていた華火ちゃんが割って入ってきた。
「三男てぇのが、あたしの担任だぞ。時進なんとやら三か三なんとやらっつー名前だったなっ」
その言動と、うるはしき黒文字遣いとがちぐはぐだったので、失礼だがおかしく感じてしまった。
「せや、空満高校で国語の先生されてはるんやな。やけど、五男さんが図書館に勤めてはるて知らんかったわぁ」
私はため息をついて、大系本の『古今著聞集』を閉じた。
「たぶん五男を通じて、内容を先取りできたんだよ。仕方ないなあってなったんだってば」
甘味ですっぱり忘れよう。スコーンか、亥の子餅か悩んでいると、青白い手がそろりと伸びてきた。
「琥珀糖、あげる……です」
寡黙な理系女子、唯音先輩から第三の勢力をいただいた。引きこまれてしまいそうな青色のかけらは、深海を凍らせて切りとったのだろうかと思わせた。固い砂糖の表皮の下は、ほんのり甘くて、弾力のある柔らかい食感が隠されていた。寒天でできたお菓子だったんだね。
「続き、書かない……ですか?」
「課題だったので、もういいかなって。小説なら、夕陽ちゃんの方が得意ですよ」
ふえっ、と名指しされた当人が小さく驚いた。
「うちは修行中の身やよ。ふみちゃんもったいないと思うんやけどなぁ」
と、黒縁のメガネを押し上げた。
「安達太良先生のこと、もっと書いたらええやん。この際タイトル改めてぇ……『顧問著聞集』てのはどないやろ」
萌子ちゃんがけたけた笑う。というか、題名はさっきまで私が読んでいた本をもじったでしょ。んもう。
「高論卓説っ、いいんじゃねえか? ふみかも執筆活動してみろよっ」
「ちょ、華火ちゃんまで」
「やってみねえとわからんだろっ。即行動あるのみ!」
さりりっ、と軽やかな音を立て、華火ちゃんは琥珀糖をかじってみせた。
「え、えーと、考えておきます」
「センパイの『考えておきます』はアレっスよ、『やりません』のオブラート語デスな」
萌子ちゃんに、皆は揃ってうなずいた。
「あー、じゃあ、いつかやらないかもしれないし、やるかもしれないってことで勘弁して」
と言うと、どっと笑いが起こった。こたつの暖かさがちょっと暑く、熱く、感じられた。
〈次回予告!〉
「あなた達、自分のイメージソングのタイトルを考えなさい!」
「えーと、『しおりは後で』かな」
「『せつなくてフランシウム』……です」
「『幽玄実行っ!!』いい名前だろ」
「ぱっと浮かんだんは『おまもリボン』ですかねぇ」
「へへっ、『華麗☆ド☆スコープ ―ホントウノワタシ―』っス☆」
―次回、第三段 「歌合 唱する 武士ども」
「良し!ただいまよりレコーディング開始よ」
『何だって!?』