表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/103

第十二段:咳をしても二人(三)

     三 

 夕陽と萌子は、第一体育館のシャワー室で身体をぬくめた。しかし、のんびりとはしていられなかった。華火を捜さねば。事務助手は急ぎの仕事ができ、額田(ぬかた)さんは卒業論文の下書きに関して指導教官(上代文学ゼミは、安達太良まゆみが担当だ)と相談へ。忙しい二人に頼りっきりではいけない。

「通信機ノ履歴ナシ。ただいまメールすらナイっスね」

 鈍器になりうる装飾過多な携帯電話を閉じ、萌子が肩をすくめた。

(もえ)ちゃんと(はな)ちゃん、ようメールしているん?」

「にゃ、事務連絡デスよ。別ニ、休日スイーツバイキングへGO☆ トカ、暇ナノでコールしてOK? トカ、イタい一方通行メールはしテまセンよ」

「あはは、そうなんやねぇ」

 萌子と華火には、共通点があった。幼稚園・小学校・中学校・高等学校が「空満大学附属」だということ。萌子は、実家が空満神道大教会で、修練のため入学した。華火は、時折垣間見るしぐさと、重箱弁当から、私立学校に通い続けられる相当裕福な家庭だとうかがえる。

「お(うち)に着いていたら、安心やぁ安心なんやけどなぁ……」

 夕陽がドアノブをひねると、その先に常磐色の衣装に身を包んだ少女が、膝を抱えていた。

「華ちゃん、どないしたん!?」

 悪寒がするのか、むせび泣いているのか、華火は震えていた。

「プリーズ。黙ッテいテモ、分からナイっスよ」

「………………なくした……こほっ、こほ」

「何を、無くしてもろたん?」

 かがみ込む夕陽に、華火は潤んだ瞳を向けた。呼吸が荒く、頬紅を塗りすぎたかのように真っ()っかだった。

「けほっ、二〇三の……鍵……っ、けほ、けほっ!」

「ロストした物ハ、しかたナイっスよ。助手サンに謝ッテ、スペアキー借リルっス」

「明日、うちが探しとくわ。しんどいんやない? お家まで送るわぁ」

「七転八起っ……もっかい、橋みてくらあっ! けほけほ、こほっ!」

 よろめきそうになるも気力で持ちこたえ、華火は床を蹴った。

「執着ハ、心の(あくた)デスよ! カゼっピキでチョコまカしナイでくだサイ!」

「あったはずのもんが、無くなるとかおかしいだろがっ!」

 普段に比べ、速度が落ちている。自ら鈍足と認めている夕陽でもついていけるくらいだ。

「ごほっ、預かってたあたしに、責任があんだっ! 代わりなんざいらねえっ! あの鍵には、あたしらが過ごした毎日がっ、刻まれてんだよっ!」

 猿と戦った御剣(みつるぎ)(ばし)に、細長いものが揺らめいていた。枯れ木のような、人型をとった立体と化した影。躑躅(つつじ)色を限りなく暗くした影だった。

「ユーの求メてイルあいてむハ、コイツか?」

 華火は、歯ぎしりした。ヘリウムでも吸ってんのかよ。ふざけやがって。それ以上に許せねえのは、あきこ語のパクってるってこった。

「さっさと鍵返せっ!」

 枝の一本に、千社札風のキーホルダー付きの鍵が引っかけられていた。影は斜めに裂けると、鍵をぱくんと体内に収めた。

「ミーに勝てタラ、ぷれぜんとだゼ★」

 躑躅色がほのかに残る影が、枝を次々と落とす。小枝は橋に根をはると、本体にそっくりな状態にまで育った。枯れ木人形達が、紫がかった星空を不吉な風景にさせた。

「まルデ、闇ノ眷属(けんぞく)デス。まゆみセンセはコンな趣味シテまセン……」

「うちも、違和感があったんや。せやけど、いずれにしたって」

 戦うほかない。夕陽はゆうひイエローとして、髪飾りのリボンを伸ばした。萌子も、もえこピンクとなって、後ろに差していたメルヘンチックな杖を握った。

「けほ、けほっ。てめえらはすっこんでろ。あたしが全滅させてやるっ!」

 華火改めはなびグリーンは、緩慢な動きで小型花火をつかんだ。

「三人、シケたメンツ★ 結果ハ決定だゼ」

 二〇三教室を開く物を奪った謎の枯れ木人形を、すべてうち壊せ。



―いざ、戦闘開始。



 足元が浮く感覚をおぼえても、グリーンは先攻を狙っていた。

「雨天のうさ晴らしすっぞ! 火すれば、花だっ! はなびボ」

「ユーが、『スーパーヒロインズ!』ノえーすカ」

 枯れ木がグリーンの目と鼻の先にあった。根が恐るべき速さですり足をしていたのだ。

「こんでぃしょんばっど★ 病ンデるユーが最初ノ生ケ贄だゼ」

 長くした枝が、グリーンの首に絡みついた。

「ぐ、があっ……!」

「マキシマムザ・ラブビーム☆」

 杖の先端から、やけにきらきらした光線が発射された。ピンクのおかげで、枯れ木人形は光の粒となりて浄化され、消滅した。

「ソーリー、みどりん。スピード不足でシタ」

 気絶したグリーンをおんぶし、御剣橋にたむろする影を見すえた。

「闇ニハ光デス。ピンクの『麗しのカムパネルラ』ガ、眷属ニ愛ヲ教エタんデスよ」

「光ガ闇ヲ照ラセるとでモ? ソイツは神話だゼ」

 影の一体が、裂けてケラケラ嘲った。

「アナタ、何者ナんスか」

「名乗ル義理ハ、なっすぃんぐ」

「ピンクとビミョーにカブっテ、ムカつきマス」

「胃ノ薬ハ、ミーに乞うテモ処方デキないゼ★」

 枯れ木どもは、嫌がらせも甚だしく枝を落とし、分身を増やした。

「ミーに勝テなイト、基地ハ封鎖サレたママだガ」

 ピンクは後ずさりし、グリーンを安全な場所へ横たえた。かわいそうに、額に汗をにじませて、うわごとを言っている。

「分担シテやっツケようニモ、厳シイっスよ……」

「グリーンが欠けた分は、えらい大きいな」

 イエローは武器の黄色いリボンを格子状に織り、グリーンにかけてあげた。

「パワー勝負があかんねんやったら、別の戦法やよ」

「どースルんデスか」

「数には数や。ピンクの変身技と、うちの変身技やったら、いける」

 イエローは黒縁メガネを上げた。

「コラボレーションで、総攻撃やぁ!」

 危機においても、知恵を絞る。ピンクは、味方に黄色センパイがいて、心底ほっとしたのだった。

『疑いに、ふれないでくだサイ☆ ゆうひ・もえこコラボレーション!!』

 リボンをちぎり、そこから五分割し、風に放る。五切れのリボンは、ひとりでに輪を作り、連なった。

「ピンク、くぐってや!」

「サーカスのライオンみタいデス。火ガ無イのデ、イージーっスよ☆」

 黄色の筒に飛び込むと、摩訶不思議。七人のもえこピンクが抜けて出てきた。巫女のオキヨメモード、チャイナ服のカンフーモード、騎士のオトメヅカモード、警官のポリスモード、メイドのゴホウシモード、忍のクノイチモード、オリジナルのヒロインモードが集結した。

「うちの『観音(かんのん)(めぐ)りの舞』を応用した万華鏡が、ピンク・オールスターズを叶えたんやよ」

 イエローも続いて、万華鏡を通った。法服をヒロイン衣装になじませた姿に変わっていた。

「センパイをブギョウモードにチェンジしまシタ☆ 裁判官ガ憧レのジョブだっタんスね。ソウ・クールっスよ☆」

 マキシマムなヒロインモードのピンクが、接吻を投げた。

「いくでぇ!」

 七人のピンクと、ブギョウモードのイエローは枯れ木へ突撃した。

「悪しきものこと 清めはらひて 助けたまへ (そら)満王命(みつおうのみこと)

 ハート模様とレース、ラブリーかつキュートな改造を施した、空満神道の礼服が踊る。オキヨメモードが枯れ木を潤わせ、撫子色の光にくるんでこの世を出直させた。

「アチャー! ワレより(ほか)ニ効ク拳はナシ!」

 シニヨンとツインテールは天使の恵み、スリット入りのチャイナ服は、欲望をかきたたせる。カンフーモードのパンチは、愛の鞭だ。

「革命セヨ、果テの果テをモ越エテ!!」

 オトメヅカモードの細剣が、影を貫く。エポレットとフリルが、勇ましさと可憐さを主張する。薔薇の飾りが、中世の西洋を蘇らせる。

「あっサリくらっしゅサレて、タマるカ」

 四体の枯れ木が、根を(うごめ)かせて進む。枝をあちこちに伸ばして、むしろうとしたら、

「クローンの増殖ハ、犯罪デスよ」

 ハート形のとてつもなく大きな手錠がはめられ、行動を禁じられた。黒髪をひとつに束ね、縦巻きに固めた警官が縄をかけたのだ。

「ゴホウシモードのピンク、デリシャスにナル魔法をドウゾ☆」

「かしこマリまシタにゃーん」

 猫耳ヘッドドレスのメイドさんが、お徳用を超えたメガお徳用のケチャップを抱いていた。ニーハイソックスがご主人様とお嬢様のたまった疲れを帳消しにしてくれる。

「ポンデローザ・キュンキュンレーザー☆」

 赤くて太い光線が、犯人(いや(はん)(ぼく)?)達を焼き払った。ケチャップと似て非なる、熱いデコレーションであった。

「忍法・手裏剣(クロスハンディソード)(・クロウ)の術☆」

 健全な美にスパイスを利かせた網タイツくのいちが、情けをかけず鳥形の手裏剣をたくさん飛ばした。

「めがねヲ、ツブす」

 頭デッかちノ乳牛れべるナラ、びびラセてやレバのっくあうと……。

「検察官と弁護人、被告がおりませんが、静粛にぃ!」

 ブギョウモードのゆうひイエローが、木槌をでたらめに振り回す。

「すか連発だゼ、判事さんヨ」

 加減してやろうか。枯れ木のすり足をゆっくりにさせたのが誤りだった。

「ていやあー!」

 枯れ木人形が、ぺしゃんこになったのだ。木槌が当たった程度で、薄っぺらくならない。

「でかイ天秤★」

 木槌は指揮棒だったのか。公正の象徴とされる天秤の皿が、二枚とも均衡を保ちつつ同時に下降していた。

「ラスト一体っス☆」

 マキシマムなヒロインモードのもえこピンクが、杖の「麗しのカムパネルラ」を垂直、水平に回して、ぴたっと止めた。

「マキシマムザ・リーベレーザー☆」

 杖の頭部にあたるハートの飾りに埋められた水晶より、圧縮された光が撃たれた。決着は、目の当たりに!

「儀式ハ完了シたゼ」

 枯れ木の幹が横一文字に裂けて、たっぷり肉が付いた舌がだらりと下がった。リーベレーザーを舐めとり、舌は至福のおくびを出した。

「ふひゃー! 無理ムリ無理ムリ、グロテスクの極ミっスよ!!」

「ピンク、腰ひけている場合やないで! あの舌は、まだ技を隠し持っているわ」

 さすがはイエロー、鋭い。枯れ木人形の舌に、六芒星の烙印が躑躅色に浮かびあがった。

「ユー達ハ、ミーの高尚にシテ崇高ナル儀式ヲ進メテくれタ。褒メテつかわソウ。れっつ、ないとめあノ、開宴ダ★」

 一難去ってまた一難とは、まさにこの状況だ。(よこしま)な六芒星が招く不吉を、果たして黄色と桃色のヒロインは乗り越えられるか。




 ふみかは、湯呑みとにらめっこしていた。座卓を同じくしている誠五に、隙を与えてはならなかった。

 どうして、誠五さんとお揃いのスウェットなの。大きさはたぶん、というか、確実にあちらが上の方だと思うけれども。前面に「人助けは、我が身助け」なんて印字してあって、まあ、大教会だもの、空満神道の特製品は普通においてあるよねって納得はしているんですけど。男女で、はからずも服がいっしょっていうのは、ちょっと……居づらい。ほうじ茶をできる限り減らさないよう、ちびちびいただくんだ! 誠五さん、いいぞ、テレビに釘付けになっていてよね。私は、石だ、木だ、草だ。目立たないでいるんだよ。

「お、仁科さんいけますね! 甘党なんですか?」

 誠三ばかりしゃべって、唯音はスプーンでアイスクリームをすくい、口に運ぶ工程を繰り返している。紙の容器がまた一個、積み上げられる。贅沢路線の銘柄「コペン・ダーツ」のバニラ・苺・ショコラクッキー・抹茶……全種類制覇は近い。甘党なんてなまぬるい、唯音は顧問・安達太良まゆみに次ぐ健啖家だ。

「おなか冷えないのかな……」

 ふみかの左手首に付けた通信機が鳴った。黄色い光が灯っている。日本文学課外研究部隊専用、唯音の発明品だ。縁側に移って、応答した。

『ゆうひイエローです。ふみちゃん、唯音先輩もいらっしゃる?』

「うん。どうかしたの?」

『至急、御剣橋へ来てほしいんやわ。うちとピンクやと、グリーンのカバーがでけへん!』

 音声が乱れ、ゆうひイエローともえこピンクの叫びがした。

「だ、大丈夫!?」

『……どうにか……やね。安達太良先生の力やない、おかしなものが相手やわ。うち達で倒さへんと……お願いやでぇ』

 ふみかは、カップのふたを開封していた唯音のもとへ駆けた。

「先輩、おいとましますよ!」

 アイスを取りあげておいて正解だった。ラムレーズンを食べさせては、放課後の二の舞になるところであった。

「ふみかちゃん、唯音ちゃん。お洋服乾いたんだけれど、アイロンかけてもよろしいですか?」

 時進先生の奥さんが、ちょうどいい時分にヒロイン服を持ってきてくださった。

「えっと、このあたりで失礼しようと……。なので、アイロンはいらないです。そのまま着ます」

「ついでに晩ご飯食べていらっしゃいな」

「も、ものすごく大事な用があるんです。ごめんなさい」

 ガスと水道代にでも、とふみかと唯音は財布を出したのだが、奥さんが戻させた。

「学生はなにかと物いりですから、とっておいてね」

 ふみかに赤い衣装、唯音に青い衣装を手渡した。

「こんどは、サークルの皆さんでいらっしゃい。大部屋、清めておきますね」

「はい!」「……です」

『お気をつけて』

 ふみかレッド、いおんブルーに変身すると、玄関で奥さん、誠五、誠三が、朗らかに見送ってくれた。

「華火ちゃん……はなびグリーンに、会いにいこう」

 ブルーは決意を込めてうなずいた。



 はなびグリーンは、独りで戦っていた。

「ごほっ、薄利多売っ、てめえら痩せぎすでぶっとばし甲斐がねえんだよっ!」

 植物なのか人間なのかどっちつかずの「化けもん」は、骨の無いやつだった。中途半端に色がついた影に負けていたら、速攻勝負・快足急行はなびグリーンは走尸(そうし)(こう)(にく)だった。

「しぶといのは、二体かっ……げほっ、緑様がどーん! ばーん! してやらあっ」

 一方はイカの足を逆さにしたような枝を自在に操り、もう一方は折った枝を割れ目にくわえて灰を降らす。グリーンは、ピンポン球型花火を投げつけて迎えた。

「こいつら、連携がとれてるっ。ごほ、ごほっ、しっつこいぞっ!」

 灰をかけて目くらましをさせ、不意を突いて枝が蛇のごとく襲いかかる。普段の調子ならば、容易に()けられるのだが、だるさのせいで神経を尖らせないといけない。

「乱射乱撃っ、けほ、けほ、けほっ! 夜空の花と散れっ!」

 あるだけの武器を全方位に放り、常磐色の火花を満開に咲かせた。爆発とともに吹く風が、忌まわしき灰を掃く。

「ごほ、どっ……どーだっ……!」

 化けもんは、消えた。だが、グリーンの前に、二人の女子が倒れ伏していた。黄色のリボンを結んだ栗毛のヒロインと、カワイイを追求した魔法の杖を携えた長からむ髪のヒロインが。

「あ……っ、あんで……こほこほ、こほっ! てめえらが……っ」

「ミーの夢遊(そんなむ)ノ(びゅりずむ)(・いりゅーじょん)ニ、はまッテいたンだゼ★」

 さらに先に、ドデカいベロをばたつかせる枯れ木が種明かしをした。

「…………あたしが、あたしがやっちまったのか」

「ユーが熱ニ浮カサれテいタオカげデ、生ケ贄二体げっとデキたゼ」

 グリーンを支えてきたものが、尽きた。咳が止まらなくなり、地べたにうずくまる。緑のヒロインは、患うへなちょこな十八歳の少女におちぶれたのだった。

 ひ弱な影は、ベロを振り子にさせて歌った。


  咳ヲしテモひとり

  病ハ うつセルけレド

  咳ヲしテモひとり

  痛ミ 苦シミは 分カチ合えナイ


  咳ヲしテモひとり

  夏祭華火ハ ひとりボッチ

  咳ヲしテモひとり

  夏祭華火ハ あわれナ ひとりボッチ


  ひとり ひとり ひとりボッチ

  咳ヲしテモひとり

  ボッチ ボッチ ボッチひとり

  咳ヲしテモひとり


  咳ヲしテモひとり

  夏祭華火ハ ひとりボッチ

  咳ヲしテモひとり

  夏祭華火ハ あわれナ ひとりボッチ


「緑さんには、(わたくし)が、いる……です」

 華火の咳が、落ち着いた。別れたはずの姉ちゃんが、ここにいる。「ひとりぼっち」に負けそうだった華火に、涙がこぼれた。

「赤さん、緑さん達と、キャンパスへ、入って……」

「ラジャー!」

 ふみかレッドが、イエローとピンクに声かけする。傷はついたが、なんとか歩けるようだった。

「黄色、桃色、ごめんよ……」

「はなっちハ、操ラレてタんデス。ピンク、ぷんすかぴーっスよ。闇ノ眷属マジくたバレっス」

「あったこうせな、こじらせたら大変や」

 二人は、布を巻いてくれた。寝ていた時の物だった。寒気が和らぐ。

「ブルーが『けり』つけてくださるよ。華火ちゃんのためにね」

 レッドが手をつないだ。華火は、いとこに「頑張れ」「後でな」を言いあぐねていた。遠くないのに、なんでだろう…………。


 (わたくし)の状態を最も少ない文字数で表わすと、沸騰、でした。華火さん達に害が及ぶため、逃げてもらいました。

白露(しらつゆ)は ()なば()ななむ ()えずとて 玉にぬくべき 人もあらじを……」

 『伊勢物語』第百五段に詠まれている和歌です。華火さんを苦しめたあなたには、早く消えてもらいます。あなたは、この世にはいりません。

(おき)青波(あおなみ)()(へん)白露(しらつゆ)!」

 保護ゴーグルを装着、空気弾ピストル「沖つ青波」を撃ちます。第一弾は、アルミニウムの粉末と酸化鉄の粉末の混合物です。威力を考えると、量を増やすべきでしたが、(わたくし)はすぐ実行したかったのです。倒さなければ、沸騰はおさまらないのです。

 第二弾は、火を点けたマグネシウムリボンです。間隔を空けないで撃つことに成功しました。練習はしておりません。反応が始まりました。火がアルミニウム・酸化鉄混合物に点いたのです。

「熱イ、熱いゼ! ミーの大嫌いナからーノ光ダ!」

白露(しらつゆ)……です」

 テルミット法、アルミニウムの粉末と金属酸化物の混合物(この混合物をテルミットといいます)に着火し、アルミニウムの酸化反応と高温を利用して酸化物を金属に還元する方法、です。テルミットは、焼夷弾(しょういだん)に用いられたこともあります。(おもむき)の無い、水ですらない「露」ですが、あなたの結末にふさわしい技でしょう。

「ミーが……ミー……が……敗レ…………ルな……んテ…………」

「あなたは、玉に、なれない……です」

 華火さん、唯音お姉ちゃんが、悪い物を倒しましたよ。舌のある暗い木があった所に、鍵が落ちていました。二〇三教室の、でした。

「……………………ですか」

 親戚ですが、七、八割は事情が分かります。華火さんが、何のために戦っていたか。

「華火さん、(わたくし)と、家に、帰る……です」

 子どもだった頃のように、背負ってあげましょう。華火さん、そうしても構いませんか。(わたくし)を。あなたのお姉ちゃんでいさせてもらえますか。




 河原に、奇怪な格好の娘が立っていた。銀髪と、六芒星の眼帯。蝙蝠(こうもり)の羽を模したマントが、邪教の術士のようだった。

「ミーのコレクションが、くらっしゅサレたゼ★」

(たなごころ)には、黒い粉が丘を形づくっていた。

「『ソウ★ウン』は、ミーの雑用係だったのニ」

「惜しいんやったら、噛ませ犬にせェへんやろォ。あんた、鬼畜やなァ」

もう一人が、縮れ毛をいじりながら口笛を吹いた。冬が近いにもかかわらず、へそを出し、ただでさえ豊かな胸を強調させる制服を着ていた。

「コイツは、予備ノ予備だゼ★ 保存用ハ、じゅえりーぼっくすニしまっているゼ」

 銀髪の娘は、ためらわず粉をばらまいた。御剣(みつるぎ)川は黒くなっても、流れが滞ったりはしなかった。すみやかに、元の澄んだ水になる。

「博士の仮説は、正しかったんかァ。おもろないなァ……」

 へそ出しの娘が、しゃがんでほおづえをついた。

「『スーパーヒロインズ!』の力は、文学への造詣・身体能力・想像力に左右されるんやったなァ。そこに感情がプラスされるんちゃうか、が仮説や。仁科(にしな)唯音(いおん)は、文学の知識がヒロインズいッチ浅かった」

「ざこキャラ★」

「ヘボい唯音が、次鋒のあんたのコレクションに勝てたんはァ……感情で強化されたためやでェ。副将のあたいが出撃していたら、再実験やったけどなァ!」

 次鋒呼ばわりが癪にさわり、ピンヒールの先で砂利をほじくった。胸をもぎ取ってやりたかったが、腕を噛みちぎられる顛末が予測できたので避けたのだ。

「道草は、しまいやァ。博士にレポート提出するでェ」

「イエス★」

 蝙蝠マントと、蠱惑的な肢体が跳躍した。河原から橋へ、橋から電柱へ。異様な娘達は、根城へ帰った。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ