第二段:顧問著聞集(一)
一
空満大学文学部日本文学国語学科には、二回生以上対象の「国語表現」という講義がある。
「それでは、次回の課題を出します。身近な人について作品を書いてください。短くても千字は書けるようにしてください」
担当の時進先生が仰ることから分かるように、文章表現を行う講義だ。ある課題を期限内に仕上げ、出来た作品を受講者全員で読み、評価しあう。短文から始まり、最終的には小説を書くに至る(とシラバスに書いてあった)。
「次週までに作品を完成させて、人数分印刷した上で臨むようお願いします。なお……」
持病の貧血のしわざか、立ちくらみを起こされた様子で、先生はひと呼吸をおいて着座にて説明を続けられた。
「なお、当然のことですが、取材の際は事前に相手方にことわっておくこと、誹謗・中傷は禁止です。この二点を厳守した上で創作をお願いします」
「ふみちゃんは、誰のこと書くん?」
次の講義教室へ移動中、夕陽ちゃんに訊ねられた。
「う、うーん……。どうしようかな」
「悩むところやんねぇ。うち……真淵先生にしよかなて考えててんけどぉ」
赤らめた両頬を、夕陽ちゃんは手でおさえてとろけるような笑みを浮かべた。
「モデルになってくださいますかやなんて、よう言われへんわぁ。まともに目ぇ合わされへんねんもんー」
……相変わらず、真淵先生愛が爆走しているよね。
「せやから、母か妹のどっちかで書くわぁ。身近な人ときたら、まず家族やもんね」
「そっか」
身近な人、ね。家族は避けたいな。とりわけ、天地が裂けても母は選びたくない。講義とはいえ、文章を書いていることを知られたら、ご近所の暇を持て余すご婦人達に一夜もかからずして情報を共有されてしまう。顔を合わせるたびに「あーら、ふみかちゃん。小説書いているの。末は芥川賞受賞ね!」「この町にベストセラー作家が生まれるのも秒読みだわさ。ふみかちゃんはあたしらの誇りよ」「よっ、大和大先生!!」などなど規模が大きくなっていくという、つまり面倒な状況におかれちゃうのが予想できるんだよね。
「どなたかいらっしゃいませんかね……」
よく会っていて、私でも声をかけやすくて、余計な噂を流さず、千字を超えられる逸話がある人は。
「あ」
当てはまる人物が、すっと頭の中をよぎった。夕陽ちゃんが髪に結んだリボンを揺らして私をのぞき込む。
「どないしたん?」
「いたよ。いる。いらっしゃいますよ、小説になりそうな人」
白妙のスーツを着こなす、萬葉の道を説くみちのくの我らが師が!