第十一段:國見祭に行こう!(二)
二
待ち合わせ場所に着くと、垢抜けた女子大生が二人、おしゃべりに興じていた。同級生の夕陽ちゃん、後輩の萌子ちゃんだ。時間ぴったりとはいえ、最後だったもの、ひと言謝らなきゃ。ごめん、待った? は軽い。かたじけない、はかえってふざけているんじゃないのと受け取られかねない。すみません、は……よそよそしいよね。
「え、えーと」
「ふみちゃん、こんにちはぁ」
「オ疲れっス、ふみセンパーイ☆」
夕陽ちゃんの癒し声と、萌子ちゃんの日本文学国語学科式・基本のあいさつに、思い浮かんだひと言が引っ込んでしまった。
「うち達、来たばかりなんやよぉ」
おお、髪がつやつやしていて、うねりが決まっている。結んでいる黄色いリボンだって、どことなく鮮やか。濃い茶色のワンピースは、五線譜の刺繍が入っていて、お上品だ。男子の好感度が高い理由が、ちょっと分かる。あ、逢い引きじゃないんだよ? 夕陽ちゃん、気合い入れすぎていない?
「学祭、エンジョイしマスよ☆ るんるるーん☆」
う、迷彩柄の上着と、短いズボン。学校に奇襲攻撃でもかけるおつもりですか。黒くて長くてこしのある髪は、編み上げて後ろで巻きつけるという手間のかかりよう。コスプレ以外の服も、難なく着こなせているのがうらやましい。萌子ちゃん、今日は学祭でっせ。合戦ではないんでっせ。
私は、膝にかぶるくらいの小豆色のシャツに、ジーンズ。大和ふみか、少々、自身の格好に、悔いて候。いやいやいや、絵手紙の入門書に「地味でいい、地味がいい」とあったじゃないか。あれ、違ったかな。
国原キャンパスへの通学路といえば、空満本通り。歩いておよそ三十分かかる、縦にも横にも伸びた広い商店街だ。体育学部の拠点である、海原キャンパス(海無し県なのにね、ここ笑うところです)は、逆方向に徒歩十分ぐらい。おかしい、運動してもらうのは、あちらでしょ。
ひとりで通ると、暗いことしか考えないけれど、女子三人だったら、ついお話してかしましくなるものでして。
「中高ノ文化祭みタイなカンジなんスかネ?」
「市のお店に出張してもらったり、卒業生のつてで芸能人を呼んだりしているみたいやね。チャリティー企画もあるんやって」
「まちトひとノ助ケあり、ナお祭リっスか。社会ニ結ビツいてマスな」
「大学ならでは、やなぁ。ねぇ、ふみちゃん、中学、高校の文化祭はどないやった?」
「わ、私? うーん……中学は、実行委員会の出し物と、吹奏楽部の演奏と、夏休みの自由研究で優秀だった人の発表を聞いて、学級でかたまって展示をめぐっていたよ。文化部の作品に、修学旅行の新聞。高校は、普通だったかな。一・二年は現代文か地理の研究展示、三年は模擬店ね」
「そうなんやぁ、内嶺は羽目をはずさへんねんなぁ。うちのところは、中学校はクラス対抗の劇と、文化部の発表会に運動部のソーラン節やったわ。高校は模擬店、ステージ、ストリートライブ。音楽科があったから、校舎のホールでコンチェルティスタをやってたんやよ。ピアノ喫茶てゆうのんもあったでぇ。うちのクラス、普通科やってんけど、二年生の頃は、リーダー格の女の子が、自分の名前を看板に使てたなぁ。『カオリルーム』やった、風船割りゲームのお店、イメージでけへんよねぇ」
「うわ、それは大人になったら、封印したくてすさまじく悶え苦しむ類いの思い出。ううん、汚点だよね。粋がりすぎた入れ墨みたいなもの」
「あはは、せやねぇ、若気の至りやった、てしみじみできるんやないかなぁ」
「ハイハイ、ハーイ☆ 萌子、空高ノ伝教科デ雅楽・和楽器・にゅうめん屋シまシタ。二刀流なラヌ三刀流っスよ!? ソレを三度デスよ!? ハンパない荒行っス!」
「しんどそうだね……」
「ふみセンパイのトコは、イージーでウラやまシイっス。内嶺ノ高校デ、文化祭ノ労力格差アッてイイんデスか!? 空中デハ、教祖様のおいたちノお芝居オンリーでシタ。高校生ノ根性ヲ過大評価シテまセンか!? ぷすー!」
「宗教都市の学校も、えらい大変なんやなぁ」
「ホント、ソレっス!」
「あ、そういえば、唯音先輩と華火ちゃんは?」
「はなっちハ、空高フレンズから先約入っテタらシイっスな。いおりんセンパイは、極秘ミッション、デシたよネ、ゆうセンパイ」
「そやねん。守秘義務があるぅゆうてはってな」
「怪シイっスよー」
「額田先輩によると、語劇のスタッフで駆り出されているんやないか、て」
「仲良しだもんね、お二人。語劇って、化学科のだよね? 演目なんだっけ」
「ア゛イ、学祭パンフ~☆」
「青猫ロボット旧版の声優さんやね、似ているわぁ。どないや…………あらま! 化学科は『元素くんの冒険 賛歌に燃えよ編』やわ! 先輩のお祖父様のベストセラーやんか」
「ま、ま、まさか、特別出演されるんじゃないよね? 先輩に限って」
「センパイ、ドチらカトいエバ、裏方向キじゃナイっスか。ストーリー監修ガ濃厚デスな」
「ですよねえ」
「語劇行ってみよか。十一時五分のやから、教室展示回った足で間に合うやろぉ」
青果店、魚屋、肉屋、書店、楽器屋、袋物店、喫茶、食事処の中に神具店がいくつか紛れ込んでいるのが、空満神道の総本山らしいよね。空満神道関連書籍の出版社を過ぎたら、空満神道教会本部だ。本殿と広く呼ばれている、横に広い木造の神殿はいつでも開放してあって、常に掃き清められている。黒法被の信者が、訪れる人々に「おかえりなさいませ」「おきをつけていってらっしゃい」と声をかけ、参拝に来られた人の靴を靴箱に並べたり、靴べらを差し出したりし、床に雑巾をかけるなどして活き活きと働いていた。
信者の萌子ちゃんが、本殿に礼をする。夕陽ちゃんと私は未信者だけれど、同じようにした。私はする方じゃなかったのだが、夕陽ちゃんが登下校の際にいつも一礼していたので真似するうちに身についてしまったのだ。夕陽ちゃん、お母さんに「欠かさずにしなさい」って教えられたんだって。親かつ日文の大先輩には逆らえないんだそう。
「展示デハ、スタンプラリー開催シテるみタイっス。三個ナラお菓子、五個ナラ模擬店ドリンク無料券、七個以上はフード無料、コンプはスペシャル景品ヲ追加☆」
無線綴じのパンフレットを片手で開いて、萌子ちゃんは頭を揺らしていた。文字をたどっていると体ごと動く癖があるのかな。
「演劇部の映像、ふみちゃんご希望の歴史文化学科『埴輪パラダイス』、萌ちゃんの漫画研究会『こみこみ村』、日本文学国語学科『山猫軒』、うちの作法和装部入れたらドリンク無料券いただけるで」
萌子ちゃんと肩を寄せるようにして、パンフレットをのぞかせてもらっていた夕陽ちゃんが言った。
「『元素くん』観タラ、ランチ離脱シテ、日文ト演劇部ノ舞台っスね。裏合唱部聞イタ後、フリータイムデ一旦解散シテ、ステージでマタ集マルのハどーデスか?」
「いいよ」「ええよぉ」
提案ができる後輩がいて、ありがたや。本殿を背に、まっすぐ歩き、交差点を左に折れると、A・B号棟の島と研究棟の島とを行き交う人の甍ができていた。両端には、原色で塗られた、板と角材を釘でどうにかしたであろう門が建つ。
〈第九十九回 國見祭 WA ~『わ』で始まる愛コトバ~〉
踏み出そう、初めての大学祭へ―!
國見祭の由来は、かの『萬葉集』巻第一・第二番歌、舒明天皇の御製歌「やまとには むら山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば……」なんだとか。内嶺県は『萬葉集』・『古事記』・『日本書紀』といった上代文学とは切っても切れない関係なので、なにかとそれらを引用したがるお国柄なんだ。小・中学校の校歌には、あをによし奈良のうんぬん、そらみつ大和のかんぬん、が確実に入っている、はず。大和三山のいずれかを讃える、とか、ヤマトタケルノミコトのごとき勇気を~、とかもね。空満大学は、美し國って文句があったような。
「ずんどうじゃなくて、しっかり人型をしている方がいかしているんだよ」
学祭の歴史は放っておき、A32教室(A号棟三階二番教室を指します)での展示「埴輪パラダイス」に魅せられた私である。学生の総力をあげて粘土をこねた、埴輪の大行列は他学科ながら、やりおるわと思った。特に、武人の埴輪がかっこいい。部屋の四隅に置いて魔除けにしたいんですけど。夏には手ぬぐいをかけてあげて、冬は毛糸の帽子をかぶせてあげるんだ……。
「センパイ、埴輪ラブだッタんスね」
踊る埴輪を彫った消しゴム判子を押された台紙をひらりひらりさせ、歩く萌子ちゃん。ラブ、では収まりきりませんよ。
「お付き合いしてもえぇて宣言したくらいやねんもん」
え、いつ口走ったのそんなこと。夕陽ちゃんの記憶が、怖い。
「去年の夏休みやよ。登校日の帰りに甘味処へかき氷食べにいったやんかぁ。内嶺市のセンター街のぉ。茱萸シロップをシャリシャリゆわせて、初恋てこんな味なんかなぁて」
「わああ、やめてやめてください、炎天下でまともな考えしていなかったの」
友人が、ふんわりとさせたいけずな笑みを返してくる。たまにからかってくるよなあ、んもう。
「『しゃべりすぎる男子は信用ならんのです。埴輪を見習いなさいよ、語らずして語る彼に、ついていかない理由がないでしょ』うち、胸打たれたわ」
「細かく覚えなくたって、いいんだってばあ……」
「萌子モ、恋愛論聞きタイっス☆」
あなた、愛の伝道師だから間に合っているでしょうがあー!
「宣教師デスよ、愛の宣教師・絶対天使の信奉者」
「うう、横文字には負けないんだからあ!」
廊下では騒ぐべからずですが、学祭期間は誰もとがめません。私たちの他にも遊びに来ているからね。呼びこみの人に比べたら、些末なものですよ。
「時代は、演奏もデキる歌い手ザマス!」
『ムジーク♪ ムジーク♪ ムージーック♪』
二度見をせずにいられない六人組が、練り歩いていた。右手に指揮棒、左手に鍵盤ハーモニカを持った、緑のベストと蝶ネクタイの金髪メッシュ入りのおかっぱ(?)眼鏡さん。彼を先頭に、チェロをかついだ金色ベストの白ひげおじいさん風、クラリネットを曲芸みたいに吹く灰色ベストの青塗りもじゃもじゃ黒ひげおじさん風、ヴァイオリンでものすごい高音を鳴らすリボンをはちまきにした金髪ショートのおねえさん風、トランペットを危なっかしく手の上で回す空色ベストの水色塗り・金色と茶色で半分ずつに髪を染めたおにいさん風、ことごとく拍を外しているタンバリンの赤紫色ベストと野球帽の坊や風の男たち。だいぶ昔の子ども番組の主題歌(うろ覚えだけれど、日暮れ、積乱雲、落ち葉、電灯、大きくなりそうな夢が聞かせてくれる五重奏の歌)を裏声で歌っていた。
「鳥下センセと、裏合唱部ノ皆サマっスね! ハイクオリティなコスフィオレを、イタだキまシタ☆」
先月「日本文学課外研究部隊にテーマソングを!」という顧問の暴挙に、手を貸してくださったそれはそれはものずきな部活があったのだ。裏声で歌う男声合唱団「裏合唱部」、顧問……じゃないんだ、えっと、アーティスティック・アドヴァイザー鳥下衣反手先生が、私たちの顧問を飛び越える変わり者なんです。
「シュウベ・マスオ率いる合唱部に、鉄槌ぶちまわすじゃけえのう!!」
『C・D・E・F・G・A・B♪ C・D・E・F・G・A・B・C♪』
荒い方言が鳥下先生の地声、ザマス口調は演出なのかもしれない。なお、部員はみんな日本文学国語学科の二回生……正直、机を同じくしたくはない。
「三回生の一般教養、鳥下先生に習ってみよかなぁ」
ほんまニーベルンゲン。―ふみか心の迷句―
「急イデくだサーイ! 『進撃の革命児』始マりマス!」
黒髪美少女の後輩に声をかけられて我に返り、夕陽ちゃんと小走りで演劇部の展示教室にすべり込んだ。
演劇部「ゲスタンニス・アイナー・マスケ」の新人一同が制作・出演する「進撃の革命児」の上映会は、大学祭二日目の本日も大入りなんだそうな。部員の親族・お友達、卒業生、のほか、高校生らしき人、芸術家っぽい男女の区別かつきにくい人、地元のお偉いさんみたいな人もみえた。
出演者が、なりたいヒーロー・ヒロインの格好をして行進する、台詞無しの劇(に分類できるのが、疑問)は、締め切り寸前に完成した。毎年、光るものがある学生をゲストに招き、出てもらっているのだが、断られてきたそうだ。顧問と、引き抜きを任された部員が日文所属だったためか、日本文学課外研究部隊に依頼の話が回ってきたのだった。
「ふみセンパイ、ロボットみタイにナッてまシタな」
「しかたないの、素人なんだから」
「せやけど、一回で撮れたんやで。うちは、カメラアングルの具合が悪かったからて、やり直しさせられたんやよ」
「うそ、先輩と華火ちゃん、殺陣させられているんですけど」
「マーチのみはもったいなかったんやないかな。萌ちゃんは、マキシマムザハート名シーン再現パートあったやんか。第一シリーズ四十二話、洗脳されてもろたアルティメットカイザーを愛で浄化するところ」
「本気デ演ジまシタ。萌子、夢ノようデス。きゅんきゅん」
萌子ちゃんはね、いとうれしでしょうよ。愛するアニメの主人公役が叶って。相手役の島崎くんと、オタク同盟を結んだそうですし。地味に過ごしたい私は、戦隊物と学園アイドルを掛け合わせた課外活動用衣装を着せられて、フィルムに収められたんですよ。次登校したら、指さされないかびくびくしないといけないじゃないの。
「ひとり虚しい乾いた日々よりは、ましなのかな」
幸い、夕陽ちゃんと萌子ちゃんは、カイザー島崎くんにゆかしくなっていた。それでよかった。
B32教室漫画研究会の「こみこみ村」は、二次元に疎い私でもついていけた。配られた冊子「空大生あるあるピクトグラム」は、大学生活でありがちなことを標識にして表わしていた。日文の章「レポートたまると、原稿用紙が散乱して科目別にまとめるだけで一日が終わる」には、こらえられなかった。机に敷かれた大きな画用紙は、自由に描いて構わないということだったので、鉛筆をお借りして竹を描いた。夕陽ちゃんは法務省が制定した「更生ペンギンちゃん」なるゆるいキャラクターをちょこんと。色つけされた、マキシマムザハートの変身前・鳳あきこは、もちろん後輩作だ。閉会後、部室棟の玄関にしばらく飾るんだという。
お向かいのB37教室に、作法和装部の暖簾が掛かっていた。とんぼの柄があはれだったので見とれていたら、
「浴衣をリサイクルしたの。私も気に入ってる」
着物の同級生が、迎えてくれた。金木犀の花模様が、めずらしい。
「和泉さん」
「たまおでいいよ」
ゆっくりしていって、と私の台紙に判を押した。千鳥紋だ、わりと好みなんだよね。
「たまちゃん、若おかみさんみたいやわぁ」
「そう? 旅館に嫁いじゃおうかな」
「彼氏さんが泣いてまうでぇ。あはは」
会話の球投げがうまいなあ、夕陽ちゃんは。たまおちゃんって呼ぶのに、まだまだ準備がいるんだ。日文の専攻科目や司書課程でよく会っていて、お住まいの女子寮へも伺ったことあるのにね。
「うひょー、カラーバリエがタクさんデス! コレ、大正カフェのオ給仕サンじゃナイっスか!? そろソロ和裁、チャレンジしタイんスよネー☆」
過熱する萌子ちゃん。コスプレもといコスフィオレを通じて、着る側と作る側両方の愉しみを知る彼女にとっては、ここは天国なのだろう。
語劇の鑑賞が控えているから、おいとまして最後の展示へ駆け足。われらが日本文学国語学科「山猫軒」は、宮沢賢治の童話『注文の多い料理店』の世界を表現した。絵札の束を渡され、指定された札を段ボール製の扉についた鍵穴に入れてゆき、手元が空いたら…………。出口に何が待ち受けているか、ぜひあなたの目で確かめてほしい。あの、おふたりさん、私を前線に立たせないでいただけますか。ドライアイスの煙(唯音先輩いわく、水……です)が、ひやっとしたのですが。いやいやいや、取って食べられはしませんてば。顔がくしゃくしゃになりませんから、落ち着いて。代わりにフォークとスプーンを交差させた意匠のスタンプをもらいました。
「景品の引き換えは、二階に下りないとだめなのか。先、劇に行こっか」
「ハーイ☆」「せやな」
階段へ進もうとすると、A39教室の真ん前で三人の先生方がもめ事(?)を起こされていた。
「近松先生! お化け屋敷に入るのですよ!」
規格外(特に胸部)の体躯をお持ちである眼鏡の先生が、おじさん先生の腕をがっしりつかんでいた。宇治紘子先生、日本文学国語学科の専任教員だ。
今日は、物の具みたいな漆黒の上着ではなく、源氏香を傘連判にした紫パーカーをかぶっていた。日文が、学祭のために作ったんだろうね。左腕には「文学部日本文学国語学科」と縫い表わした腕章が健在、お祭りを満喫されても「腕章の女史」の名は忘れていらっしゃらなかった。
「大の男がいると邪魔だよ。森君と行っておいで」
色香を漂わせながら弱っているのは、近松初徳先生。きざったらしく学祭パーカーを肩にかけちゃって。枯らそうとしても枯れない、まったくもっていやらしいおじさんだよ。
どうも、A39教室の展示、外国語学科英米語コース「Haunted House」に入るや入らないや、のすったもんだらしい。
「約束が違うじゃないですか! 私、前夜祭から初日のステージ部門まで先生とめぐりましたよ!」
「別の形で埋め合わせをするさ。許しておくれな」
「いいいい、嫌です、許しません!!」
引っ張りあっているんだけれど、片や豊満、片や筋肉質、なんだか、お昼間には刺激が強いやりとりを見させられているようで……胸やけする。
「先生、女性をこよなく愛していらっしゃるのですよね!? 花の宴で仰っていましたよね、人妻・学級委員タイプ・独国と本朝のハーフ、皆私が恋の手本を教えてあげるのだよ、と! お化けの女性も、ひと思いに抱いてみせてください!!」
私は右、夕陽ちゃんは左、と息ぴったりに、萌子ちゃんの耳をふさいであげる。いかん、いかんですよ、せめて「逢瀬」にしていただけませんか。
「宇治さん、語弊があるよ。私はね、女性とは清い交際をだね……」
「ですけどけど!」
「貴方は、嘘をつく人」
凜とした声が、女史と好色おじさんを静止させた。審判のごとく距離を置いて直立していた教員が発したのだった。
「森君」
近松先生が体を小さくした。西洋人形を想像させる可憐な、しかし妖しい美しさ香る女性―森エリス先生に、なぜあんなにみっともなくなるのか。ただならぬ仲っていう噂は、当たっているのかも。いつも一緒だもの。じゃあ、この状況は、三角関係?
「両手ニ花ガ、修羅場ニ展開デスな」
ちょっと萌子ちゃん、十三時のドラマじゃあるまいし。おませさんだなあ。
慈悲を請う近松先生に、森先生の冷たい視線が突く。
「宇治先生、至急、近松先生を連れて行くのである。自分は、廊下にて約束を破らせないよう監視する」
「分かりました!!」
快活に応え、宇治先生は好色おじさんの襟首をむんずと捕らえて「Haunted House」の入り口へ歩かれた。
「参りましょう! 据え膳食わぬは男の恥なのですよ!!」
「ふぬう…………」
扉が閉まって、妙に渋い叫びが響いた。つかみ取りしてきた女たちの、百年の恋も冷め、本懐を遂げられなかった男の結末であった。なんだこりゃ。




