第十三段:文学部安達太良准教授(四)
四
「やあ、来てくれたのだね。お嬢さん達」
人差し指と中指を立てた簡略な敬礼みたいなポーズで、近松は迎えた。柵ごしに色気を
まき散らすという要らぬサービス付きだ。
「諸君に賭けて、大当たりだった……」
ヒロインズの肩が、一斉に震えた。
「……よ?」
近松へ、十の瞳が集中する。恨み百二十パーセント、おじさんはたじたじだった。
「てめえの差し金かっ、エロ松!」
はなびグリーンが怒りをむき出しにする。ポニーテールが、狂犬のごとく逆立ちかねなかった。なお、あだ名呼びは失礼にあたらなかった。少女に罵倒されたい趣味と合致しているゆえに……。
「コンパニオン軍団が家に押しかけてきたんだっ! じいちゃんと父ちゃんを骨抜きにしやがって! あたし勉強中だったんだぞっ、車に乗せられてっ! 貴重な休み返せよーっ!」
「ピンクかラモ、ヒト言モノ申シテOKデスか!?」
陽気な口調なので、剣呑さが全然感じられない。もえこピンクのヒト言とはいかに。
「今朝ハ『アニソンのど相撲 空満場所』ノ予選デシた。ピンク、順番回ッテきたノニ、パンクスタイルの美魔女隊ニ回収サレたんデスよ!? 『ヘブンズハート伝承』デ本戦狙ッテたんスよ! カネてヨリのドリーム、返シテくだサイ!」
ネ? 青センパイ、ピンクがお隣に同意をもらおうとした。
「美術館、平安絵巻展、最終日……です」
具合がよろしくなさそうな蒼白な顔が、霧雨のようにぼそぼそ嘆く。
「センパイは、白衣ノ大名行列ニ搬送サれマシたヨ☆ ノーミスDr.デス」
「私のバイト先を割烹着のご婦人たちが占領したんですけど」
隊長のふみかレッドが、たまりかねて思いをぶちまけた。
「あなたの力が未来を救うの、なんて歯の浮くような文句を聞かされて、強制的に連れて行かれる身にもなってほしいよ。新刊の落丁・乱丁が無いかって重要な仕事していたんだから」
誇りを持ち勤労する学生を登校させた罪は、重い。
「突然のお客様がぞろぞろいらして、両親があわててましたぁ……。うち、お手伝いしたかったんやけど、お客様のひとりが『外の空気でもいかが?』てドライブに誘ってくださって。刑務官さんやって、えぇお話聞けたのですがぁ」
奥ゆかしいゆうひイエローは「あんたのせいか」と非難しない。でも「困りますねぇ」の心情は形にしておく。
「まゆみが絶体絶命だから、馳せ参じてやったんだ。エロ松のためじゃねえかんなっ!」
近松の片目より細く水が垂れていた。ある意味、泣かされたのだ。お嬢さんに叱られる機会に、拝礼。
「ちなミニ、ピンク達ヲ送リ届ケタ女性チームは、近ちゃんセンセとどーイウ関係ナんデスか?」
快楽に溺れる本人に代わり、部下の森が答えた。
「いわゆる『逢い見ての』人々である」
ピンクの口がしばらくふさがらなかった。イエローは頭のてっぺんで湯気を噴かせ「ひやああああ」「きゃああああ」の連呼、レッドはすさまじい吐き気をもよおし、ブルーは両手で面を覆っていた。
「なんだ? あんでてめえら過剰反応してんだ? 『逢ふ』って、古語でアレだろ? お」
「ドント・セイ・プリーズ」「グリーン、あかん。あかんから」「やっぱり汚れているよ、あのおじさん」「あやつり、つられ……です」
仲間にかけられた圧力に負ける、グリーンであった。
「初さんや……。嫁入り前の娘らになんちゅう……」
かしましいヒロインズの登場によって、土御門の存在感が薄くなっていた。まあええやろ、呪いを中断してしもうた反動でちと動けんさかい、注目を浴びへん方がお慈悲や。
「しかしやな、おかしいで…………」
緑いの娘が反則になってへん。ゴール以外の手段で像を壊していたやろ。正義の味方は、勘定に入れとらん敵やったのか? それとも、娘らの技は別格なんか?
「…………愉快ですぞ」
そちらの戦いぶりは、かねがねよ。お嬢をいかにして守るか、術をいかにして破るか、やってみい。
「臨時顧問・土御門隆彬が指令や」
扇を軍配にして、五人の娘に下す。
「天使とのバス・ケット・ボールに勝ちなされ、『スーパーヒロインズ!』よ!!」
『ラジャー!』
「青センパイ、開発途中コラボの実験しマスよ☆」
「…………です」
髪を持ち上げ、もえこピンクは背に差していた杖を抜いた。「麗しのカムパネルラ」、彼女の人生を築いたアニメ「絶対天使 ☆ マキシマムザハート」の主人公が用いる天恵聖物(武器)だ。一方、いおんブルーは腰に提げた三角形の銃を構える。空気砲を弾にするピストルだ。ブルー自作の護身道具でもある。
『未知は、アツい血潮に☆ いおん・もえこコラボレーション!!』
好きなキャラクターになりきるため服を縫うピンクと、研究熱心で技術を磨く一環として発明に励むブルー。創造に喜びを持つ点が共通しているふたりの合作は―。
「装填、発射……」
ブルーが九発撃つ。通常はうっすらと青色が着いているが、今回は赤褐色だった。弾は空気ではなく、水でできていた。
砲撃と同時に跳ねたピンクが、八の字を描くように杖を回してこう唱えた。
「海月ニ、チェーンジ☆」
あまり華やかではない色だった水の塊らが、垢抜けてゆく。人々が想像する、清浄なる水の色。塊はねじられ、浮き袋と触手に変わる。食べ物で表わすなら、皮だけの透き通った青い餃子に、大量の春雨が底にくっついている。さて、どんな海月だろうか。
「完成☆ カツオノエボシっス!」
九桶のカツオノエボシが漂い、それぞれ天使達に覆い被さった。触手の毒は、電気ショック並みの激痛に襲われるのだといわれる。が、ヒロインの海月は特殊な毒を有していた。五十体の銅像が、くすみ始めたのだ。神聖さと覇気が削がれて、安っぽい置き物に成り下がってしまっていた。
「塩化第二鉄との、腐食反応……です」
銅を塩化第二鉄の水溶液に浸すと、銅が溶けて酸化(この場合は、銅の電子が奪われる。鉄の電子は増えて還元される)、塩化第一銅になる。銅版画に使われる溶液を銃弾にし、「麗しのカムパネルラ」のドリーム・パワーで反応を成立、速度を急激に進めて相手を弱らせた。
「ターゲットに合ッタ化学反応デ、スマートにビクトリーをゲットでキル必殺技デス☆」
天使を戦闘できなくさせている間に、イエローとグリーンは檻を開けようと試みた。
「学校のストーブみてえだな」
「せやね、ストーブをいらわへんようにするゲートやろか」
先生方を囚われの身にしたことに、憤ってはならなかった。ヒロインズだけの秘密だが、休日バスケットボール対決を「引き」起こした人物は、彼女達の顧問・安達太良まゆみだった。十二年前、父との今生の別れを取り消すため、安達太良は先祖の神に蘇らせた。命を意のままにすることは「人を外れた行い」だった。安達太良はその償いに「殊なる力」を宿されたのである。人間と、人間ではないもの、どちらにも属さずに生きながら苦悩してゆく。安達太良自身は、記憶がおぼろげになっており、どのような償いを科せられたかは覚えていない。
あらゆる物事を「引く」力が、安達太良の「殊なる力」。これを鎮められる、選ばれた五人が「スーパーヒロインズ!」だった。文学サークル「日本文学課外研究部隊」の縁あって乙女達は、安達太良の過去を知り、現在の姿をも慕い、皆で笑う明日のために戦う。
「仕事仲間を牢屋行きに、ってか。まゆみどー感じているんだろな」
安達太良は「殊なる力」に自覚が無いため、制御できない。理屈を超えた現象を「引く」と寝入るのであるが、一部始終は彼女の中に夢となって映る。
「途中の参上やよって、よう分からへんねんけど……。早う覚まさなあかんわ。酔われていたら特に」
イエローは背伸びをして、錆びている柵にピンが差し込まれていないか調べた。記憶が正しければ、柵どうしを連結する、細い縦棒が角に一本ずつ通っているはず。
「あったわ」
頭の右側に結んでいる、幸せを呼びそうな色のリボンをちぎった。イエローの武器は、髪飾りのリボン。ヒロインに変身した際は伸び縮み可、適当な長さに切り離して活用可、な万能の武器である。
ちぎったリボンを四分割して、優しく息を吹きかけた。蒲公英の綿毛さながらふわり舞い、ピンの先っぽに到って結びついた。
「そぉれぇっ!」
持ち主の指揮で、ピンは擦れず滞りなく引き上げられた。檻は四枚に解体され、中の教員は無事に解放した。近松は、いびきをかく宇治を横抱き(俗にいう、お姫様だっこ)に悠然としていた。森は術後で疲れた時進の介添えを担った。
「戒めを免れましたか……。あなた方は、これと互角、いいえ、凌駕する力量をお持ちなのですねえ」
イエローの鼓動が高鳴った。まさか、真淵先生がものすごい近くにいらっしゃるとは嘘になってもおかしくないんや。勇気を出して、振り返ってお顔を拝もう。
「ふ……ふえひゃあ」
小数点を打つ秒数だけれど、目にちゃんと収めた! 前髪がかぶった、黄金の微笑。生きていて、万歳や。
「夕陽さん、あなたならきっと、負けませんよ」
「いずれ訪れる災厄に」が後で聞こえた気がしたが、イエローは満ち足りていた。真淵先生のお言葉が、ずっと離れなかった。
「恍恍惚惚っ、ボケてやらあ」
鉄の網を踏んで、退屈をまぎらわすグリーンだった。
最後の攻撃となるであろう機会が、ふみかレッドに託されていた。
「ど、どうして、私なの……?」
バスケットボールなんて、高校以来なんですけど。ええ、去年は、履修しなければ卒業できない「基礎体育」を受けましたよ。選択競技にバスケが含まれていましたが卓球にしました。あんな激しく動き回ったら、筋肉痛は確実じゃあありませんか。突き指したら、頁をめくるたびにつかえていらつくでしょ。私に「汗」はどう考えても場違いな要素でしょ。規則は基本なら知っていますよ。中・高の定期試験で頻出しましたからね、筆記で成績を補わないとまずいんですよ。
ところで、私はボールを持ったままなんだけれど、注意してくれないよね。五秒保持していたらだめなんじゃないの? 相手側が邪魔しにいけなくなっているので、それどころじゃないって? まゆみ先生がバスケに疎いとか……いやいやいや、先生が詳しくないわけないよ。
「ゴール、成功させなくちゃ」
とどめをさすのは結局、私。大役をこなせる柄ではないのになあ。おはじきだったら、決められるよ。これでも昔は大会で勝っているんだもの、自負がありますよ。日々隠れて練習していますし。
「やりますよ、やれば解決なんだから」
ブルーとピンクが銅像を隅に寄せてくれて、進みやすくなった。ボールをついて、籠とほどよい距離まで……。
「おい赤、ゴールに行きスギだっ!」
「え、うそ」
どうしよう、えび反りになって投げられるかな。私に巧みな投げ方ができる? 想像するんだったら易しい。実行はしても点を入れられるかは難しそうだ。
「怖いな……」
「―寄物陳呪・禱扇興、巻二十八・野分」
体育館に、風が暴れ踊る。自然の産物なのに飼い慣らされた風は、レッドを垂直に浮かせた。
「勝利の道は作ったで」
反動が治まった土御門が、扇で派手に仰いだ。少年時代、出来心で行使して御簾をひっぺがしたら、おなごらの袋叩きに遭った。二度目は援護かや。あはれよの、そちら『スーパーヒロインズ!』と、裏の仕事に勤しむわたしらを隔てる簾が払われたのやからな。
「しくじりよったら祟りますぞ!」
風のクレーンが、籠にさわれるあたりへ運んでくれた。ボールを沈めろってことだよね。
「やまと歌は、天地だって動かせる! ふみかシュート・籠球版!!」
重力に従い、ダンクショット! ゴールを雲梯にして腕の限界を憂えば、野分が足を地
に着かせてくれた。安達太良の枷は失われ、イエローのリボンが担架をこしらえて保護し
た。
戦闘終了、日文:7、天使:6(0体)、日本文学国語学科の勝ち。
「えーと、土御門先生……」
話さねばいけない内容が多くて、レッドは整理しかねていた。
「さ、さっきは、ありがとうございます。風……」
翁は赤烏帽子ならぬ赤ネクタイを締めて、扇をふにゃふにゃ振った。
「わたしらは、たまたま出勤しとった。ほいで正義の味方は、お嬢が危うかったので戦った。悩める学生に喝注いだるんは、教員の役目やろ」
お互いに深掘りはしない。ヒロインズは胸のつかえが取れた。
「安達太良嬢か、お嬢が交信した神さんを妬んどる者のしわざやないか?」
あくまで可能性のひとつ。最悪の場合も念頭にある。あの娘が行使者だってありえるのだ。土御門ははずれであってほしいと祈っている。
「あらー、やだ私ったら寝坊しましたわ! 出前授業に行って参りますー!」
人質やった教え子が、しゃっきり覚めて働きに急ぎよった。
「空満中学校の二年二組です~、高校ではありません~」
時進は、若干アルコールが残った様子だった。森の看護が功を奏したのかもしれない。
「宇治さんは、三組でなかったかい?」
「たとえそうだとしましても、先方に不具合はございませんよ。帳尻を合わせられるお方ですから」
体操マットに大文字を書く宇治に、近松がおろおろして見ていた。もちろん、色男の演技である。あらわになったふくらはぎに妄想を膨らましている、が真実だ。坊は、いけ好かんスマイルでいけずなことをささやいていた。
「めでたし、めでたしかの……」
翁、扇を広げられず直に手で口を押さえた。しもた、神経が緩んだせいでのどに昇ってくるもんが…………!! 酸っぱい、酸っぱくて辛い!!
「も……森先生や……ビニール……ぶく……ろ、くれた…………も、おぷ」
土御門隆彬は、悔いた。張り合ってハラペーニョ焼酎割り大ジョッキを飲むんやなかった、と。何でも洗いざらい戻したとて、ろくな結末にならないのだとも。
☆こちらのイラストは、漫画家の揚立しの先生に依頼して描いていただきました!☆
〈次回予告!〉
「安達太良先生、時進主任が日記をつけているという話は、本当なのだろうか」
「鴇色の手帳ですわね。日文教員の業務日誌がわりに書いていらっしゃるそうですわ」
「後任への引き継ぎにも活用が可能である。やはり主任は尊敬に値する」
―次回、第十四段「少年誠文の祖父」
「誠文さん? どなたなのかしら」
「『誠』の字が使われているとなれば、主任の親族だろうか」
「なんだか、会えるのがそう遠くはない人のような気がしますわ」
「自分も、運命というものを感じた」
「誠文さん、待っているわねー!」




