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第十一段:國見祭に行こう!(四)

     四

 裏合唱部の告知でやっとこさのぼせがおさまり、自由行動に散った。鹿が目印の某健康パークに、聖夜のディナーショーをするんだって? 飽きずに挑戦するよね。

 夕陽ちゃんは「愛しの」真淵(まぶち)先生めあてに附属空満図書館の特別展に、萌子ちゃんはめずらしく華火ちゃんと移動動物園に行った。尼ヶ辻さんたちは、模擬店の二巡目に進軍した。

「どこに寄ろうかな」

 十七時のライブステージまで、けっこう余っている。主題の「WA」につなげて、「()……はばたく若者たちの青春 ―展示部門―」、「()……大学空満のすべらさない話 ―語劇部門―」、「()……ワールド輪イドでいきまっせ! よってらっしゃい食ってらっしゃい! ―模擬店部門―」って名前がつけられていたのか。萌子ちゃんに貸してもらったパンフレットに書いてあった。

 まだまわっていない部門にしようか。「()……和やかなあかりで、はんなりと。 ―灯籠部門―」、A・B号棟一階のあおぞらホールだね。

「あ」

 日本文学国語学科作の山猫軒型灯籠に、先客がいらっしゃった。「雅」の墨字が入った扇であくびを隠されていたおじいちゃん先生だった。

「ふあ、大和かや。来とったんか」

「つ、土御門(つちみかど)先生」

 土御門(つちみかど)隆彬(たかあき)先生、日文生に「翻刻(ほんこく)の翁」と恐れられている専任教員だ。歴史ある文学サークル「王朝文学講読会」の指南役でもあり、変体仮名を現代の読み方に解読する「翻刻」の追試で、日本文学課外研究部隊に勝負を申し込んでこられたんだ。勝てばこたつ獲得、負ければ日本文学課外研究部隊解散そして王朝文学講読会に強制入会。とんでもない条件の(もと)で戦ったものだ。

「大和や、わたしは雅に学祭を堪能しとるのですぞ。決して、ホームカミングデイの世話を抜けてきたわけやないで。有能な先生がついとるさかい、わたしがおったら余計な仕事が増えるやろ?」

 おサボりじゃないかあ!

「働かへんことも仕事ちゅうこっちゃ。そちも社会人になったら、さやうな境地に至りますぞ」

「は、はあ……」

 怠け蟻の理論だろうか。聞いておいて損じゃなかったのを祈って、遮光器土偶の灯籠を拝みに参りますか。

「そちに用があるっちゅう人が、月のへんにいとる。後ろ見てみなはれ」

 月……ああ、外国語学科日本語コースの作品ね。追試の折に、学内の時間を停止させ、竹槍を剣山みたいにぶすぶす生やしてきた困り物だった。専攻の人に罪はありません。

 暗幕に、橙色を主とした暖かい光がにじむ。押しの強い電球が、和紙、セロファンを通して思慮深くなるんだね。

 呼吸をするように灯が膨らんだりしぼんだりしている和紙の月に、長袖ラガーシャツのおじさんが左右に揺れていた。興味をそそられたのだろう。いがぐりめいた丸刈りのおじさんに、歩み寄った。

「あの……、春彦(はるひこ)さんですか?」

 丸刈りおじさんは月から目を離し、私に口を開けた。

嗚呼(ああ)如何(いか)にも私は、真弓春彦(まゆみはるひこ)だよ」

 先月の終わり頃に会った熊みたいなおじさんを、真弓さんとは呼べない。「まゆみ」は、別の、もっと身近な人の名前だから。

(ようや)く、(あか)()(くん)に再会出来た」

 春彦さんは、私を「赤美」と呼ぶ。「大和(やまと)(くん)」は、春彦さんが勤める大学の教え子の名字だから。

「赤美じゃないですってば」

「失敬。どうしても、家内が上梓した作品の登場人物に重なってしまうんだ」

「『五色(ごしょく)五人女(ごにんおんな)』ほど奇なる人生を送っていませんよ、私」

 春彦さんは、あごに手をやってにやりとした。本当に? って訊きたそうにしているな。五人の女の子が、白の少女を救う『五色五人女』は、春彦さんの奥さんが若かりし時に書いた小説だ。名字からして、奥さんへの想いが深いものね。

貴君(きみ)達には、家内を救済してくれた恩がある。身辺が落着したら、御礼をしたくてね」

 提げていた紙袋から、中身を丁寧に出した。縦長の包みだった。赤地に黒の線のチェック柄で包装してある……奥さんが選んだのかもしれない。

「金平糖だよ。容器は空いたら小物入れに使用してもらえれば」

「い、いいんですか」

勿論(もちろん)。『スーパーヒロインズ!』への感謝の意を(ひょう)して」

 私たち「日本文学課外研究部隊」の愛称を、春彦さんは知っている。だって、春彦さんの奥さんは……。

「家内……貴君(きみ)達の司令官には、会ったかい?」

「いえ、ぜ、全然」

 いがぐり頭をかいて、参ったなあとこぼした。

「野外ステージに参加すると聞いてね、応援に来場したのだが、予定より大分早く出発せざるを得なくなったんだ。(これ)、ピック」

 春彦さんがつまんでみせてくれた、太った三角形の爪。ギターを弾くの? あの奥さんが? うわあ、すさまじく嫌な予感がするんですけど。

「現地に代替品があるだろうが、枕元に置く程愛用していたものでね……。本番までにつかまえたいものだ……」

「良ければ、私も探しますよ?」

「然し、遊覧の最中を……」

 私は首を横に振り、こう答えたんだ。

「大丈夫、まゆみ先生にピックを渡しましょう」

 お互いの携帯の電話番号を登録し、あわてんぼうの奥さん/司令官を捜しはじめた。



「先生に、会えなかったよ……」

 野外ステージに群がる人々の熱気にむせそうになり、後夜祭。お笑いコンテストの決勝戦をやっているが、私と春彦さんは、面白さの波においていかれていた。

「一人増えてんなって思ったら、まゆみの婿じゃねえか。どーしたよ、意気(いき)阻喪(そそう)だぞっ」

 あのね、まゆみ先生が……はあ、どれだけ歩かされたことやら。華火ちゃんにお願いすれば、解決できたかもなあ……。

 「でべそ母ちゃん」の漫才が済み、審査に入った。ぐへへ、とか、むひょひょ、とか容姿にそぐわない下品な笑いをしていた萌子ちゃんが、目尻の露をぬぐって言った。

「ステージに上ガルんスよネ? ソコで届けレバ、ミッションクリアっスよ☆」

「混んでいて、動きづらいのに?」

「必殺技……です」

 わ、唯音先輩!? 後ろに立たれていて、耳元でしみいる声を出されたら私だってびっくりしちゃいますよ。

「あれは、日常生活において使うべきじゃないですからね」

「今、非常時……」

 無理です、というか、いやです。やりたくないです。大勢に注目を浴びてしまうじゃありませんか。

「あらま、優勝は『粗忽ナガヤ』なんかぁ、ダークホースやわ。ふみちゃん、先生を助けたいんよね。やったら、答えは決まっているやんな」

 夕陽ちゃん、コンテストのついでに背中を押してくれるのはやめてほしいよ……。

『後夜祭ステージ、まだまだ続くぞー! (エス)(ワン)の次は、おおっと! 日文の先生方プレゼンツのパフォーマンスだアアアアア!! 今宵は、チョークに代わってマイクを握る! 教室を飛び越えた「魂」の講義! そんじゃあ、登場していただきましょう! 日文伝統のバンド・天津(あまつ)乙女(おとめ)!!』

 格闘選手権の入場曲が流れ、三人のご婦人が登って来られた。和風ドレスをまとった、日文レディースである。

「まゆみだろ、演劇部の顧問二号だろ、センターのデブいメガネは?」

「宇治先生やよ。作品に愛を持って接する真面目な先生なんや」

「へー、金時なっ」

 独特な覚え方をするよね……。宇治先生、星の飾りできらきらしているなあ。普段も、今日のようにおしゃれしてきたら、親しみやすくなるんじゃないのかな。

「文学部日本文学国語学科、宇治紘子です! 本日は、天津乙女のライブにお越しいただき、誠にありがとうございます!!」

 音楽、始めないんだ。観客の大半が前に倒れかかったよ。式典じゃないんだから、んもう。

「私、天津乙女を務めまして三年目です! バンド名の由来は、江戸中期の読本(よみほん)作家(さっか)上田(うえだ)(あき)(なり)の『春雨(はるさめ)物語(ものがたり)』に収められた…………」

 待って、これは好機かも。

「春彦さん、ピックください」

「え、(おう)

 皆は、「天津乙女」のこれまでのあゆみを語られている宇治先生に引きつけられている。その隙に、例の必殺技をすれば目立つことはないんじゃないか。夕陽ちゃん情報と、萌子ちゃんの「センセ記録」によれば、まゆみ先生は弓矢の達人、だという。武道ができる、すなわち、身体能力が優れている。飛んできた物を察知して捕らえるのだって、容易だろう。

「奇跡よ、起これ……!」

 ピックをおはじきの要領で、手のひらに乗せて人差し指で弾く! 太陽の形をした髪飾りをつけたまゆみ先生に、届け! うん、気づいてくださった。これで演奏はばっちり、春彦さんは安心、私は地味に役目を果たした。空満神道の講義で教わったじゃないか「人(だす)けは、われ(だす)け」とね。未信者でも、肝に銘じているんだ。助かった、助かったんだ、私…………!

「大和さあーん!! ピックありがとーう!!」

 や、やめて、手を振らないで、こちらにウインクしてこないで! 観客の視線が私に集まってくるでしょうが! ぎゃあああああああああ!!

「春彦さん、せわしなくさせてごめんねー!」

 隣で鼻の下を伸ばさないでください、余計に人が、人が、ああもう…………どうして私が、こんなことに。

「では、お聴きください! 一曲目『空満大学校歌』です!!」

 腰を落として、人の海に潜る。私を忘れてください。校歌か……歌うのは入学式と卒業式しかないよね。


  あしびきの 山聳え立つ 学舎(まなびや)

  若人(わこうど)よ 天下を築け 熱き心で


  空に満ちゆく (うま)し國のもとに

  究める()姿(がた)よ 希望(のぞみ)溢れる

  

  空満大学

  名にし負ふ誇り 誇り讃えよ 千万(ちよろづ)の世も


 電子楽器版の校歌、意外といける。流行りの歌に混じっていても、違和感ないよ。歌は、宇治先生なんだ。音痴な印象だったけれど、とてもうまいじゃないか。

「声優ヴォイスっスな、ひろポン。『木漏れ日のコンダクター』ヤ『梅の果てまで』ヲ歌エソうデス」

 アニメの主題歌かな。先生の声の質は、昔の映画女優(吹き替え版)にそっくりだなと思っていたんだ。オードレイ・ヒガッシムラヤーマのね。

「森先生の持ち歌『Die Antwort liegt im Herzen(答えは(おの)が胸の内に)』、安達太良先生が熱唱されます『私がスーパーヒロイン!』二曲続けてどうぞ!!」

 ディ・アンフォート・リトマス・ハリソン? 何語か分かりませんが、元気を与えてくれる音楽なのは確かだ。森先生の歌唱力、宇治先生に負けず劣らずだね。あんまり偉そうに評論できる立場じゃないけれども、この人はぐっと心に響く歌い方をするな、とか、口先だけだな、とか意見できる耳は持っているよ。


  あらゆる枷を 壊していく

  ヒロインが必要なのよ

  正義の味方きどりじゃない

  揺るがぬ心の 持ち主


  もう この世にいなければ

  私がなってやるわ スーパーヒロイン!


 まゆみ先生の十八番(おはこ)だっけ。日本文学課外研究部隊の歌合戦、本当にするのかね。私は歌うとしても、小・中学の音楽で習った曲の他はできないよ。夕陽ちゃんは一般教養で歌っているし、萌子ちゃんはアニメの歌全世代覚えているみたいだし、華火ちゃんは大きい声出せるでしょ、唯音先輩は、

「……………………」

 歌に、のっていましたか。リズム感ばつぐんだものね。無芸な私が、恨めしい。

「間奏とメンバー紹介です! キーボードと作詞担当・森エリス先生!」

 月の飾りをあしらった着物ドレスの森先生が、和音を鳴らす。萌子ちゃんが跳ねに跳ねて、声援を送っていた。

「ベースとコーラス、作曲担当・安達太良まゆみ先生!」

 おそらく舞台衣装を縫ったであろう、われらが顧問。ピックに唇をつけて見せびらかすんじゃない。あなたのせいで私はあ!

「ドラム・コントラバス・バリトンサキソフォンは、助っ人の重低音サークルの皆様です!!」

 軽音楽ではないのかい。運びづらそうだよね。むしろ、重い楽器を背負うのが悦びなのか。常軌を逸した趣味ですよ。

「そして、ヴォーカル・ギター担当・私、宇治紘子です!」

 森先生は切れ込み入り、まゆみ先生は斜めに巻いた膝丈、宇治先生はひだ付きの短め。あなた方の年齢をお訊ねするのが怖い。三十路は過ぎていますよね?


  いかなる危機を 乗り越えて

  限りなく強くなれるわ

  悪を許さない前に先ず

  受け入れる覚悟を 決めて

 

  あなた達だからこそ 出来る

  私が証拠よ スーパーヒロインズ!


 演奏が終わり、拍手と「アンコール!」が場を満たした。宇治先生が深々と礼をし、マイクの電源を入れた。

「ありがとうございます!! 國見祭を締めくくります一曲、り」

「ちょっとよろしいかしら」

 まゆみ先生がことわって、マイクをゆずってもらった。実際、抜きとった、に近かったが。

 襟と太陽の髪飾りを正して、かくのたまった。

「改めまして、こんばんは! 私の名前は、安達太良まゆみです。このアンコールをもって『天津乙女』は活動をお休みしようか、と打ち合わせでは決まっていたんだけど……えー、よね。これでも私達は『いい年』なのよ。湿布貼って、漢方飲んで臨んでいるの、命がけなのよ。あらー、若いじゃん、ですって? ふふっ、これでも○○生まれよ? ひとつ前の元号。平均年齢は……話がそれちゃうわね。『天津乙女』は、来年もやります! 私達じゃないわよ、ちょうど跡継ぎにふさわしい若人(わこうど)がいたのよ! 先生方、賛成をいただけますわよね?」

 星と月のご婦人が、二つ返事をされた。まゆみ先生がある一点を射るように、満面の笑みを浮かべられた。

「次期『天津乙女』は、『日本文学課外研究部隊』に決定! 仁科(にしな)唯音(いおん)さん、夏祭(なつまつり)(はな)()さん、本居(もとおり)夕陽(ゆうひ)さん、与謝野(よさの)・コスフィオレ・萌子(もえこ)さん、大和(やまと)ふみかさん、お願いねー!」

 …………な、何だって!? 私たちが、楽団を組むの!?

「獅子奮迅っ、ドラムはあたしがやってやんよっ!」

 この前、安請け合いするなって私を叱りつけたのはどなたですか。大学は、内部進学じゃないよね? 

「萌子、ギターとヴォーカルしマース☆ ワタシの歌ヲ聴カンかーイ!」

 空満神道信者の鑑、と褒められてもおかしくないけれど、ほいほい人助けしなくてもいい場合もあるからね!

「キーボードと曲作りやったら、いけるでぇ」

 夕陽ちゃん、損得の勘定について勉強しませんか。優秀な頭脳を活用すべき機会がもっとありますよ……。

「ベース、部品、発注する……です」

 一から製造するんですか、先輩! 春には院生でしょ、ご多忙極まって暇なんか雀の涙にも及ばないはずです。王子、お考えなおしを。

「か、勘弁してよお…………」

 アンコールのオリジナル曲「輪廻(りんね)()仁術(じんじゅつ)」に、絶対に終わるなよと嘆いても、むなしく時間は過ぎてゆくばかりだった。





〈次回予告!〉

 「風邪の時、食べたい物っ! ひとーつ、メロン!」

 「桐の箱で、届く……です」

 「ふたーつ、チョコミントのアイス!」

 「私は、ラムレーズンが、好き……」

 「ラストいくぞっ、みっつ、姉ちゃんの砂糖せんべいっ! デカくてサクサクしてうまいんだよなっ」

―次回、第十二段「咳をしても二人」

 「華火さん、それは、カルメ焼き……です」

 「へ、そーだったのかっ? どおりで姉ちゃんにしては、マズくないわけだ」

 「……………………」

 「どわっ、姉ちゃんが怒ってるっ! ごめんよーっ!!」


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