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第二段:顧問著聞集(二)













     二

 

(序)

 これは、担任の先生、安達(あだ)太良(たら)まゆみ先生から見聞きした話である。三本立てにしたかったが、私の表現力では二本が限界だった。あと一週間あればできたのだが、おこがましいことはこのあたりで、本題に入ろう。


  安達太良まゆみ先生、(かれ)(いい)を好まれる事

 日本文学国語学科の共同研究室で、先輩方が「安達太良先生は無類のカレー好きだ」と話していたことがあったので、気になってご本人に訊いてみた。

「むべなりよ。大和さん、ちょうど良かった、食堂へ行かない?」

 いえ、私は事前に昼食を用意しまして云々と申し上げるのは無粋なので、お言葉に甘えた。食堂でお昼ご飯は、一回生の新入生歓迎合宿ぶりだった。私は、当時頼んだ物を選んだ。安達太良先生は、注文窓口の献立一覧には載っていない物を、朗々と調理のおばさんに仰った。

「カレーライス青垣山盛り、まゆみスペシャルもお願いしますわ」

 たたなづくうるはしき青垣山を思わせる米飯の峰(三峰はあった。一峰につきお茶碗三杯以上の量とみられる)に豪快に注がれるカレールー。油っこくて胃がもたれそうな光景なはずが、かえってこれでもかと盛られると快さをおぼえてしまう。

 驚くべきは、まゆみスペシャルだ。調理員三人がかりで嬰児(みどりご)がおさまりそうな、まったくもって大きすぎる丼鉢に本日の料理に使われた物をかき集めて(他の人たちが食べる分は、ある程度確保していると信じたい)一品にまとめられていた。もちろん、カレーライスも入っていた。気になるお値段は、前者は四百円、後者は五百円、合計九百円であった。千円以内でおさまるなんて、赤字にならないのだろうかと私はつい心配してしまったが、おばさん達の晴れ晴れとした表情を見て、余計だったなと思った。

「これくらい摂らないと、持たないのよねー」

 その細い体型で軽々と大盛りの料理を運べる先生に、周りは目を疑っていた。箸を落として口をあんぐりさせていた人も何人かいた。私は恥ずかしくて数歩下がって後に続いた。

 先生はカレーライスがお好きだ。というよりも、食べることが人より何十倍もお好きだと思い知らされたのだった。お米粒ひとつも残さず、おかずも余さず私よりも先に完食されましたとさ。



  安達太良まゆみ先生の特製紅茶の事

 安達太良先生が個人研究室で出してくださる紅茶には、当たりとはずれがある。私が体験したことなのに、友人はなかなか信じてくれない。偉大なる先生が、滅茶苦茶な一杯をふるまうわけないだろう、面白い冗談やわぁ、で済まされる。

 ここまで読んで、嘘だと思うなら、安達太良先生の研究室をたずねてみるといい。私は、ただ、講義の課題の提出がいつもぎりぎりなのでご迷惑をかけましたという意を表すために訪問しているにすぎない。遊び半分の目的ではないのであしからず。すべて私の遅筆のせいなのです。

 ここからは、某古典の「ものづくし」みたいに先生のお茶を挙げていきたい。

 当たりのお茶、アールグレイ、ダージリン、プリンスオブウェールズ。砂糖入りかは、牛乳入りの方がおいしい。温かいのが、なお良し。

 だけど、まだ私には味の違いが分からない。とりあえず西洋のお茶なんだなと思ってありがたくいただいている。

 はずれのお茶、卯月末日の、ロイヤルミルクレモンハニーキャラメルストレートフラッシュ(先生命名、以下同様)、皐月連休明けの、チョコミントジャリジャリ君アフォガード、皐月末日の松竹梅こぶ茶。

 ひとつずつ説明していこう。ロイヤルミルクレモンハニーキャラメルストレートフラッシュ(スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャスみたいな名前だ)は、ロイヤルミルクティーとレモンティー、ハニーティ、アイスキャラメルラテ、ストレートティーをいっしょくたにした一杯である。校内の売店で安売りしていたので、つい買ってしまい、お一人では飲みきれないというよんどころない事情で、この暴挙に出られたということだ。私の感想は「味の戦国時代だ」だった。

 皐月連休明けのお茶は、日本文学国語学科の先生方で氷菓をめぐってじゃんけん大会を行った末、最下位となった安達太良先生の苦肉の策だという。先生は、棒氷菓のジャリジャリ君のスパイスカレー味を希望されていたそうだが、叶わずあまり興味のわかないチョコレートミント味(残り物であるからして、先生方からは不評だったのだろう)を手にしてしまわれた。誰か文句をいわずに食べてくれないかと、思い浮かんだのが、私、だったのだ。コーヒーにバニラアイスを溺れさせる物があるのだから、紅茶に氷菓を沈めさせるのもありではないか、という発想から生まれたらしいが、正直に言おう。実験体にさせられた気分だった。生きながら地獄を見るのはこのことかと思う。

 さて、もはや紅茶ではない松竹梅こぶ茶は、松竹ならぬ松茸のだしがきいた即席お吸い物と梅こぶ茶を混ぜあわせた物である。安達太良先生が、土御門先生との勝負に勝ったのでお相伴にあずかったというわけだ。いきさつはおめでたかったのに、残念ながらはずれに入った理由は塩辛かったから。さすがに安達太良先生も、これっきりで充分ね、と仰っていた。



(跋)

 偶然のたまものだろうか、二本には「飲食」という主題が共通している。私はあまり食べること飲むことに関して興味は薄いが、このような出来になったのは、安達太良先生の飲食への並々ならぬ思いが私の筆を動かしたからかもしれない。創作は決して独りでは生み出せるものではないようだ。






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